たまにはシャオルーンに乗らずに歩いていこう、とスールズに向かうためケケット街道を歩くヴェイグ一行。


「あのぅ、さん・・・ずっと気になってたんですけど・・・」

そよ風が髪を揺らしたのと同時に、アニーの躊躇いがちな声がに届けられる。


「その服・・・ヴェイグさんの服ですよね?」
「・・・!!」

ギクリとの肩が揺れたのを確認して、アニーは確信する。
彼女が今その身に纏っている大きな黒い服はヴェイグの物だ。


「あ!ホントだ ヴェイグのだ!」
「何でヴェイグの服を着てんだよ?」

アニーの発言で一斉にの元へ視線が集中する。


「・・・いや・・・その、だな・・・」
「・・・の服は俺が斬ってしまったんだ。服を貸すのは当然だろう」

助け舟を出したのは服の持ち主であるヴェイグだった。彼も、と同じ服を身に着けている。

所謂、『お揃い』を着る二人を見て、マオは何処か不服そうに口を尖らす。

「そりゃそうだけど・・・サイズはアニーやヒルダの方がずっと合ってると思うんですケド」
「・・・・・・俺の服なら、色は黒いし大きい。の怪我を隠すには丁度良いだろ」


そう言って、この話は終わりだとばかりにヴェイグは顔を逸らした。
マオの目に映った彼の横顔は少し、赤い。

「怪しいっ!!ちょっと待ってよヴェイグ!!」

一行からだんだん離れていく二人を、「勝手に先に行くんじゃない」とユージーンの注意の声が追いかける。

それと同時にヒルダがの肩を軽く叩いて、一言。



「お幸せに」


ボッと顔を赤くして、は俯いた。































スールズの村が目の前に差し掛かった所で、アガーテとの足が止まった。
どうしたのかと訊ねる前に、意を決したようにアガーテが口を開いた。


「今から私は・・・・・・クレアになります」

驚くヴェイグにアガーテは続ける。

「貴方には酷かもしれないけれど・・・あのヒト達を悲しませたくはないでしょう?」



あのヒト達。


アガーテが示すそれはクレアの両親。・・・マルコとラキヤの事だ。
彼らはクレアとアガーテが入れ替わっている事実を知らない。


それを伝えて悲しませたくはないし、話したところで簡単に信じられる話でもない。
何よりこの場にクレアが居ないことを知らせるのは、辛い。


「・・・あぁ、わかった。『クレア』」

育ての親に、自分に嘘をついているようで息が詰まる思いになるが、ヴェイグは彼女を『クレア』にすることにした。



アガーテの件は解決だ。


・・・次は・・・・・・




「・・・・・・・・・・・・」
「・・・私は、村の外で待ってるよ。・・・・・・・・・入りづらい」
「・・・・・・・・・」



やはりか・・・とヴェイグは思う。


は以前、サレやトーマと共にスールズを襲った。
それは人形として生きてきた彼女がサレの命令で行ったことだから仕方ないが、
『仕方がない』で済まされないほどの傷を村につけてしまった事は事実だ。

平穏を奪い、恐怖を植えつけた。

そんな自分が平気なカオをしてスールズの村に入る事は出来ないとは呟く。



後退りするに歩み寄って、ヴェイグは彼女の右手を掴んだ。


「申し訳ないという気持ちがあるのなら、皆に謝ろう。・・・・・・大丈夫だ。皆わかってくれる」
「ヴェイグ・・・」

「・・・スールズから目を逸らさないでくれ」

少し、目を伏せは考える。決意したらしく、顔を上げたはヴェイグにゆっくりと頷いた。
それを確認して、ヴェイグはその手を引きながら故郷へ向かった。


歩調はしっかり手を繋ぐ彼女に合わせて。























「ただいま!お父さん、お母さん」

マルコとラキヤを前にしてアガーテは『クレア』を演じる。
クレア特有の太陽のような温かい笑顔を浮かべ、少し声高にクレアの澄んだ声を出す。

ヴェイグも『クレア』に続いて、挨拶した。

「・・・ただいま おじさん、おばさん・・・」


子供達の「ただいま」に、親は笑顔を浮かべた。

「お帰り クレア、ヴェイグ」


その様子を、ヴェイグの傍らでが見守る。

・・・にこやかな空気を壊すのは気が引けるが、まずはこのクレアの両親に謝罪しなければ。
そうしなければ先に進むなんて無理だ。

そう思って、は身を乗り出す。



「ベネット殿!私・・・・・・」
「さぁ、皆さん。長旅で疲れたでしょう?どうぞ家へ入ってください」
「・・・ぇ・・・・・・・・・・・・・・・」


の謝罪の言葉を遮って、マルコは家の中へ入るように促す。
謝罪を聞きたくないと思うほど怒っているという様子ではない。そんな『心』は一切感じられない。


まるで、自分を謝らせないようにするような・・・・・・




扉を開け、ユージーン達を招き入れつつ、そっとラキヤはに囁く。


「・・・ヴェイグの目を見ればわかりますよ」


言われて、ヴェイグを見れば。



に柔らかく目を細めた。





『大丈夫と言っただろう?』


そう言っている気がした。






























「・・・そうか。世界中を旅して、多くのヒトに会って、色々なものを見てきたんだな」
「辛い思いもしたみたいだけど・・・とても良い経験をしたわね」

ヴェイグの話を聞いて、マルコとラキヤはただ笑って、頷いた。


「・・・だが、旅はまだ終わってないんだろう?」

驚くヴェイグを見て苦笑を浮かべながら、マルコは言葉を続けた。



「大きな何かが残っている。そして・・・それはお前自身の問題でもある。
 ・・・・・・それを私達に相談したくて、帰ってきたんだろう?」





・・・当たりだ。
見事にヴェイグの抱え込んでいる悩みを的中させた。



このヒト、心のフォルスを持っているんじゃないか?

密かにそう思ったのはだけだが、ヴェイグも似た感想だったようだ。
目を丸くして、「どうして・・・?」と呟くと、夫の代わりにラキヤが返した。


「ヴェイグ・・・親っていうのはね、子供の『ただいま』を聞けばその子がどんな気持ちなのか分かるものなのよ?」
「・・・おばさん・・・」

優しく、マルコが微笑んだ。

「・・・話してごらん」


一度『クレア』と顔を見合わせて、ヴェイグは口を開いた。











「・・・旅に出る前は、考えたことがなかった・・・ヒトは皆、ヒトでしかない・・・
 ・・・ヒューマとガジュマ・・・・・・姿は違うけど、そんなモノは大した事じゃない・・・そう思っていた・・・」

「うん・・・」

マルコが、頷く。



「・・・だけど・・・・・・・・・わからなくなった・・・・・・種族の違いや姿の違いが、どうしても気になるんだ・・・」



一回息を吸い込んで、最も言いたい事を吐き出した。



「おじさん・・・姿って、大切なものなんですか?」


マルコは考えるように目を閉じて、ヴェイグの質問に合う言葉を探した。


「・・・そうだね。ヒトを見分ける上で『姿』というものはとても大切だろう」

返ってきた意外な答にヴェイグは驚いて目を見開いた。
「大切なものなんですか?」と訊ねたが、「そんな事はないのだよ」と微笑んで言ってくれると思っていた。

そう言って欲しいと思っていた。


・・・しかし、マルコの言葉はまだ終わっていなかった。




「でも、考えてごらん。お前は姿だけでヒトを好きになったり、嫌いになったりするのかい?」


そんな事はない、とヴェイグは思った。
ガジュマのユージーンもハーフのヒルダも聖獣に作られたマオも・・・・・・も。
『姿』だけで意識した事なんて無い。



「私とラキヤは真っ暗な洞窟の中で出会った」


ふと、『クレア』が反応した。・・・その話は聞いたことがある。
自分が女王アガーテであった頃にクレアが教えてくれた話だ。


「・・・お互いのカオも見えなかった・・・それでも私は、彼女のコトを好きになったんだよ」

そう言って、マルコはラキヤと顔を見合わせた。
ニコリとどこか照れたような優しい微笑をラキヤが浮かべる。



「・・・私が好きになったのは、彼女の『心』だったんだ」





「・・・心・・・・・・」

肩に乗るハープにくらいにしか聞こえないような小さな声でが呟く。
・・・すぐに納得できた。ラキヤの心は『綺麗』だ。



「ヒューマとガジュマは姿も違う。だけど、少し前まで皆そんな事を考えずに暮らしていた。
 ・・・でも意識した時からギクシャクするようになった。

  ・・・・・・それは種族という姿だけでお互いを見るようになってしまったからじゃないのかな?」



「・・・・・・・・・」

その通りだった。


前は種族も姿も気にせずに生きてきた。平和に暮らしていた。
どうして意識してしまったのだろう。・・・いつから考えるようになってしまったのか。


「そんな時は目を閉じれば良いんだ。そうして感じるものを、お前は大事にすれば良い」
「・・・目を閉じて・・・・・・」


・・・そうか。目を閉じれば良いのか。
そうすれば、感じられるのは『心』だけなんだ。



「・・・・・・この村も、まだギクシャクしてる・・・」

そう呟いてから、ラキヤは続けた。

「ポプラおばさんも、あの一件以来ずっと塞ぎ込んでるわ」



「・・・・・・ポプラおばさん・・・」

消えてしまいそうな声音でヴェイグが呟いたことで、はポプラを思い返す。


優しい瞳をした温かい心のポプラ。
・・・そんな彼女をサレの命令とはいえ一度殺しかけた事は、の中で『後悔』として残っていた。



・・・・・・彼女に謝りたい。


の心の声が聞こえたかのように、マルコがヴェイグに言った。

「・・・良かったら、村のヒト達と話してごらん。お前にとっても村のヒトにとっても、何かきっかけになるかもしれないよ」
「・・・行って来ます」

マルコに告げてから、ヴェイグはの方を振り返った。


「・・・、一緒に行こう」
「・・・・・・あぁ」


小さく、頷いた。























ポプラの家はクレアの家の近所だ。行こうと思えばすぐにでも行ける。

だがその前に村の中を少し歩き回った。ヒューマ、ガジュマなどとはお構いなしにヒトと話した。
村人はわかっていた。このままではいけない。前のように戻れたら良いのに・・・と。

しかし、互いを傷つけ合い気まずくなってしまった今、元の鞘に収まることが出来なくなっていた。


きっかけを作れたら良いのに。・・・・・・誰もがそう思っていた。







村人達と一通り話をした後、ヴェイグとはポプラの家の扉の前に立っていた。

ヴェイグももポプラに対して後ろめたい所がある。
・・・しかし、前に進む為の一歩を、『きっかけ』を作る為にも勇気を出してこの扉の前に立った。


一度、互いに顔を見合わせてからヴェイグが前に進み出る。
ギュッと握った拳を裏返し、扉に腕を伸ばす。


ゆっくりとノックした。


「ポプラおばさん、俺だよ。居るんだろう?」

ポプラからの返事はない。


「・・・・・・返事をしたくなければそれでも良いから・・・俺の話を聞いてくれないか?」







「・・・・・・・・・・・・ヴェイグちゃん・・・」

扉の向こうから聞こえた小さな声。あまりに小さくて、
斜め後ろに控えているには聞こえなかったようだ。

それでも、ヴェイグにはその呼び声が届いていた。


弱々しいが、聞き間違えることのないポプラの優しい声。


「・・・集会場でのコト・・・今はとっても後悔してるの・・・ヴェイグちゃんにも・・・あんな酷いこと言っちゃって・・・ゴメンなさいね・・・」
「・・・おばさん・・・」


「・・・あれから、ずっと考えてるの。ヒューマに対して思ったこと・・・・・・
 アレが私の本心じゃないかって・・・・・・違うって思いたいけど・・・わからないの・・・」


・・・おばさんも俺と同じなのか・・・・・・


「・・・俺もおばさんと同じだよ。旅をして・・・ヒューマとかガジュマとか・・・そういう事をあれこれ考えた・・・」

自然と頭の中に思い出された。たくさん悩んでいっぱい傷ついて・・・



「・・・でも、わからなかった・・・」
「・・・ヴェイグ」

小さく、が名前を呼んだ。

「どうにもならなくなって、俺はクレアや――・・・大切なヒトを傷つけて・・・それで、村に帰って来たんだ」

傷つけたくないヒトを傷つけた。だけど・・・・・・だから、村に帰って来た。


「昔の自分を思い出そうと思って・・・おじさんやおばさん・・・皆と話したいと思って・・・」
「・・・ヴェイグちゃん・・・?」

「・・・上手く言えないけど・・・前はヒューマもガジュマもなかった。
 ・・・・・・ポプラおばさんはポプラおばさんで・・・俺はただ・・・・・・俺だった・・・」

・・・たったそれだけのハズだ。


「皆、おばさんの作ったパイを「美味しい」と言って、食べていた」

そこにヒューマとかガジュマとかは無くて、『美味しい』と感じた『心』だけが存在していた。



「・・・おばさん。早く元気を出してくれよ」

そう言って、ヴェイグは扉に背を向けた。









ヴェイグはポプラと何を話していたのだろう。
薄々悟ってはいるが、耳に入ってきたのはヴェイグの言葉だけだから確信はない。

ヴェイグとポプラの扉越しの会話を見届けると、振り返ってきたヴェイグが目を細めてを促した。


・・・次は彼女の番だ。


ヴェイグの隣に並び、一度深呼吸。
真っ直ぐに扉を見つめて、若干震える声を口から出した。


「・・・・・・ポプラ、さん・・・・・・私はと言います。・・・・・・以前この村を襲い、貴方を危険な目に遭わせました」

・・・変な自己紹介だ。あまり使い慣れしていない敬語口調も片言で、おかしい。

それでもは続けた。


「その事が気まずくて、申し訳なくて・・・謝りたかったのに、ずっと逃げていました」


許してもらえなくても仕方ないとは思っていても、どうしても怖かった。



「・・・でも、ヴェイグが目を逸らすなと言ってくれて、私は思ったんです。このままじゃいけないんだって。
 貴方や村のヒトに謝りたいと本当に思うなら、怖がらずに最初の一歩を踏み出すべきだって。・・・・・・だから、私はココにいます」


の言葉を静かに聞いているのだろうか。ポプラからの返事は無い。

「貴方に直接会って謝りたい。謝らせてほしい。
 ・・・だからどうか貴方も勇気を出してヴェイグ達と向き合ってください。村を戻すきっかけになってください」

扉越しにポプラの心を感じた。
迷いと恐怖。そして、小さいけれどポツリと浮かぶ勇気。


「・・・・・・・・・すみません。私が言える立場ではありませんが・・・・・・元気になってくださいね」


最後の言葉をかけて、ヴェイグとはそっと扉から離れた。



その時、ふと風が運んできた甘い匂い。


「・・・この香りは・・・・・・」


ふわりと鼻を掠める懐かしい香りに思わずヴェイグの顔が緩んだ。






クレアの家の方角からだった。


帰還の巻。

この辺のシナリオは「立て!立つんだヴェイグ!!」の所なので戦闘が一切ないんですよね。
バトル好きなゲーマーには少々物足りない部分かもしれないけど、
キャラ達の心情の変化なんかが秀逸に表現されてる場所なので私は好きですな。
バトル好きな方にはTOLオススメ。アレも面白い。同じところグルグルするからイライラはするけど(笑)

前回に引き続き、お前誰だよなデレ具合になってきたヴェイグさん。
「何も隠さず、素直になる」の結果がコレだよ!!(爆死)
もう隠しません。ありのままの自分を夢主に見てもらう。

夢主は服はスッパリ斬られてしまったので代わりにヴェイグの服を着てお揃い。
下はどうしたんだとか訊いたらダメ。きっとヴェイグの替えのズボンも借りてるから。
だぼだぼを引きずらないようにしながら歩いてるから!

まだまだ仲間以上恋人未満。サレやクレアの事もまだ解決してないものな。