家に近づくにつれ、ヴェイグの鼻を誘惑する香りが少しずつ強くなっていく。





甘酸っぱい桃の匂い・・・・・・これは俺の好きな――――――――





目の前に来た扉を開けると、笑顔のティトレイと匂いの正体が現れた。

「おぅヴェイグ、!ラキヤさんに教わって、噂のピーチパイを焼いてみたんだぁー♪」


そう言って、二人の前にずいと差し出されたのはティトレイ作のピーチパイ。
先程まで風に運ばれていた甘い桃の香りが直接嗅覚を刺激する。



「どうだ?マオ」

誰よりも先にピーチパイに噛り付いていたマオに、ティトレイは味の感想を求める。
モゴモゴと口を動かし、やがてストンと喉にピーチパイを通過させてからマオが味の感想を述べる。


「・・・・・・うーん・・・美味しいケド・・・ポプラおばさんのとはなーんか違うなぁ・・・」

文句を言いつつも、マオの手が二つ目に伸びた。


「えぇー・・・レシピ通りに作ったんだぜ?一体何が違うってんだよぉ・・・」

うーむ、とティトレイが悩み始めた所で、ラキヤがの元へ歩み寄った。




さん、コレ・・・」
「・・・・・・!」

そっと優しく手渡されたモノは、いつも自分が着ていた黒い服だ。

だがそれはヴェイグに真っ二つにされ、服としての機能を失った服だ。
・・・簡単に言えば、もう着られない服。

それが何故か『服』としての腕に収まった。



「破れてたから縫ったの。元に戻したつもりなんだけど・・・どうかしら?」


「どうかしら?」とは愚問だった。
あんなに大きく裂けていた服が縫合の後さえも残さず元通りの姿になっている。
黒い服だから目立たない、という事もあるだろうが、きっとコレはラキヤの腕の賜物だ。

「・・・以前のモノとまったく変わりません・・・」

服の出来、何故私なんかの為に、という驚きでそんな素っ気無い言葉を返してしまった事には後悔した。
・・・しかし、ラキヤはちっとも気に留めていないらしく、微笑を浮かべた。

「そう、良かったわ」
「・・・・・・ありがとう、ございます・・・ラキヤ・・・さん・・・・・・」


目を逸らさずに礼を述べるだけだったが、それがの精一杯だった。






その時、コンコンと小さく扉をノックする音が部屋に響いた。
そして、躊躇いがちな声。


「・・・・・・あのぅ・・・・・・ごめんください・・・」



ポプラだ。




マルコが「どうぞ入ってください」と呼びかけると、ゆっくりとポプラが中に入ってきた。


両手にはふんわりと甘く香るピーチパイ。
おずおずとしながら、それをヴェイグに差し出す。


「・・・ピーチパイ・・・食べる?・・・・・・ヴェイグちゃんの為に、焼いてきたんだけど・・・」
「「「ヴェイグちゃん!?」」」

ピーチパイよりも、「ヴェイグちゃん」の方にアニー、ティトレイ、ヒルダが反応した。

もちろん、も。



「・・・・・・ヴェイグちゃん・・・」
「・・・何故距離を開けるんだ

思わず身を引いていくを追って、ヴェイグが距離を詰め寄る。
その様子を見ながら、もう一度ポプラは訊ねた。


「・・・食べる・・・?」
「あぁ・・・もちろんだよ」

頷いて、差し出されたピーチパイを受け取れば、ポプラがそっと微笑んだ。


「心配かけて・・・ゴメンなさい・・・ヴェイグちゃん」

言って、ヴェイグの隣に居るを見た。

「ありがとう、ちゃん」
「いえ、私は・・・・・・」


礼を言われるような事は何一つしていない。私はただ謝りたくて――――

そう思ったを遮って、ポプラは優しく微笑んだ。


「もう良いの」

「・・・・・・・・・・・・」

・・・謝る前に許されてしまった。なんとも複雑だ。





「・・・・・・やっぱり・・・アタシが元気出さなきゃ、この村はダメだものね・・・」

ポプラが一回、大きく深呼吸をした。
空気と一緒に何かを吸い込み、何かを吐き出した。


「・・・・・・さぁ!たーんと召し上がれっ!!」

いつもの元気なポプラおばさんだ。


「「いっただきまーすっ!!」」


マオとティトレイの声が重なった。















 皆さんがパイを・・・・・・ピーチパイを食べることがあったら、一度だけ目を閉じて考えてみてください


  貴方が美味しいと感じる心に種族はありますか?











皆がポプラのピーチパイを笑顔で頬張っている時、ふとヴェイグはクレアの言葉を思い出した。

アガーテもそうだったのだろう。だから、提案した。


「以前のように皆でパイを食べたらどうかしら?そうしたら皆仲直りできると思うの!」

あくまで『クレア』を演じるアガーテが、苦しくもあり、ありがたかった。


「そうね・・・そうよね! よーし!おばさん、ピーチパイ焼いちゃう!皆の為に!!」

ポプラが声を張り上げた。
空元気だが、大切な始まりだ。



「集会場へ行くわよ! ちゃん、皆 手伝ってね!!」

「は、はい!」
「あぁ!おばさんの秘伝、盗ませてもらうぜ!!」

美味さのあまり涙まで流していたティトレイは涙を拭うと、ポプラに宣戦布告した。
























ポプラの指導の下、皆でピーチパイを焼く。甘酸っぱい匂いが集会場を包み込んだ。

そんな中、料理の得意なティトレイはともかく、が慣れた手つきでピーチパイを焼く姿は意外で、
テーブル準備をしていたマオは思わず手を止めて見とれてしまった。


・・・慣れてるね」
「あぁ・・・パイだけはな」
「・・・『だけ』?」

首を傾げるマオ。


「あぁ。カレギア城にいた時にラズベリーパイを作れとサレ様によく命令されてな。自然と・・・・・・だ」

そう言って苦笑を一つ浮かべたはまた作業へと戻った。




・・・まだサレ『様』なんだ?


何となくマオはそう思った。
もうサレとには主従の関係なんて無いだろうに。
サレはを捨て、は奴隷人形ではなく一人のヒトとして生きると決めたのだから。




・・・そう言えば、はサレのコトをどう想っているのだろう?


嫌っている節は無い。むしろ好意的だ。
・・・あんな嫌な奴なのにどうしてだろう?

最近はヴェイグとも何だか良いカンジみたいだし・・・・・・


あ、そう言えばヴェイグとクレア・・・――――アガーテ様がもうすぐ村のヒト達とこっちに来る頃かな。



突発的に現状を思い出して、マオも作業に戻った。






























ある者は元通りになりたくて、ある者はポプラのピーチパイに連れられて。




集会場にスールズの人々が集まった。




最初は気まずさから無口で、互いと目を合わせてもすぐ逸らし、
それでもどうしたものかともう一度目を合わせる事を繰り返すばかりだった。

だが、ポプラのピーチパイを一口食べて、その久しい味に自然と顔が綻んだ。


もう一度、互いに目を合わせる。同時に苦笑が浮かび上がった。




その苦笑が微笑に変わり、やがて笑い声になる頃にはヒューマもガジュマも肩を組んで昔語りを始めていた。















邪魔をしないようにゆっくりと集会場の扉を閉めてから、は真っ直ぐに前を見た。
先に外へと出ていたヴェイグの背中が見える。

「・・・ヴェイグ」

そっとその背中に声をかける。
ゆっくりと振り返ったヴェイグの顔は穏やかだった。


「・・・わかったよ ・・・・・・・・・クレア・・・」
「・・・そうか」

優しい蒼の瞳に向かって、微笑む。




「・・・こういう事なのですね・・・クレアの言っていた言葉・・・『心に種族はない』って・・・」

二人とは別の声が耳に入る。・・・ザピィを肩に乗せたアガーテだ。
彼女の言葉に、ヴェイグは頷く。


「あぁ・・・やっとわかった気がする・・・理屈じゃなくて、この心で・・・」
「・・・そう」

アガーテは微笑んだ。

「・・・・・・・・・ありがとう」

突然のアガーテからの礼。何の事だろうと首を傾げた。


「人々がこんな風に暮らしている事、私は知らなかった・・・」
「・・・以前はもっと明るくて、楽しい村だった・・・」


そう呟くヴェイグに、は納得できた。

今のピーチパイパーティの様子や、
クレアの両親やポプラのように謝罪しようとする自分を止め、笑って許してくれた姿。

どんな心がこの村に溢れているのかをしっかりと感じる事が出来た。



「・・・私は・・・こんな良い村を襲ったんだな・・・」
「・・・・・・それをに命じて、奪ったのは・・・私・・・・・・」

「・・・・・・・・・俺には・・・国の事や国王の立場の事はよくわからない・・・」


どれだか辛いのか、どれだけ重いのかさえも想像がつかない。


「・・・でも、覚えていてほしい。 俺達はこんな小さな事で喜んだり、笑ったりするんだ」
「えぇ・・・忘れない・・・・・・」

アガーテが頷く。とても深い頷きだった。


「俺は思う・・・世界中がこの村のようになれば良い・・・その為に俺は、俺の出来る限りの事をしたい」

真っ直ぐに『クレアの姿』をしたアガーテを見た。



「・・・もう絶対に間違えたり、しない」


「・・・私も同じ気持ちです。そんな国になれば・・・私のような過ちを犯すヒトは、きっといなくなります」
「・・・・・・アガーテ・・・」

名前を呟いたに、アガーテは小さく微笑んだ。


「・・・俺が言うのも何だが、今のアンタなら、国を任せられそうな気がする」
「・・・ありがとう」

微笑むアガーテを見て、ヴェイグが続けた。


「・・・妙だな。クレアとはこんな風に話をした事なんて無かった。だが、アンタとはこれで二度目だ」

「・・・私に買い物袋を押し付けた時か」

ジロリとに睨まれて、「うっ・・・」と押し黙る。
視線の矛先がヴェイグからアガーテへと変わった時にはすっかり優しい目付きになっていた。


「アガーテ もう、ヒューマの身体が欲しいなんて思ってないんだろう?」

アガーテは頷いた。

「でも・・・もう元には・・・」
「・・・ヒトに大切なのは心だと思う。・・・でも戻る事が出来るならそれに越した事は無い」


もうクレアの身体が、姿がなどとは言わない。
だが元に戻れるのならば・・・・・・


「・・・諦めないで欲しい。クレアと、アンタの為に」




























次の日の朝。
清々しい表情を浮かべるヴェイグは、スールズを立つ前に仲間に言った。


「皆、心配をかけてすまなかった・・・・・・・・・いや・・・・・・心配してくれて・・・ありがとう」

その言葉に「当然の事だろう」と仲間は笑う。

それが、無性に嬉しかった。




出発の見送りに来ていたマルコとラキヤが息子に声をかける。

「ヴェイグ、これを持って行きなさい」

マルコが差し出したそれはいつも着ていた鎧と同じデザインの鎧だ。
まったく変わらない鎧なのに、前のモノとはずっと違うモノに見えた。


「とても良いカオをしているわ、ヴェイグ。帰って来た時とは別人みたい・・・」


「おじさん・・・おばさん・・・・・・」
「・・・・・・そろそろ、それもやめないか?」


マルコとラキヤが苦笑する。
どういう事だとキョトンとするヴェイグ。



「前にも言ったじゃないか。お前は私達の息子なんだ」
「・・・・・・ぇ・・・?」



「亡くなったご両親が、貴方にどれほどの大きな愛を注いだかは私達には分からない。
 ・・・でも、私達の気持ちはそれに負けていないつもりよ」


二人の言っている真意を悟って、ヴェイグが目を見開く。
無言のまま、がその肩を叩いた。

柔らかな微笑がヴェイグの背中を優しく押す。




・・・あぁ。 分かっている、



これも『始まり』なんだ。






「ありがとう・・・父さん、母さん・・・」


そう呼んでみるものの、どこか照れくさい。


マルコは息子を見て一つ微笑を浮かべてから、『クレア』を見た。


「どなたか知りませんが、我々の為にありがとう」

その言葉を聞いて、ヴェイグとクレアは驚いた。
マルコ達にはクレアの中のアガーテが見えていたのだ。




「・・・クレアは、俺が必ず連れて帰ります」
「待っているよ、ヴェイグ」


「・・・・・・行ってきます。父さん、母さん」




この小さな始まりを大切にしよう。



・・・そう思った。










































「あぁ・・・姫様!よくぞご無事で・・・!」

カレギア城の正門をくぐり抜けた『アガーテ』を待っていたのは側近のジルバと四星のサレ。
二人は『アガーテ』の前で片膝をつき、深々と頭を下げ臣下の礼を取っていた。

・・・コレが女王の目線なのだと、『アガーテ』は表情を引き締めた。



「長旅の疲れもございましょう。しばらくはご養生なさいませ」

立ち上がったジルバはそっと『アガーテ』の腕を取って微笑む。



「しかし、この状況で休むわけには・・・」
「なりません!今、無理をなされて、姫様のお身体に万が一の事があれば本当に国が傾いてしまいます!」
「・・・・・・私は・・・」

助けを求めて、後ろに立つミルハウストを一瞥すると、強い瞳が語ってきた。



今の君はクレア・ベネットではない。 カレギア国の女王、アガーテ・リンドブロム様なのだ。



・・・・・・そうだ。今の私はアガーテ様。
そう振舞うようにとミルハウストさんから言われてたんだ。

それがヴェイグが苦しまない方法になるから。




―――――――――――― ヴェイグの為になるから。




「・・・さぁ、姫様。お部屋へ参りましょう。・・・まずはお着替えあそばせ」




もう一度ジルバに促されて、『アガーテ』は頷いた。


小さな始まりの巻。
始まりがどんなに小さくとも、それがなければ全ては終わらない。解決はしない。
「始まり」って大切ですね。TORやってるとどんな小さいことにもあぁ・・・とモノ耽るからいかん。
ヒト同士の繋がりを知るRPGですね。恐るべし。


スールズの人々と和解する夢主。スールズイベント後の村人が温か過ぎて泣ける。

裂かれた夢主の服、砕かれたヴェイグの鎧はベネット夫妻により復活。
ボロボロになってからの新たな旅立ち。元通りのようで、ちょっと違う。

書いてて楽しかったのはマオが見る「夢主」(笑)
夢主はヴェイグと良いカンジ。でもいつもサレの事を忘れてはいない。
ヴェイグと夢主の想いを「恋」と形容してしまったら、じゃあサレと夢主の想いは何?
逆にサレと夢主の想いを「恋」と形容するなら、ヴェイグと夢主は??
不思議な三角関係を構成するサレとヴェイグと夢主。マオにはちと難しい。