心を失い潜在能力を剥き出しにした漆黒の翼は強かった。


ギンナルの素人じみていた剣技はサレにさえ匹敵するのではないかと思うほど素早く、ヴェイグと互角に亘った。
ドルンブの剛力は『怪力』となり、ユージーンとティトレイを同時に吹き飛ばした。
ユシアの導術も数段に強くなり、マオとヒルダの導術を圧倒した。


かなり苦戦しつつも、ヴェイグ達は何とか漆黒の翼に勝利した。
アニーやの援護がなければ負けていたかもしれない。





『ご苦労様、。ここまで連れて来てくれて』


・・・先程サレが残した言葉と矛盾しているに何とも形容し難い思いを胸に秘めながら、
ヴェイグは気絶したギンナル達が目覚めるのを待った。























「うっ・・・・・・・・・・・・オレ様達は一体・・・?」

そう言ったのはギンナルだが、他の二人も同時に目が覚めたようで、唸りながら起き上がった。



「大丈夫?・・・君達はサレに操られて戦いの道具にされていたんだよ」

マオに今までの経緯を伝えられたギンナルの顔は、己の髪に負けないくらいの青さ。
彩るその青が表すのは「絶望」の二文字。

上司に手駒扱いされた挙句、見捨てられたことに大きなショックを受けたようだ。



「・・・もうこのくらいにしておけよ。お前らには人殺しはできねぇ。兵士には向いてねぇんだよ」
「そ、そんなコト無いわっ!」

ティトレイの言葉をすぐに否定したユシアは、静かに首を横に振ったの姿を見て、黙った。



「お前達がサレ様のなさるような事、出来るとは思わない」


冷たい言葉とも取れるの言葉。
しかし実際は漆黒の翼達の性格や実力を考慮した上での、彼女なりの労いであることをこの場にいる者全員が理解した。




勿論、漆黒の翼も。


理解したからこそ、漆黒の翼は滝のように涙を流した。
「畜生・・・畜生・・・」と唸りながらギンナルは床を殴る。


あのヒトはまた同じ事をしたんだな・・・と心の内で呟きながらは静かにその姿を見下ろした。




「一生懸命やってるのに・・・必死でやってきたのに・・・どうして何もかもダメなんだっ!!」
「ギンナル・・・アタイ悔しい・・・悔しいよぉ・・・」

ギンナルに共鳴するようにユシアが泣きじゃくる。ドルンブに至っては喋ることが出来ないほど、号泣している。




「・・・かくなる上は・・・我らの取る道はただ一つ!」


止まらぬ涙と鼻水を無理矢理抑え、三人がゆっくりと歩んだのはこの天空の塔の端。
手摺なんて優しいものはついていない。少し飛び出せばあっという間に雲で見えぬ地面に辿り着くだろう。


正しくは『辿り着く』ではなく『落ちる』だが。





「まさか・・・よせ!!」
「漆黒の翼の最期を見よ!!」

最悪の展開を予測して制止の声を上げたヴェイグに返すのは遺言。





三人は『漆黒の翼』の名の如く、鳥の様に大きく飛んだ。












彼らの浮いた身体が華麗に着地したのは見えない硬い地面ではなく、ヴェイグ達も足をつけている塔の床。




何故か?名の如く黒き翼が三人を救ったか?






・・・いや、違う。






何てことは無い。ただ彼らがその場で飛び跳ねただけだからである。













思わず口を半開きにして呆けるヴェイグ達にギンナルは爽やかに言う。


「たった今、我らは死んだ・・・そして生まれ変わった!更に、王の盾との決別をここに宣言する!」



先程の涙顔は何処へ行ったのか。
完全に吹っ切れて立ち直った三人はビシリとポーズを決めた。



「どんなにカッコ悪くても、どんなに情けなくても・・・この命ある限り・・・我らは我らの道を進むまで・・・」


ポーズを変えてギンナルは言った。


・・・正直に言うと、言ってることはカッコイイが、ポーズはダサい。






「さらば諸君!!漆黒の翼は永久に不滅なのだ!!」


新たに生まれ変わった三人は大きな笑い声と共にネレグの塔を去って行った・・・・・・。
















漆黒の翼が去って、後に残るのは嵐が過ぎ去ったような静けさと、仲間の裏切りがあったのかという疑念。



「・・・・・・

その疑念の答を知るためにヴェイグが代表して声を掛けた。
は何を考えているのかも判明できない無表情で抑揚無く声を出した。


「もしかしたら・・・という気持ちだけだった。だったら言う必要もないと思ったし、聖獣の手がかりなら、行くまでだと思った」
「それなら・・・!」


彼女の言葉に反論しようとしたヴェイグを遮ったのは遠くを指差したアニーだった。



「アレを見てください!」


アニーが指差す先には、ネレグの塔以上に高く聳える塔が見えた・・・。



























ネレグの塔でアニーが見つけた塔は、ユージーンが言うにはベオ平原の辺りに存在しているらしい。
ベオ平原は周囲を高い山々が囲んでいるために陸路では近づけない。

ノルゼンで船を借りて塔に近づこうと言うユージーンの意見を呑み、ヴェイグ達はノルゼンへ引き返した。


しかしヴェイグ達がネレグの塔へ行っている間に、ノルゼンはラジルダの時と同様にカレギア軍に占拠されてしまっていた。










「あ、おかえりヴェイグ、アニー。・・・どうだった?」

ノルゼンの宿屋のロビーにヴェイグとアニーが入ってきた。

二人を迎えたマオが「どうだった?」と訊ねる。
その質問は港で船を借りることは可能なのか?ということだ。


「・・・ダメだ。港もカレギア軍に占拠されていて、船は出られないそうだ」
「・・・そっか・・・どうしようか?」

言いながらマオはユージーンを見る。「ふむ」と一つ唸るユージーン。




「他に船と言えば・・・ラジルダ港しかないな」
「うぇー―――――!?また戻るのーっ!!?」

マオの叫びが宿屋中に響く。
その大きな声に何事だといくつもの宿の扉が開いて宿泊客が次々と顔を出した。



「・・・マオ、うるさい」
「すいません!何でもないんです!!ご迷惑をおかけしました!」


慌ててアニーが謝ると、騒がしい奴らだと不快げに眉を寄せながら客達は各々の部屋へと帰っていく。

その一斉の行動からズレて、一室の扉が開いた。
そこから、ヒョコリと可愛らしいガジュマの少年が顔を覗かせる。

少年は他の客と同じように大声の発生地であるロビーを見渡した。


その少年もまた迷惑げな顔をして部屋に戻るかと思えばそうならず、
それどころかヴェイグ達の元へ歩み寄って行き、笑顔で彼らに声を掛けてきた。




「皆さん!お久しぶりです!!」


声を掛けてきた少年に誰だ?と首を傾げたのはティトレイとクレアとヒルダのみ。
少年に負けんばかりの笑顔になってマオも返す。

「ミーシャ!こんな所で何してるの?」
「カレギア軍の要請でこの街に来たんです」

ミーシャと呼ばれた少年はもう一度ニコリと笑って言った。



「ではキュリア先生も一緒なのか?」
「はい!今はあの一室を使って臨時の診療所を開いているんです」


「・・・なぁ、軍の要請なら船のこと・・・掛け合ってもらえるんじゃないか?」

そうヴェイグに声を掛けたのはだった。
彼女の提案に肯定も否定もすることなく黙ってしまったヴェイグの代わりに、傍らで聞いていたマオが頷く。


「うん、迷惑かけちゃうけど仕方ないよね。ミーシャ、キュリア先生に頼めないかな?」

すぐに快く、ミーシャは頷いてくれた。

「わかりました。先生ならちょうど部屋で休まれてますから、どうぞ」




















ヴェイグ達はキュリアにこれまでの経緯をすべて話した。
船の事を掛け合う代わりに・・・という事なのだそうだ。


思念の事、聖獣の事。
事情を何も知らぬキュリアには信じがたい出来事ばかりであろう。

しかしキュリアは動転する事も無く冷静にヴェイグ達の見てきた事を受け入れる。
そして、話を聞き終えてからため息を一つだけ吐き、眼鏡を掛け直して気分を落ち着かせた。



「・・・そう。何だか信じられない話ばかりだけれど・・・わかったわ。軍に掛け合ってみる」
「よろしくお願いします」

ユージーンが礼を述べるとキュリアは軽くはにかんでから、ミーシャに後の事を頼んで部屋を出て行った。
















・・・キュリアが部屋を出てしばらくすると、扉から少し力強いノックの音が響く。
それにミーシャが応答し扉を開けると、入ってきたのはカレギア軍のガジュマ兵だった。



整った毛並みや光沢の出た鎧がガジュマ兵の真面目な性格をよく現している。






「失礼致します。・・・こちらにユージーン・ガラルド隊長がいらっしゃると聞いて参りました」
「・・・俺に何か用か?」

ガジュマ兵はユージーンを発見すると、ピシッと何とも軍人らしい整った敬礼を彼に向けた。


「いえ・・・自分の目標である隊長がいらっしゃったので、一言ご挨拶を申し上げたくて参りました」


ガジュマ兵はそう言って少し目を伏せた。悲しげに残念そうに。





「・・・隊長の下で国を守ることが出来ず、残念であります。・・・あの事件さえなければ、隊長は―――」




あの事件。


その言葉に食いついて、アニーは掴み掛からんばかりの勢いでガジュマ兵に詰め寄った。
・・・尤もガジュマが嫌いな彼女が実際に掴み掛かるわけは無いのだが。




「貴方、お父さんの事件の事を何か知っているの?」
「・・・隊長、この子は・・・?」

突然現れた小柄な少女を不思議に思ったガジュマ兵はユージーンへと訊ねる。
言い辛そうに眉を寄せながら渋々、ユージーンが口を開く。





「・・・・・・ドクター・バースの娘だ」


返ってきた答えを耳に収めると、ガジュマ兵は目を大きく開いて驚愕しアニーをもう一度見た。
しかし、すぐにその視線を逸らして気まずそうに言う。

「・・・余計な事を・・・失礼致しました・・・・・・では、私はこれで・・・」



逃げるように去って行こうとするガジュマ兵を追ってアニーは声を掛ける。
その腕を掴んで引き止めようとして、躊躇った。

腕を掴む代わりとばかりに畳み掛けるようにもう一度言葉を放った。



「待って!事件の事を聞かせて!!どうして父は殺されなくてはならなかったの!?」


アニーの問いに困ったガジュマ兵はそっとユージーンの方を見る。



静かにユージーンは首を振った。


「どうして!?どうして教えてくれないの!?ガジュマ同士で庇い合うつもり!?」
「オイ、やめろってアニー・・・」


二人を強く睨みつけるアニーの肩にティトレイが静かに手を置くのと、放たれた言葉にガジュマ兵が反応したのは同時だった。


「庇い合う・・・?何を言っているんだ?隊長はむしろドクターを庇って・・・・・・ドクターがラドラス様を・・・っ!」
「よせっ!!」

ユージーンの強い制止の声がその場の空気を鎮めた。慌ててガジュマ兵は失言しかけた口を閉ざす。



「も、申し訳ありません!・・・・・・・・・ですが、これだけは言わせてください隊長。
 ・・・・・・今でも貴方の事を信じている者は多くいるのです」




ガジュマ兵は「どうか忘れないで下さい」と呟いてからもう一度整った敬礼をして、部屋を去った。
ネレグの塔の時のような気まずい空気が再び一同を取り巻く。


この空気を変えようとマオが声を出した。

「ね、ねぇ!キュリア先生遅くない?ちょっと辺りを捜しに行こうよ!」
























キュリアを捜すためにしばらく街を歩いていた。だが何処にも彼女は見当たらない。
港まで行ったのだが、その道のりにキュリアはいなかった。



「・・・何処に行ったんだろうなハープ」

の呟きに答えるように、彼女の肩からはハープが、ヴェイグの肩からはザピィがそれぞれ飛び降りた。
二匹はヴェイグ達について来いと言うかのように一声鳴いてから走り出した。


「ハープ、ザピィ!」
「ん?アッチって港とは全然逆の方向だぜ?」
「そうだけど・・・行くだけありじゃない?」


ヒルダに頷いて、ヴェイグ達は二匹を追った。
















ザピィとハープがヴェイグ達を導いた場所にはキュリアがいた。しかしそれだけではない。


キュリアの足下にはヒューマ、ガジュマを問わない十数人ものヒトが倒れていた。
皆それぞれに大小問わない怪我を負っていて、白銀の地面を真っ赤に染め上げている。




ユージーンは倒れているヒトの中に、先程のガジュマ兵を発見して抱き起こした。
怪我の痛みに呻きながら、ガジュマ兵が口を開く。


「・・・・・・隊・・・長・・・」
「しっかりしろ!何があった!?」

今までずっと足下の怪我人達を介抱していたキュリアが、ガジュマ兵の代わりに答える。







「バイラスの群れに襲われたのよ!ケンカしてる所を襲われて、止めに入った兵士も一緒に・・・!」

手当てをする手は止めずに、キュリアはヴェイグ達の方を振り返った。


「突っ立ってないで手伝って!!重傷の患者から先に宿屋に連れてってちょうだい!」
「あぁ、わかった!」
「・・・軽傷の奴らは私に回せ。治癒術をかける」


の言葉にヴェイグは眉を寄せた。


彼女の治癒術とは、つまり『血のフォルス』の開放。

血のフォルスは誰かの血を使うが、治癒術となれば使用される血は限定してゲオルギアスの血を流すの血となる。
怪我人を救う度にが傷つくのは容易に想像出来た。


「しかし・・・・・・」
「・・・私は大丈夫だ。だから早く運べ」


は苦笑しながらヴェイグに告げて、次にクレアの方を向いた。



「クレア、お前は先に宿屋に戻ってミーシャと治療の準備をしろ」
「は、はい!」

に言われ、クレアは宿へと駆け出した。


















治療の準備が整ったミーシャがキュリアの元へと走ってきた。

「宿の部屋がいっぱいになっちゃったので民家をお借りしました。他の皆さんはそれぞれに怪我した人達に付き添ってもらってます!」
「そう、わかったわ」


キュリアは真剣な眼差しでアニーを見据える。思わず、アニーの身体が引き締まった。


「アニー、この街には私達以外に医者はいないわ。手分けして、患者を診るのよ」
「・・・えっ・・・私が・・・・・・?・・・でも・・・私は・・・・・・ガジュマを・・・」


『治療できるか分からない』そう言いかけるアニーを無理矢理キュリアは遮った。


「いい?貴方が手当てするのは患者よ、患者なの!ヒューマでもガジュマでもない怪我をした患者なの!・・・わかるわね?」
「・・・患者・・・・・・」


不安がるアニーの肩を、優しくヴェイグが叩いた。



「・・・は命がけで治療をしている。俺達も出来る限りの手伝いをする!お前が頼りなんだアニー!行くぞ!」
「は、はいっ!」



ヴェイグのどこか焦ったような勢いに押され、アニーは返事をした。


アニーがんばれの巻。

初プレイ時はあんまり好きじゃなかったですアニー。
アニーのお門違いと言うか偏見と言うかの恨みが・・・そんなにユージーンいぢめるなよーと。
二周目三周目とやり込んだらアニーが可愛くなって仕方が無かった。可愛いよこの子。

ヴェイグさんは悶々中。夢主に不信と心配の両方を抱いてます。ヴェイグさんも頑張れ。
再び羽ばたいた漆黒の翼も頑張れ。

・・・何か今回の話頑張ればっかりだな・・・。