もうじき日が暮れるな・・・。


天辺に居た太陽が先程より少し下りてきている。
ティトレイを待たせてしまっているだろう、と少し歩調を速めた。



青い海、白い砂浜。・・・・・・全身緑のティトレイはよく目立つ。


ヴェイグが「ティトレイ」と声をかけると、背を向けていたティトレイは「来たか」と返して振り返る。
一歩、二歩、三歩と近づいて目前まで来たティトレイは拳を固める。


その拳を、無防備に立つヴェイグの左頬に思い切り打ち込んだ。


砂浜にヴェイグが『落ちる』。






「・・・ティトレイ・・・?」

いきなり何をするんだ?と呆ける。
痺れにも感じる痛みを左頬に受け止めつつ、ヴェイグは立ち上がった。

・・・足がフラつく。



「お前を見てるとな・・・ムカムカするんだよっ!!」

もう一発ティトレイの拳が入る。


「一人で世界中の不幸を背負ったような顔してんじゃねぇ!」
「・・・お前に・・・お前に俺の何がわかるっ!」


一方的に殴られるつもりは無い。ヴェイグも拳を握って、ティトレイの顔めがけて突き出す。

素手の勝負なら明らかにティトレイの方が勝っている。
当然、ティトレイには向かってくる拳がハッキリと見えていた。


だが、ティトレイは避けなかった。

しっかりとヴェイグの拳を見て、頬で受け止める。
めり込んでくるような重い拳を、砂浜に両足をガッシリつける事で受け止める。



「わかんねぇ・・・わかんねぇよっ!」

お返しとばかりに殴り飛ばす。




「お前みたいに黙ってたら何にもわかりっこねぇだろうがっ!」

もう一発殴る。

「何を、言えというんだっ!」

ヴェイグが殴る。

「カッコつけてんじゃねぇっ!」

ティトレイが殴る。




「苦しいんなら苦しいって言えよ!辛いんなら辛いって言えよ!!」


もう一発、二発。容赦なく殴ればヴェイグの口端から血が一筋流れた。
お構いなしにもう一発打ち込む。


「お前のその態度がクレアを追い詰めて・・・・・・まで傷つけたんじゃねぇのかよ!そうだろ!!」


ティトレイの言葉で全てを思い出す。
頭の中でフラッシュバックが起こった。










『・・・もし悩みとか、困った事があるなら何でも言ってね・・・?』


『・・・・・・ヴェイグ・・・やっぱり・・・今のままの私じゃ・・・ダメなの?・・・・・・ダメ・・・なのよね・・・・・・・・・』


『・・・・・・苦しませて、ごめんね・・・・・・』









・・・・・・・・・・・・・・・クレア















『黙ってばかりいるな。抱え込むな。無理をするな』


『ヴェイグ!』





『消えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』





頭の中に紅が一杯広がる。身体が引き裂かれる。俺の刃が、傷つける。

それでも、斬られた真っ赤な身体は優しく俺を抱きしめた。


いつも隣にいた、俺が傷つけた、このヒトは――――――――――――――――


















『・・・・・・・・・・・・バカ』












――――――――――――――――――――――――  。
















「俺は・・・・・・俺はぁっ!!」

ふらついた足を砂浜に踏み止まらせて、渾身の力でティトレイに反撃する。



「守りたかった!」


殴る。


「クレアをっ!」


思いを拳に籠めて、殴る。


をっ!!」

また殴る。ティトレイの顔に青アザが浮かび上がった。


「俺はぁぁぁぁぁっ!!」



トドメとばかりに拳を突き出す。赤く腫れたティトレイの頬に喰い込む様に拳が打ち込まれた。
強い衝撃で倒れそうになるのを、ティトレイの足が許さない。


「やりゃぁ・・・出来るじゃねぇかっ!!」


言葉と共にヴェイグを殴り飛ばす。
砂浜に倒れた己の身体を、素早く起き上がらせてティトレイの方を見るが、自分が倒れたのと同時にティトレイも崩れたらしい。
ペタリと座り込んで、「イ、イテテ・・・」とアザの出来た頬を押さえていた。



「・・・随分とおしゃべりじゃねぇか・・・お前の拳はよ・・・・・・」

そう言ってティトレイは笑う。





「ヴェイグ!ティトレイ!!」


マオ達が二人の元へ駆け寄る。
時刻はもう黄昏時だ。昼に出かけた二人が戻って来なかったのを心配して、様子を見に来たのだろう。

「ティトレイさん!どうしてこんな事・・・」

ティトレイの腫れた頬に冷えたハンカチを押し付けて訊ねるアニー。

「むっつりのヴェイグちゃんと語るには拳っきゃねーだろ?」


ニッと笑うと殴られた頬が痛むのか、また「イテェ」とティトレイが呻いた。



「・・・誰がむっつりだ・・・」


口の端で固まった血を指で拭ってヴェイグが返すと、ティトレイは苦笑を浮かべた。

「だったら話せよ・・・お前の気持ちをよ・・・」
「・・・・・・・・・」


無言でゆっくりヴェイグが立ち上がる。
表情を見せたくないのか、海に顔を向けた。


「・・・・・・わからないんだ・・・」

波音に掻き消されそうなくらい小さなヴェイグの声だ。


「・・・俺は、どうすれば良いんだ・・・・・・ミルハウストは言った・・・ベルサスで俺が救ったのは誰だったのか、と・・・」


分かりきった質問だ。


「あの時、俺には・・・アガーテがクレアに見えた・・・
 ・・・どんな姿をしていようと、心がクレアならそれがクレアだと、俺はそう思った」


しかし




「でも、クレアがクレアらしく振舞えば振舞うほど・・・・・・アガーテの姿である事が気になるんだ。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・真っ直ぐにアイツを見られないんだ」


右手で顔の半分を覆って苦しそうにヴェイグは唇を噛む。
噛んだ唇より、心が痛い。




「それが・・・クレアを・・・・・・アイツを傷つけていると・・・わかっていたのに・・・・・・!」






「・・・やっと本音が出たな」


突然聞こえた声にハッとなってヴェイグは振り返る。




・・・ティトレイが笑っていた。


「そんなに頑張るなよ。・・・お前が苦しんでるのは皆わかってた。でも、人前で弱音を吐くようなお前じゃねぇしな」

一歩、ヴェイグに近づいて肩を軽く叩いた。


「だけどよぉ、暴走するまで一人で頑張る事はねぇだろ?オレ達にもちったぁカッコつけさせてくれよ」

ティトレイの微笑が温かい。


「一緒に悩ませてくれよ。・・・・・・仲間だろ?」




「・・・・・・俺は・・・・・・・・・俺は・・・!」


よくわからない気持ちが込み上げてくる。


罪悪感?謝罪?感謝?悲しみ?喜び?


表現の上手くいかない一杯一杯の想いが溢れてくる。



今まで背負ってきたものがゆっくりと軽く感じられてくる。



・・・仲間が、いるから。




砂浜に膝をつく。我慢していた何かが無くなって涙が溢れる。
・・・ただただ涙を流した。




嗚咽を漏らしてヴェイグは涙を流す。彼を包み込む温かい腕は無い。



クレアもも。





その腕を突き放してしまったのはヴェイグ自身なのだから。


夕日の中殴り合いの巻。

初プレイ時では笑いしか込み上げてこなかったこのシーン。
最近では涙腺崩壊の警告音が。何故こんなに泣けるようになってしまった。年か。
「お前みたいに黙ってたら〜」辺りで泣けてくる。ヤバイ。

実は今回の話もっとヴェイグさんをイジメたかったというのは内緒の話。