アガーテは静かに人々を見渡す。ヒューマもガジュマも平等に。
スゥッとアガーテの呼吸音が遠くまで響きそうだった。


「皆さん、聞いてください。私達ヒューマとガジュマは隣人として、良き友として共存の道を歩んできました。
 それが今、争いを始めようとしています。種族の違い・・・ただそれだけの事で」

「それだけじゃない!」
「正しい形になろうとしているだけだ!」

ヒューマの野次が飛んできた。
アガーテは声の聞こえた方を向いて、また静かに語る。凛とした、よく通った声だ。


「種族って何ですか?私達は姿は違っていても楽しい時は笑い、悲しい時には涙を流します。
 それは何故でしょう?・・・・・・私達の心は同じだからです」



皆に聞かせるようにアガーテはまた見渡す。


「私は思うんです。身体なんて、ヒトの心を入れるただの入れ物でしかない。
 もし種族というものがあるのなら、私達はガジュマでもヒューマでもなく、大地に生きるヒト≠ニいう名の種族なんだって」

「・・・?」



―――『大地に生きるヒト』

その言葉を聞いた瞬間、ヴェイグの中で違和感が生まれた。



あそこで民衆に訴えているのはアガーテだ。
だが、アガーテなのに、彼女の言葉は誰かに似ている。






自分の大切なヒトに・・・・・・似ていた。





アガーテは言葉を続けた。
処刑台に上がっているのに、まるで楽しくおしゃべりをしているかのように。



「思い出してください。私達には共に笑い、泣き、悲しみ、喜べる時間があったはずです。
 親切にしてもらったこととか、一緒に美味しい物を食べたりとか・・・」


先程まで罵倒を浴びせていたヒューマ達がそれぞれ顔を見合わせた。
共有していた頃の時間を記憶を互いに思い出すように。



アガーテはもはや訴えると言うより、語るように優しく声を出す。




「私の知っている村では、おばさんがパイを焼く度に皆が集まって、ヒューマもガジュマもなく皆が美味しい美味しいって食べるんです」


アガーテが話すパイの話。それはきっとスールズのポプラが作るピーチパイの話だとヴェイグは確信した。

何故アガーテはポプラのピーチパイのコトを知っているのか。クレアが教えたのだろうか?

そう思いクレアを見つめると、クレアはどうかしたのかとヴェイグを見つめ返し、首を傾げただけだった。
その様子から、彼女がその事をアガーテに教えていない事を知ったと同時に、クレアがポプラのピーチパイ自体を知らないことに気がついた。


ならば、何故アガーテはポプラのピーチパイを知っているのか。・・・そして、何故クレアは知らないのか。






アガーテは・・・・・・あそこにいるアガーテは―――――――――



「騙されるな!アイツは命が惜しくてオレ達を丸め込もうとしているんだ!!」
「死ぬのが怖くて言ってるんじゃありません」

アガーテは一瞬悲しげに目を細めた。


「大好きなヒト達と、憎み合って生きるのは死ぬことと同じくらい・・・辛いって思うから・・・」


アガーテの言葉に静かに民衆が聞き入っていた時、ガチャガチャと重い金属の揺れる音が背後から聞こえた。
何事かとマオが振り返ってみれば、白金の鎧を身に纏ったミルハウスト。武装した兵士達が彼の後ろに従って佇んでいた。


ミルハウストは処刑台の上で悠然と立つアガーテの凛々しい姿に呆然となりながら呟いた。



「・・・・・・陛下?」
「アレは・・・・・・アガーテじゃない・・・」

その呟きに答えるようにヴェイグも呟く。







あそこに立っているのはアガーテだ。
だが、それはアガーテの『姿』であって、本当は―――――――――――――――



「どうか、私の最後のお願いを聞いてください」


その場に居た全員が息を呑むほどの、美しい微笑を浮かべた。




「皆さんがパイを・・・・・・ピーチパイを食べることがあったら、一度だけ目を閉じて考えてみてください」





ヴェイグの口が形を作る。あそこに立っている『本当の人物』の名前の通りに。

その名前は『アガーテ』ではなく自分の大切な家族―――大事なヒト。










「貴方が美味しいと感じる心に種族はありますか?」





















―――――― クレア 









全てを話し終わったアガーテは用心棒達に押されながらだが、逃げることなくその足で斬首台に向かった。
首を差し出すと、コトンという軽い音と共に身体を固定された。



それを合図に、ヴェイグと、物陰に隠れていたが駆け出した。










「続けー―――――――っ!!」

ミルハウストは剣を抜き斬首台に突進した。
他の兵士達も次々に剣を鞘から抜き出しミルハウストの後へと続く。


「クレアっ!クレアーっ!!」

行く手を阻んだスカラベの用心棒を殴り飛ばして、ヴェイグはアガーテに叫んだ。
すぐに自分を呼ぶ声に気づいて、アガーテも叫ぶ。


「ヴェイグっ!!」

「どけっ!ジャマをするなっ!!」


ヴェイグを囲んだ用心棒の一人を、駆け寄ってきたが蹴り飛ばした。

!?」
「こっちだ!」

はヴェイグについてくるように促してまた走り出す。
予め流しておいた両腕の血を使い、走りながら詠唱した。



「我が呪いの血を雨と降らせん・・・・・・アシッドレイン!」


一瞬にして、ミール広場を血の雨が包み込む。
血の雨は民衆を混乱させ、刃を交わらせる者達の動きを鈍らせた。

その隙をついてヴェイグが駆け出したのと同時に、スカラベが斬首台の縄に鋭利なナイフを当てる。


まだヴェイグと処刑台の間には大分距離があった。
だが、スカラベの持つ冷たいナイフの刃はあっさりと縄を断ち切った。



斬首台の刃がアガーテに向かって真っ直ぐに降る。




ヴェイグとアガーテが 互いを求めて叫び合う。





「ヴェイグー――――――――っ!」

「クレアー―――――――――っ!!」




ヴェイグが伸ばした腕と、それに合わせるように伸ばしたの腕から冷気が放たれた。

















民衆達が見たモノは斬り落とされた女王の首ではなかった。


斬首台にいた筈のアガーテの姿は消えていて、
残された斬首台はといえば、なんとも不気味な程に美しい蒼と紅の氷によって刃を止められていた。


消えた女王は一体何処に。
周囲を見回せば処刑台から少し離れた位置で、女王は銀髪のヒューマの青年に抱え上げられていた。






「キィ!キキッキィ!!」


アガーテに「起きて」と言う様に、ザピィが鳴いた。
その声に応えて、そっとアガーテが瞳を開ける。


「クレア・・・クレアなんだな?」
「・・・うん」


ヴェイグに抱かれる『クレア』は微笑んで頷いた。




「私、信じてた。どんな姿をしていても、ヴェイグなら気づいてくれるって」
「・・・・・・クレア」




その二人の様子を、は両腕に血を滴らせながら見つめた。
いつもと変わらず無表情であったが、まるで見たくないとでも言うように目を伏せて、顔を逸らした。































ミルハウストは疑うようにクレアの姿をしたアガーテに近づいた。戸惑いながら訊ねる。


「本当に・・・本当に、アガーテ様なのですか・・・?」

ミルハウストの目の前にいる少女は、頷く。



「・・・ヒトの心が入れ替わるなどあり得るのですか・・・?」
「・・・月のフォルス・・・・・・王家に伝わるそのフォルスを使えば、可能なのです」

「何故今まで黙っておられたのですか?」


次にユージーンに訊ねられて、アガーテは俯いた。



「・・・ごめんなさい・・・騙すつもりはありませんでした・・・・・・でも、言えなかったのです・・・」
「言えなかったで済むかよ!それでクレアさん・・・・・・本物のクレアさんがどんな目に遭ったかっ!!」

ティトレイに怒鳴られて、ビクリとアガーテは身を震わせた。



「陛下はご自分の身体が生きていると言うことを知っていたのですか?」


少し躊躇ってから、小さく頷いた。



「ラジルダで気づいて・・・キョグエンで捕まった時は隣の部屋に・・・は気を失っていたから、知らないけれど・・・」
「じゃあ何か!?アンタはクレアさんが攫われたのを黙って見てたのか!?」
「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・」


ただただ謝るアガーテを隠すようにが少し前に出たのと同時にクレアがティトレイを止める。


「それ以上女王様を責めないでください。私はこの通り無事で、何ともありませんから」
「だけどクレアさん・・・!」

「姿が変われば物の見方も変わります。・・・言えなくなることだってあります」


「とにかく・・・クレアに身体を返してやってくれ。今の俺の願いはそれだけだ・・・」


『身体を返せ』 その言葉にアガーテは二、三歩後退った。
ギュッと『クレア』の身体を抱きしめる。


「私は・・・わたくしは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさいっ!!」



もう一度大きく謝り、アガーテはその場から逃げ出した。


「陛下!」
「アガーテ!!」


その後を、ミルハウストとが追う。

ヴェイグ達も急いで追いかけた。































街の入口まで追ったが、アガーテを見失ってしまった。
悔しげにヴェイグとミルハウストが拳を握る。


「早く・・・早くアガーテを追わなければ・・・クレアの身体が・・・!」
「・・・わかっている。陛下は私が必ず見つけ出す!!」


そう言ってミルハウストはアガーテを追って走り出した。
自分も、と駆け出そうとするヴェイグの腕を掴んで、が引き止める。

「ヴェイグ、落ちつけ。今優先しなければならないのは思念だ」
「このままアガーテを見過ごせと言うのか!?」
『その通り!!』

ヴェイグとの会話を割ってマオが・・・マオの身体を借りたシャオルーンが言った。



『ヴェイグ、君たちは何より思念を浄化したかったんでしょ?早くボクの所へおいで。世界を浄化する力を手に入れるために!』
「だがクレアは・・・!」


『大事なのは心≠ナしょ?ヴェイグ。君の大切なモノは失われずに済んだ。そうでしょう?』


シャオルーンに言われ、ヴェイグは黙った。




・・・そうだ、『クレア』はココに居る。俺の隣に居るんだ。
確かに大切なクレアを、クレアの『心』を失わずには済んだ。・・・しかし、本当にそれで良しとしてイイのだろうか。





『ボクはバビログラードにいるよ。早く君に逢えると良いね』


シャオルーンはまた、言うだけ言ってマオの中から消えた。
やけに回数の多い瞬きをしてから、マオが言う。



「あー、ビックリした・・・・・・で、どうするの?ヴェイグ」
「・・・・・・・・・」



ヴェイグは視線を逸らして、少し考えていたが、渋々といった感じにクレアに向き直った。


「クレア、すまないが・・・」
「私なら平気よ」


ヴェイグを安心させるように、微笑む。


「私のコトより早くこの世界を何とかしましょ。ね?ヴェイグ」
「・・・・・・わかった」

ヴェイグが頷くと、クレアはもう一度笑って皆に向き直る。



「改めて・・・皆さん、よろしくね」
「あぁ、もちろん!『さん』は無しでいくぜ。よろしくな、クレア!」
「えぇ、よろしく!」

和やかにティトレイ達とクレアが挨拶を交わす中、ヴェイグはの元へと歩み寄った。
彼女を見つめるヴェイグの瞳は普段より若干冷たい。



「・・・。クレアとアガーテが入れ替わっていたこと・・・・・・知っていたんだな?」
「・・・・・・あぁ、知っていた」


・・・・・・・・・否定してほしかった。


「・・・いつからだ?」
「お前達と迷いの森で会った時からずっとだ」


真っ直ぐにヴェイグを見つめ返し無表情のままは答えた。
謝るような素振りさえもない彼女に、眉を顰めた。




迷いの森からずっと黙っていた・・・そんな前から知っていたのに、教えてはくれなかった。


自分は彼女を信じていたのに―――――――――――――――――― ずっと騙されていた。










。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・最低だ」
「・・・・・・そうだな」



ヴェイグから放たれた言葉を受け止めて、は目を閉じた。

クレアとの温かい挨拶の場が、一瞬で凍りづく。




互いに離れるヴェイグとを見て、それぞれの肩に乗るザピィとハープが小さく鳴いた。


アガーテ演説の巻。
この時のアニメーションがすごく好き。
ヴェイグが気づくのに「遅ぇよ。」とツッコミながらも二人の強い絆に感動しっぱなしでした。
でもミルアガ的にはあの姫抱っこシーンはミルにやってほしい訳でして・・・(笑)


そしてヴェイグ×夢主、究極の亀裂。
アガーテを庇うあまり、思念を優先するあまり、
そして何よりヴェイグを傷つけたくなくて黙っていた夢主と、
クレアがまた危険な目に遭ったと、真摯に夢主を受け止めていたのに・・・とショックなヴェイグ。

互いに傷つきました。

次回はヴェイグさんの試練〜v(´∀`*)