最初に倒れたのはミリッツァだった。
ヒルダを取り囲み、形勢は有利かと思われたがヒルダは迷う事無く本物のミリッツァを判断し、撃破した。

次に倒れたのはワルトゥ。
二対一にも拘わらず互角で戦っていたワルトゥだったが、ユージーンの槍には敵わなかった。


ミリッツァ、ワルトゥに続き、ティトレイと熾烈な殴り合いをしていたトーマもやがて倒れた。




そして最後に、サレ。



心の力を否定しながら、サレはゆっくりと地に倒れた。


「サレ様・・・!」


駆け寄ろうとするに一言、ヴェイグが制止の声を上げる。
その声にピタリと足を止めるが、彼を一瞥した後また走り出し、サレの元へ駆けた。

傷に触れないように注意しながらゆっくりと抱き起こして状態を確認する。
全身の傷は多いがどれも傷口は浅く出血の量も比較的少ない。
これなら手当てをすれば大事には至らないだろう。ホッと安堵の息を吐いた。


「・・・ヴェイグ、ありがとう・・・」
「・・・・・・・・・」

ヴェイグは無言をに返してから、ワルトゥとミリッツァを見た。





ユージーンが、片膝と杖をついたワルトゥに歩み寄る。

「そこまでだ、ワルトゥ。これ以上お前と戦いたくない」
「・・・・・・貴方があの事件の真実を語り、王の盾に戻ってくだされば、こんな事にはならなかったのに・・・」


『あの事件』 それを聞いて、ユージーンは口を閉ざす。
・・・己の親友を・・・・・・バースを失った事件だ。


「ユージーンは・・・父の名誉を守る為に口を閉ざしていたんです!だから・・・・・・!!」

代わりにアニーが言った。
アニーも辛い事に変わりないが勇気を出して、言った。


「・・・ワルトゥ。お前のやり方は正しいとは言えない。・・・だが、俺も気持ちは同じだ」


国を守りたいという気持ち。陛下を、そして国の民を救いたいという気持ち。
ユージーンとワルトゥは同じ志を持っていた。

・・・同志だった。





「ワルトゥ 俺達と共に戦おう」
「・・・・・・・・・その言葉が、聞きたかった・・・」


石畳にワルトゥの捨てた杖の音が響く。カランと空しい音が石を通して木魂する。
ワルトゥは立ち上がる。真っ直ぐにユージーンを見据えた。




「・・・裏切り者っ!!」


叫んだのは、ワルトゥの離脱に怒り狂ったミリッツァ。
捨てられた杖を拾って立ち上がり、ワルトゥに向かって突進した。

しかし、その杖はワルトゥを串刺しにする前にピタリと止まった。


ヒルダだ。



「放せヒルダ!!」
「もうやめて!いつまでも王の盾に縛られるのは・・・!」
「ヒルダァっ!!」

叫ぶミリッツァにヒルダは優しく言葉を紡ぐ。


「ミリッツァ・・・私も、今の世の中に私達の居場所なんて何処にもないと思ってた・・・
 でもね、彼らが・・・私の仲間がその居場所を作ってくれた」




誰も信用できなかった昔の自分。そんな自分を変えてくれたのは、大切な仲間達だった。



「居場所は私達にだって作れる。
 ・・・私達の後に生まれてくる子供達の為に居場所を作ってあげる事が、私達のすべき事じゃないの?」


ピタリとミリッツァが暴れるのをやめる。ゆっくりとヒルダを見た。

探すのではなく作るのだと紫の瞳が語る。



「ねぇ、ミリッツァ。アンタの名前・・・古代カレギア語で何ていうか知ってる?」
「・・・・・・名前・・・?」
「・・・・・・『愛』って意味よ・・・」

その言葉にミリッツァは目を見開いた。柔らかくヒルダが微笑む。

「それがアンタが生まれた理由・・・そう思わない?」
「・・・・・・・・・!」


杖が滑り落ちる。それを追うようにして、ミリッツァも崩れ落ちた。



「ワルトゥ、ミリッツァを頼む」

ユージーンの言葉にワルトゥは頷くとミリッツァの元へ歩み寄り、その手を取って立ち上がらせた。





「・・・行こう」

四星との決着はついた。先へ進もう。

一言で皆に告げて、ヴェイグは獣王山の入り口を見据える。



一歩、二歩。ワルトゥやミリッツァ、倒れたままのトーマの横を通過する。




「サレ様、動いては・・・・・・」

背後に聞こえたの声でヴェイグは立ち止まる。
振り返ってはいないが、大体の予想はつく。

サレがの腕を払い、無理矢理身体を起き上がらせたのだ。



「・・・待てよ・・・何処へ行くんだ・・・?・・・・・・僕にトドメを刺さないのか・・・?」

徹底的に叩きのめされた。
プライドの高い彼が生き恥を晒す事を許すはずがない。


サレはヴェイグにトドメを乞うていた。

ヴェイグは振り返る事無く、言葉を放つ。


「・・・お前を殺す為にココに来たわけじゃない」


言ってまた一歩、足を踏み出す。ユージーンもマオも後を追う。


「・・・何だよ、それ・・・情けをかけてるつもりかい・・・?・・・・・・ふざけるんじゃないよ・・・」

ゆっくりと遠くなっていくその背中に、サレが叫ぶ。



「殺せ・・・・・・殺せよっ!!」



ヴェイグの後に続く者の中で唯一、ティトレイがサレに振り返った。


「頑張って生きろよ」


ただ一言をサレに送り、ティトレイも歩き出す。
死ねない絶望にサレは唇を噛んだ。切れて、血が流れようが構わなかった。



「サレ様・・・」

隣から透き通った声が聞こえた。


・・・・・・そうだ。コイツが居た。


・・・命令するよ。僕を殺すんだ。さぁ、早くしろよ!!」
「・・・・・・・・・」

サレは丁寧な事に契約の首輪を懐から出して、に見せつけた。
それを見て、の顔が悲しげに歪む。


同情ではない。言葉には表現できない空しさが胸を衝いた。



もう私は奴隷人形ではない。一人のヒトとして生きていくのだと決めた。
だから、もう貴方の命令には従わない。
・・・・・・従えない。




自分を殺してくれる相手を探すサレを見ているのが辛くなって、そっと目を伏せる。
そのまま立ち上がった。


何か声を出したかったが、かける言葉が見つからない。
・・・結局何も声にする事無く歩き出した。





命令に背かれた事がサレには大きな衝撃だった。

にさえも放逐される恥辱。


「・・・・・・殺せって言ってるだろぉっ こんちくしょうがぁぁぁぁぁっ!!」


サレの心が泣いている。死を求めて泣いている。
私に貴方を殺す事なんて出来るわけがないのに。



「・・・・・・・・・ホーリィ・・・・・・ドール・・・」


ふと、地を這うように低い声が耳に入り込んでくる。
ピタリと足を止めたのはだけでなく、ヴェイグもだ。

振り返ろうと首を振ろうとした瞬間、地を這う声は雄叫びに変わった。


「死ねぇぇぇいぃっ!!」


その時、初めては気づく。声の主はトーマである事を。

自分を殺そうと、駆け寄ってきているのだと。


!!」

気がついてヴェイグが駆ける。
だがトーマの方がずっと先にを己の間合いに捉えていた。




ドスン、という鈍い音と同時にが完全に振り返る。













彼女が見たものは赤いトーマの右腕。














そして徐々に朱に染まっていく、トーマの腕を貫通させた紫色だった。

























「・・・・・・サレ、様・・・」


目の前で何が起こっているのか分からない。
いや、違う。理解出来ないのではない。

頭が目の前の光景を拒絶しようとしているんだ。



ズボッとサレの腹からトーマの腕が引き抜かれる。
右腕が貫通した身体から大量の紅を攫っていった。

まるで腹に空いた穴を塞ぐようにサレは右手を腹に添えた。


「・・・・・・トー、マ・・・」
「・・・フン、お前が先か。サレ」

目標を誤ったというのにトーマに罪の意識はない。むしろ好都合だとばかりにほくそ笑む。



「・・・用済みはポイって事ね・・・・・・」
「安心しろ。すぐにお前の人形も送ってやる。・・・死ねぇヒューマぁぁぁっ!!」



あぁ、やっぱりだ。ヒューマとガジュマの共存なんて夢物語だよね。

・・・コレが現実だよ、ヴェイグ。










再び向かってくるトーマに、左手を伸ばした。瞬間、トーマの身体が竜巻に喰われた。
風の刃はトーマの身体を悲鳴を、全てを微塵に斬り刻む。

竜巻が消えた時、トーマは原形を留めてはいなかった。
バラバラと落ちる肉片を見つめ、サレは口元を歪める。


ざまぁみろ。


落ちてくる『トーマだったもの』を全て見届けてから、ゆっくりとサレが後ろに倒れる。

「サレ様!」


地に崩れる前に、に身体を支えられた。
全身を預ける形になって、横たわる。



「・・・何で、かばっちゃったんだろ・・・・・・」


自分でも分からない。自分が死にたかったから?・・・違う。そういう事じゃない。




何故僕はを庇ったんだろう?





身体を支えるの腕が動く感触がして、サレは目を向ける。
動いた腕が剣を収めた鞘に伸びていた。

治癒術を僕にかける気なんだ、とすぐに理解した。
だから、その手を押さえた。

「・・・・・・やめなよ・・・この後、使うんだろ・・・・・・」



今ここで僕に治癒術をかけたら、その血が足りなくなって死ぬかもしれない。




・・・死ぬかもしれない? 何だそれは。

僕はに死んで欲しくないのか?


・・・・・・あんなに壊したがっていたのに?




「サレ様・・・・・・っ」


上を見上げれば大粒の涙を流すの綺麗な顔。ずっと見たかったハズの彼女の涙。

でも違う。見たかったはずなのに見たくない。


の泣き顔を見たくない。









分からない。の事になると何もわからない。
どうして違うんだ。この感情は何なんだ。









ポタリポタリとの滴が頬に当たる。



・・・何をそこまで泣くんだろう。





・・・見たくない。






























・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見たくない?

























・・・・・・あぁ、そうか・・・


バビログラードで別れた時を思い出す。
あの時、壊れるが見られなくて残念だとそう思っていた。


だけど違う。別れた本当の理由は『見たくなかった』んだ。
城の儀式の時、を刺す事が出来なかったのも・・・死ぬのを『見たくなかった』から。

今だって、涙を流す姿を『見たくない』。



どうして見たくないんだ。





・・・・・・いや、違う。本当はわかっているんだ。
今、の涙を見ていて全部分かったんだ。






僕がに向ける『本当』が。







・・・でも僕は絶対にそれを認めない。

だって認めてしまえば僕は僕でなくなるから。



今まで築き上げた『サレ』を否定する事になるから。



だから、言葉では伝えない。







遠ざかってくる意識を力いっぱい振り絞って、身体を起こす。
ほんの少ししか動いていないが充分だ。は一体どうしたのかとわかっていない様子。






君に向けてるホントウを僕は絶対に認めない。言葉にする事無く、否定するだろう。



だから、コレが僕の『本当』だよ。 ・・・















上半身を起こせば腹の穴から血が溢れる。
そんな事はお構い無しにして、サレはの顔に近づく。









































そのまま、ゆっくり唇を重ねた。
































長かったような短かったような、既に感触さえもわからなくなっている口付けを終えて、サレは力尽きる。
グラリと崩れる身体を起こせる体力なんてとうに無い。



ふと見たのは、の右手に結ばれた紫色のハンカチ。






・・・まだ持ってたんだ。





あの頃を思い出す。
手当てをした時、初めては微笑んだ。



思えば、あの瞬間が一番は綺麗だったかもしれない。












・・・  僕は君が――――――――――――――――――――――






































「サレ様っ!」


崩れるサレをまた抱える。



覗き込んだ彼の顔に、生気は無い。
薄く開いた瞳は濁っていて、光を通さない。






「・・・サレ様・・・・・・サレ様ぁっ!」


動かなくなった腕の中のヒトを抱きしめる。涙が溢れて止まらない。









自分が情けなかった。

何が心を司る種族だ。何が心のフォルスだ。

最期になって、気がつくなんて。



サレ様の想いにも、自分の想いにも。




ずっとサレ様の心を救いたいと思っていたのに、心に気づく事も、応える事も出来なかった。


自分はサレ様を主人として見ているのだと思っていた。

だが違う。完全な確信は出来ないが、
『主人』としてではなく『サレ』という一人のヒトとして、サレ様を想っていた。


それがどういう想いだったのかはわからない。
それでも想いは大きかったのだと分かる。



だって サレ様を失って、こんなに痛くて、悲しいのだから。





「・・・貴方は・・・・・・いつも、私を置いていく・・・」











獣王山に慟哭が響いた。




獣王山慟哭の巻。サレ様・・・orz

サレはずっと夢主を壊したいと思っていた。そう考えているんだと自分は思っていた。
でも『本当』はまったく別の想いで、それとはまったく正反対だった。自覚が無かった。
だから夢主を傷つけた。それが楽しかった。・・・表面上は。
『本当』はそんな事は見たくなかったからいつも中途半端にやめた。
自覚の無い本当の気持ちがそれを躊躇ったから。

自覚をしてもそれを絶対に認めなかった。
自分が自分で無くなるのが嫌だったから。否定してきたものを認めるのが嫌だったから。
ならば言葉では伝えない。

たった一度だけ、その刹那だけ、本当の自分を夢主に見せた。

・・・ウチのサレ様はこんな感じです。
本音に自覚が無く、建て前が自分の気持ちだと信じきってしまっていたヒト。
最期でも、本当の自分を出せて良かったんじゃないかな。


夢主はサレを『主人』ではなく『サレ』としていつの間にか見ていた。
首輪を見せつけられ「殺せ」と命令された時、自分とサレの繋がりは首輪一つであり、
主従の関係以外は無いと突きつけられた気がして、あの表情。

サレへの想いは『恋』だったのかもしれない。
でもそれもまた自覚が無かった為、はっきりとは分からない。


サレと夢主の関係・・・一番良い表現をするなら「互いに『ヒト』として一番強く繋がっていた存在」でしょうか・・・
サレとして、夢主として。ヴェイグやゲオルギアスとの繋がりや想いとはまた違う、サレだけにあったモノ。


サレ様のご冥福をお祈り申し上げます・・・そして空気でゴメン、トーマ・・・