カレギア全土に凶暴なバイラスが異常発生したのは、ユリスの領域が出現した直後だった。

ヒトの負の感情に反応して大量発生をしたバイラスが、ユリスの凶々しい力を受けて次々にヒトを襲う。
人々の悲鳴と嘆きが空に響いた。










「クウ・ホウ!そこの二人をバイラスの前に突き出せ!!」

キョグエンのワン・ギン邸。
ワン・ギン達は世界情勢なんぞ知った事かと言わんばかりに呑気にオークションを開催していた最中、バイラスの群れに襲われた。

突然の出来事にオークション参加者達は屋敷中を駆け巡ったが、
屋敷の最奥まで逃げ切ったのは、ワン・ギンと使用人のクウ・ホウ。そしてオークションの客であったガジュマ二人だ。


他の使用人や客がどうなったのかは分からない。
上手く屋敷の外へと逃げたか、はたまたバイラスの餌になってしまったか。



しかし、そんな事はどうでも良いとワン・ギンは思った。


どうにかして、自分だけでもココから逃げられないものか・・・ワン・ギンの思考はその一点張りだった。

そこで咄嗟に思いついたのが、客の二人をバイラスの元へと差し向ける事。
バイラスが客に気を取られている間に逃げようという作戦だった。



「しかし・・・そんな事をしたらこの二人は・・・!」

一方、命令されたクウ・ホウは驚いてワン・ギンを見た。
突き出された二人がどうなってしまうかは、容易に想像できた。


「やれ!ガジュマの一匹や二匹など、いくらでも取り替えは利く!!」



そうだ。ガジュマなんてその辺にいくらでも居る。屋敷の宝だってそうだ。いくらでもある。
取り替える事なんて、新しくする事なんて何度でも出来る。


そうワン・ギンは思っていた。



「やめて!助けて・・・!!」

客の一人が声を上げる。


バイラス達が、まるで吟味するかのように四人を見渡した・・・。























バイラスの発生は首都バルカにも多大な被害を起こしていた。

我先にと逃げ出す人々で街がパニックと化す。蒸気機関車の駅はまさに混乱。


「早く!早くしてよ!!バイラスが来るわっ!!」

前を行くヒトを押し退けるガジュマ。


「どけっ!俺達が先だ!!」

目の前にいたガジュマの少女を突き飛ばすヒューマ。


「何言ってるの!私達ガジュマが先よ!!」

睨み合うヒューマとガジュマ。
突き飛ばされた少女の泣き声が混乱を彩った。





人々の負の感情でまた少し、ユリスの領域が空を覆った。




































それを敏感に感じ取ったのは心のフォルスを持つだ。

ユリスの領域に足を踏み入れた直後、彼女の二本の足は身体を支える事無く地に崩れた。


!」

倒れたをヴェイグが支える。
まるで高山のように空気が薄い場所であるかのように、彼女の呼吸が掠れて、乱れる。


「・・・負の感情が・・・また増えた・・・・・・・・・早く、早く・・・ユリスを・・・」
「・・・・・・そうだな」

ヴェイグは頷きと共に答える。



「コレはマズイ」とヴェイグ達でも分かるほどに、ユリスの領域は邪気に満ちていた。
力が思うように入らず、身体にいくつもの錘をつけたような重い重い感覚。

全身に纏わりついてくる、嫌な感覚だ。


「・・・この感覚が・・・ヒトの心が生んだ負の感情なんですね・・・」

杖をついて、アニーがよろめく。



「皆、心を強く持て!負の感情に潰されてしまうぞ!!」

ユージーンが苦しむ一同を鼓舞する。
最初に頷いたのは一番苦しんでいただ。


「負の感情はヒトの心が生んだもの・・・・・・ヒトが作り出したもの・・・」
「・・・そうだ。俺達の心の力で立ち向かえるはずだ!!」


ヴェイグが皆を見渡す。



「俺達は勝つ!ユリスに・・・負の感情に・・・心の弱さに!!」





「おぉっ!」と力強い声が返ってきた。


巨大な扉が目の前に広がっている。
きっとアレがユリスの闇への入り口だ。



必ず勝ってみせる。



その思いを胸に扉を開いた。


















































ミリッツァの目の前には、泣いている子供がいた。
擦りむいた膝を抱えてすすり泣く子供を気に留める事無く、人々は次々に横をすり抜けていく。
まるで、そこで泣いている少女がその辺の石ころと変わりない存在だと言わんばかりに、自然と少女を避ける道が作られていた。

子供がいくら泣こうと、誰も手を差し伸べない。



あぁ、孤独。

ミリッツァは少女を頭の中でそう形容した。
・・・自分に似ていると思った。


子供の頃の自分を見ているような感覚に陥って、周りの雑音を掻き消す。
代わりに、少女の泣き声だけを耳が拾う。






・・・この子を救ってあげたい。


・・・・・・居場所を作ってあげたい。




ゆっくりとミリッツァは少女の前に膝をついた。少女は相変わらず泣き続ける。
一体どうすれば良いだろう。頭の中で目一杯考えた。


結果は。



「・・・・・・・・・大丈、夫・・・?」


声をかけて小さな頭をそっと撫でた。
その瞬間、初めて少女は泣くのを止め、ミリッツァを見上げた。



「うん・・・ありがとう、お姉ちゃん」

涙を拭って少女が微笑む。怪我も大した事は無い。
ミリッツァは自身の服の袖をビリッと破くと、少女の擦りむいた膝にそれを巻いて応急処置を施す。



「あ、お母さん!」

駅から少女の母親らしきガジュマがこちらに駆けて来る。
はぐれた事に気づき引き返してきたのだろう母親は、良かったと娘を抱きしめた後、
ミリッツァに礼を述べようと顔を上げた。


母親の目に飛び込んでくるミリッツァの二本の角。



「・・・・・・ハーフ!?」

瞬間、娘を力尽くで立たせ、自分の後ろに隠した。


「汚らわしいハーフ!ウチの子をどうするつもりっ!?」

ヒステリックに叫ぶ母親の声で、ピタリと逃げ惑う人々の動きが止まる。
皆、一斉にミリッツァを見る。

自分達とは違う、異質な存在を拒絶する冷たい瞳で。




「・・・私は・・・・・・」


ただ、救いたかっただけ・・・



「・・・エナ、大丈夫?あのハーフに何かされなかった?」
「・・・・・・・・・」


ギュッと拳を握った。





・・・あぁ、やっぱり『ハーフ』に居場所は無いんだ。







ミリッツァが納得しかけた時、その場の空気を切り裂くような怒号が上がった。



「お母さんのバカっ!!」



・・・少女だった。




「どうしてそんな事言うの!?お姉ちゃんは私を助けてくれたんだよ!!?」


思いもよらない娘の反撃に母親はポカンと呆ける。
・・・そこへ、カレギアの辞書、ヨッツァとカレギア兵士のナッツが駆け寄ってきた。


「あぁ、その通りだ!皆が自分が助かる事ばかり考えている時にこのヒトは他人の子を助けたんだぞ!
 ・・・なのに何だいアンタ達の目は!!恥ずかしくないのかい!?」

「そうです!バイラスは種族など関係なく、ヒトを襲います!!
 だったら、私達は力を合わせてバイラスと戦うべきではないですか!!」






ヒューマはガジュマは、ヒトは、一斉に互いを見た。
・・・今、自分の瞳に映るソレはヒューマ、ガジュマ。


・・・違う、ヒトだ。



自分と同じ、ヒトだ。







「バイラスだぁっ!助けてくれー――――――っ!!」


街の入り口の方から悲鳴が上がる。
ミリッツァが駆け出した。


「お姉ちゃん!」

少女が声をかけた。一度だけ振り返る。


「ありがとう!」

そう言って笑顔で手を振る。
先程まで泣いてばかりいた少女が、自分に、礼を述べて。



・・・私は少女を救えたんだ。




それを確信した時、初めてミリッツァは笑った。
生まれて初めて、心から笑った。



・・・ヒルダ。お前の言っていた事が、少し分かったよ。


心の中で呟いて、ミリッツァは走った。



































一歩、またバイラスが近づく。
焦りでワン・ギンの声が上擦った。

「早くしろ!クウ・ホウ!!そこのガジュマ共をバイラスに喰わせてやれ!!」
「・・・そんな事、出来ません!!」

クウ・ホウは拒否をした。
初めてワン・ギンの命令に背いた。


「えぇい・・・ならば自分でやってくれよう!!」

そうか。ならば仕方ないな、で済む状況ではない。
ワン・ギンは震えるガジュマに迫った。


クウ・ホウは何を躊躇うのか。
この二人はガジュマだ。衣服を着て二足で立って歩くという以外はその辺の野っ原にいる獣と同じじゃないか。
金を持っているという以外には価値の無い、ただの獣じゃないか。

ワン・ギンはそう思っていた。


だがクウ・ホウは違う。
目の前の二人をヒトとして見ていた。自分と同じヒトとして。


だから、庇った。


「やめてください!」

そう言ったクウ・ホウの腕を、ワン・ギンが握り潰さん勢いで掴んだ。


「邪魔をするというのなら貴様をバイラスの餌にするまでだ!」


クウ・ホウの身体がバイラスの群れに向かって押し出される。
一体のバイラスが肥大化した巨大な口を開けた。



もうダメだ、とクウ・ホウが『死』を覚悟したその時、「危ない!」という声と共にドンと何かを突き飛ばす音。
クウ・ホウの横を何かが吹き飛ぶ。


・・・ワン・ギンだ。


床を転がったワン・ギンはあっという間にバイラスに囲まれた。
・・・もう助け出すのは不可能だ。



「大丈夫か!?」

ぐいっとガジュマの男に身体を引かれる。どうやら彼がワン・ギンを押し出したらしい。


「お前・・・どうして・・・」
「アンタだって俺達を庇ったじゃないか!」

お互い様だ。
そう言って男が頷いた。客のもう一人が二人に叫ぶ。


「今のうちよ!早く逃げましょう!!」


それもそうだと三人が駆け出す。
バイラスの群れの中心からワン・ギンの喚き声が響く。


「クウ・ホウ!クウ・ホウ!!私が悪かった!助けたくれ!!助けてくれたらいくらでも金をやろう!クウ・ホウ!!」
「・・・!」

ギュッと目を瞑りクウ・ホウはその場を走り去る。
バイラスの群れの中からちらりと出ていた腕が目一杯伸びても、もう彼には見えなかった。




「クウ・ホウ!クウ・ホウ!!・・・ぎゃあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



迫る鋭い牙。 それ以上先を、ワン・ギンの眼は映さなかった。









































男の大槌がバイラスの頭を叩き潰す。
頭蓋骨を打ち砕かれたバイラスが悲鳴を上げて絶命した。


「やった!やったぞ!!」
「やりましたね!工場長!!」

倒れた巨体の傍らで歓喜する人々。
ヒューマ、ガジュマなど関係無しに抱き合い喜びを分かち合う。


ティトレイの故郷、ペトナジャンカだ。


「だが・・・次々にバイラスが湧いてくる・・・もうダメかもしれない・・・」

崩れたバイラスを一瞥して工場長が呟くと、大槌を抱えた男が豪快に笑い飛ばした。


「大丈夫ですよ!どんなバイラスが出ようと、皆で助け合えば立ち向かえます!!」



「そうですよ、工場長」

怪我人の手当てを済ませたセレーナが微笑む。



「私達は一人じゃない・・・皆で力を合わせればどんな困難にだって立ち向かえる。
 だって私達はヒト・・・・・・同じヒトなんだもの」


「セレーナさんの言う通りですよ!」
「一緒に頑張りましょう!工場長!!」

「工場長!」と一同の励ましの声が上がる。



「そうだな・・・・・・そうだな!!」

工場長が頷いた。



「皆!バイラスに怯むな!力を合わせて、私達の街を守るんだ!!」

オォーッ!!と一層声が上がる。



そっとセレーナは不気味な色をした空を見上げ、この空の何処かで戦っているのであろう弟の無事を祈った。


「・・・ティトレイ・・・私達は大丈夫・・・・・・貴方も頑張るのよ・・・」





ある者は守り、ある者は祈り、ある者は力を合わせて戦う・・・
それが出来るのは自分達が『同じ』だから。







同じヒトだから。












その事実に人々はゆっくりと気づき始めている。
その心にしっかりと分かり始めている。




















ふわり   ふわり












想いが空に舞い上がった。




ヒトの想い 前編 の巻。
名前変換が4箇所しかないよ・・・!すげぇぇぇっ。

原作忠実にしたい+省いたらストーリーとしてもったいないという事で
省かずに書いた周りの人々。クウ・ホウがイケメソで困る。

周囲の人々の考え(ミリッツァが少女に近づいたのが幼い頃の自分に重なったとか)は
ほとんどゲームプレイ中の私の見解なので違ってたらすまんです。
ミリッツァのぎこちない「大丈夫?」が可愛いんですよね・・・!

少女を、自分を救う事が出来たから、自分の殻に篭っていたミリッツァは初めて心から笑う事が出来たと思うのです。
EDでも微笑んでたしね・・・!