すっかり夜と化した外を窓から眺めたヴェイグは、宿の廊下を歩いていた最中だ。


ティトレイとの殴り合いから自分の心情を仲間に伝えた一部始終。
一番聞いていてほしかったヒトに聞いてもらっていない。



「・・・・・・」





何より、にこの想いを知っておいて欲しかった。









の眠っているだろう部屋を訪ねる。
起きていれば良いのだがと思いつつ扉を軽く叩いた。


・・・反応が無い。眠っているのだろうか。


・・・・・・まさか身体の傷が深過ぎて・・・



「・・・、入るぞ」


少し気が咎めるが、嫌な予想が頭を取り巻くのだから仕方ない。

眠っていればそれで良し。・・・また改めて話せば良い。


そう心の中で唱えてヴェイグは扉を開けた。視界が扉から部屋のベッドに変わる。



ベッドはもぬけの殻だった。





「・・・・・・?」



暗い部屋の様子にドキリと心臓が跳ねる。

傷だらけの身体でいったい何処に行ったのだろう。
そう遠くには行けないはずだが・・・何処に消えたのだろう。



・・・・・・も いなくなってしまうのか? 





――――――――――嫌だ!





見当もつかぬまま、ヴェイグはを探しに宿を飛び出した。
の行くアテなんて思いつかない。だがヴェイグは惹かれるように海岸に走った。



自分が暴走して、ティトレイと殴り合いをして、思いを語った海岸。


どうか居てくれますように。心の中で祈ってとにかく走った。




























ヴェイグの祈りが通じたのか、海岸には砂浜に腰を下ろし海を眺める銀髪の少女。

・・・だ。
月の光に照らされて白銀の髪が美しく、何処か儚げに輝いていた。


そっとそちらに近づくと、彼女の指に甘えて縋っていたハープが突然身を乗り出して、ヴェイグに向かって毛を逆立てて威嚇した。
これ以上に近づくなと言う様な、まるでを守っているようなその姿。




・・・初めてハープに威嚇された。




つまり、それほどまでに自分がを傷つけたという事だ。


「・・・良いよ ハープ」

ヴェイグを見ずにが声をかけると、すぐに威嚇をやめたハープは退いての膝へと移動した。


「・・・
「・・・・・・大分迷いは晴れたみたいだが、完全ではないな」


やっとはヴェイグを見た。



「迷いの感情がうっすら心に張り付いているぞ」
















の隣に座って、少しずつが眠っていた時の事を語った。


ヴェイグの隣では黙って話を聞いていた。
話し終えた所で、が一つ苦笑する。



「・・・ティトレイらしいやり方だな」
「・・・・・・あぁ」
「痛かっただろう?」


言って、はアザになったヴェイグの頬に指を触れる。
頬に触れた指からの身体までゆっくり目で辿ると、肩にかけただけの薄い布の隙間から痛々しい包帯が目に入る。


自分が傷つけたのだと一気に罪悪感が押し寄せた。


「・・・の方が痛かっただろう?・・・すまなかった」
「あぁ、痛かったさ」

否定しないでは答える。
ヴェイグの頬に触れていた手を離して自分の包帯にそっと触れた。


「・・・これはヴェイグがずっと一人で抱え込んだ苦しみだから、痛い。・・・お前の心の傷をわかるにはコレが一番だからな」



その言葉に、ヴェイグは驚愕する。
自分の抱えた傷を知るために、は黙って斬られたというのだ。

・・・ずっと苦しみを、痛みを分かり合おうとしてくれていたのだ。














『何もわかっていないクセに・・・知った口を利くな!』











・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当にわかっていなかったのは、俺の方じゃないか。







代われるモノならその傷を代わってやりたいとまで強く思うヴェイグを知ってか否か。
は包帯に触れていた手をまたヴェイグに向けて、子供を褒めるように、そっと頭を撫でた。



「・・・よく頑張ったな」
「・・・!」


瞬間、また想いが溢れてヴェイグはを抱きしめた。
互いに普段より着込む物が少ない分、ぬくもりが直に感じられる。


・・・夕方とは違う気持ちだ。
ティトレイ達に抱いた想いとは違う。クレアに抱く想いとは少し、違う。
にだけ感じる感情。それが、胸が苦しくなるほど広がる。



「・・・すまなかった 

ギュッと強く抱きしめる。・・・身体の傷にはちゃんと気遣って。


「ずっと支えてくれていたのに・・・俺は・・・・・・」
「・・・本当にバカだな、ヴェイグは」


言葉とは裏腹に声は柔らかくて、優しい。



「私に独りじゃないと言ってくれたのはお前なのにな」













「・・・これからは、話す。抱え込んだりしない・・・」
「あぁ・・・」
「二度と達を傷つけない」
「・・・あぁ」


だから そう呟いて少し身体を離してを真っ直ぐに見つめた。



「もう一度、守らせてほしい」





ヴェイグの瞳に、苦笑を浮かべるが映る。

「・・・そんな捨てられた子犬みたいなカオをするな」


言って、の右手がヴェイグの背に回った。



「・・・私も、お前の心を守らせてもらう。・・・・・・良いよな?」




肯定する代わりに、腕の力を強めた。





























翌日、ヴェイグは仲間に言った。

「頼みがある・・・スールズに行かせてほしい・・・」


自分自身の心を整理するために、前に進むために。


「じゃ、行こっか!」



何故だとも嫌だとも言わずに仲間はあっさりと承諾をする。

「話したいことがあるんでしょ?家族に」


ヒルダが代表してヴェイグに訊いた。「あぁ」とヴェイグは言葉を返す。

その後、ゆっくりとアガーテに振り返って言った。


「・・・アガーテ。俺達と一緒に行かないか?」
「ぇ・・・・・・」


まさかのヴェイグからの誘いにアガーテは戸惑う。


「・・・良いのですか?」
「質問に質問で返すのは感心しませんな」


ユージーンがアガーテを嗜めると、苦笑を一つ浮かべてアガーテは「はい」と頷いた。



「よっしゃ!出発だ!!」




マオとハイタッチを決めてティトレイが言った。


月夜の誓いの巻。いい加減自覚しましょヴェイグさん。

心に傷を負った者と身体に傷を負った者。

ヴェイグは自分で抱え込んで傷ついて、夢主はそれを分かち合う為に斬られた。
他人を拒絶した者と他人を受け入れようとした者。常に似たようで対称的な二人。

これからはちゃんと苦しいことも悲しいことも話すよ!と月の下でお約束。


ヴェイグと夢主が何だか良い雰囲気になってきましたがまだまだこれからだぜ。