世界中に増加したバイラスが突然断末魔を上げて次々と消滅していく。
一体何事だと抗戦していた人々が辺りを見回し、ふと明るくなった空を見上げる。

カレギアの空を塗り潰していた雲がまるで強風に攫われていくかのようにバルカの空へと集まっていく。
バルカへ辿り着いた暗雲は、ユリスの領域に吸い込まれるようにゆっくりと消えていく。

しかし、雲を吸い寄せた領域は大きくなるどころか逆に萎んでいき、最後は一握りで潰せそうな程に小さくなった。



何処からともなくそよ風がひらり。




風に乗せられ闇は完全に消滅した。
































いつの間に目を閉じていたのだろう。
そう思ってヴェイグは瞳を開く。

閉じていた瞼が作り出した闇が取り払われたが、瞳を開いた先にあったのもまた闇。


真っ暗で始まりも終わりもわからない何もない闇。

だけど、不思議と温かくて心地良い。



「・・・・・・終わったのか・・・?」

そう呟くが、何が「終わった」のだろう。
ユリスが滅んだのか、それとも世界が崩壊したのか。暖かな闇以外、何も分からない。


・・・一体どうなったのか。




『君達が頑張ったからね』

ヴェイグの前にふわりとシャオルーンが現れた。
それと同時に他の聖獣と自分の仲間も浮かび上がった。


シャオルーンがヴェイグの疑問に答えた。


『君達が頑張った』

・・・つまり、それは。




『ユリスは消滅しました。邪悪な心に、ヒトの想いが打ち勝ったのです』

フェニアがはっきりと伝えた。


ヒトはユリスに勝った、と。


『そしてゲオルギアスにも・・・』
「ゲオルギアス・・・?」


ゲオルギアスがフェニアの言葉を継いで頷いた。


『我は汝等の姿に・・・ヒューマのみならず、ヒトの強さ、可能性を見た。
 お前達だけではない。世界中のヒトの心が我等に希望を見せてくれた』


続いて、ウォンティガ。


『ヒトは不思議な存在だ。個々の命は脆く小さいが、一度力を合わせれば大地を揺るがす風となる』


『うむ・・・破滅のもの、ユリスを生み出したのもヒト。だが、それを打ち破ったのもまたヒト・・・』

ランドグリーズが頷いた。



『ユリスとの戦いで、世界の秩序は崩壊した。ヒトは今、生まれ変わろうとしているのかもしれない・・・』


「生まれ変わる・・・」



『・・・だが、その道程は決して平坦ではなかろう。
 ・・・故に、汝等が聖獣の力を求めるならば我等はヒトの可能性に手を貸す事を厭わない。・・・・・・ヒトの答を聞かせて欲しい』

言って、ゲオルギアスはを見た。

優しい目つきだ。


しかし、は苦笑を浮かべると、静かに首を横に振った。



そして、




「・・・ヴェイグ」



ヴェイグを呼んだ。




「・・・俺が?」

指名されて一瞬驚くヴェイグ。

俺が決めてしまって良いのか。
そう蒼の瞳が語る。


そのまま、カレギアの王を見た。
・・・この場合、彼女が一番適任だろうに。


しかし、アガーテもと同じ気持ちらしくヴェイグを見つめ返し深く頷いた。





「・・・・・・・・・・・・」


聖獣達に伝えたい『気持ち』は勿論ある。
だがそれを言葉にするのはちょっと難しい。

少々考えてから、ヴェイグは口を開いた。



「・・・俺は・・・俺達ヒトは、アンタ達 聖獣から見れば、愚かで小さな存在だ」


すぐにくだらない事で争ったり、嘆いたり、怒ったり。
この大きな世界にちんまりと存在している・・・・・・ヒトだ。


「・・・アンタ達の助けがなければ、とっくに滅んでいたかもしれない・・・。
 だが、ユリスを倒したいと願ったあの時、俺達はヒトの力を感じた。それは聖獣の力にも負けない、強い心の光だった・・・」



ちっぽけなヒトが抱いた大きな心の光。

それは何よりも勝る強い力だとヴェイグは思った。



「例え躓き、迷う事があっても・・・ヒトは自分達が選んだ道を自分達で歩むべきだと・・・俺は思う。だから・・・・・・」


真っ直ぐに聖獣王を見上げた。



「俺達に任せてほしい」



















ヴェイグの答えに、ゲオルギアスは満足げに頷いた。

『・・・わかった。では我等は地上より去るとしよう。
 ・・・忘れるな。汝等が道を誤れば再びユリスは現れ、ヒトに・・・世界に災いをもたらすだろう。・・・その時、そこに我等の力はない』





「・・・わかっている」


頷くヴェイグ。

その時、躊躇いがちなマオの声が上がる。


「あのぉ・・・質問、なんですケド・・・地上から聖獣の力がなくなったら・・・ボクはどうなるの?」



マオは聖獣によって生み出された存在だ。
地上で生まれた命とは、少し違う。

聖獣達と共に去るべきなのか、大地に残るべきなのか。それを訊ねているのだろう。


『マオ・・・貴方は心を持った一つの命です。地上に残るのも、私達と一緒に行くのも・・・決めるのは貴方自身です』
「・・・・・・でも・・・ボク、皆と違うし・・・残っても・・・良いのかな・・・」


マオ自身は大地に残りたいようだ。
しかしヒトと少し違う己の存在がマオの決意を邪魔する。




「バカ」

迷っているマオにそう言ったのはだ。


「お前はヒトだろう?今更何を遠慮してるんだ。バカ、バーカ。バカマオ」
「そ、そこまでバカって言わなくても・・・」

たじろぐマオに、改めてヴェイグが諭す。


「マオ、お前はヒトだ。俺達は皆同じ・・・大地に生きるヒトだ。心に種族などない・・・そうだろ?」



「ヴェイグ・・・!」
『・・・決まったようですね』


フェニアが微笑んだ。





『マオ・・・貴方は私の目となり、頑張ってくれました。これから貴方は貴方自身の為に生きるのです・・・』
「うん、ありがとう!フェニア!!」






マオの頷きの後、ゲオルギアスの号令。


『では、我等は参ろう』
「・・・ゲオルギアス!」


が惜しむように名を呼んだ。




何となく。・・・何となくだが、今なら分かるのだ。


大昔の自分がゲオルギアスに抱いていた淡い想い。

当時の自分では気づきもしなかった禁断の心が。


伝えるべきではない、とは思う。昔の事だ。
今となってようやく気づいた事だったが、あの時とは全てが違い過ぎる。


名を呼んだは良いものの、何を言えば良いかわからない。
迷ったに、ゲオルギアスがそっと頭を下げた。

金色の頭を寄せて言葉を紡いだ。



『・・・ホーリィ・ドール、。我は汝に生まれ変わる世界を見てもらいたい。汝の望んだ世界になるように導いてもらいたい』


「・・・うん、任せて」

差し出された頭を抱えるように、そっと手を添えてその身体を撫でる。


聖獣とヒトの不思議な不思議な抱擁。





『・・・愛している。・・・・・・・・・・・・

「・・・!・・・・・・・・・ありがとう」


微笑んで、身体に触れていた両腕を放して下ろす。
互いに未練なくそっと身体を離した。






イーフォンが消える。ウォンティガが消える。ギリオーヌが消える。ランドグリーズが消える。


フェニアが消える・・・前に、マオに微笑んだ。


『マオ・・・元気で』
「うん!元気でね・・・お母さん!・・・さよなら!!」


微笑を深くして、フェニアが消える。



次はシャオルーンの番。


『ヴェイグ、君達と旅した事、ずっと忘れない!』
「あぁ、俺も忘れない。ありがとう、シャオルーン!」

『うん、ボクも!ずっと君達の事 見てるからね!!・・・さよなら皆! さよならヴェイグ!!』


手を振りながら、シャオルーンが消える。


最後にゲオルギアス。



『ヒトよ・・・汝等の胸に灯りし希望の火が世界を照らさん事を・・・』


ヒトへの願いを述べて、金色の龍は天へ。


閃光と共に消えた。





聖獣王の放った光が闇を覆い白く塗りつぶす。


やがて全てを包み込んだ。


















































柔らかな風、温かな草の匂い。

・・・自分を呼ぶの声。


「ヴェイグ、ヴェイグ!・・・目を覚ませヴェイグ!」


身体を揺さぶられる。
何事だろう、とヴェイグは瞳を開いた。


・・・頭がボーっとする。



「ヴェイグ!」
「・・・・・・・・・」

自分を見下ろすを確認する。
彼女の背後には青く澄んだ空が広がっていた。


・・・ここまで来て、ようやくヴェイグは自分が眠っていたのだと気がついた。





「ようやく起きたか」
「・・・あぁ・・・・・・」

呆れるように息を吐いて自分を見下ろす


・・・いや、見下ろすというより・・・



・・・・・・半分身体が乗り上げている。





に身体の上から退いてもらい、上体を起こしてから周囲を見回した。


一面若草の草原一色。
躊躇いがちに咲いている小さな花。それを揺らす優しいそよ風。


先程まで居た場所とは大違いだ。




「・・・ここは・・・」
「・・・よくは分からない。でもアルヴァン山脈が見えるから、ミナール地方の何処かだとは――――」
「クレアっ!!」


の言葉が途中だというのに、彼女を押し退けて駆け出す。
向こうにクレアが倒れていた。


「キッキィ!」

押し退けられ草原に倒されたにザピィとハープが駆け寄る。
大丈夫かと心配するように二匹が呼びかけた。


「・・・お前・・・変わらないな・・・・・・」


起き上がりながら、今度こそ本当に呆れてため息を吐く。
それと同時に、同じく草原に倒れていたティトレイ達も目を覚まして次々に起き上がった。


ヴェイグに抱き起こされて、クレアも目覚めたらしい。



二人で立ち上がり、太陽の光で白く煌めくアルヴァン山脈の美しさを引き立てている青空を見上げた。


澄み渡る、綺麗な 綺麗な青空だ。






「・・・綺麗な空・・・」

思わずクレアは呟いた。
いつの間にか己の肩に乗っていたザピィが同意するようにキィーッと鳴いた。


「・・・終わったのね」
「あぁ」

短く返してから後ろのアガーテに振り返る。


「・・・本当に、コレで良かったのか?」



「私も貴方と同じ思いです。・・・いいえ。私だけでなく、皆『同じ』はずです」





柔らかくアガーテが微笑んだ。







「ありがとう」




グラリとその身体が崩れたのは直後だった。

















「陛下!」
「アガーテ!」

倒れたアガーテの身体をミルハウストとが追いかける。

ミルハウストがアガーテを抱き起こし、がその手を握る。
手を握った瞬間に、は全てを悟った。


アガーテは『あの時』、月のフォルスを全開したのだと。




「アガーテ・・・やはり・・・・・・」

「・・・・・・ずっと前からわかってた・・・私のせいで、世界がどうなるか・・・わかっていたの・・・
 ・・・・・・でも、どうしても・・・ヒューマの身体が欲しかった・・・」


ガジュマである己の身体を捨てたいと願った。

ヒューマの身体に憧れ、欲しいと望んだ。




「何故・・・何故です・・・!」
「・・・でも・・・やっと本当に大切なものが何かを・・・わかったから・・・・・・せめて、この国の王として一つくらいヒトの為に・・・」
 

でもそれは間違っていると、大切なものが何なのかと気がつく事が出来た。
だから、償いたかった。王として、ヒトとして。




「・・・・・・最後まで迷惑ばかりで・・・・・・ごめんなさい・・・」
「・・・許しませんよ、アガーテ・・・」


アガーテの手を握り、低く返したのは。アガーテがそちらを見やれば、
目の前の端正な顔は歪んで大粒の涙を溜めて、流していた。


「貴女は・・・私に大丈夫だと、言ったのに・・・・・・眠るなんて許さない・・・貴女まで私を置いて逝くなんて、そんな事・・・!!」


握った手とは逆の手・・・アガーテの左手がの頬に伸ばされる。
包み込むように宛がわれた指がそっと優しく頬を伝う滴を拭った。



「・・・やっと、貴女もヒトらしく・・・泣けるようになったのね、・・・・・・良かった・・・」
「・・・!」

アガーテに微笑まれて、思わず握っていた右手を落とした。






「・・・こんな時まで・・・貴女は・・・!」
「・・・・・・陛下・・・」


小さくミルハウストが呼ぶ。
今度はの向かい側に寄り添うミルハウストを見た。


「ミルハウスト・・・この国を・・・頼みます・・・・・・」
「陛下無しにどうやって!!」


叫ぶミルハウストにアガーテはの頬に触れていた左手を伸ばす。
そっと愛しの彼に微笑む。

「・・・貴方がいれば・・・大丈夫・・・・・・」
「・・・・・・違う・・・」


苦しげにミルハウストは首を振った。


「生きてください・・・・・・私の為に」



伸ばされた左手を握り締める。



放したくない。  離れたくない。


落ちていたアガーテの右手が伸びる。
ミルハウストの頬に添えられ、愛しく撫でられる。





男性のミルハウストの手でも包み込めないような大きなガジュマの手。
太くて厚くて・・・ヒューマの女性のような細く長い指とは大きく違ったガジュマの手。


それでも良い、と思えるようになれた。

大切なのは『姿』ではなく『心』だから――――――


・・・気がつけて、本当に良かった。









「・・・ミルハウスト・・・・・・貴方の事・・・ずっと・・・好きだっ・・・た・・・・・・」










想いを告げてゆっくりと瞳を閉じるアガーテ。右手がミルハウストの頬から滑り落ちる。
草の上に落ちた彼女の右手に、その全てを悟る。



「・・・・・・・・・アガーテ・・・」


初めて、「アガーテ」と呼んだ。




ゆっくりと顔を近づける。




















そして、口付けた。







身分も種族も生死すらも越えた悲しい口付けだった。


・・・だが、アガーテにそれは届いたのだろうか。






ミルハウストはアガーテをきつく抱きしめた。

・・・もっと早くこうしたかった。




「・・・私も、愛していました・・・・・・アガーテ」



彼の告白に応える術をアガーテは持っていない。









己の腕の中で、眠ったような美しく愛しい屍がスッと銀色の滴を一筋 零した。


good night …… の巻。



限りあった  未来はきっと

残された掌で  輝くと今誓う

君が生きたその証を  永久に愛し続けよう





愛しいヒトに抱かれ、おやすみアガーテ・・・












夢主の初恋は聖獣王(笑)しかも両想い。 
気づかないうちに始まっていて、気づかないうちに終わっていた。