例えるなら、寒い外を身体が冷え切るまで歩き回った後、温かい家に入ったような感覚。


そんな感覚がの全身をそっと包み込んだのは、ユリスの領域の奥に入ってしばらくしてからだった。




一瞬気のせいかとも思ったが、どうやら違うらしい。
ユリスの領域の奥地だというのに心の闇に蝕まれていた身体が先程よりも楽になった事が何よりの証拠だ。

・・・何故だろう?



「・・・・・・今の感覚は・・・」

ふと隣に居たヴェイグの呟きを聞き取る。てっきり自分だけが感じているものだと思っていた。



「・・・ヴェイグにも?」

訊ねればヴェイグは頷いた。


「・・・皆は?」

一同が頷く。


「何か胸が熱くなったって言うか、急に身体が軽くなったみたいなカンジがしたよ!」

マオの言葉にティトレイが同意する。

「何でかわかんねぇケド・・・まだまだ頑張れそうな気がしてきたぜ!」


今まで感じていた負の力の重みが少し和らいだ。・・・そんな気がする。


「負の力が弱まったんでしょうか・・・?」
「それはない。負の力はココに来た時から依然変化は無い」

アニーの考えを否定しつつは続けた。

「・・・そうじゃなくて、負の力に対抗する別の力が強くなったんだ。・・・・・・この力は・・・・・・」


言いかけて口を噤む。
確信の無い事を口にする性格は一応、していない。


「先に行こう。俺達はまだまだやれる」


身体は楽になっていても負の力は依然として渦巻いている。

早く先へ。この力を断ち切る為に。



先程よりも軽くなった足を、また一歩進めた。










































荒風が舞い上がる荒野の村、ピピスタ。

他と隔絶したこの村さえもバイラスは見逃さなかった。


村へ押し寄せ村人を次々と襲っていく。
村人達が村の奥へ逃げた頃には、バイラスの群れは村人を取り囲んでいた。


もう逃げられない。

他者を寄せ付けないように出来た村、ピピスタ。
そんな所へ誰かが助けに来るとは思えない。


もはやこれまでか・・・

何処か客観的に思いながら酋長、ドバルは近づいてくるバイラスを見つめた。


ふと、突然。バイラスの群れの一部分が大きく崩れた。
倒れたバイラスを踏み台にして、ひらりと何者かがドバル達村人の前に飛び出してくる。





――――――――――――ヒューマの若い男だ。



「怪我は無いか!?」

己の背後に庇う形になったドバルへと振り返るヒューマの男・・・イゴルは、村人達の無事を確認する。


ドバルにはワケがわからなかった。

この男はヒューマだ。村の外から来た、ヒューマだ。
何故ヒューマがガジュマを助ける。助けてくれとは言っていないのに。


「何故ガジュマを助ける!?」


だから訊ねた。
何故助けたのだ、と。


だが、イゴルはその言葉に信じられないと言いたげな表情を浮かべた後、迷い無く真っ直ぐに言った。


「ガジュマを助けたんじゃない。同じヒトの仲間を助けたんだ!」



「・・・同じ・・・だと・・・・・・?」

今しがた、イゴルが浮かべた表情を今度はドバルが浮かべてみせる。




『同じヒト』・・・・・・そういえば、ヴェイグとか言うヒューマの男もそんな事を言っていた。

・・・・・・どういう意味なのだろう。



「僕にも手伝わせてください!」


イゴルとは別の声。
それはまた村へやって来た外の者。・・・ハックだった。

以前この村で酷い仕打ちを受けたこの男が、村人を助けると言った。



何故だ。



「旅で見つけた薬もあるし、治療くらいなら出来ますよ!」

そう言ってハックは笑顔を浮かべる。
二人の様子を見て、何となく思った。



この二人を信じても良いのではないか、と。


「・・・同じヒトの仲間・・・・・・」

呟いてみる。

ユージーンと共にいた男達の言っていた『同じヒト』が少し分かった気がする。



「・・・うむ。共に、戦おう・・・」







同じヒト同士、協力して。

































ノルゼンの港は押し寄せた人々で混乱していた。



桟橋がヒトの重みでミシリミシリと悲鳴を上げる。

港の船は既に定員オーバー。
それでも無理矢理乗り込もうとするガジュマの男を、ヒューマの男が睨んだ。


「オイ!押すな!!もう船はいっぱいだ!!」
「自分だけ助かろうったって、そうはいかないぞ!!」

焦って人々は叫び合う。

モタモタなんてしていられない。すぐそこまでバイラスがやって来ているのに――――



「バ、バイラスだ!バイラスが来たぞーっ!!」


船に乗っていた一人が声を上げた。
後ろを振り返れば一匹の大きなバイラスがゆっくりとこちらに向かって来る。
バイラスは船に乗れないでいた人々の中から一人に狙いを定めて舌なめずりをした。



もうダメだ・・・誰か助けて・・・!



人々が心の中で必死に助けを求めたその瞬間。

心の声が神に届いたかのように、天から声が響いた。







「待ぁてぇいっ!!」



自分達の想いに応えてくれた馬鹿煩い声。
一体何処から・・・!?と人々が辺りを見回す。

誰かが「あ、あそこだ!」と指を指し、一斉に指の先を見つめる。


雪の積もった純白の屋根を彩る三つの影。
カッコイイと思っているのか、シャキーンと効果音のつきそうなポーズをしている。



「諸君、もう安心だ!我ら漆黒の翼がバイラス共を成敗してくれる!!」


リーダー格らしい真ん中の男は叫ぶと、
そのまま「とぅ!」と声を上げ屋根から飛び降りる。残りの二人も後に続いて飛び降りた。
ボスッと鈍い音を上げながら漆黒の翼が地へと舞い降りる。

「おぉっ」と人々が声を上げた。


あの辺は雪がわりと薄いのに、足は大丈夫なのだろうか。



「・・・くっ・・・・・・・・・行くぞ!ドルンブ、ユシア!!」

「おぅでヤンス!」
「オッケー!!」

三人は雄叫びを上げてバイラスに真正面から突っ込んでいく。
一同はその様子を固唾を呑んで見守った。



ボコッボコと殴打音。



ゴロゴロと転がってくる漆黒の翼。





「・・・・・・・・・」


何コイツら弱い。



一同の気持ちが一つになった。
しかし、リーダーの男はよろけながらも起き上がり、殴られた頬を手の甲でゆっくりと撫でた。


「・・・い、良いパンチ持ってるじゃないか・・・・・・」


男は完全に立ち上げる。弱いのに立ち上がって戦おうとする。


・・・他の二人も。


三人は再びバイラスへ向かって走った。
相変わらず真正面から突っ込んでいった三人の攻撃が見事バイラスの急所を衝く。

苦しみ悶え、絶命するバイラスを見送ってから、漆黒の翼は人々に振り返った。



「・・・何をしているのだ?すぐに別のバイラスが来るぞ」
「ココはアタイらに任せなよ!」
「早く逃げるでヤンス!」




三人がそう言葉にする中、一部始終を見守っていた人々の中で動きがあった。
船に乗っていたヒューマの男が飛び降りたのだ。


それに続いて、ヒューマ、ガジュマを問わず次々に船を降りるヒト達。


「オレ達も戦おうぜ!」
「・・・え、お前・・・船は良いのか?」


先程まで乗船をめぐって口論をしていたガジュマの男は思わず訊ねてしまった。
照れくさそうにヒューマの男。



「だってさ、アイツらを見てたら・・・なんか胸が熱くなってきたんだ・・・!」


決して強いわけではないのに、決して凄いわけではないのに。


目の前にいる三人は最高にカッコ良く見えた。




その思いを伝えると、苦笑を浮かべたガジュマの男。



「・・・何だよ・・・まったく・・・・・・ヒューマがオレと一緒なんてよぉ・・・!」

言葉とは裏腹に、表情は嬉々としている。





ノルゼンの人々はヒューマ、ガジュマを問わずに、互いの顔を見つめ、強く頷き合った。



「オレ達も一緒に戦うぜ!!」
「お前ら・・・」


戦うと決意した街の人々を見渡してから、漆黒の翼のリーダーが叫んだ。






「よぉし!ならば皆まとめてこのギンナル様が面倒見てやる!
          お前達皆、今から漆黒の翼の一員だ!! 共に戦おうぞ!!!」


リーダー、ギンナルが天へと拳を上げる。喚声を上げて一同が天へ拳を向けた。



















世界中のヒトが力を合わせ、一つになる。


想いを一つにする。





人々の心が天へと舞い上がった。















































ふわりとまた感じるあの感覚。
「まただ・・・」と隣のヴェイグが呟いた。


「スゴイ!全然苦しくないんですケド!!」

そう言ってマオが飛び跳ねる。
ティトレイもアニーも同意してマオに頷いた。



「これ程領域の深部まで来たというのに・・・まったく邪悪な空気を感じない・・・」
「とても暖かくて、強い・・・これは・・・」

ユージーンとヒルダの呟きを汲み取り、が独り言のように言った。


「・・・やっぱり、コレは『ヒトの心』・・・」


呟いて、は己の『心のフォルス』をフォルスキューブと化して出現させた。
半透明に輝く立方体がぐるりぐるりと高速回転している。


心のフォルスがカレギアの大地のヒトのヒトの心に反応しているのだ。




「ヒトの想いが負の力の威力を消して・・・心が、私達の力となっている・・・」


ふわりと優しくは微笑む。
ユリスの領域に来て、初めて笑った。


「・・・温かい」



のキューブに、そっとヴェイグが手を伸ばす。
身体の内側からじわりと熱くなっていくような温かい光がヴェイグを包んだ。とても、温かい。




「今ならユリスをぶっ倒せそうだな」


ティトレイらしい発言の仕方に一同は頷く。






「戦っているのは、俺達だけじゃない・・・」





『皆』がいる。






そう確信した。




























軽くなった身体で奥へ奥へと突き進む。やがて長い階段がヴェイグ達を迎えた。
階段の一番先は高過ぎて見えない。

だが、時折じわりと黒い霧が先の方から溢れ出してきているのが確認出来る。


「・・・この先だ・・・」


見上げてが言った。

この先に、ユリスがいる。



今なら不安など無い。今ならユリスを消滅させる事が出来る。

世界中のヒトの心を一つに共に。



最初の一段に足を乗せた。



・・・・・・瞬間。


「ヴェイグ!」


自分を呼び止める声。声の主が誰かをすぐに理解して後ろを振り返る。
そんな、まさかという気持ちを抱いて。

しかし、その「まさか」は現実だった。


振り返った先にクレアが立っていた。後ろからミルハウストとアガーテも歩いてくる。




「クレア・・・!?何故ココに来た!?」

むしろ「どうやって来た」の方がとしては疑問だったが、口には出さず二人のやり取りを眺める事にした。
クレアが、真っ直ぐにヴェイグを見た。


「一緒に戦いたいの・・・ヴェイグ、貴方達と・・・」
「私達も、共に戦います」


アガーテが頷いた。



「だが・・・ココは危険過ぎる!」


簡単に承諾出来る内容ではない。
だが、こんな最深部まで来たのに帰れなどと言えるワケもない。
ここまでの道のりだって相当危険だっただろう。


帰らせるべきか否か。さぁ、どうする。


いっそこの場で待ってもらおうか。
そう考えていたヴェイグに向かって声を出したのはミルハウストだった。


「二人は私が守る。この命に代えても!」

「ミルハウスト・・・」


ミルハウストの瞳を見る。
曇りない透き通った雨上がりの空のような色だ。

だが、その淡い色の瞳が強い意志を宿らせ、ヴェイグに語っているのだ。




私を信じろ、と。




「・・・わかった」


ヴェイグは信じる事にした。


クレアを、アガーテを。 ・・・ミルハウストを。





「一緒に行こう!!」




























長い長い階段を上りきり、ヴェイグ達はついにユリスと対峙した。

強大で邪悪な存在・・・ヒトの心が生んだ怪物、ユリス。




ヴェイグ達の数百倍はあろうかという巨体は侵入者を確認して、あの悲鳴のような重苦しい雄叫びを上げた。


獣王山でその姿を見た時はただただ絶望に煽られていたのに、今はそんな気持ちが何処にもない。





「・・・ユリス・・・・・・」


一歩踏み出したヴェイグに反応して、ユリスが雷を放つ。
天上から打ち立てられる無数の楔はヴェイグの近くにすら落ちる事無く滅茶苦茶に放たれる。


そして、またユリスが吼えた。



キィヤァァァァァァァァァァっ!!




・・・今度は悲鳴の『ような』ではなく、本当にユリスの悲鳴だった。





「・・・ユリスが・・・苦しがっている・・・・・・」

の呟きに肯定するかのように、もう一度 悲鳴。


「行けるぞ・・・今度は戦える!!」

確信して叫ぶユージーン。



ヴェイグが負けじと声を張り上げた。




「ユリスを倒すぞ!世界中のヒト達の・・・この心の力を無駄にしない為にも!!」






ザピィとハープがヴェイグとの肩から降りて、クレアとアガーテの元へ駆け寄る。

その間に、武器を構えて、凶悪な魔人を見上げた。















ヒトの想いを、心を一つに。





ヴェイグ達が駆け出した。


ヒトの想い 後編 の巻。

人々の和解シーンが大好き。ちょっと無理矢理な気もしたけどね(汗)

RPGにありがちな、
「勇者とその仲間達が魔王をやっつけて世界は平和になりましためでたしめでたし」っていう、
勇者とその仲間達だけが頑張ってて村人ABCは「わーモンスターだーお助けー」
になっている展開が無いからTORって好きだな(笑)皆で力を合わせてる感じが・・・素敵。
主人公達が戦ってる時に「俺達も何かしなきゃ!」って言ってるモブが好き。

「MOTHER」シリーズもそういった点がスゴク素敵なんです。ラスボスを武器で倒さないって辺りが^^


そして私がいかに漆黒の翼スキーかわかるであろう(微笑)


次回はいよいよ決戦ユリスたん!!