ユリスは異形だが、見ようによっては一応、ヒトの形をしている。
腹がある。胸がある。腕も、小さいながらに足もあり、そして顔もあった。

しかし、ユリスの顔に当たる所には『顔』が無い。
正確に言えば口や鼻、顔についているのが当たり前の部位がないのだ。





ユリスの顔に唯一あるもの、それは目だった。



巨体であるユリスの目だから、当然その大きさは尋常ではない。

ふとユリスの顔から、その巨大な目玉が零れ落ちた。
まるで卵を産み落とすかのように自然に落ちた目玉は地に一度着くと、鞠の様に跳ねてそのまま宙に浮いた。



目玉――分かりやすいようにユージーンが即席で『ユリスアイ』と命名した――は、
ユリス本体と分離すると、己の意思を持ってヴェイグ達に襲い掛かる。




ユリスアイは目玉、というだけであるのにその辺のバイラスを遥かに凌ぐ強さを持っていた。


攻撃手段は光線を放つ、法陣を張るなど至って単純だが、その威力は並ではない。
放たれた光線が身体を掠めたユージーンにはっきりと火傷の痕がついたのがその証拠だ。



「皆、気をつけろ!」

ユージーンが注意を促している間にも、ユリスはユリスアイを生み出していく。
気がつけばユリスアイの数は十を遥かに超えていて、ヴェイグ達を取り囲んで旋回していた。


周囲をグルグルと高速回転するユリスアイを何とか目で追いながら、がマオを呼んだ。


「マオ!導術でユリスアイの数を減らす!!」
「オッケー!」


了解したマオと同時に詠唱を始める。

そうはさせまいとユリスが吼え、二本の巨大な腕を伸ばした。
瞬間、二人に向けられた指先が針のように伸びて、切っ先が達を貫こうと迫る。

しかし、ユリスの指は二人を突き刺す前に、間に入って大剣を横に構えたヴェイグに受け止められた。



を・・・傷つけさせない・・・!」


もう二度と。





「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」と声を上げ、
ヴェイグは自分の何倍もあるユリスの指を十本全て弾き返した。


指を弾いたと同時に、マオとの詠唱が完了した。


「狙った獲物は逃がさない! エイミングヒート!!」
「冷たき氷牙よ 斬り刻め  フリーズランサー!!」



マオの炎が、の氷が、紅色に輝き、ユリスアイを追いかける。
紅蓮の炎がユリスアイを燃やし、紅玉のように美しい氷が貫いた。




十、九、八・・・・・・五、四、三・・・

確実にユリスアイが消滅し、周囲を旋回する目玉の数を減らせる。






反撃とばかりにユリスが腕を広げた。
瞬間、ユリスの身体から無数の光が放たれた。
ユリスアイが放つ光線と同じモノを無数に放出したのだ。

避けられる隙間さえ与えぬ光の筋が向かってくる。



それに立ち向かったのは杖を握り締めたアニーだ。

足下には、法陣。



「フォルスの雨よ 皆を守って!  フラッシュレーゲン!!」


アニーのフォルスで生み出された雨がヴェイグ達を包み込む。
すると、ユリスの放った光がヴェイグ達を透かせて闇の彼方へと飛んでいった。

まるでヴェイグ達が実体のない虚像であるかのように、身体をすり抜けた。



「すごいやアニー!こんな事も出来るんだね!!」
「無駄口叩くんじゃないわよ!来るわ!!」


マオを嗜めつつ、ヒルダはタロットを構えた。

次に来るのは光か、爪か、ユリスアイか。




ユリスの『目蓋』から、目玉がぷくりと膨れ上がった。

・・・ユリスアイを生み出すつもりだ。


「させるかよっ!!」

しかし、ユリスが動き出す前に既にティトレイが駆け出していた。
地面を蹴り上げ宙に浮き、巨大なユリスの腕に一度着地し、また跳び上がる。

ティトレイの身体は文字通りユリスの目の前に迫った。



「翔連脚っ!!」

ティトレイの回し蹴りがユリスの目玉を直撃した。続いて繰り出した踵落とし。


「引っ込みやがれっ!!」

ティトレイの脚が鞭のように撓り、ユリスの目玉に叩き込まれる。
メリメリと喰い込み、ティトレイの踵はそのままユリスの顔を割った。

苦しげに悲痛な悲鳴を上げるユリス。


その瞬間、未だ宙に浮いているティトレイに向かって、ユリスの指が伸びた。



ティトレイを串刺しにするつもりだ。




「ティトレイっ!」

ヴェイグは叫び、手を伸ばす。

反射的に振り返ったティトレイは、すぐに彼の意図する事に気づき、自分もそちらに向かって腕を伸ばした。
自身の服の袖口から、現れた種。それを樹のフォルスで急激に成長させた。

種から蔦へ。そして蔦が伸び、ヴェイグの腕に絡みついた。
絡んだ蔦を握り締め、ヴェイグが勢い良く引き寄せる。


ぐいっと引っ張られ、ティトレイが地へ向かって急降下した。

後を追ってくるユリスの指。


下に下りるティトレイと入れ違うように飛び出したのはユージーンだ。


迫るユリスの腕に向かって、鋼のフォルスで強化した槍を振るった。



「旋風槍!」

薙いだ槍がユリスの両腕を貫き、そのまま斬り落とした。
それと同時に、ティトレイが着地する。



「サンキュー ヴェイグ!」
「あぁ」

ニッと笑うティトレイに頷くヴェイグ。

しかしすぐにユリスに向き直った。


斬り落とされた両腕の先がボコリボコリといくつものコブを作り出す。
どうやら身体を再生させようとしているようだ。


その様子に気がついてヒルダがタロットを広げた。


「聖なる意思よ 我に仇なす敵を討て  ディバインセイバー!!」


ヒルダの雷が刃となってユリスの身体に打ち立てられる。


聖なる楔はユリスの再生を認めず、消滅を望む。

ユリスの身体を貫き、砕き、焼き尽くす。悲鳴が闇に轟いた。



しかし響いたのは悲鳴だけではない。





ヴェイグ達を、ユリスを、ユリスの闇を、領域を、全てを優しく包むような温かい声。


・・・歌だった。



の歌が静かに優しく響き渡る。

声音はユリスの雄叫びに遥かに及ばないが、
柔らかく透き通った声が直接ヴェイグ達の心へ届けられる。


人々の思いを。



一つとなった世界中のヒトの心を。




それがユリスには何よりの苦痛だった。

ティトレイの脚でもユージーンの槍でもヒルダの導術でもなく、
ヒトの心が籠められた歌が何よりもユリスを弱らせた。



歌いながら、チラリとがヴェイグを見る。
視線に気づき、ヴェイグも見つめ返した。


互いに頷いたのは同時。

瞬間、ヴェイグが駆け出した。


嫉妬、憎しみ、嘆き・・・ヒトの負の感情その全てをユリスと共に断ち切る為に。






全てをこの一太刀に注ぐ!




ヴェイグの握る大剣の刃が凍りつく。


鋭くて、キラリと冷たげに輝いているのに、不思議と温かく感じられる氷の剣だ。



氷の刃は人々の想い。




そして、この温かな輝きは――――――――






「俺達の・・・心の力だ!!」



ヴェイグが跳躍する。
ユリス目掛け、氷の刃を振り下ろした。




「崩龍無影剣っ!!」



ヒトの心を籠めた一閃がユリスを断ち切った。







































二つに斬り裂かれ、断末魔の声を上げるユリス。
その身体から、鮮血のように闇が溢れ出した。


「・・・やったのか!?」



地に着地したヴェイグが声を上げる。


ユリスはその身から闇を溢れさせるだけで、動かない。
・・・倒したのだろうか?



『まだ終わってない!実体は滅んだけど、ユリスの邪悪な意思を消さないと・・・!!』

叫んだのはシャオルーンだった。
それを聞いて、だったら早く!とマオが急かす。


『だが、我々の力だけではユリスを消し去る事は出来ぬ・・・王の力が必要だ・・・!』
「そんな・・・!」


思わず声を洩らしたのは、

傷ついてしまったゲオルギアスではそんな事が出来ないと感じたからだ。
・・・ゲオルギアスにそんな無理をさせたくはない。



「月のフォルス・・・月のフォルスがあれば・・・・・・ゲオルギアスの力を宿せるのに・・・!」


アガーテが嘆きの声を上げた。


自分に月のフォルスがあれば可能なのに。
でも今の自分にはフォルスが無い。

・・・何も出来ない。



結局、自分は役立たずなのか・・・!


「アガーテ様 諦めないで!」


そう言ってアガーテの手を取ったのはクレアだ。

その瞳が語る。



自分に負けないで、と。



「フォルスは心の力だ!きっと今なら出来る・・・アガーテ!自分を信じろ!!」
「ヴェイグ・・・」


ヴェイグが言う。

自分を信じろ、と。


「アガーテ。自分の心に負けないでくれ。・・・そして信じてくれ。自分の心を。ヒトの心の力を!」

が言った。





ヒトの心の力を・・・信じる・・・




「・・・・・・もう、逃げない!!」


アガーテが叫んだ。

瞬間、アガーテとクレアの身体が淡い光に包まれた。
その光はすぐに消え、出てきたのは。




「・・・ヴェイグ」

元の姿に戻ったクレアと、



月のフォルスを発動させたアガーテだ。





「聖獣の王よ ゲオルギアスよ! 今一度、我が月にその力を宿したまえ!!」




掲げた両手に白い満月を浮かび上がらせた。







月に王の力が宿る。  六聖獣の力が宿る。





もう絶対に逃げたりしない。顔を背けたりしない。

民から、国から、私の心の弱さから。



自分を支えてくれる想いがあるから。


私はそれに応える。




私の全ての力を出してでも!!









「・・・アガーテ!?」

何かを悟って、が声をかけた。
「まさか・・・」という言葉は口から洩れる前に、振り返ったアガーテの微笑に差し止められた。


「・・・私は大丈夫です、
「・・・・・・・・・」



もう、何も言えない。
ただアガーテの心の力を信じるしかない。

・・・だがせめて何か力になりたい。


は胸の前で両手を握り、祈った。


アガーテの身体に、の力が流れ込んでくる。
だけではない。ヴェイグ達や地上の人々の心の力も共に流れ込んでくる。


とても温かくて、強い力。



「・・・私が頑張らなくては・・・この思いを無駄にしない為にも・・・・・・!」


月が輝いた。


「負けない・・・・・・負けたくない!!」









ふわり、とアガーテを包み込む温もり。


隣を見れば、ミルハウストが立っていて、己と一緒に月に片手を掲げていた。




「・・・ミルハウスト・・・!?」


驚き、声をかけるアガーテに、ただミルハウストは微笑んだ。



「―――――――― ! 」



・・・ようやく、笑ってくれた。




遠い昔、まだ身分も種族も気にならないくらい幼い頃、
二人で夕方まで遊んで、泥だらけになって遊んで・・・笑い合ったあの頃。


あの頃以来の、彼の笑顔だ。


アガーテが何よりも愛した笑顔だ。





「ミルハウスト・・・」




ありがとう。






心の中で呟いて、アガーテはフォルスを高めた。






月が一層に輝きを増し、ユリスを包み込む。


やがて、領域全てを白い光が覆った。


心の剣の巻。

ヴェイグ達のチームプレイを表現したかったのです。
個人的にティトレイの落下中の描写がお気に入り。

そしてミルアガのターン発動。ミルアガ大好き。