水面に映る満天の星がゆらりと揺らぐ。・・・もう夜だ。

聖殿の地下には時刻のわかる時計や外の様子が窺える窓といった優しいものは一切無いから仕方ないが、
ヴェイグの試練の為に入った時間が朝には遅く昼には早いといった時間だったのに、戻ってきた時の空が満天の星空を彩っていたからさぁ驚いた。

何とか宿屋の部屋を取って、一向はゆっくりと休むことにした。








「・・・涙は納まったか?」


はまるで星を掬い上げるかのように水を掬って、押し当てるように自分の顔にかけていた。
ちょうど水と顔がぶつかってパシャリとなった音に重なった声だが、聞き取った。
顎を伝っていく滴を些か乱暴に拭ってから振り返る。


すっかり聴き慣れた声だから主は誰かすぐにわかった。


・・・案の定、ヴェイグが立っていた。





「あぁ、やっと止まった」

は頷いて返事を返し、無言でヴェイグに手を伸ばした。
その手が何を示すのか瞬時に理解したヴェイグも無言で傍らの木に引っ掛けてあった紫色のハンカチを手に取り、に手渡す。


「・・・久々に泣いたのか?」
「そうだな・・・お前達に会ってから泣くのはコレで三回目だが・・・嬉しくて泣いたのは初めてだった」

渡されたハンカチで濡れた顔を拭きながら答える。・・・拭い残してしまった滴は肩に乗っていたハープが擦り寄って己の毛皮で拭ってくれた。
そうやって顔を拭い終わって、ハンカチをいつもの低位置である右手に捲いて縛った後、しっかりとヴェイグに向き直る。


目が少し痛いが、赤くはなっていない。(瞳は元々紅いが)これなら瞼が腫れることはないだろう。






「・・・で、何か用か?」
「・・・あぁ・・・・・・いや、その・・・だな・・・」

ようやく本題であろうに、ヴェイグは発言を躊躇う。伏し目がちに軽く視線を逸らして言葉を詰まらせる。
ゆっくりと切り出した言葉はそう大したモノではない。

に言おうと思ったことがあるんだ」
「・・・何だ?」

普段と変わらない声で訊ねてくるが、ヴェイグのこれから言おうとする言葉に不安を抱いているのだろう。
眉間に、少しだけだが皺が寄っている。








「・・・もう何も黙っていないでくれ」


意味が解らない、表情に出すからヴェイグは視線を外して俯いた。

物事を表現するのは元から苦手だが、言葉にして発するのはもっと苦手だ。


「・・・クレアとアガーテの事も、ネレグの塔の事も・・・俺に何も言ってくれなかったことが辛かった。
 ・・・・・・をサレのスパイじゃないかと疑ったこともあった」


一瞬だけチラリと目の前の少女を見やれば、ゆっくりと瞬きを一回して真っ直ぐにこちらを向く紅色の瞳が見えた。
もう一度瞳が伏せられる。長い睫毛がその紅色を隠す動作が蝶が羽ばたいている姿に似ているなと心の内に思いつつ、言葉を続ける。




「だが、俺が何よりも辛かったのはお前に騙されていたと思った時よりも、
 お前が何もかもを一人で背負って、俺に・・・・・・その苦しみを教えてくれなかったことだ」



自分とは恋人でも家族でもない。・・・だが『仲間』だ。
彼女を守りたいと思っているのは己のエゴなのだろうが、大切な仲間であるとは思う。
もそう思っているのだろう・・・と思う。そうでなければ一人で何重の苦しみを抱えることは無いはずだ。




だったら、だ。




「もう隠したりしないでほしい。痛いことも苦しいことも全部。・・・・・・少なくとも、俺には」


苦しみを共に背負おうなどといういかにも『伴侶』といった風になろうとまでは言わない。
それはきっとに戸惑いと躊躇いを生む。だけど、せめて頼ってほしいとは思う。

自分の知らぬうちにが苦しんでいるのは、何より辛い。





「・・・ありがとう、ヴェイグ」

冷たい夜の空気を吹き飛ばすかのような、ふわりとした柔らかくて温かいの優しい微笑。ヴェイグはこの笑みが好きだった。



木漏れ日のようなこの微笑みを守りたいと思った。







己が魅了させているのだとも気づかずに、はヴェイグの瞳に自分が映り込むくらいに近づいてその顔を覗き込んだ。


「・・・じゃあ、コレで仲直り・・・だな」
「・・・・・・あぁ」


目を細めて、ヴェイグは頷いた。
大切なヒトを凍らせてしまったことで己の笑顔も厚い氷で覆ってしまった彼の、精一杯の笑顔。
・・・いつかこの氷が溶けて春が来れば良いとは思う。


手を伸ばしてヴェイグの頬に触れた。先程水に触れていたからだろうか元死人だからだろうか。
冷たい己の手に対して温かい彼の頬が心地良かった。



「ヴェイグも、黙ってばかりいるな。抱え込むな。無理をするな」
「・・・・・・・・・わかった」

「・・・約束だからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

頷くことも言葉も返さないでそっとその手から離れると、ヴェイグは一言「おやすみ」と呟いて宿屋へ戻っていった。









「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・バカ」




遠くなる背中を見つめながら、は呟いた。
































ヴェイグ達は今、北の果ての村、モクラド村にいる。
シャオルーンの言った『自分が何者かを知れ』の言葉から見出したのが、この村だった。


この村の人口は僅か二十数人ほどで、住んでいる者はヒューマとガジュマの夫婦やその子供であるハーフ。
彼等は何らかの理由で故郷に住む事が出来なくなってココでひっそりと暮らしているのだろう。

・・・その『理由』は、禁断と言われる種族間の恋、そして生まれた禁忌とされるハーフであるとは・・・推測できる。


そんなこの『里無き者の住む村』にヒルダが所持するタロットカードと同じモノを持っている者がいるという情報を手に入れた。
タロットは以前キョグエンでワン・ギンが大金をはたいて欲しがったほどの『珍しいモノ』だ。
ヒルダはそのタロットを物心がつく前からずっと持っていたと言う。・・・つまりヒルダの過去に繋がる唯一の手がかりだ。


何者かを知るためには過去を知るのが肝要。ヒルダの過去への手がかりはタロットカード。
同じタロットを持つ者がモクラド村に居る。ならばモクラド村へ・・・となったワケだ。



村に来て情報収集をすれば合言葉のように村人から聞くのは『占い師のナイラ』という一人の人物。
『笑顔を忘れたような哀しい顔をしたヒト』と形容されるガジュマの女性だ。






















「・・・アンタがナイラさん?」

一人のガジュマの女性を前にしてヒルダは訊ねる。ヒルダと向かい合っている女性は哀愁を帯びた微笑を浮かべた。


「はい、私がナイラですが・・・どのようなご用件でしょうか?」
「・・・これと同じモノを使う占い師がココにいるって聞いて・・・」

言いながら、女性・・・ナイラに自分のタロットを見せれば、哀しい微笑は驚愕へと変わる。



「あ、貴方・・・一体コレをどこで・・・?」
「・・・知らないわ。それを知るためにココに来たのよ」
「・・・・・・貴方、お名前は・・・・・・?」

恐る恐る訊ねてくるナイラを訝しがりながらも、ヒルダは自分の名が「ヒルダ」である事を伝えた。
瞬間、静かな部屋にナイラの息を呑み込む音が響く。最終確認とばかりに、ヒルダに訊ねる。


「もしかして・・・貴方・・・・・・・・・ハーフ?」
「どうしてそれを・・・!?」

彼女の言葉に今度はヒルダが驚愕した。頭の角は折って、帽子の下へと隠していて尾は服の中だ。
見ただけではヒルダはヒューマにしか見えない。どうしてナイラはわかったのか。




その疑問は涙をボロボロと雨のように瞳から溢すナイラ自身によって解決した。


「ヒルダ・・・!ヒルダ・・・!!・・・・・・・・・私が・・・貴方の母親よ・・・」

「私の母親・・・!?」
「良かったな、ヒルダ!」



突然の暴露にどうして良いのか。
隣で屈託なく笑うティトレイへの反応にさえ困っていると、ナイラの手がヒルダの頬に触れた。
どういう対応をして良いかわからず、眉を寄せたまま固まる。


「ヒルダ・・・・・・私のヒルダ・・・貴方の顔をよく見せて・・・」


これ以上の幸せはない。そう言いたげな表情を浮かべながら、ナイラはヒルダの頬を撫でた。
顔の輪郭に手を滑らせて、アメジストのような瞳を奥まで覘き込んで、ウェーブの掛かった美しい黒髪を撫でて。
そして頭に被った帽子を外した。日の下に晒されたのは、ハーフの証である、二つの角。


「・・・二つの角を・・・頂く女・・・!?」


ハッと何かを思い出したように、浮かべていた笑みを崩したナイラはヒルダのタロットをひったくると、
カードの両端を掴み勢いよく引き裂いた。カードの破れる音が部屋中に響き渡る。


「何するの!?」

大切にしていたタロットが一つ一つの紙片になってナイラの足下に散らばっていくのを見て、ヒルダは叫んだ。
たった今まで再会を喜んでいた母、ナイラはヒルダから離れると、顔を背けた。


「出て行きなさい・・・この村から出て行って!ハーフの娘なんて・・・・・・見たくないわっ!!」


ぎゅうっと胸元を握り締めて、ナイラは拒絶の言葉を娘にぶつける。



その姿をじっと見つめているのはであって、ヒルダではない。
豹変した母の姿に感情的になってヒルダは叫ぶ。


「・・・そうよね・・・・・・私が馬鹿だったわ・・・・・・・・・言われなくたって、出て行くわよっ!!」



ヒルダは外された帽子を掴むと家を飛び出して行く。
何で突然あんな事をとナイラに反論するティトレイを止めて、ヴェイグ達もヒルダを追いかけ家を出た。





・・・静かになった部屋に居るのは主のナイラと、残った、彼女の肩に乗っているハープだ。


「・・・貴方は無理をしている。・・・・・・娘の為に、無理をしている」


が呟いてもナイラは沈黙を続ける。返答が無い事を承知では言葉を続けた。

「私は心のフォルスの持ち主だから、貴方の心を感じる。嬉しさと哀しさが混じった心・・・・・・」
「・・・・・・すみません・・・出て行ってください・・・」




「・・・・・・貴方の嘘は、誰も幸せにならない・・・・・・」



それだけ伝えて、はハープを撫でながらヴェイグ達を追った。














家を出てみると、気遣う仲間に放っといてと突っ撥ねるヒルダの姿。
さてどうしたものかと悩む一同の中、ヴェイグが一言「無理をするな」と言葉をかける。


「・・・宿屋で待っているぞ」

一人で考える時間を与えるヴェイグのさり気ない優しさにクレア以外の一同が従った。



















クレアが何をしたのか知らないが、ヒルダはもう一度母に会って突然の拒絶の理由を訊ねる決心をした。
どうやってヒルダを説得したんだとティトレイが訊ねると、悪戯気に笑って「内緒」とクレアは返す。



・・・そういえば、クレアとヒルダの頬が互いにうっすら赤くなっていた気がする。










一晩明かした後、ヒルダは勇気を出してナイラの元へ向かったが昨晩と変わらぬ態度で門前払いを喰らった。
扉越しにしか声を聞いていないが、ナイラの声は震え、時折咽び泣いているようだった。

明らかにナイラは無理をしてヒルダを拒絶している。
諦めそうになるヒルダを叱咤し、ティトレイは拒絶の理由を探そうと提案した。









ティトレイの提案に乗り、ナイラの家の近所に住むガジュマの老婆にナイラについて訊ねる。
老婆はナイラの娘が現れたことに少し驚いていたが、話してくれた。


「・・・ナイラさんはね、旦那さんを亡くされた後に、ずっと一人で国中を旅していたんですって。
 ・・・・・・奪われた娘さんを・・・貴方を探すためにね・・・・・・でも結局貴方は見つからず、ナイラさんはこの村に来たの」

ヒルダを優しく見つめて、老婆は語る。



「そして、この村で貴方の幸せを祈ることにしたんですって」
「・・・そんなの嘘よ!同情を買う為の作り話だわ!!」

老婆の言葉を『嘘だ』と切り捨てて、ヒルダは自虐的に叫ぶ。


「だって・・・私は捨てられたんだもの!!」





「・・・誰がそう言ったのですか?」

静かにが訊ねる。
凛とした声に威圧感を抱きながら、ヒルダは先程とはうって変わった小さな声で「・・・トーマが」と答えた。




「・・・ヒルダ姉様は母親の言葉より、あの方の言葉を信じるのですか?」


「・・・それは!・・・・・・それは・・・」


痛い所を突かれて、ヒルダは押し黙る。
再び静かになったところで、言葉を止められていた老婆が言葉を続けた。



「本当の事は私にはわからない。・・・でも、コレだけは信じてあげて」

毛皮に覆われた温かくて大きな手で優しく、ヒルダの手を包み込む。


「ナイラさんは・・・・・・貴方のお母さんは、心の底から貴方を愛しているわ」


微笑む老婆に、微笑み返すことも手を振り解くことも出来ずにいると、突然マオがフォルスキューブを出して叫んだ。
両手に包まれた立方体がフォルスを感知して激しく回転している。


「・・・フォルスだ!かなり強いよ!!」
「・・・・・・嫌な心が・・・近づいてくる・・・」


ゾクリと感じる冷たさはモクラドの気温ではないとは悟った。


親子の再会の巻。
ヒルダさん中心話でした。実はノートではまだもう少し続いてた。
でもね、ノートのまんまやったらナイラさん一話キャラになってしまうから・・・それだけは嫌だったんだ・・・
ナイラさん大好き・・・!

ヴェイグと夢主、仲直りしました。だけれど大した進展はないよね。
一応、「苦しい時は自分を頼れ」とお互いに言ったりはした。そこは進展。
でも・・・ヴェイグが返事しなかった所を考えると進展ではないな・・・なんか最近この二人がわからない・・・

ココで夢主の真のフォルス心のフォルスについてちょこっと説明。
出来ることは相手の心を(嬉しい、悲しいなど)感じたり相手の心を操作したり。
月のフォルスとは違うので身体を乗っ取ることは出来ないし完全に意のままに操れる訳ではない。
出来るのは感情を読むのと操作。感情の操作であって身体の乗っ取りではないのよ。

次回、ようやっと夢主の奥義術出せるわー(人´∀`*)