ピピスタが遠目に見えた辺りで、シャオルーンから降りる。
恰も『歩いてピピスタまで来た』ように振舞う。
負の感情を感じ取ったのは確かにピピスタだ。それは間違いない。
・・・・・・だが、おかしい。
今まで察知した負の感情は全てヒューマからガジュマへ、ガジュマからヒューマへといったモノだった。
ピピスタにはガジュマしか住んで居らず、ヒューマは見たことがない。
つまり、ピピスタにヒューマは『居ない』。
・・・ならば何故負の感情がピピスタを覆っているのだろう。
考え込んでいたは目の前の障害物にも気づかず、そのままぶつかった。
障害物が「うわっ」と声を上げた。
・・・ガジュマの子供二人だ。
「ぁ、すまない!・・・怪我はないか?」
は無傷であることを承知の上で子供に声をかけた。所謂、社交辞令というヤツだ。
・・・本当は片方の子供の嘴が腹に突き当たって、痛かったのはこっちの方だが。
「うん、大丈夫だよ。お姉ちゃん」
舌足らずな声で男の子が頷く。フワフワの毛皮で全身を覆った熊のガジュマだ。
彼と手を繋いだ鳥の少女(先程腹に当たった嘴を持つ子だ)が手を引く。
「お姉ちゃん、ごめんね。・・・・・・行こう、トッポ」
少女の言葉に、トッポと言うらしい熊のガジュマはうんと頷いて歩き出す。
「・・・・・・村まで送ろうか?」
「・・・いいっ!」
少女はそう強く断るとトッポと共に、村とは反対の方角へと走って行ってしまった。
だんだん小さくなっていくその姿を見送ってからハープに促されて、やっと自分がヴェイグ達と相当距離を開けている事に気づいた。
遠くにティトレイの派手な緑色の髪が見えて、は走った。
「・・・いや・・・この六人は・・・・・・・・・・・・俺の・・・召し使いだ」
苦し紛れな言葉を吐いたユージーンを訝しがって門番が一瞥した。
・・・やはりピピスタがおかしい。
確かにヒューマを嫌っている節は前々からあったが、
今のようにヒューマの村への侵入を禁止したり、ヒューマを『劣等民』と呼んで蔑む事もなかった。
ユージーンが『召し使い』と紹介するまで、門番はずっとヴェイグ達を睨んでいただろう。
「召し使い?それにしちゃあ随分態度が大きくないか?」
「いや、俺の言う事は何でも聞く様に厳しく躾けてある。・・・・・・なぁ、お前達?」
振り返ってヴェイグ達に訊ねる。
突然与えられた『召し使い』の称号にマオ達が反応に困る中、が動いた。
ユージーンの前で跪き、頭を深々と下げる。
「は、我等はユージーン様の忠実なる僕。貴方様に命を捧げる奴隷でございます」
完全に服従するの姿に納得して、門番が頷いた。
ユーシーンとの機転で何とか村に潜り込んだヴェイグ達はピピスタの主、ドバル酋長の家を訪ねた。
そこで確認したのは酋長の、ヒューマに対する絶対的不信感。
ヴェイグ達が村へ来る以前に村の視察に来たミルハウストを『ヒューマ支配国家を企んでの行動だ』と完全に信用していない程だ。
このままではいけない。ヒューマに見下されてなるものか。
そうして酋長が考えついたのは階級制度だ。
角が生えたガジュマは一番優れた『特等民』。ドバル酋長や先程の門番がそれだろう。
次が翼の生えた『優良民』。・・・村の外で出会った少女などが当たると思う。
その他のガジュマが『二級民』。ユージーンや今のクレアを言うらしい。
そしてヒューマは全て『劣等民』。門番がヴェイグ達を見てそう言ったのも納得だ。
こんな馬鹿げた階級が作られているのだから。
ドバルはこの制度で村の秩序と規律を守っていると信じているが、絶対に違うと言い切れる自信がにはあった。
村が平和ならば、自分の『心のフォルス』がこんなに膨大な負の感情を感じるワケがない。
がどうするべきかと対処法を考えている間に、
ヴェイグの放った一言で激怒したドネルに家から追い出され会話は強制終了となった。
『何故同じ『ガジュマ』に種族をつけるのだ。 アンタの言う『種族』とは何なのだ』
・・・ヴェイグは、ただ訊ねただけだ。
「二級民だったらオレ達優良民の言う通りにさっさと子供を捜しに行けよ!」
酋長の家から出た途端に聞こえてきた怒鳴り声。ヴェイグ達に向けてではない。
何故ならヴェイグ達は『劣等民』。・・・・・・そう言えば、ヒルダはどの階級に収まる事になるのだろう?
・・・などと考えつつ、叫んだ『優良民』の男を見る。白い翼を持った男だ。
男は対峙している熊の女性に言葉を放ったようだ。
・・・翼も角もないからこの女性は『二級民』という事になる。
「何だって!?アンタの娘もそうやって階級をたてにウチのトッポを誑かしたんでしょうに!」
・・・・・・トッポ?
ふとの脳裏に村の外で見た二人の子供が思い浮かぶ。
確か少女はあの少年を「トッポ」と呼んだか・・・
村の外にいた鳥と熊のガジュマの子供。子供がいないと騒ぐ鳥と熊のガジュマの大人。
・・・これはの想像が正しいだろう。
「この毛むくじゃらめが!」
「何よ・・・翼があるからって良い気になって!」
「よせ!ガジュマ同士で争ってどうする!」
「「ヒューマは引っ込め!」」
こんな所ばかり意気投合。気押しされ、止めに入ったヴェイグが思わずたじろぐ。
「良い加減にしろ!争う前に子供を捜しに行ったらどうだ!!」
改めてユージーンが仲裁に入る。
「その間にコイツら二級民が階級を入れ替えるつもりなんだ!」
「そっちこそ私達を村から追い出すつもりなんでしょ!?」
「・・・だったら一緒に行けば良いじゃないか」
呆れてが言った。肩の上のハープも同意して「キィ」と一声鳴いた。
「ふん!誰がこんな二級民と・・・」
「私だって・・・!!」
互いに睨み合って動かない。ああ言えばこう言う。
・・・コイツらは自分の子供が心配ではないのか。
「・・・もう良い。俺達が捜しに行く」
業を煮やしたヴェイグが一言そう言った。
村を出てからはいなくなった子供の姿を見た事をヴェイグ達に告げた。
子供の足ではそう遠くまでは行っていないだろう。
そう考え、手始めに焔の塔の周辺に存在する聖火台に向かうことにした。
三つ目の聖火台に向かった時、子供達はいた。
聖火台に向けて『お祈り』をしていたようだ。
「貴方達、ピピスタから来たのよね?」
アニーが訊ねると、二人は黙って頷いた。
「お前達がいなくなって村は大騒ぎになっている。すぐに戻ろう」
「ヤダっ!」
ヴェイグの言葉に即答する少年、トッポ。
・・・あぁ、もしかしてヴェイグの顔が怖いんだろうかとも思ったが、どうやら違うようだ。
「だって、おうちに帰ったらレイと遊べなくなるもん!」
トッポは傍らの少女に「ね?レイ」と訊ねた。レイも強く頷く。
「私もイヤ!皆怒ってばっかりで村にいても楽しくないもん!」
その言葉を聞いて、二人が村を出てきた理由が分かった。
・・・あの理不尽な階級制度が原因だ。
「だから私達、聖なる鳥さまにお願いしようと思ってここに来たの」
「皆が仲良くなりますように、レイと一緒に遊べますようにって・・・」
子供達の純粋な気持ちだった。
クレアは二人の気持ちを汲み取って優しく微笑んだ。
「貴方達の気持ちは分かったわ。・・・でもね、お父さんやお母さんを心配させるのは良くないと思うの」
無言のまま、ヴェイグがクレアを見つめる。
「お祈りも悪くないけど、貴方達の気持ちを村の皆に伝えたらどうかしら?」
「・・・どうすれば良いの?」
「貴方達が仲良くしている事、どんな姿をしていても仲良く出来る事を教えてあげれば良いのよ」
優しくクレアが諭すと、トッポとレイはどうする?どうしよう・・・と顔を見合わせた。
決まった答は。
「・・・お姉さんの言う通りやってみようよ・・・トッポ・・・」
「そうだね、レイ!」
クレアがうんと頷いて二人に手を差し出した。
「さぁ、ピピスタへ帰りましょう」
「「うん!」」
元気よく返事をして、二人はその手をぎゅっと握った。
「トッポ!」
「レイ!」
自分達の前に出された子供をギュッと抱きしめて心配した、良かったと口々に言う。
そんな親を見て「なーにが心配しただ」とティトレイが目を細めた事はトッポとレイには内緒にしておく。
自分を抱きしめる父親に、レイは精一杯勇気を出して口を開いた。
「お父さん、あのね―――」
「まったく、毛むくじゃらなんかと遊ぶからこんな事になるんだ!」
父親が身を放してレイの両肩を強く握って目を合わせた。
「もう二度と毛むくじゃらなんかと遊ぶんじゃないぞ!」
「違うの、お父さん・・・私―――――」
「トッポ、あんな羽まみれのコなんかと仲良くしちゃダメよ?」
トッポの母親が強く言い聞かせる。レイとは遊ぶな、と。
また一緒に遊べるのではないか。
・・・そんな小さな希望がグシャリと握り潰された気がした。
「どうして・・・?ねぇ、お父さんどうして!?どうしてトッポと遊んじゃいけないの!?」
子供はこんなにも必死に訴えている。
しかし大人はただ一言、理由にもなっていない言葉を放っただけだ。
ダメなものはダメ・・・・・・と。
レイは考える。『ダメ』の理由を考える。
毛むくじゃらだからダメ。羽まみれだからダメ・・・羽根があるから、ダメ・・・
・・・・・・私の羽根のせいで、トッポと遊べない・・・
「・・・だったらこんな羽根・・・・・・なくなっちゃえっ!!」
レイはナイフを取り出して自身の翼に向かって躊躇い無く振り上げた。
「よせっ!」
刃が翼へ下ろされる前にヴェイグとがナイフを取り上げて、捨てた。
手から消えたナイフは金属音を響かせて一、二度地面を跳ねると、遠くへと飛んでいく。
ナイフを拾いに行きたいのに、抱きしめるの腕がそれを許さない。
ようやく考えついた答さえも取り上げられて、レイはの胸でとうとう泣き崩れた。
「・・・こんな風に子供を追い詰めて・・・アンタ達は恥ずかしくないのか!?」
「だ、黙れヒューマ!!」
反論する大人を見て、は睨む。泣きじゃくるレイを強く抱きしめた。
「種族差別やくだらない階級に煽られる前に、泣いている子供を笑わせてやれ!痴れ者が!!」
とどめとばかりにヴェイグ。
「アンタ等の言う種族って何だ・・・・・・アンタ等の守りたい種族って何だ!?」
「・・・なんか皆・・・シュンとしてたね・・・」
遠くに見えるピピスタを眺めて、マオが呟く。続いて、ティトレイとアニーが言う。
「へっ、子供泣かせてるんだ!当然だぜ!!」
「・・・これで、種族について色々考えてくれると良いんだけど・・・」
「・・・ま、ともかく次の街に行こうぜ。まだまだ負の感情はあちこちにあるんだ」
ティトレイの声と共にぞろぞろと歩き出す。
ヴェイグも後を追おうとした所で、クレアに呼び止められた。
「・・・どうした?クレア」
「・・・ううん・・・何でもない・・・何でもないケド・・・・・・」
真剣な眼差しでクレアは言う。
「・・・もし悩みとか、困った事があるなら何でも言ってね・・・?」
その言葉に表情を柔らかくしてヴェイグは返す。
「心配するような事は何もないさ」
「・・・う、うん・・・・・・」
クレアの杞憂だと告げて先に行くように進めた。
心配げに何度か振り返っていたクレアが見えなくなった所で、
―――――――――――――――またあの 『感覚』。
「・・・くぅっ!!」
今度は頭痛を伴って冷気を纏った。
先程まで暑いと感じていたピピスタの気候を忘れる程の冷たさが全身を蝕む。
「止まれ・・・・・・っ、止まれぇ・・・・・・!!」
身体の外も中も、血管や神経さえも凍ってしまいそうな感覚がバビログラードの時よりも長く続く。
ヴェイグは耐えるしかなかった。
ようやく止まったことを確認してヴェイグは深い息をついた。
冷えた身体が周囲の気温によってゆっくりと元に戻っていくのを感じる。
「・・・・・・・・・・・・ヴェイグ」
「っ!!」
誰もいないと思っていたこの空間で、突然名を呼ばれて驚く。
もう聞き慣れた声だ。誰かはわかる。
・・・だ。
「・・・」
ゆっくりとに向き直った。
・・・今の状態を見られただろうか。
冷気で冷えた手を、悟られぬようにそっと後ろへ隠そうとした所で、その手をに掴まれる。
捕まった冷たい左手はまるで温められるようにの両手に包み込まれた。
・・・・・・あぁ、ぬくもりが『感じられない』。
「・・・無理強いはしたくない・・・でも、このままじゃお前・・・・・・」
ギュッと強く握られる感触がした。
・・・・・・感触だけだ。
「・・・無理をするな、ヴェイグ。・・・・・・抱え込むな・・・」
「・・・・・・お前には、関係ない・・・!」
風音が鳴る程勢いをつけて手を振り払う。そのまま、逃げた。
から告げられる確信を否定したくて、逃げた。
「・・・キキィ?」
「・・・・・・・・・うん、わかってる。皆を追おう」
見上げてくるハープに頷いて、は己の両手をしばし見つめた。力を籠めてギュッと拳を握る。
ゆっくりとそれを開いてから、後を追って走った。
パラリパラリと手から剥がれ落ちる氷の破片が太陽の光を反射させてキラキラと冷たい光を放った。
子供の想い大人の束縛の巻。
夢主は昔のヒトなので言葉の言い回しが少しカタイというか古くさいイメージ。
大人の問題は最終的に子供に回ってくるんですよね・・・しっかりしろよ、ピピスタの大人達。
トッポとレイ。大人になって結婚でもしたらトッポは確実にレイの尻にしかれる事でしょう(笑)
二人の子供に話しかける時のヴェイグの声がいつもより穏やかなのが良い。
間違いなくヴェイグは最初のうちはチビっ子に「お兄ちゃん怖い顔ーっ」と逃げられるタイプ。
面倒見はイイと思うよ、うん。
冗談はさておき、ヴェイグと夢主。何度目かの緊迫状態。いい加減にしとけ。
夢主はヴェイグの様子に感づいているけど本人の気持ちも考慮したいので強く言えない。
ヤバイヴェイグさん。
次回はクレアカウンター全開。