ベルサスは高い山々に囲まれているため、ベルサスから少し離れた場所に位置するベルサス港が唯一の『足』である。
しかし、それ故に交易が盛んであることも事実で、通称『交易の街』とも呼ばれているほどだ。



「・・・ヒューマばっかりじゃねぇか?」

街に入ってのティトレイの第一声だった。それなりに大きな街だというのに、見渡す限りヒューマしか見当たらない。
他の生き物は?と問われた時、答えられるのは野良犬か豆欲しさに集まってきた鳩か・・・。




とにかく『ガジュマ』が一人もいなかった。



「・・・ラジルダの時のように、住み分かれているのか・・・?」
「ちっ、胸クソ悪ぃっ」

ティトレイが舌打ちしたのと同時に、ヴェイグ達の背中へ遠慮がちに声が掛かった。


「あの・・・ちょっとゴメンなさい。貴方達もしかしてサニイタウンで会った・・・?」

その声の方を振り返る。亜麻色の長い髪をした美少女がニコリと愛らしく微笑んでいた。
少女はサニイタウンでミリッツァに追われている所をヴェイグ達に助けられた―――スージーだ。


「スージー!久しぶりだね!!」
「えぇ、あの時はありがとう」



マオと、彼にスージーと呼ばれた少女は微笑み合ってそのまま談笑を開始した。
がそっとヴェイグの耳まで背伸びをして、訊ねる。


「・・・誰だ?」
「あぁ・・・彼女はスージーと言って、王の盾に攫われた娘の一人だ。・・・会ってないのか?」
「そうだな・・・ベルサスはワルトゥ殿の管轄だから、私は知らない」

ヴェイグとの会話はそれで終わったが、マオとスージーの話は盛り上がる一方だ。





明るくマオと話す彼女を見て、ティトレイは微笑んで言った。

「なんか・・・スージー変わったな・・・元気っていうか、明るいっていうか」
「あぁ・・・アレが彼女の本来の姿なんだろう」

「そうだな。きっと・・・王の盾やアガーテのせいで笑顔を奪われたヒトはまだたくさんいるだろうな」


ティトレイが言葉を発すると、クレアはまるで『自分のこと』を咎められたかのようにスッと目を伏せた。
その姿を横目で一瞥したはマオに腕を引かれたことで我に返る。

「ねぇ!スージーがお礼したいから家に来てくれって!行こうよ!!」
「え?だが、ヴェイグの大切なモノ・・・・・・・・・」
「街を歩いてればきっと見つかるよ!だから行こう!」
「・・・マオ、彼女の家の食事を期待してるな?」

が確信づいて言うと、てへっと可愛らしくマオが舌を出した・・・。



















「ほぅ・・・そうか。アンタ達が娘の恩人か」


スージーの父、スカラベは口髭を撫でながら言った。

スカラベはこの街の権力者で、ガジュマを忌み嫌っている。
ベルサスにガジュマがいなかったのはスカラベが金と権力を用いてガジュマを迫害し、『ジャンニ橋』を境にしたスラム街へと追いやったからなのだ。


「せっかく来てくださったんだもの。今晩はウチに泊まっていただいても良いでしょう?」
「あぁ、もちろん」

スージーに微笑んで、スカラベは言う。



「・・・だが、そっちのガジュマは遠慮してもらおう」

愛娘を見つめていた瞳はユージーンに向けられた瞬間、冷たく憎悪を発した。
その目つきのまま、小馬鹿にしたように嫌らしくスカラベは笑う。

その顔を見て、何かを思い出したのか「ぁ」と小さくが呟いた。

「そのガジュマはアンタ等の従僕だろう?残念ながらこの屋敷には客の従僕の為の部屋は用意していないのだ」
「従僕なんかじゃありません!ユージーンは私達の仲間・・・!」
「わかりました。私は宿へ戻ります」



こんな子供の苛めのような発言に怒るようなユージーンではない。
スカラベを諫めようとするアニーを手で制して、帰ると言った。

「・・・だったらボク達も帰るよ。ねぇ?皆」

食事を期待していたマオも、ユージーンを追い出すのなら帰ると言った。当然、皆も同じ気持ちだ。

「・・・スージー。すまないが、俺達は宿屋に帰る」
「・・・えっ?あ、ならせめてお食事だけでも・・・」
「いいえ。遠慮しとくわ」

スージーの誘いをやんわりとヒルダが断る。スージーの後ろに居るスカラベの顔を一瞥して、続ける。


「貴方のお父さんの渋い顔を見ながら食事をする気にはなれないもの」

スカラベは無言だったが、表情が全てを語っていた。




『ガジュマはさっさと出て行け。そんな奴とつるんでいるお前等もいなくなれ』・・・・・・と。


その顔にマオとティトレイは一睨み返してから屋敷の出入口へと向かった。















ヴェイグ達が帰ってしまったのを見送り、屋敷の扉を閉じたのと同時にスージーはため息をついた。
彼等の帰り際、マオとユージーンに気にしないでくれと言われたが、あんな恩を仇で返すような事をしてしまっては気にもしてしまう。


「・・・お父様。あのヒト達は私の恩人なのよ?どうしてあんな言い方をしたの?」

訊ねても、スカラベは気に留めずにむしろ笑い飛ばした。


「それよりスージー。旅先で見つけてきた土産をやろう。きっと気に入るぞ」

応接間のソファにどかっと音を立てて腰を落ち着けたスカラベは扉に向かって「入って来い!」と声を上げる。
キィっと金具の軋む音と共に扉が開き、スカラベの座るソファまでゆっくりと『土産』が歩いて来た。


父の土産を見て、スージーは口を両手で覆い、目を大きく開いた。・・・驚愕したのだ。





スカラベの言う土産は、以前自分をカレギア城まで攫った女王・・・・・・アガーテだったからだ。
いや、カレギアの女王がこんな所に居るワケがないのだから、自分の目の前にいるヒトは『そっくりさん』なのだろう。


「スージー、このガジュマをお前付きのメイドにしてやろう。部屋に連れて行って好きなように使うと良い」
「え?そんな・・・私、メイドなんていらないわ・・・お父様・・・」


冗談じゃない。

毎晩女王に攫われた『あの時』を夢で何度も見た。悪夢だ。魘されて、苦しくて、夜中に目を覚ましたコトだって一度じゃない。
最近になってようやくそんな夢を見ることもなくなったというのに、こんなに女王に瓜二つのヒトを傍に置いたらきっとまた苦しむだろう。



スージーはそう思った。


困惑する愛娘に言い聞かせるようにスカラベは諭すように口を開く。


「まぁ、そう言うな。王の盾に捕らわれた時に味わった憂さをこの娘で存分に晴らしたらどうだ?」


そう言って、スカラベは笑みを深めた。


























スージーは屋敷の裏口からアガーテを出した。誰も見ていない事を確認してから、アガーテに言い聞かせる。

「・・・早く逃げなさい。この街はガジュマに良い感情を持ったヒトがいないの。ここにいたら何をされるかわからないわ。
 ジャンニ橋って橋を渡った所でガジュマ達が集まって住んでるから、そこへ行って匿ってもらうのよ。良い?」

「あの貴女は・・・?」


アガーテが声を出すと、ビクリとスージーは怯え、肩を揺らした。アガーテを見ないように目を伏せる。

「声までそっくり・・・・・・ごめんなさい。私、以前女王様に攫われたことがあるから、そっくりな貴女が怖いの・・・」


スージーは一度目を閉じてから屋敷の方を見た。アガーテを見ることなく、続ける。



「お父様には上手く言っておくから・・・・・・さぁ、行って!」




スージーに促されるままにアガーテはそっと歩き出した。

もう一度スージーが振り返った時、アガーテはいなくなっていた。


































「キュウリにジャガイモ、ニンジン、レタス・・・タマネギはまだあったから買い洩らしはないな」
「あぁ、大丈夫だ」


ヴェイグは食材の入った大きな紙袋二つを抱え直しながら、に答えた。
その様子を見て、が紙袋の一つをヴェイグから奪い取った。


「重そうだな。一つ持つよ」
「・・・すまない」
「気にするな」


結局スージーの屋敷で食事にありつけなかった一同は宿屋で食事をすることとなった。
ヴェイグとは食材の買い出しを頼まれて、現在はその帰り道である。

何でも、今晩の夕食はティトレイが腕に縒りをかけて作るポテトサラダらしい。




「・・・この街、気分が悪いな」
「・・・思念の影響だろう」

何となく、街中を見回して思う。
ラジルダほど刺々しくはないが、ヒューマとガジュマ間の差別はしっかりと表に出ていて息苦しい。
やはり、それもヴェイグの言う通り『思念の影響』によるものなのであろうが、だからと言って仕方ないで済ませたくはない。



「・・・・・・・・・・・・ホーリィ・ドールのことも迫害するのかな・・・?」
・・・」

まるで自分のことのように辛そうに眉を寄せたヴェイグに弁解するようにはすぐに口を開いた。


「・・・すまない。別にヴェイグを困らせるつもりはないんだ。何となく、思っただけで・・・」


そう言っては苦笑を浮かべた。話題を変えようと密かに頭の中で他の話題を探した。
しかし出てきたのは『早くベルサスに行かなければヴェイグの大切なモノが失われる』という彼をもっと不安がらせるもの。

それならば宿に着くまで黙っていようとは判断した。


沈黙を続けていると、今度はヴェイグが気まずくなってしまったらしい。
そわそわとしながら話に出来そうなものはないか辺りを見回した。


そこで、ヴェイグは見つけた。


抜け出すように、そっと宿屋を出て行くクレアの姿を。
そして、同時に思い出されるシャオルーンの言葉。






『急がないと君は大切なモノを失うことになる!』










俺の大切なモノとは・・・・・・・・・もしや・・・・・・・・・





「・・・すまない。先に宿に戻っていてくれ」
「えっ・・・あ、オイ!ヴェイグ!!」

ヴェイグはに持っていた紙袋を押し付けた。
いきなり大きな紙袋を二つも抱えることになってがよろける。
その拍子に袋からジャガイモがニ、三個落ちて地面を転がり出した。それを拾い集めることなく、ヴェイグは駆け出した。


「コラ、せめて拾っていけ!・・・この馬鹿!!」


文句を言うが、ヴェイグの姿はもう見えなくなっていた。





逃走を図ったジャガイモを何とか集め終わり、再び紙袋を抱え直したは真っ直ぐに宿屋へ向かった。
とにかく、一刻も早くこの重たい食材達から解放されたかった。

さぁ、宿屋はすぐそこだ。


思わず早足になっていた。




しかし、その足は宿屋の扉を開けようとした寸前で止まった。
もヴェイグ同様、あるモノを見つけたのだ。


宿屋の扉・・・つまり、のいる位置はスカラベの屋敷の門が一望できる。
その位置から何となく・・・とスカラベの屋敷の方を見たのだ。

そして、気づいた。門番と数人のガジュマが口論を繰り広げている。
スラム街に追いやられている筈のガジュマがこんな所に居るなんて珍しいな、と最初はそんな印象だけだった。


だが、一人のガジュマが代表して前に出てきたのを見て、目を見開いた。
まさかと驚き、その一人のガジュマを遠目ながら凝視した。後姿だけしか見えないが、にはわかった。





「・・・・・・・・・アガーテ・・・・・・」


思わず、呟いた。
宿屋の扉からスカラベの屋敷の門では相当な距離があるものの、見間違えることはない。



門番と口論しているのは・・・間違いなくアガーテだ。


・・・いや、正確に言えばあそこに存在しているのはアガーテの『身体』。
今『アガーテ』はクレアとして自分達と旅をしている。



クレアの『身体』にアガーテが居る。



だから、アガーテの『身体』に居るのは――――――――






「・・・・・・・・・ヴェイグの・・・大切な、モノ・・・・・・」




まるでの呟きに合わせるように、言葉の終わりと共にスカラベが屋敷から出てきた。
何かを言っているらしいが、あまりに距離があるために何を言っているのかはまったく聞こえない。


少し経つと、スカラベはアガーテを連れて屋敷の中へと入った。



「ぁ・・・・・・!」
「おっ、。食材買ってきてくれたか?」

「ティトレイ!後は任せた!」
「あ!?ちょっ・・・どうしたんだよ!!」


は宿から出てきたティトレイに、手に持つ紙袋を押し付けた。






ティトレイも、その拍子に食材をボロボロと落としたが、もヴェイグ同様拾い集めることなく走り去った。


探し物は何ですか見つけにくい物ですかの巻(オイ)

せめて落ちた食材は拾っていきましょう。ヴェイグも夢主も。

初プレイ時、スカラベからユージーンを真っ先に庇ったのがアニーだった時
成長したな・・・と何だか親のような心境になりました。良かったね、ユージーン。

スカラベさんの中のヒトは工場長と同じヒトなのでそれを意識すると何か笑える。
私はスージーちゃん好きですvサニイタウンで布被って震えていた所で胸撃ち抜かれた。