ヒルダと『過去のヒルダ』の勝敗は呆気なくついた。
己の全てを受け入れたヒルダが過去に負ける訳がないのだから当然だ。


タロットを投げ合えばヒルダのタロットが相手のタロットを真っ二つにして切り裂いた。
導術をぶつけ合えばヒルダの導術が相手の導術を呑み込んで消し去った。
過去の自分に別れを告げるべく、ヒルダはトドメの導術を詠唱する。



「聖なる意志よ 我に仇なす敵を討て」


巨大な光の柱がいくつも天から打ち立てられた。


「私は乗り越える・・・私自身を乗り越えてみせる!!」


最後の光の柱は剣となってヒルダの幻影へと降り注いだ。
























『・・・見事だ』

ギリオーヌが頷く。


『お前はハーフである自分を受け入れ、過去を乗り越えた。今、お前が発した光は、その証だ』
「・・・ハーフじゃない・・・私は半分ずつのハーフじゃない。ガジュマでありヒューマ、そしてガジュマでもヒューマでもない」

自分が何者なのか、ただ、呟く。



「・・・私はヒト。・・・・・・ただのヒトよ」


『ただのヒト』 その真っ直ぐな答えにと、マオがヒルダを見つめた。


『それがお前の答なのか』
「答なんて立派なモノじゃない。私は気づいただけ」


『・・・良かろう。ヒルダ、お前に我が光の力を与えよう。・・・・・・フォルスを』


ヒルダの出したフォルスキューブに、ギリオーヌは強くて温かい光を吹き込む。
聖獣の強大な力に、ヴェイグ達同様にヒルダも驚いたが、すぐに受け入れた。





『お前の両親がココを訪れた時、私はその二人の間に生まれたハーフの子供に希望を感じた。
 種族という意識を変えるきっかけのひとつになるかもしれない・・・と』

「私が・・・希望?」


戸惑うヒルダに、が言う。



「ギリオーヌはヒューマとガジュマの種族間争いに関心がなかったのです。
 なのに、ヒルダ姉様に希望を見た・・・・・・とてもスゴイことですよ」

『・・・その身体で生きていくことを決意したお前の姿に、ヒトは希望を見るだろう。
 その身体を誇りに思うお前の心はヒトの希望となるだろう』


言って、ギリオーヌはユージーンを見た。

『ユージーン・・・幻の島を探せ。それが最後の聖獣、ランドグリーズへの道だ』

























「やったね!ヒルダ!!」
「えぇ・・・やっと、私を乗り越えられた・・・・・・」

喜ぶマオを見てから、ティトレイに向き直る。ティトレイが微笑んでいた。


「・・・やっと自分のコトが好きになれたんだな」
「・・・えぇ・・・アンタのおかげよ」


フッとヒルダも微笑み返す。
笑い合う二人の様子に「おやおやぁ?」とサレの声マネと仕種をしつつ、マオが冷やかし始めた。

「なぁーんか良い雰囲気みたいなんですケドぉ?」
「あ、もしかしてティトレイさん・・・」

アニーもマオの言いたい事を感じ取ってからかい出す。
途端にティトレイが頬を赤く染めて慌てて否定し出した。


「な、何言ってんだよアニー!オ、オレは別にヒルダのコト――――――」
「・・・言っとくけど、私 年下には興味ないから」



一 刀 両 断 。―――とはまさにこの事。


ヒルダの一言に照れが冷めたらしいティトレイは冷静になって負けじと言い返した。



「・・・オレだっておばちゃんには興味ないぜ」
「・・・アンタ、いい加減にしないと本気でぶつよ」


睨み合うティトレイとヒルダの二人を見て、いつもと変わらない二人じゃないかとヴェイグとが頷き合った。
































ベルサスでヴェイグ達から離れた、クレアの姿をしたアガーテはカレギア城の正門にいた。

目的は自分が女王アガーテだった頃に常に傍にいた側近、ジルバに会う事。

・・・ジルバに話せば、大丈夫だと思った。ジルバなら全てを何とかしてくれると思った。


「ジルバは・・・いつも私を助けてくれた・・・」



いつも傍に居てくれた。
困ったことや辛いことがあった時、いつもジルバが助けてくれた。

・・・儀式の件だって、ジルバが私を思ってしてくれた事。ジルバなら―――――






「ヒューマの民間人が城に何の用だ?」

屈強なガジュマの身体を鎧で武装した門番達が、槍を交差させてアガーテの行く手を閉ざす。
正門の前にもうひとつ門が出来た気分だ。

「ジルバ・・・・・・ジルバ・マディガン様にお話しがあります」
「話ならオレが聞いてやる」


門番の一人が言った。その言葉にクスクスと抑えられない笑いを、もう一人の門番が喉から洩らす。
からかわれているのだと、アガーテには分かった。



それでも、続ける。


「あの方以外にお話しすることは出来ません。これは国の大事に関わる話なのです」
「へぇ?国の大事・・・そりゃ大変だ。どんなコトなんだよ?」


「・・・貴方に話したいわけではありません」

キッパリと言い切れば、門番の兵士はだらしなくニヤつかせていた目を鋭いものに変えてアガーテを睨みつける。

「この小娘・・・!ヒューマの分際でっ!!」






「・・・危険な発言だなぁ」



ふと聞こえた第三者の声。
この声は・・・とアガーテが思案するのと、強気でいた門番達の表情が一気に青ざめたのは同時だった。

城側からアガーテに向かって歩いてくる人影。霧を割りながらやって来たのは四星のサレだ。



「カレギア軍の兵士ともあろう者が種族主義を煽るような事を言うのはどうだろう?」


「ミルハウスト将軍がいたら注意だけでは済まないんじゃないかなぁ?」と独り言のように呟くサレの言葉を耳に入れた門番達は、
背筋を真っ直ぐにピンと伸ばし、彼に向かって慌てて敬礼を掲げた。その姿は先程のアガーテへの態度とはまったく違う『軍人』の形だ。



「し、失礼致しましたっ!!」
「・・・ま、別に僕は構わないケド」

サレは冷ややかに笑うと、門番達にまた距離を詰めて、近づいた。上官の接近に思わず兵士達の身が緊張で強張る。
彼が見たのは門番ではなくアガーテ。翡翠の瞳を一瞥してから、サレは口元だけに笑みを浮かべて門番に言った。







「それより、彼女を通してやってくれないか?彼女は僕の知り合いなんだ」
「し、しかし・・・警備担当としましては・・・」


門番が困り果てる。・・・それはそうだ。と他人事のようにアガーテは思った。
四星のサレの知り合いであっても自分は素性の知れない村娘だ。「はい、わかりました」と簡単に城へ入れるワケにもいかないだろう。



「・・・ヒューマの小娘で、ヒューマの僕の知り合いだから?」

しかし先程の失態をネタに上げられてしまっては門番達に逆らえるワケもなかった。
納得がいかないとばかりに無言のブーイングを視線に乗せて、門番達はアガーテを睨みつける。

その視線からアガーテを離す様に、サレはアガーテの肩を抱いて微笑を浮かべた。


「さぁ、入って。久しぶりだね、『クレア』ちゃん」


光を拒絶する冷たい瞳とわざとらしく名前を強調する声から、アガーテの中で確信が生まれた。




















「・・・ありがとう。貴方のおかげで助かりました」

城の中に入り、サレから身を離すと、ひとまず彼に礼を言う。
「良いんですよ」とサレが冷たく笑った。


「当然の事をしたまでです。女王様を守るのは王の盾の勤めですから・・・・・・ねぇ?アガーテサマ?」
「・・・・・・・・・」


やっぱりこのヒトはわかっていたんだと心の中で呟くアガーテに、紳士にもサレは教える。



「ジルバ様なら今は祭儀場にいますよ」
「・・・祭儀場に?」

「祭りが始まるんですよ。・・・ご自分の目でお確かめになってはいかがです?」


言われた通り、アガーテは祭儀上へと向かうことにした。サレの方を振り返ることなく見知った通路を使って祭儀場を目指す。

残ったサレが、自分の肩を抱いた右手を手近なカーテンに擦り付けた事を、アガーテは知らない。




















ジルバは祭儀場で一体何をするというのだろうか?・・・祭りとは何だろう?

祭儀場へと続く階段を上りながら考えてみるが、一向に思いつかない。


ジルバは何をする気なのだろう?・・・わからない。


「ジルバは私のコトを何でもわかってくれたというのに・・・」


悔しいとか悲しいとか。そんな感情とは少し違うと思う。
だが、名前のつけられない感情がアガーテの胸に溜まっているのは確かだった。

私だって、少しはジルバの事をわかってやれている筈なのに。・・・ずっと、隣に居たのだから。





いつの間にか目の前にあった祭儀場の扉にアガーテはゆっくりと手をかけた。
重苦しい扉は意外なことに、アガーテが少し添えた腕に体重をかけただけで簡単に開いた。

・・・もっと重いと思っていた。

いつも兵が先立ってこの扉を開けていた。
扉だけではない。食事の後片付けだって、着替えだって、酷い時には歩く事だって、城の兵やメイドが代わりにやったり手伝ったりしていたのだ。

初めて自分でやった。・・・他のヒトと同じ事を。



少し開けた扉の隙間から半身だけを出してアガーテは祭儀場を覗いた。
一番最初に見たのはガジュマの大きな背中だ。

大きな背中がいくつも続く先にジルバが居た。・・・初めて、ジルバを遠くに感じる。
兵士、民間人を問わずの人々が一斉にジルバに注目している。

ただ、人々に共通していたことは祭儀場に集まっていたのがクレアの身体のアガーテを除いて、全員がガジュマだったのだ。
・・・何となく、『今』の自分はこの中に入ってはいけない気がして、隙間から様子を伺った。


アガーテの姿に、人々は気がついていない。


ジルバが天にも届きそうな大きな声を、祭儀場のガジュマ達に伝える。


「今、我が国は二つの種族の対立に翻弄され、街には憎しみが満ち溢れている。これらの状況を生み出したのはヒューマ共に他ならない!!」





・・・・・・・・・え?





「その煽りを受け、常に苦しみを背負わされているのは、我らガジュマだ!我らガジュマが黙っているのを良い事に、ヒューマ共は増長していった!
 愚か者達の目を覚まし、再び平和な故郷を取り戻すため、もはや戦いは避けられない!」


ジルバが強く拳を握った。


「我々は勝つ!我ら善良なるガジュマ達を虐げ、勢力を伸ばしつつある敵に・・・平和を乱すヒューマ達に言ってやろうではないか!」


その拳を胸へ。


「我々は恐れてはいない!戦うのは望むところだ!」


そして、天へ。





「もう二度と、ガジュマを殴らせはしない!!」





わーっと大きな歓声を上げ、ジルバに続いて次々に拳を天へと向ける傍聴者達。
「ジルバ様万歳!」「ヒューマを倒せ!」「ガジュマに未来を!」叫ぶ傍聴者達。




その姿に、アガーテは呆然と呟く。

「ジルバ・・・何故・・・何故そんなコトを・・・」


違う・・・いつものジルバじゃない・・・私の知っているジルバは厳しさと優しさを兼ね備えたヒトだ。
いつも私を守って、力になってくれて・・・ヒューマ、ガジュマなんて関係なく国民を愛したヒトだ。

こんな、ベルサスのスカラベのような演説とまったく同じモノをジルバがするワケが無い。




「・・・貴方は・・・誰なの・・・?」
「アレが、ジルバ様の正体ですよ。アガーテ様」

また突然聞こえたサレの声。・・・このヒトは何故こんなに神出鬼没なのだろう?

背後のサレと向かい合うために身体を反転させる。サレは『子供っぽさ』が残った残忍な笑みを浮かべていた。


「・・・正体?」
「あの場所に立つために色々やってたじゃないですか。女王様を唆したり・・・を利用して、儀式を行ったり」


サレの言葉に驚愕した。あの儀式は私を思ってくれたジルバが出した提案だ。



"美しいヒューマに生まれ変われば、きっと姫様の想いは伝わります。ジルバが力となりましょう


・・・そう言ってくれて、ジルバの言う通りに、儀式を・・・・・・私の為に、儀式を・・・





「・・・まぁ、遅かれ早かれヒューマとガジュマの全面対決になるでしょうね」
「・・・ジルバが、あのジルバが・・・それを望んでいるというの・・・・・・?」

アガーテの築き上げてきたジルバの像がどんどんと崩れていく。
あんなに傍にいたのに気づけなかったんだ。



ジルバの中に眠っていた 本当のジルバに。





「ヒトの心なんてモノを信じた女王様が悪いんですよ。自業自得・・・です」

楽しげにサレは笑って、アガーテの顔を見つめる。困惑の表情を浮かべる『クレアのカオ』を確認して、その笑みを深めた。

「・・・どんな気分です?」
「・・・・・・」

「他人を信じた挙句が地位も身体も失って無一文。・・・あぁ、欲しかった身体は手に入ったんでしたっけ?」


クレアの姿をしたアガーテを頭の天辺から足の先までじっくりと見渡す。






「手に入らなかったのはあのヒトの―――――――――」
「やめてっ!!」

睨み上げて叫ぶが、すぐにハッと口を押さえてアガーテは祭儀場の方を覗いた。・・・どうやらガジュマ達は気づいていないようだ。
その様子を見て、「静かに」とでも言うようにサレは微笑を浮かべた己の口に人差し指を当てた。

当てた指をゆっくりと浮かせて、まるで撫でているかのように宙でアガーテの顔の輪郭を辿って指を動かす。



「さぁ・・・これからどうなさるおつもりですか?アガーテサマ?」
「・・・・・・私は、私に出来ることを、やるだけ・・・・・・」
「おやぁ・・・?少し見ないうちに女王らしくなったんじゃありませんか?ラドラス様にも見せてあげたかったなぁ・・・」



嫌味なのだとわかった。それに対して反論する気も怒る気も無い。・・・事実なのだから。
そして、そんな暇は無い。私は変わらなければいけない。

サレに言葉を返すことなくアガーテは歩き出した。真っ直ぐ前を見つめて。




















アガーテが去った後、サレはそっと扉の隙間から背中越しに祭儀場を覗いた。まだガジュマ達が騒いでいる。

「・・・まったく。煩いケダモノ達だよ」

嘲笑を送り、やれやれと呟きながら階段をゆっくりと下りていく。
ブーツと階段がぶつかり合う音が広い通路に静かに響き渡って、何となく心地良い。


「それにしても、さっきの女王サマの顔・・・面白かったなぁ・・・」

思い浮かべて、また笑う。


信じてきたモノが崩れ去った絶望のカオ。
悲しみに満ち溢れた瞳・・・・・・堪らない。





だが、



「足りないんだよねぇ・・・」


どんどん遠ざかるガジュマの声よりも響き渡るブーツの音よりもずっと小さいその呟きが、何よりもサレの耳についた。


・・・足りない。アガーテの悲しむ顔だけじゃ足りない。

満足できない。アガーテじゃダメだ。







・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり。









・・・僕は君の涙が一番見たいんだよ・・・」


そうだ。一番見たいのはの涙。何よりもの悲しむ顔がずっと見たかったんだ。

それだけ。僕にとってはそれだけ。


だから、儀式の時殺せなかった事やその前のバビログラードで離れた事だって間違い。

お楽しみを後に取っておいたに過ぎないんだ。

その時に感じた別の感情はただの気のせいなんだ。



・・・気のせいなんだ。



懐から出した首輪を指でそっと撫でて、またサレは歩き出した。


アガーテ様は見た!の巻

ヒルダの試練はティトヒル、アガーテサイドはサレクレを強調してみたよ〜。
ティトヒルはほら・・・ね、『怪しい関係』ってスキットあったし。アレ大好き。シスコンティトレイ大好き。
サレクレは・・・サレクレファンの皆様へサービス(笑)本音を言えばサレの「意地悪さ」を強調したかっただけ。

ウチのサレ、どんどん歪んでいくな・・・。だからと言って夢主に素直なサレなんて想像つかないわー・・・

サレは素直にしたらサレじゃなくなってしまうと思うんだ。