聖殿の最奥にヴェイグ達が辿り着いたと同時に、聖獣シャオルーンが激しい水流と共に姿を現した。

幼い顔をした蒼い龍は両手に持つ蒼い玉で口元を覆い隠して無邪気に笑った。


『遅かったね、ヴェイグ。ボク、待ちくたびれちゃったよ!』
「・・・お前がシャオルーンか・・・・・・」


静かに訊ねるヴェイグに、シャオルーンは実に楽しそうに微笑んだ。

『いかにも!ボクが水の聖獣、シャオルーンだ!』


そう言ってエヘンと得意げに胸を張るシャオルーンの聖獣らしからぬ仕種は、まるで子供だ。
試練を受けているヴェイグ以外の一同は思わず緊張が解けてしまった。


『ボクの所へ来るのは『それだけ』だった?ヴェイグ』

入口で自分が言った言葉を皮肉めいてシャオルーンに返されて、ヴェイグは眉を顰めた。




・・・『それだけ』ではなかった。

今までに特に気にしていなかった『見た目』。

だが、二人のクレアを前にして『見た目』というモノを意識してしまった。
姿はクレアでも心はクレアでも、それが『クレア』だと認めることも否定することも出来なくなっていた。


が声をかけてくれなければ・・・・・・・・・・・・・・・自分はどうなっていただろう?







「・・・・・・次の試練は?」

自分の中で渦巻いたありとあらゆる感情を押し殺して訊ねた。少し声が掠れたが、気にしない。
一方、質問の返答がなかったことにシャオルーンは口を尖らせたが、「まぁ、良いや」と呟いた。


『じゃあ二つ目の試練にいこう。―――二つ目の試練はボクと戦ってもらうよ、ヴェイグ』

何だそんなことか、とヴェイグは思った。クレアの幻覚を何度も見せられるよりずっとマシだ。
よし、きたとばかりに大剣を構えたヴェイグを見て、クスリとシャオルーンが笑う。





『さぁ、始めようかヴェイグ。――――――――――行くよっ!』



掛け声をかけてシャオルーンは真っ直ぐにヴェイグに向かってくる。
ヴェイグは刃を振り上げるタイミングを見計らいグッと柄を握り締めた。

シャオルーンが間合いに入り今だとばかりに大剣を振るったが、大きく飛翔されたために剣は空しくも空を斬る。
ヴェイグを飛び越したシャオルーンは今、彼の背後にいる。

このままだと反撃される、逃げろと脳から命令される前に研ぎ澄まされた反射神経が身体を反転させて大剣を構え直した。



しかし、ヴェイグのすぐ後ろにシャオルーンはいない。
シャオルーンがヴェイグの頭上を飛び越え、そのまま真っ直ぐに向かったのはだった。

『それっ!』
「っ!!」

掛け声と共にシャオルーンは長い尾をに鞭の様に振るう。
反射的に横に跳んだに尾は当たらなかったものの、彼女の代わりに、先程まで彼女の居た位置の壁が振るった尾に叩かれて、崩れた。

瓦礫と化した壁を見て、コレが当たっていたらボロボロになっていたのは・・・と考えついて、は反射的に避けた自分を褒めたくなった。


『あー、壊しちゃった・・・』


失敗失敗と呟いてシャオルーンは舌を出して無邪気に笑う。









「何のつもりだ、シャオルーン!」

シャオルーンの背中に向かってヴェイグは声を荒げる。

相手は自分の筈だ。なのに、何故を狙ったりするのか。


彼に振り返って、シャオルーンは可愛らしく首を傾げた。


『何が?』
「とぼけるな!何故を攻撃する!?お前の相手は俺だろう!?」

『そうだね。でも・・・・・・『君を攻撃する』とは言っていない』

驚いているヴェイグを見据えて続けた。



『これは君への試練だよ、ヴェイグ。ボクから―――――を守ってごらん!』


突然、シャオルーンの持つ宝玉が眩い蒼い光を放った。それに反応して石の床を突き破っていくつもの水柱が立ち上る。

この水柱は水の導術『スプラッシャー』だ。
だが、同じ術を使用するヒルダの比べ物にならないほどの強い水圧と一度唱えただけのモノとは思えない水柱の多さだった。
一度にこれだけの強力なスプラッシャーを何本も放つとはさすが聖獣といったところか。


はその水柱の隙間を潜り抜けギリギリでかわしていく。
少し掠っただけで水圧で身体を切り裂かれた。


!」
「平気だ!だから・・・シャオルーンに専念しろ!」


そう言った瞬間に、足下からの水柱を大きく身体を反らして避けるを心配しつつも、言われたとおりにシャオルーンに向かう。
大剣を両手で持ち直して素早く振り下ろした。


「裂破衝!」
『甘いよ!ヴェイグ!!』

シャオルーンの声と同時に出現した巨大な水の壁がヴェイグの視界を遮る。
振り下ろした刃はシャオルーンではなく、目の前の水のカーテンを切り裂いた。
二つに裂けた壁の隙間から見えたのは、再びを狙うシャオルーンだ。



『それっ!アクアストリーム!!』


詠唱無しにシャオルーンが導術を放つ。
自分の立っている床がうっすら蒼く光ったことには気づくが、間に合わない。
逃げようとした背中に向かって水流が押し寄せる。その水圧に吹き飛ばされて、は宙に舞う。

硬い石床に叩きつけられる前に、落下地点にヴェイグが走り込んで、受け止めた。
息を詰まらせて小さく呻くを窺う。


・・・大丈夫か?」
「あぁ・・・すまない」

言ってヴェイグから身を離し、または駆け出そうとする。
動き出す前にヴェイグはその腕を掴むことで彼女が離れてしまうのを阻止する。







「離れないでくれ」



振り返った顔に眉が寄せられていた。

「何を言ってるんだ?シャオルーンは私が引きつけている。その間に―――」


・・・違う、そうじゃないんだ。


二手に分かれる方が良策だと主張するに静かに首を振った。



「傍にいてくれ。―――――お前を守りたいから」
「・・・・・・?」



ますます解らないと疑問を浮かべるからそっと腕を放した。
顔を見つめると、頬に擦り傷が出来ている。・・・先程のスプラッシャーで出来たものだろう。


それを覆い隠すように手を伸ばし重ねると、またが眉を寄せた。


「・・・試練だから守りたい訳じゃない」




今、自分が触れている傷はゲオルギアスの血を流す彼女なら恐らく数分後には綺麗に消えているだろう。
それでも見たくはない。彼女が傷つくのも、悲しむのも。



だったらどうすれば良い?―――簡単な問題だ。






「俺が、必ずを守る」





真っ直ぐにを見据えて言葉を放ってから、ヴェイグは大剣を構えてシャオルーンと向き合う。
後ろに呆然としているをしっかりと隠して。


「行くぞ シャオルーン!!」
『かかっておいで!ヴェイグ!!』


嬉しそうに笑いながら、シャオルーンは今度こそヴェイグに向かって行った。
























シャオルーンの尻尾とヴェイグの大剣が交差する。
尾はヴェイグの右腕を掠めた。大剣はシャオルーンの急所を大きく捉えていた。


勝利の女神とやらはヴェイグに微笑んだようである。


『とほほ・・・負けちゃったよ・・・』

悔しそうに呟くシャオルーンの目の前で大きく息を吐きながらヴェイグは片膝をついた。
崩れた彼に驚いたは駆け寄って、前のめりになった身体が完全に倒れる前に全身を使って支える。

長い銀色の前髪に隠された表情を確認しようと覗き込む。
不意に蒼色の瞳と目が合ったと思うより前に、それがやんわりと細くなった。



「・・・・・・大丈夫か?・・・」
「・・・自分の心配をしろ」


どうやら、大した怪我は負っていないようだ。


苦笑しながら今度はがヴェイグの頬に腕を伸ばした。
そっと頬を包んだ白い手にヴェイグは手を重ねて、瞼を伏せる。

己の頬と手で挟んだの手を握って、安堵の息を吐く。




・・・を守ることが出来た。





『じゃあコレで二つ目の試練は終わりだね―――――――――えいっ!』


シャオルーンが掛け声と共に蒼色の玉を頭上に掲げた。その瞬間に眩い光が部屋を包み込む。
強い光に目が痛みを訴えてきて、思わず互いの手を引っ込めて目を瞑り、腕で顔を覆った。



「うわぁ!何コレ!?部屋がメチャクチャなんですケド!!」
「何だ何だ!?何があったんだ!!?」

「・・・・・・・・・」


突然耳に入ってきた騒がしい声に、ヴェイグとは顔を見合わせた。



何だどうしたと部屋を見回し騒ぎ出すマオとティトレイにシャオルーンが答える。

『ヴェイグの試練の為に、君達には金縛りにあってもらってたんだ』


「へぇー」と関心と納得の声を上げる二人から視線を外してシャオルーンはヴェイグを見た。





『だから君達以外は何が起こってたか知らないんだよねぇ』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」






絶 句 。




ニコリと愛らしく笑うシャオルーンに返したヴェイグとの反応だ。


・・・そう言えば、ずっと何かが足りなかった。
ヴェイグはシャオルーンに攻撃を、はシャオルーンから逃げるのに忙しくてそれが何かを考える暇はなかった。

だが、今になって何かが足りなかった事にようやく気づいた。



マオとティトレイの騒ぎ声だ。


シャオルーンによって金縛りにあっていたからマオやティトレイ達はヴェイグの二つ目の試練を知らなかった。
・・・つまりヴェイグとが試練の最中と先程していた『事』は知らない訳で・・・。




・・・・・・『何があった』だと・・・?






何をしていたかを思い出して、同時にチラリと顔を見合わせた。
しかし気恥ずかしさが何よりも勝って、すぐに互いに顔を背けて俯いた。

その様子にどうしたんだろうとシャオルーンは首を傾げる。


しばらく頬を染め俯く二人を観察するように見ていたが『ま、良いや』と呟いてヴェイグの試練に戻る。





『さぁ、ヴェイグ。残る試練は一つだよ』


フッと明かりを失った夜のように、ヴェイグの目の前が闇に包まれた。
隣にいたが居ない。騒いでいたマオ達の声が聞こえない。

何も見えない、聞こえない。

大剣を杖代わりにしてゆっくりと立ち上がると、それを合図にして隣にアガーテが現れた。



・・・いや、違う。隣にいるのはアガーテではない。





『君の隣にいるのは―――――――』
「クレアだ」

『・・・まだ言ってないのに』

ぼやくシャオルーンにヴェイグは続けて言う。
まるで自分に教え込むように、頭に叩き込むように呪文のように唱える。


「クレアだ・・・俺の隣にいるのはクレアだ・・・・・・・・・クレアなんだっ!」


『・・・ま、そういうと思ってたけどね。ヴェイグ、それが君の答かい?』



訊ねてきた声にヴェイグは素早く首を縦に動かす。自分の言った答を否定するつもりはない。




しかし―――



「・・・だが・・・俺は―――――」
『・・・迷ってるんだね、ヴェイグ。でも、それで良いじゃないか』

驚くヴェイグにシャオルーンは笑いかけた。


『迷った時点で『答』は出ている。・・・・・・ボクは君の『決意』に満足したよ?』


『だから』 シャオルーンは続ける。




『試練はおしまいだよ』












その声と同時に部屋は光を取り戻した。もう一度隣を一瞥すると、居たのはだった。
クレアの姿を探して辺りを見回すと、ティトレイやアニーの後ろでコチラを見守っていた。


アガーテの姿をした、クレア。・・・・・・・・・・・・アガーテではない。クレアだ。




心の内でそっと唱えて、シャオルーンを見た。ニコリと笑いながら目の前の聖獣は己に訊ねかけてくる。




『ヴェイグ、君はボクの水の力を求めるかい?』


迷いを振り切って大きく答えた。


「俺は求める。聖獣シャオルーン、お前の力を!」
『良い返事だ!さぁ、フォルスを!!』

言われたとおりにフォルスを具現化させてフォルスキューブを出せば、シャオルーンの力が己の中へと入ってきた。
胸騒ぎのような緊張のような感覚が身体を駆け巡る。

聖獣の力の継承を終えて思わず感嘆の息が漏れた。
ティトレイもマオもアニーも「聖獣の力はすごい」と言っていたのである程度の覚悟はしていた。
・・・だが、まさかここまで凄まじいものであったとは予想外だ。









『・・・さぁ、。次は君の番だよ』
「・・・どういうことだ?」

ヴェイグとシャオルーンのやり取りを黙って見ていたは突然話を振られ、一瞬呆ける。


『カレギア城でボクが言った事、覚えてる?』
「言った事・・・・・・」



記憶を辿っていく。

ヴェイグ達がゲオルギアスに倒されて、それで―――――


『王は君が喜ぶと思ってやってるんだけどね・・・』
『今は時間がない。今度話してあげるよ』



・・・そう言えばそんなコトも言っていたか。






『君が目覚める時が来たんだよ』
「・・・・・・っ!?」


驚きが隠せなくて、大きく瞳を開いた。ずっと待ち望んだこの瞬間が来たことに実感が湧いてこない。


だが・・・待っていたはずなのに――――――――――――怖い。



自分の知らない事を知る喜びとそれを拒絶する感情が絡み合って身体の中で渦巻く。
身体が鎖に絡め捕られているように重い。



『・・・本当は知らない方が幸せなんだと思う。だけど、君は知らなくちゃいけないんだ』
「・・・・・・・・・」

『ボク達聖獣はこの時が来るのが辛かった。君に『真実』を伝えるのが辛かった』


言いながら、シャオルーンは先程まで対峙していたヴェイグを見た。目が合うと安堵したように柔らかく微笑む。




『でもヴェイグが君を守ると言ってくれた。だからボク達はに話そうと思ったんだ』


シャオルーンは改めてに向き直る。真っ直ぐに見つめて、訊ねた。



『ボク達は決意したよ。・・・・・・、君は?』
「・・・・・・・・・・・・・・・話してくれるのだと、言っただろう?シャオルーン」

俯いていた顔をシャオルーンに向けて凛と返す。



「私は知りたい。ホーリィ・ドールの事を・・・・・・・・・・・・・・・私の事を」







『決意』を示すと、子供っぽい笑みが返ってきた。


『そうこなくっちゃ!・・・でも、何から話そうかな・・・・・・』

うーん、と唸りながら宙を浮遊するシャオルーンをじっと見つめて言葉を待つ。
やがて定位置に戻ると口を開いた。



『じゃあ、順を追って話していこうか』
「・・・頼む」











『ホーリィ・ドールって言う種族は元々存在してなかったんだ』
「存在していない?」


『そう。当時の人々がフォルス能力を持ったヒューマを恐れて忌み嫌った。
 その疎まれたヒト達が『ホーリィ・ドール』なんだよ。君は、ホーリィ・ドールの族長だったんだ』

「ちょっと待って・・・『当時』って・・・・・・」

今まで黙っていたヒルダが口を挟む。『君は鋭いね、ヒルダ』とシャオルーンが返した。



『『当時』って言うのはボク達と聖獣王、ゲオルギアスが戦っていた時代だ』
「え?・・・・・・じゃあ何でそこにが出てくるの・・・?」

シャオルーンは、解らないと戸惑いの声を上げるマオにではなく、に静かに言った。






『ホーリィ・ドールの姫、。・・・・・・君はその時代のヒトなんだ』



ヴェイグの試練終了の巻。 〜でもシャオルーンは喋るよ何処までも〜
・・・ちょっと無理矢理過ぎたかな?いやいやそんな事は・・・げふごふ

やっとヴェイグさんの本音が出ました。夢主の事を守りたいんだと言えました。
頑張ったなぁ、お前。でも『守りたい』ってコトに関してはクレアと二股かけてるんだろ(爆)

次回は夢主を目一杯バラします。そんなワケで補足をば・・・

ホーリィ・ドールってのは生まれつきフォルスを持っていたヒューマを嫌った人々が
フォルス持ちのヒューマを総称して『ホーリィ・ドール』と呼んだだけに過ぎないのです。
夢主はホーリィ・ドールを率いた族長さん。

それが何故『ホーリィ・ドール』=『聖なる人形』なのかは次回で明かすとして・・・
つまり生まれつきフォルスを持ってたサレ様もホーリィ・ドールですな(笑)

人類皆兄弟。ラブアンドピース。