ベオ平原に聳え立つ塔は山よりもずっと高い塔だ。

そんな塔が何故今まで見つからなかったのかといえば、それはノルゼン地方を常に覆う厚い雪雲が原因だ。
黒く厚い雪雲は空を覆い、山の上から覗いていた塔の姿を見事に隠してしまっていたのだ。




塔の入口で、やはり聖獣の声が響いていた。声の主は聖獣ウォンティガというらしい。



ウォンティガもイーフォン同様、『決意を示せ』と言った。
別に拒否をするつもりはなかったが、二つ返事でティトレイがさっさと承諾してしまった。


彼の様子にやれやれと肩を竦めつつも、さぁ、塔を上ろうと足を進めたヴェイグ達の中で一人、壁の一部を見つめたまま動かない者がいた。


・・・だ。

彼女の顔は普段の無表情を崩して青ざめ、目を大きく開いて固くなっていた。






・・・どうした?」


彼女の不自然さに気がついてヴェイグが声をかけるが、その声に反応さえ返さない。
一体何を見ているのだろうと不思議に思って、視線をから彼女の見ている『モノ』に移す。


見ているモノは壁。しかしただの壁ではない。

外は雪景色で中は冷風が入り込む寒さだ。当然壁は硬くて冷たい。
しかし何故か一点だけ・・・そんな氷のような壁に逆らって蔓草が生えている場所があった。

蔓草は既に生気を失い枯れているが、以前は何かに絡みついていたのだろう。人一人分ほどの空間を開けて絡まり合っていた。





「・・・何でこんな所に植物が・・・」
「・・・・・・知っている」
「・・・?」

ふと呟いたを再び見やれば、感情があまり豊かではない彼女の顔は完全に驚愕を表していた。
ゆっくりと、どこか危ない足取りで蔓草に近づき手を伸ばす。

カサカサに枯れている蔓草は彼女が触れるだけで、パラパラといくつか壁から剥がれ落ちた。





恐る恐るマオが訊ねる。


・・・何を知ってるの?」


は声を戦慄かして答えた。








「・・・私は・・・ココを知っている・・・・・・コレを知っている・・・・・・・・・・・・私は、『ココ』に・・・居た・・・」














その言葉に、今度はヴェイグ達が驚愕した。すぐに平静を取り戻して、ヒルダが問う。


「ココに居た!?どういうことなのよ・・・だって『ココ』は―――」



「聖獣の塔なのよ」。そう言いかけて、口を噤んだ。

聖獣と何かの繋がりを持っているならあるいは―――そう思ったからだ。






しかし、は困ったように眉を寄せて目を逸らした。


「・・・分からない・・・分からないけど、私は最初にココで眠っていたんだ・・・・・・ずっと・・・」
「何故眠っていたんだ?」

ユージーンに問われて、は一生懸命記憶を探った。
それでも結局分からなかったようで、しばらくしてから「すいません・・・」と小さな声で謝った。

慰めるようにヴェイグが彼女の肩に手を置いた。


「無理に思い出さなくても良い。・・・完全に目覚めるのを待つんだろ?」
「あぁ・・・そうだな」


苦笑を浮かべるの頬にハープが擦り寄った。「元気を出して」と言うかのように。



「完全に目覚めるのも近いって感じだな・・・ま、とにかく今は聖獣だ!」








ムードメーカーのティトレイがいつもより大きく声を張り上げた。

































ウォンティガが選んだのはアニーだった。
アニーも、ティトレイやマオのように『何か』を見た。

ティトレイが見たのは『虚像』 マオが見たのは『出生』・・・アニーが見せられたのは『真実』だった。
ようやくユージーンに心を開き、寄せ始める事が出来たアニーには残酷な真実。





ユージーンが自分の父親を殺したという真実。





『聖獣に見せられる真実』の中のユージーンはアニーの父、ドクター・バースに深々とナイフを突き刺す。
そしてアニーに向かってまるで獅子の咆哮のように猛々しく叫ぶ。


『俺がバースを殺した!どうだ憎いか!?さぁ憎め!俺を恨めっ!!』


獅子のように猛々しいのに、挑発の様な自虐の様な悲しい音。
その声にアニーは叫び返した。



「できません!貴方だって・・・お父さんを殺してしまった時・・・失ってしまった時に苦しかったのに
 その苦しみを貴方に全て押し付けて自分だけ逃げるなんて・・・できませんっ!!」



『どうしてだ?・・・今までみたいに恨めば良い。
 そうしたらお前は楽になる。隊長は永遠に苦しむ。肉親を奪った者には最高の罰じゃないか?』



フッとユージーンの傍らにが現れた。冷たい紅色の瞳を細めて笑う。
笑みを浮かべながら、鞘から双剣を抜き出して刃をユージーンに向けた。


『それともお前の代わりに私が殺してやろうか?・・・大丈夫。私はホーリィ・ドール。お前達とは違う存在だ』


言い終わってから向けた刃を躊躇い無く真っ直ぐにユージーンへ振り下ろした。





・・・しかし、刃が彼の身体を切り裂くことはない。

鋭い刃は、二人の間に入ったアニーの杖に受け止められていた。



「違う・・・!違いますさん!!」
『・・・何がだ?』


の冷たく光る紅い瞳が怖い。

それでも、アニーは怯まなかった。




「ユージーンを殺せば良いというのも、貴女が違う存在というのも・・・全部です」


刃と杖が強く擦れ合ってギチギチと鈍い音が響いた。



「確かにユージーンはお父さんを殺したかもしれない・・・貴女は私達と何かが違うのかもしれない・・・
 でも、それでも命に色はないから!私もユージーンも、貴女も同じ命だから殺すのも、違う存在というのも間違ってます!」


『・・・・・・・・・私が、同じ?』
「はい。例えヒューマでもガジュマでも・・・ハーフでもホーリィ・ドールでも命は同じです!そこに違いはありません!!」


力の弱まったの刃を、アニーは渾身の力で押し返した。
そのまま、ユージーンとに手を差し出した。





「私達は『同じ』なんです・・・・・・だから、もう苦しまないでください。ユージーン、さん・・・」



























「アニー、大丈夫か?アニー!」

力強く自分を呼んでくれる声でアニーは我に返った。

最初に見たのはユージーンの穏かな顔だ。
自分に呼びかけてくれたのはユージーンだったらしい。彼に握られている手が温かい。


大好きな父の様に自分を包み込んでくれる優しいぬくもり。
こんな温かいモノを今まで拒絶していただなんて勿体無い事をしていたものだと心の内に呟いて、アニーは初めて彼に向かって笑みを浮かべた。





「はい、もう大丈夫です。・・・ありがとう、ユージーン」


























塔の最上階の部屋の中心で、大きな竜巻が蠢いていた。
何人も寄せ付けないかのように渦巻く風はまるで以前のアニーの姿のようだ。

他人を拒絶する竜巻に恐れることなくアニーが近づけば風は弱まり、そよ風のように穏かなものへと変化した。



その風の中からふわりと仮面をつけた白虎が現れた。白虎は仮面の隙間から覗く瞳で優しくアニーを見つめる。


『アニーよ、よくぞここまで来た。私はウォンティガ・・・風の聖獣だ』
「ウォンティガ・・・」


名前を呟くアニーに、ウォンティガは頷く。





『ここに至るまでに私が君に見せたものは全て事実だ。・・・・・・だが、君の決意に揺らぎは感じられない・・・何故か?』
「・・・命に色はないと言ったお父さんの思いが、やっとわかったような気がするからです」

一呼吸置いてから、アニーは言葉を放った。





『父の思いか・・・君の信じる父親が何をしたのかを知っても、同じ事を言えるのか?』


意味が解らないと眉を顰めるアニーを見て、ウォンティガが目を伏せる。







『・・・君に見せよう。君の父親の事件の全てを。・・・・・・コレが最後の試練だ』





ウォンティガの言葉が終わるか終わらないかで、アニーの身体は白い光に包まれた。


































ユージーンとドクター・バースがカレギア城の客室の一つに篭って話をしていた。
談笑・・・ではない。二人を包む空気はまるで鉛のように重たい。


『・・・お前は陛下の病を未知のモノだと言った。・・・だが、それだけでは説明できない不審な点がいくつもある』


ユージーンの言葉に、バースは眉を顰めた。



『すると何か?お前は私が嘘の診断をしたと言うのか?』
『・・・俺はお前を信じたい。・・・・・・だからこそお前に直接尋ねているんだ』
『私は・・・私はラドラス陛下をお救いしたかった!だが・・・だができなかった・・・!陛下は、陛下は・・・・・・』


バースの左手は悔いのあまりの悲痛な拳。

しかし、白衣のポケットに突っ込まれていた右手が外へと出た時、
右手と一緒に出てきたのは頑丈なガジュマの身体でも貫けそうな太い刃を持ったナイフだった。




ナイフを取り出したのと同時に、バースはニヤリと不吉な笑みを浮かべた。



『・・・陛下は、邪魔だったんだ・・・』
『バース・・・!?』






驚くユージーンを他所に、バースはナイフで左手を叩きながら部屋の中を歩く。
一歩一歩踏み出すごとにパンパンと軽やかな音が静かな部屋に響き渡る。



おおよそで部屋の中を一周した後、バースは大きく両手を広げた。


『お前の想像通りさ!私が陛下に毒を盛ったんだよ!』
『バース・・・やはりお前が・・・』
『「やはり」ではなく「まさか」だろう?親友じゃないのかね!?私達は!!』

ナイフを両手で握り、ユージーンに突進した。ナイフの柄を二人で持つような形になってユージーンが止める。

『親友だろう?ユージーン。親友の手にかかって死ねぇっ!!』
『やめろバース!やめるんだ!!』


太い刃が上へ下へ右へ左へと浮遊する。
バースの力はこんなに強かっただろうか?他人事のようにユージーンは思った。


『バース!やめろ!!バースっ!!』



突然、浮遊していた刃が一つの場所に留まった。







・・・刃が身を落ち着けた場所は、バースの腹だった。



バースの血がナイフを伝ってユージーンの手を濡らす。
黒い毛皮に覆われている手は真っ赤にはならないものの、ぬめりと擬音を立てそうな血液独特の感触をユージーンに伝えた。



太い刃に腹を抉られたバースの身体が崩れ落ちた。




『バース!』
『ぅ・・・うっ・・・私は・・・・・・一体・・・』

先程の荒々しさを失って、弱々しく呟いた。まるで別人だ。

『・・・・・・そうか・・・私がラドラス陛下を・・・・・・・・・そうなんだな?』


バースの問いに、ユージーンはただひたすら首を横に振る。
確かに陛下に毒を盛ったのはバースだ。しかしバースはそんな事をするヤツではない。






・・・・・・・・・では誰なんだ?




『・・・あとは頼んだぞ・・・・・・アガーテ様を・・・アニーを・・・』
『・・・ダメだ!死ぬな!頑張れ!目を開けるんだ!!バース!バース・・・!!』



ユージーンの必死な呼びかけに応じることなく、バースは目を閉じ、親友に伸ばしていた腕を落とした――――――
























『・・・・・・これを見ても君は父を信じることはできるか?命に色はないと言えるのか?』


全てを教えてくれたウォンティガが、再度問う。『真実』を見たアニーの顔は不思議と穏かだった。


「・・・私の答えは変わりません」

真っ直ぐにウォンティガを見据えて、言う。


「命に色はないと言ったのはお父さんです。でもその言葉の意味に気づかせてくれたのはユージーンでした。
 お父さんが死んで、私は全てのガジュマを憎んで、呪った・・・関係のないヒトまで傷つけて、苦しめてきました・・・」



ふと、ミーシャを思い出す。彼も傷つけてしまったガジュマの一人だ。



「・・・それなのに、ユージーンは何度も何度も私に手を差し伸べてくれたんです。・・・こんな私に。
 確かにユージーンはお父さんを殺してしまったかもしれない・・・とても悲しいけれど、でも、彼の・・・ガジュマの身体の奥に見えたのは私と同じ命でした」


後ろに控えているユージーンを見つめる。ユージーンは黙ったアニーを見ていた。
『アニーを信じている』・・・・・・見ることも聞くことも出来ないがユージーンがそう思っていることが、アニーにはわかった。




「・・・それは目に見えるモノではない。でも『真実』なんです。・・・私が見つけた真実なんです。
 ・・・・・・だから、今は目に見えないけれど、ヒューマとガジュマはわかり合える。私はそう信じます」




アニーの瞳に宿るのは暗い復讐の炎などではなく、強い強い決意。
ウォンティガは満足そうに目を閉じた。



「だから、私に力を貸してください。ウォンティガ」
『・・・よかろう、アニー。君に私の力を与えよう。・・・・・・フォルスを』





アニーのフォルスに強く、しかし温かい風が吹き込んだ。




















「・・・アニー?」

ウォンティガとアニーの一通りの会話が終わり、ティトレイが声をかける。
ゆっくりと振り返ったアニーはどこか儚げな微笑を浮かべてから、床に倒れた。



「アニー!」

誰よりも早くユージーンが駆け寄りアニーを抱き起こした。


「大丈夫か!?アニー!」
「・・・はい・・・大丈夫・・・・・・少し、疲れちゃって・・・・・・・・・」

俯いていたアニーが顔を上げた。それは本当に聖獣に決意を語っていた強い瞳と同じだろうか。
ユージーンを見つめるアニーは弱々しく涙を流していた。・・・何処にでも居そうな15歳の少女のカオだった。


「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ユージーン・・・・・・貴方は何も悪く、ないのに・・・私・・・・・・」
「アニー・・・」
「・・・ごめんなさい・・・・・・!」


アニーは涙を瞳から溢れさせながらユージーンに抱きついた。
ただただ謝罪の言葉を放ち続ける。


ユージーンは泣き崩れる目の前の少女の懺悔をやめさせようとして、頭を一つ撫でた。
小さな両肩を傷つけぬようにそっと触れて、見つめ合えるように少し距離を開けて真っ直ぐに向かい合った。


「アニー、俺と一緒にあの事件の真実を探そう」
「え・・・?」

きょとんとしてアニーに柔らかく微笑を向けて、ユージーンは続けた。


「俺達の知っているバースは理由もなくあんな事をする奴じゃない。・・・目に見えるモノだけが真実ではないんだろ?」
「・・・はい!」


涙を拭い去ったアニーは強く頷いた。

ようやくわだかまりが解けた二人に安堵の息を洩らしつつヴェイグ達は二人の様子を見守っていた。
マオがユージーンとアニーの元へ行こうと足を進める。



「良かったね!ユージー・・・・・・大変!大変だ!!」

言いかけていたマオは言葉も足も止めて、突然大変だと叫んだ。



「どうしたんだマオ!?」
「・・・違う・・・・・・コレは・・・マオじゃない・・・」


『マオ』と呼ぶヴェイグをは静かに否定した。はこの声を知っている。






この声はカレギア城で私に話しかけてきた蒼色の球体の声だ。




『ボクは聖獣シャオルーン!詳しい話は後だよ!今すぐベルサスに向かうんだ!!急いで!!』
「どういうことだ・・・?」


困惑するヴェイグにマオ・・・ではなく、シャオルーンは言った。




『ヴェイグ!急がないと君は大切なモノを失うことになる!後悔しないためにも・・・急いで!!』


言うだけ言って、シャオルーンはマオの身体から消えた。
後に残ったマオはパチパチと瞬きを繰り返している。・・・マオは大丈夫なようだ。



「・・・びっくりした・・・・・・何だったんだろ今の・・・」
「大丈夫か?マオ」
「うん・・・平気だよ、ティトレイ」


「・・・聖獣の言葉が気になるな・・・早くベルサスへ行こう」


マオの状態が無事であることを確認して、すぐにユージーンが言った。





ヴェイグの大切なモノとは一体なんだと言うのか。


真実を感じるの巻。

後半夢主が空気だった・・・(笑)
ウォンティガの聖殿で夢主は眠っていたのです。何故?どうして?というのは後々わかります。
すいませんまたじらします。orzいい加減にしとけ自分。

聖殿の中で眠っていた夢主が目を覚まして、外に出て、フラフラとアテなく彷徨っていた時に
ハープちゃんが足下に来てキィと一声(鳴き)声をかけてくれたのです。
そこから夢主とハープちゃんの友情がスタート。このコンビが好きです。

ヴェイグとザピィに負けないくらいに夢主とハープのコンビを頑張りたい。(何張り合ってるんだ)

次回はようやくのベルサスですね。ゲームの半分くらいは行ったかな・・・?