思念を浄化した時のように、ヴェイグ達は円を描いて立つ。



その円の中心にいるは鞘から短剣を引き抜くと、己の左の掌を静かに浅く斬った。

ぷつ、と皮膚が切れ、一線引かれたそこからじわりと紅色が滲み出たのを確認して、
右手を同じように斬りつける。血の流れた両掌を合わせ、指を絡ませた。


その手を、胸に。


ヴェイグとは互いに目を合わせて、頷き合った。

「皆、やるぞ!俺達の想いの全てをゲオルギアスに伝えるんだ!!」



ゲオルギアス復活の儀式を開始した。








「壮麗たる歌声よ 奏でよ 聖なる歌」





の歌が始まる。
ヴェイグ達の足下に聖獣の紋章が浮かび上がった。

ホーリーソングに反応し、紋章がゆっくり輝き出した。
同時に、の血が光に変わって舞い上がる。


血が光に変わっていく感触に痛みはない。温かくて、水に身体が浮かんだような・・・そんな感覚。
これなら、最後まで立ってやり遂げられるだろうか、と密かには安堵した。





聖なる人形は滅び  王は怒り狂い  我は嘆いた
  王は我に血を与える  我は詠おう  王と守るべきものの為



「・・・・・・?」


ふと頭の中に声が響く。
・・・歌だ。・・・ホーリーソングだ。

自身が歌っているホーリーソングを耳が聞き取っている。


それは当たり前の事だが、不思議だ。自分は古代カレギア語で歌っているから、
『音』は当然古代カレギア語で耳に入っているのに頭の中で自動的に翻訳されているのだ。



『私』は何を思い出そうとしているんだ・・・?





どうかどうか  涙を止めて  憎悪を殺して
  争いは無への始まり  嘆きは破滅の産声









「・・・・・・!」


ガクリとその場に座り込む。それでも歌は決して止めない。
血が光へと変わる量が増える。膝を落とした私に驚いたのか、「!」とヴェイグの声が聞こえる。
耳鳴りのする煩い耳に何とか聞き取れる程度に。



だが、絶対に歌を止めない。






そうだ・・・私はずっと伝えようとしていたんだ・・・






魔物の産声  思念となりぬ  全てを無に帰す崩壊の心なり
  聖なる王  これを止めんと  する者なり





ゲオルギアスがヒューマ殲滅を唱えた真の理由を・・・ずっと、ずっと伝えようとしていたんだ。







王の身体に  封印されし魔人
  邪なる心を満たし  破滅をもたらさんとする  その名を――――――――――――――























――――――――――――――――――・・・


































!!」

倒れたの元へヴェイグが駆け寄る。
すぐに、青白くなった身体を抱き起こし、状態を確認する。


・・・反応が無い。


氷のように冷たくなったに、戸惑う。

・・・」



呼びかけに応じない腕の中のヒトを心配して顔を覗き込んでいると、ふと視界が翳った。
上を見上げれば黄金に輝く巨大な珠が一つ、浮かび上がっていた。

・・・ゲオルギアスだ。



「聖獣王、ゲオルギアス・・・」

ギュッとを抱く腕に力が篭った。



「俺達に力を貸してくれ!この災いを止める為に・・・!!」
『・・・・・・もう・・・遅い・・・・・・』


を見下ろすような形で、ゲオルギアスは一言呟く。


手遅れだ、と。




「遅い・・・?何の事だ!?」


『大空に邪なる心が満ちる時、災いの獣 降り立ち、大地に破滅をもたらす・・・・・・・・・その名を』






がゆっくりと目を開いた。






そして、





「・・・ユリス」



ゲオルギアスの言葉を受け取って答えた。






・・・身体は?』
「・・・大丈夫だ。少し・・・血が無くなった、だけ・・・」




そう言って、はヴェイグに苦笑を浮かべる。
・・・しかしすぐにゲオルギアスの方へ顔を向けた。


「ゲオルギアス。・・・ユリスが目覚めるのか?」
『・・・うむ。もう・・・手遅れだ・・・』

「オイ・・・ユリスって一体何なんだよ!?」


ティトレイが戸惑いの声を上げる。彼だけではない。
ゲオルギアスと以外、今の状況が飲み込めないでいる。



『・・・汝らが倒した時に飛び散った思念は我のモノではない。アレは・・・ユリスの思念』
「何だって・・・!?」


ヴェイグが呟く。


「・・・長い時の中、ゲオルギアスが身体の中でユリスを抑えつけていたんだ」

が説明する。



『・・・あの時、ユリスの思念は我が縛めを逃れ、世界中に飛び散った。
 思念はヒトの持つ憎しみや妬みといった感情を増長させる』

「思念は浄化されたけど、ヒトの持つ負の感情は残る」
『その感情が、ユリスを生む・・・』


ゲオルギアスの言葉と共に、灰と化したジルバの骸から黒い霧のような影が溢れ出してきた。

思念ではない。もっと強力で凶々しい底なしの闇。
ゾクリと激しい悪寒に襲われて、は自身の身体を抱きしめた。


『我が名を語り、ジルバを操り、世界を混乱に導きし者・・・
 ・・・そして今、自ら形を成すは世界を殺す剣、万物の敵・・・・・・それが破滅の者・・・ユリス・・・』






キィヤァァァァァァァァァァァァッ!!



ヒトの悲鳴に似た、心に重く沈みこんでくるユリスの『声』。
意識を喰い破ってくるような雄叫びを上げながら、闇がユリスを作り出す。


ヒトの心を媒介にしたユリスはヒトの形であり、ヒトではなかった。
女体のような身体を中心にして、巨大な腕と翼を持っている。

巨大な翼はよく見ると、白い腕が何本も身体から伸びているが為に羽根のように見えているのだ。
ユリスの姿はヒトの身体の一部一部を繋げて生まれた凶々しい形をしていた。








ヒトの心に巣食う破滅の者  それがユリスだ。








ゲオルギアスは珠の形から金色の龍の姿へと変わると飛翔し、ユリスに向かっていく。

ユリスの目の前に来た所で、ゲオルギアスが雷を放った。
しかし、それはユリスの巨大な腕に阻まれ、消されてしまった。


ユリスの声が空に轟く。
瞬間、ユリスから強大な光が放たれた。


光はゲオルギアスに向かって飛び、直撃した。






聖獣王が破れ、堕ちる。





「ゲオルギアス!!」

叫んで、苦しい身体に鞭打ち、目の前に崩れたゲオルギアスの元へが駆け寄る。
そっと身体を撫でると、羽根が散った。



『・・・終わりだ・・・・・・世界は破滅する・・・』

絶望的な言葉を口にしたが、
声を放てるだけの余力をゲオルギアスが持っていた事に、は先に安堵した。

『ユリスを生んだヒトの感情は強大過ぎる・・・もはや・・・希望は無い・・・・・・』




絶望の声を上げるゲオルギアスに、ヴェイグが言った。

「まだだ・・・まだ俺達はやれる!」
「あぁ!黙って死ぬなんてまっぴらだぜ!!」
『無駄だ・・・我に倒せぬものを・・・ヒトの力で何が出来る・・・』


ティトレイが叫んだ。

「うるせぇ!諦めたらそこで終わりだろうが!!」
『・・・・・・・・・』




「ゲオルギアス」

が声をかけた。



「ヒトは愚かです。愚かだからこそ何度も同じ過ちをして、何度もユリスを生む。
 ・・・でも、愚かだからこそ、ヒトは絶望に抗う事が出来るのです」


・・・』
「・・・愚かである事。それが良い意味でも悪い意味でもヒトの心の力なのだと思います」

そっとゲオルギアスから離れた。




「私もまた、愚かなヒトです」

そう言って、柔らかくが微笑んだ。












「ゲオルギアス・・・俺達の戦いを見ていてくれ」

ヴェイグが言葉を発した直後、ユリスの声が再度空に響いた。
ユリスの叫喚に反応して、その身から『闇』が溢れ出す。


闇はユリスを包み込みどんどんと大きくなっていく。
やがて獣王山の空を闇が覆った。



「・・・アレは・・・?」
『・・・ユリスの領域だ』
「ユリスの領域・・・?」

訊ねるにゲオルギアスが答えた。


『ユリスの領域は負の感情が渦巻く空間。やがてそれは世界を覆い、全てを消し去る・・・』



「けっ、ユリスをぶっ倒せばあの領域も消えるんだろ!?」

強気にティトレイが言った。
自身を鼓舞して、最大の敵に立ち向かう覚悟を作る。





『・・・ユリスの領域は広がり続け、やがて暗黒が世界を覆い、破滅を向かえる・・・』


「その前にユリスを倒せば良いんだね!」
「マオ、油断するんじゃないぞ」
「わかってるよ、ユージーン」

マオとユージーンのいつもの行い。
ふと、ユージーンは返事をしたマオから視線を外し、頭上高くに広がったユリスの領域へと目を向けた。


「・・・今度ばかりは無事では済まないかもしれんな」
「・・・らしくないわね」

ヒルダが呟いた。アニーも続く。


「怖いんですか?」

茶化した声色だ。



「・・・いつだって怖かったさ」


だが、ユージーンは真剣に答えた。

まさか彼から「怖い」という単語が出てくるとは。
アニーは一瞬己の耳を疑った。



「臆病者だけが生き残れるんだ。戦場ではな・・・・・・」

そう言って、ユージーンが俯く。


「じゃあ、今回も大丈夫だね!」

ユージーンにもう一度顔を上げさせたのは、元気に言うマオの言葉だった



「だって皆、ユージーン以上の怖がりばっかりだもん!!」





「・・・マオ・・・・・・」
「・・・ユージーン。アンタは俺達に多くの事を教えてくれた。戦う事、耐える事、挫けない事・・・・・・そして、生きる事」
「・・・ヴェイグ・・・・・・」




ヴェイグが一同を見回した。


「俺達なら出来る。必ず、生きて戻って来よう」

マオが、ユージーンが、ティトレイが、アニーが、ヒルダが、が頷いた。



頷いてすぐに、が足下の二匹のマフマフを見下ろす。

「・・・ハープ、ザピィ お前達は待っていて――――――」


が言いかけた所で、二匹のマフマフは「嫌だ」と反論するように高く鳴くと、
ヴェイグとの肩にそれぞれ駆け上がった。そして、放すまいとギュウッと爪を立ててくる。

その様子を見て、ティトレイが笑った。


「・・・一緒に行くってよ」
「ザピィ達もボクらの仲間だもんね!」
「・・・・・・まぁ、無駄だとは思ったが・・・・・・」

溜め息を一つ吐いて、肩に乗ったハープを撫でる。





七人と二匹が改めて決意を固めた。


「ユリスの領域・・・・・・絶対にぶっ潰してやろうぜ!!」
「あぁ、一気に乗り込むぞ!・・・シャオルーン 頼む!!」





『うん・・・・・・行くよ!!』











蒼の龍が闇に向かって翔け上がった。


最後の戦いへ の巻。


聖なる戦いが起こった真の理由は「ユリスをこの世に出現させない為」。
夢主はそれを知っていたから、ゲオルギアスと共に何とか食い止めようとした。
でもヒューマとガジュマの戦争に『道具』として使われた夢主はそれを伝えること叶わず死んでしまう。

ゲオルギアスに血を分けてもらう事で甦るも、聖なる戦いが起こってしまった。
だから王が殲滅を唱える理由を、想いを伝えたくて歌を詠った。
それがホーリーソング。

ホーリーソングは王の真意と自分のヒトを守りたいという気持ちが籠められたモノだった。

・・・そんな感じです。夢主の過去は凄絶。


次回は色々なヒトが出てくるので夢主はほぼお休み状態。
ユリスってじっくり見るとヒトなのにヒトじゃなくて怖い・・・。