ベルサスとスラム街を繋ぐジャンニ橋で、ヴェイグとクレアは話をしていた。
宿から出て行くクレアを心配して、ヴェイグはに紙袋を押し付けてクレアを追いかけた。
何だか胸騒ぎがする・・・と互いに呟いて、散歩して・・・・・・辿り着いたのがココだったというワケだ。
橋の下を流れる水の流れる様子を眺めながら座っているクレアに、ヴェイグは口を開いた。
「・・・クレア、お前にとって、大切なモノって何だ?」
「えっ、私の・・・?」
突然の問いに少し驚きながらも、クレアはヴェイグに答えを返そうと考えた。・・・割とすんなり出たようだが。
「・・・やっぱり、家族だとか、好きなヒト・・・だとか?」
「家族・・・好きなヒト・・・・・・か・・・」
自分にとってそんな相手は誰かとヴェイグは自問自答した。
家族とはきっと、おじさんやおばさん・・・そして今自分の隣に居る大切なヒト、クレア・・・。
では、自分の『好きなヒト』とは――――――――――・・・いや、アイツは違うか。
一人、心の中で連想した存在はあった。だが、そのヒトはヴェイグにとって『守りたい者』だ。
好きなヒト・・・とは違うだろう。そう思っておくことにした。
「・・・大切なモノを失うと聞いた時、ふとミルハウストのコトを思い出した・・・」
クレアを水面越しに見つめながら、ヴェイグは言った。
水面の中のクレアが困惑したように眉を寄せた。
「お前は気を失っていたから知らないが、アガーテが消えた時・・・アイツは泣いていた」
「・・・女王がいなくなれば、臣民は悲しむものでしょう・・・?」
そんなの当たり前じゃないかという口調でありながら、クレアの顔はどこか辛そうに水面に映った。
その様子に気づかなかったヴェイグは「そうじゃなくて・・・」と続ける。
「・・・そういうのは俺にはわからないが、アイツのは・・・もっと違うものに思えた・・・・・・」
「・・・・・・違う?」
鸚鵡返しするクレアにヴェイグは頷く。今度はしっかりと向き合った。
「つまり・・・・・・お前の言った家族とか、好きなヒトを失ったとか・・・そういう・・・」
「まさか・・・そんな・・・・・・そんなワケ・・・ないわ・・・」
「・・・どうしてそう思う?」
否定したクレアに訊ねると、悲しそうに目を伏せた。
まるで自分の事のようにクレアは語る。
「だって・・・彼は、『貴方とは違いすぎる』って・・・だから、わた・・・・・・女王様はガジュマの姿のままではダメなんだって・・・だから・・・だからそれで・・・・・・」
クレアの言葉を聞いて、意外そうにヴェイグは目を丸くした。
ヒューマ・ガジュマと言った種族という括りでヒトを見たなんて、自分の知る中のミルハウストではまずあり得ないと思ったからだ。
「種族が違うから好きになれない・・・と?アイツがそんな事を・・・・・・?」
「・・・貴方が大切なヒトに同じことを言われたら・・・・・・・・・どうする?」
不意にクレアが訊ねた。
「・・・どうする、と言われてもな・・・」
突然のクレアの問いに戸惑う。
・・・しかし、ヴェイグに迷う理由はなかった。
「俺は・・・受け入れてもらったから・・・おじさんやおばさん・・・ユージーン達・・・そして何より・・・・・・」
「・・・・・・貴方は幸せなのね・・・」
『何よりクレアに』。・・・そう言おうとしたヴェイグはクレアの呟きで言葉を止めた。
喋っている最中に囁かれた、消えそうな呟きだったのでよくは聞こえなかった。『幸せ』と聞こえた気はする。
「・・・・・・クレア?」
「・・・い、いえ・・・何でも・・・何でもないの・・・・・・ごめんなさい・・・」
心配するヴェイグに曖昧に返事を返し、クレアは膝の上に置いた己の手を見つめるかのように俯いた。
日の光で煌めく美しい金髪の前髪が顔を覆ってしまったためヴェイグには彼女の表情はわからないが、何となく泣いている気がした。
「キィ・・・キキィ・・・」
今までクレアに近づくことさえなかったザピィが、クレアの元へ歩み寄り、そっとその細い指へと擦り寄った。
アガーテはスカラベの屋敷の一室に閉じ込められた。
スージーに言われた通りに橋を越えた時、彼女は見てしまった。
荒れ果てたスラム街へと迫害され、満足な食事や衣類も手に入れられないガジュマの人々を。
そこでスラム街のガジュマをまとめているというジャンニから話を聞いた。
ヒューマに仕事を奪われ、火事を装い家に火を放たれたこと。
それでもこの街を出て行かないのは生まれ育った地を離れたくはないからだということ。
・・・ただこの場所で暮らしていたいだけなのだということ。
一通りの話を聞いた後、アガーテはスラム街のガジュマから懇願された。
スカラベと言うヒューマのリーダーに共存の道を歩むための話し合いの場を作るように申告してほしい―――と。
快く頷いたアガーテは再びスカラベの屋敷に戻ったのだが話を聞いてはもらえず、
それどころか「ガジュマがワシに指図をするな!」と怒鳴りつけられて屋敷の中へと押し込まれたのであった。
アガーテはため息をついた。
「・・・どうすれば良いのかしら・・・どうしたら、話し合いの場を作ってもらえるのかしら・・・・・・」
しゅんと耳を下ろしていたが、何かが窓を叩く音が聞こえてすぐにピンと立てた。
部屋の隅に存在する窓に近づきパタリと窓を開けると、その僅かな隙間からヒラリと肩に紫色のマフマフを乗せた銀髪の少女が部屋へ入ってきた。
突然の窓からの侵入者に驚き、思わず大きな声を上げそうになったアガーテの口を、少女は手で覆うことで音にする事を防いだ。
「・・・騒ぐな。・・・・・・クレアだな?」
『クレア』と呼ばれたアガーテは口を塞がれた状態のまま、肯いた。
その答えに安堵したように少女、は息をつくと、そっとアガーテの口から手を離す。
「逃げるぞ、クレア」
「・・・出来ません」
腕を引いたにアガーテは首を振った。
「・・・約束したんです。ヒューマとガジュマの話し合いの場を作るって。・・・だから、逃げられません」
「・・・・・・ココにいたら、何をされるかわからないんだぞ?」
「わかってます。でも・・・それでも、こんなことには・・・耐えられないから・・・・・・」
「・・・・・・・・・勝手にしろ」
掴んでいた腕を少々乱暴に放し、アガーテに一睨みしてからは窓の淵に手をかけた。
背を向けた状態でアガーテに言う。
「・・・・・・・・・明日また来る」
・・・つまり明日まで時間をくれて、更にまた迎えに来てくれるということらしい。
それがわかって、アガーテは微笑んで、軽やかに窓を飛び出すを見送った。
ティトレイの作った夕食を全て平らげて一息ついた所で、ユージーンが一同を見回して口を開いた。
「・・・先程話した通り、陛下がスージーの家でお休みになられているそうだ。陛下のご存命を確かめるため、明日ミール広場へ行ってみよう」
その提案に、皆は頷くことで了承の合図を送る。
「スージーの家かぁ・・・・・・・・・何もされてないよな?女王」
「いくらガジュマが嫌いだからって女王様に乱暴はしないんじゃないかな?」
マオの言葉にそれもそうかとティトレイは頷く。
・・・勿論、『スージーが』ではなく『スカラベが』という前提で話をしている。
「・・・あの男、私のオークションの時にもいたぞ」
「えぇっ!?を買おうとしたっての!!?」
テーブルを叩いてマオが身を乗り出した。
傍らでユージーンが行儀が悪いぞと窘めたが、マオには届かなかったようだ。
ムッカツクあのオヤジっ!許さないんだからっ!!と叫びメラメラと怒りの炎を燃やしていた。
「・・・・・・マオ、とりあえず座れ。・・・・・・・・・だから、明日の協議の場でも油断をするなとそう言いたかっただけだ」
言い切ってからはマオからヴェイグへと視線を移す。
そのまま渋い顔を一度してから小さく口を開いたが、その口は音を発することなくまた閉じた。
・・・まだ言わない方が良いだろう。
ヴェイグが求めているヒトが、今彼の隣に座っている少女ではないことは。
明日の和平の協議が済んでからで良い。全てを話すのは。
黙ったを不思議そうにヴェイグは見つめた。
・・・マオがテーブルを叩いたのとほぼ同時に、うっかり曲げてしまったスプーンをそっと隠しながら。
古代カレギア語で『平和』を意味するミール広場は和平協議開始予定時刻の二時間前だというのに既に多くの街の住人が集まっていた。
普段スラム街から出てくることがないガジュマも、そのガジュマを嫌悪しているヒューマも関係無しに協議の始まりを待っている。
も、開始時刻よりも前に集まった者の一人だった。辺りを見回して状況を冷静に確認する。
ミール広場の中央に協議の場と言うには些かおかしい巨大な舞台のようなものが設置されている。
その舞台の上には布で覆われた『何か』がある。覆い隠す布の隙間から木材で出来た『脚』が見えた。
協議に使用するテーブルだろうか?それにしてはあまりにも大きすぎる。
その舞台を守るようにスカラベが雇った用心棒が各々武器を備えて囲んでいた。
完全に民衆達に『見せつける』形が出来ていた。
「スカラベ・・・何を企んでいる?」
物陰に隠れてはそっと呟く。
彼女がヴェイグ達よりも一足先に広場にやって来たのはスカラベが本当に『和平協議』をするとは思えなかったからだ。
もし、スカラベが民衆に『何か』を見せつけるようにアガーテに『何か』をしたら。それを阻止しようとした時、間に合わない結果に終わったら。
・・・・・・・・・ヴェイグの『大切なモノ』が失われてしまったら。
「・・・お前の大切なモノ、失わせないから・・・・・・絶対に」
双剣のうちの一本を強く握りながら、は舞台を見つめた。
「、見当たらないねぇ?」
開始予定時刻にヴェイグ達は広場にやって来た。広場はが来た時よりも、ヒトが集まっていた。
ヒューマとガジュマの両種族による和平の協議。それを見ようと街中の人々が広場へと来ているのだ。
一体どんな決着がつくのだろう、自分の思い通りの結果か否かと民衆達は騒ぐ。
「・・・嫌なカンジだな」
眉を顰めてティトレイが重く呟く。雑音の響く中でもその呟きを聞き取ったヒルダが頷いた。
「えぇ。協議って言うより・・・何かの見世物が始まるみたい」
ティトレイとヒルダが短い会話をしている中、ヴェイグはもう一度周囲を見回した。
・・・『探しモノ』が見つからなかったことに、少し残念そうに目を伏せた。ため息代わりに『探しモノ』の名前を呟く。
「・・・・・・・・・」
昨日、は目が合った時、何かを言おうとして、やめた。
その行動がヴェイグの中で昨日からずっと引っかかっている。
何を言おうとしたのか?何故黙ってしまったのか?
どうして自分に話してくれないのか?
「スカラベが出てきたぞ!」
民衆の一人が発した言葉によってヴェイグの考え事は中断させられた。
スカラベは『舞台』へ上がった。集まった人々を全て見渡してから、しわがれた声を張り上げた。
「ヒューマの同志達よ!高潔で誇り高き同族の友よ!立ち上がる時が来た!!」
「待て!どういう事だスカラベっ!!」
「黙って聞けっ!!」
反論するガジュマのリーダー、ジャンニをスカラベ自身が制した。
「・・・静かに話し合いって雰囲気じゃないわね」
冷ややかな目でヒルダはスカラベを見つめながら言った。
「ワシは以前から疑問に思っていた。何故知的に我々よりも劣るガジュマが王位につきこの国を支配しているのか?
ヒューマこそが優れた種族であり、ガジュマの上に立つべきではないのかと」
スカラベは大きく両腕を広げた。
「しかし!それを口にすれば冷たい視線を浴び、種族主義者だと悪者扱いされる。
この国では絶対のタブーだった。だが今こそ、我らヒューマがこの国の覇権を握る時だ!忌まわしきガジュマは我々の前にひれ伏すが良い!!」
「そうだそうだ!」
「野蛮な獣達よりも我らの方がこの国に相応しい!」
スカラベに煽られたヒューマの人々が次々にガジュマへ罵倒を始めた。
黙っている訳もなく、ガジュマの人々は反論する。
「こんな横暴は許さんぞ!我々ガジュマはお前らの不当な扱いに大人しく甘んじ続けるつもりはない!」
「そうだ!女王様はどうした!?アガーテ様を出せっ!!」
反論する人々の中で一人、『女王』の名を呼んだ。
ガジュマのたった一つの希望、アガーテ。
その名前が挙がったことで不愉快そうに、スカラベの顔が歪む。ふんと鼻を鳴らしてまた声を張り上げた。
「お前達の女王様はヒューマの娘の誘拐を企み、我が娘も犠牲者となった!女王は自らがすべき政務を怠り、国を混乱に陥れたのだ!!
・・・・・・故に、我らヒューマは我らだけの道を新たに切り開かなければならないのだ!」
右手で拳を作り、スカラベはそれを高々と天へ突き上げた。
「ここに、ヒューマによるヒューマの為の新しい時代の幕開けを宣言しようぞ!!」
スカラベの宣言に広場中のヒューマが同意し声を上げる。「スカラベ万歳」と叫ぶ者まで出てくる始末だ。
「何が新しい時代だ!そのような事我々と女王様が許すものか!」
「そうだ!アガーテ様を出せっ!!」
「・・・あぁ、お前らの望み通り、女王を出してやろう」
スカラベは嫌らしい笑みを浮かべると、先程から自分の傍らにあった『布を被った何か』の布を掴んだ。
勢いをつけてその布を取り払う。『何か』がようやく姿を晒した。
『何か』は巨大な二本の柱だった。それだけではない。
柱の間には斜状の鋭い刃。それは上に取り付けられていて、支えとなっている細い縄を切れば下に落ちてくる仕組みだ。
そして、その刃の下にはヒトが首を突き出すようにして固定する止め具。
ソレは誰がどう見てもギロチン―――――――――――― 斬首台だった。
布を取り払ったその瞬間から、協議の舞台は処刑台へと姿を変えた。
そこへ、後ろ手に縄で拘束されたアガーテが現れた。
命乞いをするでもなく、スカラベに必死に訴える。
「お願いです!彼等と話を・・・彼等と話をしてあげてください!」
「黙れ!女王のニセモノがっ!!ガジュマ達に動揺を与えたお前には人柱になってもらおう」
スカラベは抵抗できないのをイイコトにアガーテの胸倉を乱暴に掴み上げて、また企むように笑う。
「・・・だが、少しだけ時間をやろう。謝罪でも命乞いでもするが良い」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
胸倉を解放されると、アガーテは恐れることなく処刑台へと上がった。
偽りの協議の巻。
夢主はある一定のキャラに対してツンデレになる。完全なツンデレじゃないんだな。
ヴェイグは夢主に重い袋二つを押し付けた挙句クレアとお散歩ですが、
この野郎と思ってくれたら私の勝ち(何の勝負だ)
とりあえずスカラベさんは喋り過ぎ。