「シャオルーン・・・試練の答がようやく出た」

新たな鎧を身に着けたヴェイグは、目を逸らすことなく真っ直ぐにシャオルーンを見た。




試練の答。
以前、シャオルーンが彼に与えた問いはこうだった。



「お前の隣に居るのは誰なのだ?」




その時、ヴェイグは必死に答えた。
頭に叩き込むように、自分を無理矢理納得させるために「クレア」だと。
何度も、何度も言った。

・・・だが、それは彼の『迷い』であって、本当の気持ちではなかった。







今なら、全てを払拭できた今なら言える。




「・・・ココに居るのは、アガーテだ」


隣に立つヒトを見て、言った。


「クレアの姿をしていても、その心はアガーテなんだ。・・・大切なのはヒトの心だ」
『・・・うん、そうか』


ただ、その一言。シャオルーンは頷いた。
あっけない反応にヴェイグの方が驚く。


「・・・・・・それだけか?・・・本当にコレで良いのか?」

『ボクは答を用意していたわけじゃない。君が見つけ、信じる事こそが答なんだ。
 その答が正しいかどうかは、君達自身の手で確かめれば良いんだ』


シャオルーンは言う。
自分そのものが『答』なのだと。




「・・・あぁ、やってみるさ」

ヴェイグがそう言葉を返した刹那。
獣の唸り声のような、低い低い地響きと共に大地が震えた。


「何だ この音は!?」
『地震・・・?・・・いや、違う・・・・・・でも、何かおかしい・・・』

シャオルーンは言いながら、背中の鬣をざわつかせた。
・・・聞いたことも無いような地響きだ。


まるでカレギアの大地を全て揺るがすような、地獄から這いずり出て来る魔人の呻き声のような。
耳に入れる者を恐怖で喰い尽さんばかりの地鳴りが響き渡る。



「・・・東だ・・・・・・」
・・・」

東の空を見つめ、は呟く。
寒いのか、両腕で自身の身体をきつく抱きしめた。



「東・・・・・・ラジルダ・・・・・・ラジルダに・・・負の感情が・・・・・・・・・」





















シャオルーンの背に乗り、全速力でラジルダへと飛翔する。
蒼龍による神速の速さでラジルダの上空に辿り着いた瞬間、ヴェイグ達を待っていたかのように大地が吼えた。

大地は大きく引き裂け、海から襲ってきた巨大な津波が『そこ』を埋めようとするように怒涛の勢いで押し寄せる。





まもなく、『ラジルダ』は地と海の底へと姿を消した。









「ラジルダが・・・沈んだ・・・・・・!?」

一瞬のうちに目の前で見せつけられた光景に、ヴェイグは驚愕する。

「何だよ・・・何なんだよ こりゃ!!何だってこんな・・・!」

跡形も無く消え去ったラジルダ。受け入れがたい現実がティトレイを混乱させた。


「・・・負の感情だ・・・・・・ラジルダは、無に帰ったんだ・・・」
「どういう事だよ!?」

問い詰めるティトレイには首を振った。



「・・・わからない・・・詳しい事は、ランドグリーズの方が・・・・・・」


大地を司るランドグリーズならばこの現状が分かるかもしれない。
はただそう言った。




















サニイタウンの南門をくぐる。すぐにランドグリーズの間へと飛んだ。
どうやら聖獣達もヴェイグ達を呼んでいたらしい。他の聖獣も珠の姿でその場に集っていた。


「聖獣よ、教えてくれ。一体何が起こっているんだ?」


『・・・ヒトの心より生まれし負の力が、悪しき力となって世界を滅ぼさんとしておる。
  ラジルダはその負の感情が他の街以上に高まり過ぎ、あのような災いを呼んだのだ』


ランドグリーズは言う。
嫉妬・劣等感・憎悪。ありとあらゆる互いの負の感情が破滅の力となって、世界を飲み込んでいるのだと。


『このまま放っておけば、他の街も負の感情が招く災いによって滅ぼされるであろう・・・』



「そんな・・・」

マオが落胆の声を漏らす。
人々の争いを止める為に旅を続けてきたのに、全てが無駄だったというのか。



『我らの王が懸念していたのはこのような事態だったのだ』
「・・・・・・ゲオルギアス」

呟いて、ギュッと胸の前で手を握る



「もう俺達には何も出来ないのか!?このまま滅ぶしかないのか!!」


ヴェイグが叫ぶ。

やっと『始まり』を得たのに。小さな希望を得たのに。
このまま己の無力を嘆いて世界の崩壊を待つしかないのか。


・・・冗談じゃない!


何か方法は無いのか。世界を救う手段は。




『世界を救う方法はある・・・』

ヴェイグの気持ちを読み取って、ランドグリーズは言った。





『残されたただ一つの方法・・・・・・それは・・・』




「・・・・・・ゲオルギアスの復活」




が言葉を続けた。




「ゲオルギアスの復活・・・だと!?」

さすがにこの方法には驚いたヴェイグが訊き返す。『うむ』とランドグリーズが頷いた。


『この世界を司る聖獣王の力をもってすれば、この災いに立ち向かう事が出来るであろう』

『・・・でも、王はヒューマの殲滅って考えを変えてないかも。
 この争いの状況からして、ヒトそのものを滅ぼす可能性だってあるんだ』






「その時は私が話す」






・・・・・・」


見るからに自分を心配してくれている蒼の瞳に、は微笑を浮かべる。
大丈夫、心配いらないという気持ちを籠めて。







『これはお主等ヒトにとっての最後の賭けだ』




ゲオルギアスの復活。


ヒトの運命、世界の有無。全てが、その行いによって左右される。







始まりか終わりかと問われるならば、・・・・・・・・・コレは始まりだ。


「ゲオルギアス復活に賭ける」

そして、小さな希望だ。



「まだ小さくて弱いが、ようやく光が見え始めたんだ。ヒトの心という光が・・・・・・それを、ゲオルギアスに伝えたい」

ヴェイグの言葉に、マオも、ユージーンも、アニーも、ティトレイも、ヒルダも、アガーテも・・・も、頷いた。





『以前、お主等が倒した聖獣王は不完全だった。・・・・・・次は命の覚悟が必要であろう』


「わかっている」と言葉を返そうとしたヴェイグが口を開くが、ランドグリーズの言葉はまだ終わってはいなかった。


『特に・・・・・・・・・姫、お主には』
「あぁ、覚悟の上だ」
「・・・?」


一体どういう意味だ?
そう訊ねる前には聖獣達の下へ歩み、ヴェイグ達に向き直った。




「・・・ゲオルギアスの復活。それは『今の』私の使命。・・・私のすべき事だ」
「・・・どういう事?」

マオが訊ねた。

「私はホーリィ・ドールの族長、。ゲオルギアスの言葉を伝える使者。
 そして・・・・・・・・・ゲオルギアス復活の、鍵」


ますますワケが分からないと眉を顰める一同に、ランドグリーズが告げる。


『王の復活に必要不可欠なモノ・・・それは――――――――――王の血』

「・・・!!」


『以前君達が戦った王は不完全だった。それは儀式で使ったの血が僅かだったから。
 ・・・それでも復活したのは、アガーテの月のフォルスの力があったからだよ』


「・・・オイ、それって・・・」

ティトレイの呟きを、イーフォンの声が掻き消した。


『しかし、今や女王のフォルスは無い。
 完全体の王を復活させるためにはホーリィ・ドールの全ての血を捧げることになるやもしれぬ』


冷静に告げるイーフォン。
その言葉の意味が分かって、ヴェイグはの表情を作らぬ整った顔を見つめた。

まさか、とマオがフェニアを見れば、心苦しげに重い肯定の態度が返ってきた。



『この賭けは世界の存亡と・・・の生死が絡んでいるのです』






「・・・では、の命と引き換えにゲオルギアスを復活させるという事なのですか?」
「そういう事になるかもしれない、という事だ」

まるで他人事のようにはアガーテに返答した。








『・・・せっかく決意してもらったけど・・・以外、心が揺らいだみたいだね』


そう言って、シャオルーンはヴェイグ達を見据える。

動揺、迷い、呆然――――――――――あらゆる感情がヴェイグ達を包んでいるのが感じ取れた。



『・・・今夜一晩、考えてごらん。君達がどの道を選ぶのかは君達次第だよ』
「待て。私はやる。覚悟は出来ているんだぞ」

一日待つと答えるシャオルーンには不満げに反論する。
しかし、シャオルーンも返した。



『君の大切なヒトはまだみたいなんだ』



シャオルーンは名前を挙げはしなかったが、誰を示しているのかが、は理解した。
そっと、そちらに振り返る。


視線の先に、大きく動揺しているヴェイグが居た。
































サニイタウンへと戻ってきた一行は日が暮れても、星が空を埋め尽くしても、ずっと話をした。






世界と仲間を天秤にかけるなんておかしいとティトレイが言う。

他に方法は無いのかとマオが言う。

唯一の方法がこんなのなんて・・・とアニーが言う。

私に月のフォルスさえあれば・・・とアガーテが言う。


ただその繰り返し。時折ユージーンやヒルダが違う声をかけ、少し話が進んだかと思いきや、
「ではどうすると言うのだ」「それではが」と話が振り出しに戻る。ただ、その繰り返し。


進まない会議に強制的に決着をつけたのはだった。


「私の事は一切気にするな。今考えるのはゲオルギアスを復活させて世界の崩壊を止める事だけだろう」

たったその一言で、聖獣王の復活に賭けをする事となった。


















「・・・・・・・・・・・・・・・本当にやるのか?」


数多の星に照らされた大地。星の光に当たりうっすらと輝く足元の小さな花の蕾。
・・・崩壊を迎えようとしているなんて嘘のようだ。


その大地に立ち、星を見上げているに、ヴェイグは言葉をかけた。
彼女に言葉が届いた時、すぐに苦笑の吐息が返ってきた。


「ゲオルギアスの復活に賭ける、と言ったのはお前だろう?」

「何を今更迷うんだ?」と言葉が続く。
そう言って自分に向かって振り返った彼女を見て、ヴェイグは小さく続けた。



「・・・が・・・死ぬかもしれない・・・・・・」
「死なないかもしれない」
「だが・・・!」


苦しげに眉を顰めて、ヴェイグはの身体を見た。
・・・纏う服の隙間から覗く痛々しい包帯を、見た。


「俺がを傷つけて・・・あんなに血を流した・・・まだ治ったわけでもないのに・・・・・・!」


の治癒力を以ってしても、完治が遅い深い傷。それに対して強い後悔と責任の念を抱いているのだ。

彼は。






「俺が・・・・・・俺のせいで・・・・・・・・・!」




言葉は続かない。
後悔を紡ぎ続けるヴェイグの口を、の右手がぎゅうと押さえつけたからだ。

彼女の右手に圧迫されて唇と言葉がぐしゃりと潰れる。



「よせ。 また暴走する」


優しい声が耳に入ってくる。





「・・・この傷は気にするな。アレは私がしたくてやった事。だからもう何も言うな。・・・・・・言わないでくれ」


ヴェイグの心が落ち着いたことを確認して、ゆっくり右手を離した。


「ゲオルギアスの復活だって私がしたくてやる事。私の勝手だ。お前が気にする事なんて、何も無いよ」


は微笑んだ。







「やらせてくれ ゲオルギアスの復活を」

・・・!」









言葉よりも先に行動が出たような勢いだった。


ヴェイグが目の前のヒトを抱きしめたのは。


を抱き留めたのはコレで何回目だろう、と頭の片隅でヴェイグは思った。
その度に自分の抱いていた想いはいつも違った。


最初が慰めで、次が決意。



そして今は、『誓い』。






「・・・絶対に死なせない」


「ヴェイグ」と一言小さく名を呼ばれる。その声が心地良い。


「今度こそ、俺が守る。 必ず・・・・・・を守る」
「・・・ありがとう」


額が肩に押し付けられた。





このヒトを守ろう。

想いは同じだった。


























次の朝。一同の思いは一つだった。


『ゲオルギアスを蘇らせ、世界の崩壊を止める』



「ヒトの未来を」
「ヒトの想いを」


「「明日へ繋げる」」


ヴェイグとの言葉に一同は頷く。

迷いは無い。
『明日を作る』――――誰もが行う、当たり前の事をこれからやりに行くだけだ。

何を迷う必要があるのか。


『決意したんだね』


シャオルーンに、代表してヴェイグが頷いた。


『・・・じゃあ獣王山へ向かおう』
「・・・獣王山?」

訊ねるヴェイグにアガーテが答える。


「バルカの北にある聖なる山です。そこに王家の者だけが知る聖所があるのです」
『そうそう』

シャオルーンがこくりと頷いた。


『そこに王の古い骸が眠っているんだよ』
「・・・そんな所に・・・?」

アガーテは驚いた。

あんな近くに、ずっと自分が欲していた王の骸があったとはまったく気がつかなかった。
でも、今それを欲する理由は私利私欲ではない。


自分の愛する国の為に愛しき民の為に王を求めている。



私の出来る限りの事を・・・・・・








一同のそれぞれの決意をヴェイグが集結させた。








「獣王山へ・・・行くぞ!」





獣王山への巻。

『ゲオルギアス復活』には王の血が必要という設定です。
夢主は王に血を与えられた時点で、いつか起こる聖獣王の復活にその身を捧げる事が決まっていたのです。
夢主もそれは納得してるし覚悟の上。今も昔も自己犠牲主義。

月のフォルスがなくなった今、復活に使う血は多量で大きな傷を負った夢主には負担な事。
ヴェイグは守りたいのに傷つけたのは自分であると、守りたいのに止めることは出来ないと悔しさで一杯。

だから、守る。今度こそ絶対に。失いたくないから。

ゆっくりゆっくり変化する自分の気持ちに気づきながら。

そんな感じ。