ヴェイグ達は種族が住み分かれ、今や二つの街となったバビログラードを見た。


聖殿のある山側にヒューマ、港側にガジュマが住み分かれているようで、ヴェイグ達はガジュマの居住区となった港側へと降り立っていた。
ガジュマ達は聳え立つ山を見上げては「ヒューマが蒼獣様を独占している」「何故祭司がヒューマなのだ。ガジュマなら・・・」と不満の声を上げている。


その負の感情が入り混じった言葉を耳に入れる度には感じていた。



・・・コレは嫉妬の感情だ。




「ねぇ、アレ・・・ダナじゃない?」

マオが指差す先に、動かぬリフトを見つめたまま動かぬガジュマの女性がいる。
戒律により顔の大部分が隠されているため分かりづらいが、服装が彼女であると教えてくれている。

・・・ダナだ。



「ダナさん」


アニーが一言声をかける。
ダナはリフトから目を離してゆっくりとこちらに振り返って、そして精気の篭っていない微笑を浮かべた。
無理をして笑っていることは全員が感じ取った。一体何があったのかを訊ねると、ゆっくりと語り出した。


「・・・祭司にふさわしいのはヒューマかガジュマかで争いになったんです・・・
 ヒューマ達は私達ガジュマを港側へ追い出して、聖殿を独占してしまったんです・・・」
「・・・リフトはガジュマが上がって来ないように止めてあるのか・・・」

停止しているリフトを見上げ、が呟くとダナが一言「はい」と返した。



「登山道からは行けないのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

ティトレイには返せない。蒼獣信仰の一つに男女の会話が御法度だからだ。
彼の代わりにがもう一度訊ねれば今度は返事が返ってきた。・・・面倒な戒律だ。



「登山道も落石で道が塞がっているんです・・・多分、それもヒューマが・・・・・・」

山頂を見上げて、一つため息を吐く。


「私、オックスが心配で・・・登山道の復旧を待って山頂に行こうと思っていた所なんですけど・・・」
「・・・やめなさい」

ヒルダが言った。



オックスはヒューマの男性で、ガジュマのダナの恋人だ。
蒼獣信仰のタブーとされる男女間の会話、世間からタブー視されている種族間の恋愛・・・その間で迷いつつも懸命に純粋に互いを想い合っている。

以前、ヒルダは自身のコンプレックスであった『ハーフ』のきっかけとなるヒューマとガジュマの恋というコトで、二人を激しく否定したことがある。



・・・しかし、今のヒルダは『それ』が理由で止めたわけではない。



「ガジュマがヒューマを好きじゃいけませんか!?」

また否定されたと思ったのだろう。ダナはヒルダを睨みつけた。
その瞳を受け止めて、冷静にヒルダは言う。


「・・・登山道にはバイラスもいるし、危険よ。・・・アンタはココで待ってて」
「・・・・・・ヒルダさん?」

キョトンとするダナにヒルダは微笑んだ。



「・・・私達が何とかする」


「落石はユージーンにお任せだね!」

マオの言葉に、ユージーンは「任せろ」と頷いた。
































登山道を登る。
途中、「ココで漆黒の翼を助けた」だの「そーいやドネルってのがいたな」だの会話する。
それに対して「・・・アイツ、生きてるのかな・・・・・・」などとが返した。

思い出話はユージーンの土木作業中も続き、「と戦ったのってこの辺りだよね」「暴走したは危なかったな」と花を咲かせる。
その時、ティトレイがニヤリと不適に笑ってヴェイグを茶化すように肘で突いた。


「でもやっぱり印象に残るのはその後ヴェイグがを抱き上げたことだよな。お姫様抱っこ〜!ってな」

『お姫様抱っこ〜!』を強調する事で二人をからかう。の頬が朱に染まった。


・・・そう言えば、フォルスを暴走させて錯乱状態に陥った時の事は途切れ途切れにしか覚えていない。
ドネルにサレ様の言葉を伝えられて、独りになったと怖くなって暴走して・・・・・・
・・・ヴェイグが鎮めてくれて・・・・・・多分そこで気を失った。その後の記憶の始めはバビログラードの宿屋からだった。


気絶した私を、ヴェイグが運んでくれた・・・と?・・・・・・姫抱っこ・・・で?



チラリとヴェイグの表情を伺う。一瞬目が合ったかと思った時にはもう逸らされていた。







・・・頬がうっすら赤かった。



























バビログラードは元々静かな街だが、ヒューマとガジュマを住み分けた緊張感からか、
息を殺したように一層に静寂に包まれていた。

街に辿り着いたヴェイグ達が最初に出会ったのはオックスだ。
「今すぐリフトを動かしてもらうから」と言えば、登山道が使えるようになったと喜んでいたオックスは一瞬でその気持ちを殺して首を振った。


「・・・無理ですよ。リフトは祭司様が許可しなければ・・・」
「なら、オレ達が許可下ろさせてやる!」
「・・・・・・穏便にやれよ、ティトレイ」

「おぅよ!」と強く返事をしてティトレイが拳を鳴らした。


・・・・・・本当に分かっているのだろうか。















「それは出来かねる」

祭司は一言そう言った。
即答されたことに少々腹を立てつつ、どうしてだよとティトレイが理由を訊ねる。


「・・・ガジュマ達は私を脅して祭司の座を明け渡せと要求してきた。
 街のヒューマ達が守ってくれなければ私は殺されていたかもしれない・・・」

「関係ないガジュマまで追い出すことはないハズだ」

その言葉に悲しげに目を伏せて、祭司が返す。


「・・・・・・もう、この方法しか騒ぎを治めることは出来ないのだ・・・ガジュマと、ヒューマを分けるしか―――」



ピクリと、肩に乗るハープが耳を立てて扉を見たのと同時に、は強い殺気を感じ取った。


アニカマルで感じた殺気が強く、濃くなったものだ。




まるで爆発したかのような大きい音を立て、閉ざされていた扉が打ち破られた。
無理やりこじ開けられた扉からガジュマの男達が次々に乗り込んで来る。


侵入者を確認して、祭司が身を強張らせた。

「お前達・・・!どうやって・・・!?」
「登山道を上がってきたんだよ!」


ガジュマの青年が答えた。



「祭司・・・アンタが大人しく祭司の座を渡してくれればこんな事をせずに済んだのに・・・・・・」

鳥型の青年の翼から、ナイフを握った手が出てきた。




「死んでもらうぜっ!!」
「オイオイ・・・そんな物騒なモンしまえって!」

ナイフを振り上げた青年の腕をいとも簡単に掴んでティトレイが止めに入るものの、
他のガジュマたちも刃物だったり棍棒だったりそれぞれの得物を取り出して祭司に襲い掛かった。

聖殿の中、袋のネズミとなった祭司はパニックを起こしてシャオルーンの聖殿へと続く地下通路へと逃げ込んでしまった。
それを逃がすまいとガジュマ達が追いかける。


「えぇいっ!放せ!!」
「おい!待てって!!」


腕を振り払った青年はティトレイの制止の声をも振り切って、祭司を追って地下通路へ向かった。



「・・・・・・あそこにはバイラスがいるからやめとけって言おうとしたのにな・・・」
「あぁ・・・急ごう」

大方、バイラスに襲われるに違いない。


ヴェイグ達も地下通路へと走った。
























地下通路の半分にも満たない位置で祭司とガジュマ達はバイラスに襲われていた。
ガジュマ達は必死にバイラスに武器を振るうが、急所を突くことが出来ず、次々に囲まれていく。

祭司は無我夢中に、強く手を合わせ祈った。


「あぁ・・・蒼獣様!お助けください・・・!!」

「アンタのせいだ!ヒューマなんかが祭司をしているから蒼獣様がお怒りなんだ!!」


ガジュマの青年が祭司を睨みつける。

蒼獣様とは聖獣シャオルーンの事を示しているワケだが、
『ヒト』が好きなシャオルーンがヒューマがガジュマがなどと言うはずがない。


まったく好き勝手な解釈である。





「こんな時まで喧嘩かよ!」

追いかけてきたヴェイグ一行の中で一番にその場に辿り着いたティトレイが、バイラスを蹴散らして祭司達を救出する。


「早く外に出て!ココはボク達に任せて!!」

「感謝します・・・!」
「すまない・・・オイ、皆 走れ!!」

マオの後ろを祭司とガジュマ達が走り抜けていく。
全員が出口に向かって駆け抜けるのを見送ってトンファーを構えた。



「行くよ!皆!!」

「あぁ!いつまでもこんな暗い所に居続けたらヴェイグみたいに根暗になっちまうぜ!」
「うわぁーっ そんなのヤダヤダ!!」
「・・・さっさと片付けるぞ」


二人を睨んでから、ヴェイグは大剣を鞘から抜いた。














その場に居たバイラスを一掃し、外に出る。
どうやら今の騒ぎで他のバイラス達が外へと出てしまったらしい。

しかし、ヴェイグ達が見たのはバイラスに襲われる人々ではなかった。


「危ない!早く逃げろ!!」
「ソイツの弱点は腹だ!」
「コイツは俺に任せろ!」
「大丈夫か!?頑張れ!!」



ヒューマとガジュマが力を合わせ、バイラスに向かっていた。



















最後のバイラスが絶命してから一時間ほど経ったと思う。
ヒューマとガジュマは再び二つに分かれ睨み合っていた。


「聖殿にあんな化け物を放置しておく不届きなヒューマなど蒼獣様が救ってくださるだろうか?」
「何を!?満足に蒼獣様の教えを理解できない者に蒼獣様の御前にいる資格などない!」

「もうやめよ!!」


勝手な解釈ばかりする両者に強い静止の声が届いた。
バイラスの供養を済ませてきた祭司だ。


「私はガジュマとヒューマを分ければ争いは収まると思っていた・・・しかし、それでは何の解決にもなっていなかった。
 そもそも蒼獣様は種別の別けなく信じる者全てを救ってくださるはずなのだ・・・」


両者を交互に見る。


「我々は真っ直ぐに向き合わなければならない。互いを理解し、手を取り合うのだ」




「そんな事出来るか!」
「当たり前だ!祭司様を殺そうとした奴なんかと手を取り合うなんて・・・!」

すぐに批判の声が飛び交うも、それでも祭司は力強く言った。


「出来る!現にお前達は協力してバイラスを倒したではないか!
 それぞれが違う部分を持ってはいるが、私達は分かり合える。必ず分かり合える!!」



両者が互いの顔を見合わせた。
気まずくなってすぐに顔を逸らしてしまったが、また覗き見るように互いを伺っていた。




「何故なら・・・私達は同じヒトだからだ」



祭司の言葉にヴェイグが頷く。


「そうだ・・・バイラスはヒューマやガジュマを区別しない・・・奴等から見れば俺達は皆、同じヒトでしかない・・・」
「目で見るなよ?感じてくれよ、ハートってヤツでな!」


そう言って、ティトレイが拳を胸に当てる。
それと同時に、ヴェイグがそっと目を伏せた事に気づいた者はいなかった。


・・・いなかったが、彼の背中を静かに見つめるだけは何かを感じ取って瞳を閉じた。





















「オックス!」
「ダナ!」


再び逢い見える事が出来た愛しいヒトと駆け寄り手を取り合う。
その姿を穏やかな笑みを浮かべて見つめた後、ヒルダはに訊く。


「次の場所は?」
「・・・・・・次も東です。ラジルダか・・・ピピスタだと思います」

「ラジルダは軍が警戒態勢を布いてるからピピスタじゃないか?」

ティトレイに一同は頷く。



「アンタも賢くなったわね」
「何だとぉー!?」

ティトレイとヒルダのいつものやり取りをしながら、街の外へと歩き出す。




















「・・・ねぇ、ヴェイグ・・・私、お父さんとお母さんに会いたくなっちゃった・・・」
「・・・クレア」

その場に残っていたクレアが、同じく残っていたヴェイグにそっと話す。

王の盾に攫われてから、『クレア』は一度もスールズには戻っていない。
オックスとダナの仲睦ましい姿を見ていて、両親が懐かしくなったらしい。


・・・ホームシック、というヤツだ。


「この姿を見ても、お父さん達ならきっと分かってくれる・・・元に戻れなくても・・・・・・だから―――――」
「・・・クレア・・・俺が必ずアガーテを見つけて、お前を戻してみせる」

クレアの『だから』を遮って、己の『だから』を告げる。



「元に戻ったら・・・・・・帰ろう」
「・・・ヴェイグ」


クレアが悲しげに目を細めたことに気づかなかったフリをして、ヴェイグはマオ達を追うように促す。
「ヴェイグは?」と訊ねてくるクレアに頷いて「すぐに追いつく」とだけ返して先に行かせた。


















・・・帰れるワケがない。

今のクレアの姿を見せて、おじさんやおばさんを悲しませるワケにはいかない。
早く・・・早くアガーテを見つけて―――――――




「・・・・・・っ!」


突然、全身を襲った凍てつく寒さに驚く。
蒼色の光が身体を覆い、熱が少しずつ少しずつ奪われていく。


この蒼い光は・・・・・・冷気・・・


しかしそれはほんの数秒の出来事で、纏った冷気が身体から消えると、寒さも治まった。



「くっ・・・・・・まさか・・・」


悴んで痙攣を起こす両手を見つめる。




この感覚は一度、体験した。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・同じ感覚だ。



「・・・まさか・・・・・・まさかな・・・」


己の悪い予想を振り払って、マオ達の後を追った。


二つの種族、一つの絆の巻。
祭司様カッコ良過ぎて困る。祭司様だって頑張ってたんだぜ。

ヴェイグさんに異変。
きっとクレアの、優しい言葉も(自分以外の)誰かと話している言葉さえもこの時のヴェイグには
自分の罪を追い詰められているようにしか感じられなくて、苦しかったんだろうなぁ。

壊れかけのヴェイグさん。

頑張れよ、クレアカウンター!!