アガーテは城を出てから様々なモノを見た。そして、知った。


ヒューマとは何かガジュマとは何か。


・・・そんなことは関係ない。
私達はヒトだ。どんな姿をしていても、どんな性格をしていても、ヒトなのだ。


『大地に生きるヒト』・・・クレアの言葉を自分で見て、自分で聞いて、自分で行動する事でようやく理解した。

だから、今争っているヒューマとガジュマの両者に一喝する事が出来る。


「ヒューマだガジュマだと言う前に、自分の行いがヒトとして正しいかをよく考えなさい!!」


仲裁に入っていたミーシャを助けて、両者を治めた。




・・・ヴェイグ達がミナールに到着する一日前の事だった。




























その次の日。ヴェイグ達と重なるように、カレギア軍がミナールへと入って来た。

軍は次々に騒ぎを起こす者達のうち、ヒューマのみを捕らえてヒューマの外出を禁じた。
兵士達は旅の者でも例外は無いぞとヴェイグ達を睨みつけ、屋内に入るように注意する程の厳戒態勢だ。

ヒューマの姿がなくなった街路を目に収めつつ、一体何があったのかを聞くために歩き出した。
とりあえず、宿屋で診療所を開いているキュリアを訪ねるのが良いだろう。











「世の中メチャクチャね・・・毎日毎日飽きもしないでケンカばっかりして、怪我人を出して・・・」

「嫌になっちゃうわ」と愚痴るキュリアはふとクレアに目を向けた。


「・・・ところで、クレアさんは何処?そちらのガジュマの女性は?」


・・・そうだ。キュリアはクレアとアガーテの事情を知らないのだった。
そう思い出して、それについて説明する。



キュリアは信じられないと目を白黒させたが、何とか理解したようだ。



「・・・私・・・ノルゼンで陛下にお手伝いさせちゃったってコト・・・?・・・もう信じらんない・・・・・・」

何か懐かしい回想を始め出した。

ユージーンが「私達は休みを取ります」と言っても力の篭っていない返事しか返ってこない。
・・・アガーテを使ってしまった事がかなり衝撃のようだ。


そんな大ショックを受けているキュリアも、ユージーン達の後に続こうとしていたヴェイグに気づいて呼び止める。
我に返ったのか平静を取り戻してヴェイグに告げた。

「貴方は残って。・・・・・・手を、診てあげるわ」


キュリアがそう言ったのをしっかりと聞き取って、は扉を閉めた。






























「・・・手袋の下、凍り始めてるでしょう?」

部屋に残ったヴェイグに向き直り、手袋に覆われた彼の手を見つめて、キュリアは静かに言った。


「・・・フォルスのせいなんでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・」

目を逸らす事で、肯定の意を見せた。


「原因は想像つくけど・・・その事、皆には相談したの?」
「・・・・・・何を?」
「何をじゃないわよ!自分の手が凍るなんて・・・放っておけば大変なことになるわよ?」


・・・そう言うのだったら、


「・・・だったら・・・・・・だったらクレアを元に戻す方法を教えてくれ・・・!」



「・・・・・・陛下のフォルスで元に戻す以外に方法は無いんじゃないかしら?」


冷たくも聞こえたが、もっともな意見だ。自分だってその方法を考え付いた。
だが、出来ない。アガーテの行方が知れない今、それは不可能なのだ。



「あの・・・ヴェイグさん・・・」

辛そうに拳を握るヴェイグに、キュリアの助手、ミーシャが恐る恐る声をかけた。

「昨日、港で揉め事があって・・・その時・・・・・・『クレアさん』が止めてくれたんです・・・」
「・・・!!」


今日までクレアとアガーテが入れ替わっていた事を知らなかったミーシャ。
その彼が、昨日『クレア』を見た。

つまり、その『クレア』は―――――――!



「ちょっと 待ちなさい!ヴェイグ!!」



キュリアの止める声も聞かず、ヴェイグは港へ走った。














「オイ、急に飛び出してどうしたんだよ!?」

静かな港で懸命に何かを探すヴェイグを捕まえてティトレイが言った。


「ミーシャがこの街で・・・クレアを見たらしい!」
「それって・・・アガーテ様ってコト!?」

マオにあぁと素早く頷いてクレアを見る。

「クレア・・・これで元の身体に戻れるぞ・・・!」
「・・・ヴェイグ、」


クレアが何かを言おうとしたが、碇泊した舟の側らに佇む男を見つけて、ヴェイグは駆け出した。


「昨日ココで揉め事を止めたヒューマの娘に覚えは無いか?」
「・・・あ?ヒューマは外出禁止だろ?」

質問の答を返さぬ男を引き寄せる。

「訊いているのは俺だ・・・!」
「ちょっと・・・やめなよ ヴェイグ!!」


男を締め上げるヴェイグに驚いてマオが止めに入った。
襟を掴まれている男はヴェイグに怯え、瞳に恐怖を宿している。




「オイ!お前達何をしているっ!!」


港の入り口からカレギア兵がやって来た。
それに気を取られていた時、男は「今だ!」とでも思ったのか渾身の力でヴェイグを突き放して、躓きながら逃げ出した。



「ココで何をしている?ヒューマは外出禁止だぞ」

兵士が近づいてきて、注意してくる。



・・・・・・煩わしい。



「・・・・・・どいてくれ・・・ヒトを探しているんだ・・・」
「ダメだ。どんな理由があろうと例外は認めん。さっさと屋内へ入れ」


兵士は先程の言葉の形を変えただけで、ヴェイグの声に耳を貸さない。




「お願いします、とても大切なヒトなんです!」

今度はクレアが訴えた。
兵士は「またヒューマか」と思ったのか。うんざりした顔でクレアを見る。
しかし、その不機嫌顔もクレアの、『美しいアガーテ』の顔を一目見た瞬間に吹き飛んだ。






こんな美しいヒトを今までに見たことが無い。
満月のような、神秘的な魅力に包まれた美女だ。

・・・いや、違う。このカオを見た事が、『ある』。


このカオは――――――――――・・・






「・・・アガーテ様?」

兵士のうちの一人がポツリと呟いた。ビクリとヴェイグとクレアが反応する。


「おぉ、本当だ。アガーテ様だ」
「うんうん、アガーテ様だ」

兵士達はクレアの顔をじっくりと眺めては口々に「アガーテ様だ」と言い合う。



「私は・・・私はアガーテ様じゃありません!」
「わかってるよ、そんなコト」

アガーテではないと否定するクレアに「当たり前の事を言うな」とばかりに兵士が笑って返した。


・・・アガーテでないことが分かっていながら、クレアを囃し立てているのだ。


「アガーテ様がそんな服を着て、こんな所でお前達ヒューマと居るはずがないだろう?」
「しかしホントに似てるよなぁ?案外本物だったりしてなぁ?」


ケラケラとふざけ合う兵士に、もう一度否定しようとクレアが口を開いた瞬間、
合わせたかのようにタイミング良く兵士の一人が両手を上に振り上げた。

・・・「万歳」のポーズだ。


「アガーテ様ぁ、万歳!」
「バンザーイ」
「アガーテ様 バンザーイ」


一人がクレアをからかい、万歳を始めれば他の兵士も続いて両手を振り上げる。

「万歳」とかけられる声の中に時折、抑えきれず洩れた笑い声が耳に入る。



「お前達、これ以上は――――――――」
「・・・・・・・・・・・・ぶ、な・・・」


注意しようと声を出したに重なったヴェイグの呟きがその場に響く。


「あ?何だって?」
「アガーテと・・・呼ぶな・・・」


静かに放たれるヴェイグの勧告。
握り締めた彼の拳から、透明な結晶が零れ落ちた。




「・・・アガーテと呼ぶなぁぁぁぁぁぁっ!!」



抑えきれなくなった感情が冷気となって彼を包み込んだ。




瞬間、彼の足元からふざけていた兵士に向かって、鋭利な物体が地面を捲り上げて襲い掛かった。

・・・氷柱だ。ヴェイグの爆発した感情がフォルスに反応し、鋭い氷柱を生み出したのだ。
氷の刃がキラリキラリと冷たい反射を起こして兵士を取り囲む。



「ヴェイグ!」
「・・・・・・っ!!」


に呼びかけられてすぐ、ヴェイグは人気の無い海岸へと向かって駆け出した。








・・・最後の理性だった。

































海岸に辿り着いたヴェイグの足が止まる。
抑えようの無い冷気が身体の内から溢れ、砂浜、波、植物を問わず己の周囲にあるモノ全てを凍らせる。



「ヴェイグ!落ち着いて!!」
「ダメだよ クレア!フォルスが暴走してる!!」


遠くから声が聞こえる。・・・いや、すぐ傍に誰かいるんだ。




クレア・・・?・・・・・・クレア?  何処だ? クレアは何処だ?


声のした方を向く。

クレアが居るのか?何処だ?クレア・・・・・・・・・・・・俺にはわからない・・・



自分の手とも思えない程に重い腕を伸ばす。

クレア、クレア・・・・・・クレア・・・



「ヴェイグ!」
「やめなさいクレア!凍りたいの!?」


クレア、そこに居るのか?


焦点の合わない目を凝らして見る。

クレアと呼ばれたヒトは。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・クレアじゃ、ない。







「違う・・・・・・クレアじゃ、ない・・・」






スラリと音がした。何の音だろう?
・・・あぁ、俺が剣を抜いた音か。


早くクレアを探そう。アレはクレアの幻だ。まやかしだ。

・・・・・・・・・クレアじゃない。



「どけぇぇぇぇぇぇっ!!」



叫んで大剣を振った。


クレアを何処へ隠したんだ?
何処だ?クレア。俺が守るから。今度こそ、お前を守るから・・・・・・







クレアの目の前で、左腕を押さえてが崩れた。
傷口を押さえている右手がどんどん赤く染まっていく。筋を作って左腕を伝う。


・・・暴走したヴェイグからクレアを庇ってが斬られたのだ。


さん!」
「・・・っ慣れてる!良いから離れていろっ!!」


クレアを突き飛ばして、ヴェイグの間合いから遠ざけた。
二撃目はユージーンが槍で受け止めてくれたからノーダメージだ。


ヴェイグが叫ぶ。



「邪魔をするなぁぁぁっ!!」









「ヴェイグ!てめぇ目を覚ませっ!!」

ヴェイグの大剣とユージーンの槍の交わった一瞬を狙って拳を繰り出す。
しかし、ティトレイの拳を受けたはずのヴェイグの影がゆらりと歪むと、消えた。


・・・ティトレイが殴ったのは残像だ。


「アニー!気をつけろ!!」


注意を促すも時既に遅し。
突然アニーの背後に姿を現したヴェイグは容赦なく大剣を薙ぎ払う。

・・・幸いなのか大剣で斬られるというよりも叩きつけられる形になったアニーは刃で怪我をすることは無く、
強く吹っ飛び砂浜に崩れ落ちるだけで済んだ。


それでも相当のダメージを受けたのだろう。アニーは気を失って起き上がる気配が無い。



「クレアァァァァァァァァァッ!!」


暴走を起こしながら、ヴェイグは必死にクレアを探す。
そして、『クレアでないモノ』を排除する。



アニーはクレアではない。ティトレイはクレアではない。マオは、ユージーンは、ヒルダはクレアではない。





「クレア・・・・・・クレアは・・・」


虚ろな瞳をゆっくりと動かして、探した。
ふと、ぼやけた視界の端に人影が二つ見える。


クレアだろうか・・・とヴェイグは視線を二人に定める。



ヴェイグの求めるクレアではないが、クレアは居る。
・・・左腕を押さえたに庇われるような形で。






「・・・・・・ヴェイグ」



そっと声をかけたのはだ。
呼びかけに反応して動きを止めたヴェイグを見つめたまま、後ろに庇うクレアに言う。


「クレア。これから何が起こっても、一切口を出すな。・・・・・・悲鳴を上げるなよ」

さん・・・?」


どういう事?と訊ねる前に、はヴェイグに向かって歩き出した。

一歩ヴェイグに近づく度に、ポタリポタリと指先を伝って赤い水が砂浜へ落ちる。


・・・結構深く斬られているらしい。
止まる気配すらなく溢れる血によって、痛覚さえも感じない。


それでもはヴェイグに歩み寄る足を止めない。
あと二歩くらい進めば彼に触れられるという距離まで近づいた瞬間。

突然ヴェイグが呟いた。



「・・・ヴェイグ」
「・・・・・・・・・・・・違う・・・・・・お前は・・・・・・・・・」




グッと大剣の柄を握り締める。





「消えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」










に向かって、躊躇い無く刃が振り下ろされた。




















の左肩から右脇腹にかけて、一直線に赤い筋が走った。
服が大きく裂ける。筋は溝になり、大きく開く。


裂け目から 夥しいまでの紅い紅い液体が噴き出した。



「――――――――――っ!!」


目の前で起こった惨劇にクレアは息を呑んだ。
名前を叫びそうになる口を必死に両手で押さえた。















ヴェイグが を  斬った 。























左腕の出血も酷いが、そんなの比じゃない程の量の血が胸から溢れているのが分かる。

・・・何もかも分かっていた。



ヴェイグが大剣を握り直したのも、刃の軌道も全部分かっていた。

だが、逃げなかった。
・・・逃げたらダメだと思った。


真っ直ぐに受け止めなければ、ヴェイグは助けられないと思った。


この傷はヴェイグが心の内に抱え込んでしまった傷だから。



・・・ヴェイグの傷を分かち合いたかった。




感覚のなくなってきた両腕をヴェイグに向かって伸ばす。
彼の背中に血みどろの腕を回して、抱きしめた。

ヴェイグの方が身体が大きいから、が抱き込まれたような形になったが。


不規則になった呼吸をこらえて、はヴェイグに呼びかける。



「・・・ヴェイグ・・・落ち着け・・・・・・落ち、着いて・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


ヴェイグの右手から大剣が滑り落ちる。
砂を舞い上げて大剣が落ちたのと、空いた右手がの背中に回ったのは同時だった。


「俺は・・・・・・クレアを・・・俺が、守らなくては・・・・・・――――――」


ガクリとヴェイグの全身から力が抜ける。
・・・どうやら暴走が治まったらしい。


気絶したヴェイグを支えきれなくなって、抱き込んだ形のままは膝を折った。
砂煙を上げて座り込むと、ユラリと目の前で揺れる銀の三つ編みをぼやけた視界に取り入れる。



「・・・・・・・・・・・・バカ」


最後の強がりに悪態を吐いてから、紅い水溜りに向かっては倒れた。
もちろん、ヴェイグも巻き添えで。二人重なるように紅色の砂浜に崩れる。










・・・紅色に染め上げられた海岸にクレアの悲痛な悲鳴が響き渡った。


ヴェイグの暴走の巻。
これで四冊目のノートが終わった・・・。スゴイ・・・TOR長い・・・

暴走したヴェイグの「クレアーっ」ってセリフは彼がクレアを必死に探していたからじゃないかなと思います。
まぁ・・・私がプレイしてると大抵「どぉけぇーっ」としか言ってくれませんが(笑)


ついにやってしまったヴェイグさん。
以前の「己の剣が夢主を両断する姿を想像」はちょっとした伏線。

夢主はヴェイグに斬られる覚悟で近づいて、抱きしめて、暴走を止めました。
自分の暴走を止めてくれたのは彼だからという思いもあったんだろうけど、
本当のフォルスが目覚めたことでヴェイグの心の傷や悲鳴がずっと聞こえていたってのもある。・・・と思われる。

救ってあげたい一心で助かるとか死ぬとかみたいな他の思いは一切無かったんでしょうな。