はらはらと舞い降る無数の淡雪は木々や屋根を問わず白く染め上げる。

その光景を眺め、まるで子供のようにはしゃぎながら駆け出していくティトレイに
苦笑を一つ浮かべながら見守る一同は、ノルゼンの銀世界を肌で感じた。






ヴェイグ達がキョグエンから目指し、ようやく辿り着いたノルゼンは『白銀郷』だった。


ノルゼンは年間の大半が雪に覆われていて、夏はすぐに過ぎ去ってしまう街である。
空は常に黒く厚い雲が覆って黒い世界を作り、地は黒い世界からの贈り物である『雪』によって覆われて白の世界を作り上げる。


対照的で、美しい黒と白の世界をノルゼンは合わせ持っていた。





「・・・帰って来たな、ハープ」


舞い降りる空のプレゼントをその色に負けない程の白さをした掌でそっと融かしながら
は肩に寄り添うハープに呟く。







―――『ノルゼン』



ここは白銀郷であると同時にハープの故郷でもあり、の一番古い記憶のある、言わば『始まりの地』である。







彼女が憶えている中で一番古いのはココ、ノルゼン。

ふと気がついたら、彼女は雪を踏みしめながら何処に行くでもなく歩き回っていた。
右手にホーリィ・ドールの命とも言える『契約の首輪』を持って、何も考えずにただひたすら銀に混じり歩いていた。



・・・ハープが近寄って「キィ」と一声鳴くまでずっとずっと。









「・・・・・・何故私がここに『いた』か、わかるかもしれないな」

ノルゼンが聖獣の地であるならば、ホーリィ・ドール『』のコトを聖獣と同時に知ることが出来る。



・・・何故か、そんな気がした。









そんなの考えを無理矢理中断させるように、マオが腕を引っ張った。
大して痛くは無いが、意識を現実に戻すには充分の力で。




「ねぇねぇ、あの家に『幻の庭』の事を訊きに行こうよ!」

マオが指差す先には屋根の雪掻きもままならぬ一軒の民家が静かに雪の中に佇んでいる。
窓からぼんやりと光が漏れているからヒトは居るだろう。




・・・まぁ、聖獣に会えなければ意味は無いのだし。今は聖獣の情報を集めるのが先決か。

そっと心の中でそう呟いてから、マオに従って民家に向かって歩いて行った。












マオに続いて民家の扉をくぐり抜けると、「熱い」「痛い」などの感覚に鈍いも身体がすぐに火照った。
暖房設備が優れているノルゼンの家の構造の賜物だろう。



すぐに民家の主人が愛想良くマオ達を迎えてくれた。



「やぁ、いらっしゃい。何か御用かな?」


そう言いながら主人はにこやかにマオとの顔を見る。


その時、ほんの一瞬だけだったが、はこの主人に違和感を感じた。
具体的ではないが「おかしい」と思った。


危険信号のようにも感じたそれに、自然と身体が強張る。




「こんにちは!ボク達、『幻の庭』ってものを探してるんだけど、何か知ってませんか?」

の様子に気づかずに、マオは訪問した本題を主人に訊ねた。



「幻の庭・・・ねぇ・・・・・・」

主人は右手を口元へ持っていき、顎を摘むようにしながら頭を捻る。


その仕草を見て、の中でひとつの予想が生まれたことに、誰が気づいただろう。




考え込んでいた主人はやがて思い立ったことがあったらしく、自然と俯いていた顔を上げた。


「・・・・・・う〜ん、もしかしてネレグの塔のコトかな?」
「ネレグの塔?」

聞き返すマオに主人は肯定の意を込めて軽く頷く。


「うん。ネジャナ半島にある古代の人々が造ったって言う塔さ。そこの天辺には空中庭園があるって聞いたことがあるよ」
「『雲海にそびえし古の塔』ともぴったりだね、
「・・・え?・・・・・・ぁ、あぁ・・・」

じっと主人を見つめていたは、少し反応に遅れながらもマオに返事をした。


「やっと見つけたネ!目指すはネレグの塔だよ!!」
「・・・参考になったかな?」
「うん!貴重なお話、ありがとう!!」

マオが礼を述べれば、主人はハハッと短く笑いながら気にするなと軽く手を振った。



「いやいや、気をつけてね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



優しく微笑む主人の顔を訝しげにはずっと見つめていた・・・。





























目的地を『ネレグの塔』と定めたヴェイグ達は宿屋で一晩を明かした。
早朝に出発すると、ユージーンが決めたからだ。


だが、その本人の姿を今朝方から見かけない。

最初は買い物か散歩かと大して気に留めてはいなかったが、彼の帰りを待っている現在の時間は太陽が空の真上まで昇るほど。
さすがに心配になったマオが捜しに宿を飛び出していった時間でさえ、もうじき二時間になる。



「何処行っちまったんだろうな、ユージーン」
「散歩に行くって言ってからもう随分経つわよ」


仲間の安否を心配するティトレイとヒルダの会話を割ったのは、部屋に飛び込んできたマオだった。

傍らにユージーンはいない。まだ見つけてはいないようだ。




「皆!コレ見て!!」

ここに来るまでずっと走ってきたのだろうマオは喘ぎながらも
両手に抱え込むように出現させたフォルスキューブをヴェイグ達に見せた。

普段一定の間隔で廻っているキューブが激しくフォルスに反応して高速回転していた。



強い能力者が近くにいる証拠だ。





「まさか・・・四星!?」
「・・・サレ様・・・・・・?」


『まさか』と言う口調にしてはやけに確信づいているの言葉には、誰も気づくことが無かった。




「街の外だよ!行こう!!」

駆け出したマオに続いて、一斉に宿を飛び出した。























街の外へ出てすぐ、ヴェイグ達は目の前に広がった光景に驚愕した。


ユージーンがバイラスと戦っている。
いや、バイラスを次々に槍で薙ぎ倒している。・・・一方的に。

雄叫びを上げながら力の制御をすることなくバイラスを殺していくユージーンはまさしく血に飢えた獣。



『ヒト』と形容するにはあまりにも遠かった。



ヴェイグ達が見ていることにも気がつくことなく、ユージーンは逃げるバイラスを追いかけ、槍で突き、二つに裂く。


最後の一匹を粉々に粉砕した時には、彼の足元はバラバラになった大量のバイラスの死骸が雪を汚していた。

バイラスの流した体液や血が雪に混じって滲んでいくその光景は『地獄絵図』を容易に連想させた。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヴェイグか・・・」
「・・・あぁ・・・」


ユージーンは荒い息を抑え付け頬についた返り血を素早く拭ってからヴェイグ達の方へ振り返る。
振り返った彼の鎧にまだ付着していた血痕を見て、ビクリとアニーが怯えた事を、ユージーンは知らない。



「・・・・・・街の中でも感じるほど、フォルスを高めたのですか?」


は言う。

先程マオが感じ取った強いフォルスはユージーンなのだろうという言葉も同時に含んで。



「・・・あ、あぁ・・・・・・不意を尽かれて、つい慌ててな・・・」
「・・・珍しいのね」

ヒルダの呟きにユージーンは苦笑を浮かべた。


「俺もヒトだ。・・・慌てるコトだってあるさ」
「そっかー。ユージーンでも慌てるんだよなー。うんうん」
「アンタはもっと落ちつきなさいよ」
「何だとーっ!!?」


いつものヒルダとティトレイのやり取りで自然とその場が和み始める。






「・・・・・・ヒト・・・・・・本当に・・・ヒト・・・なの・・・?」



そんな声が背後から聞こえた気がして、は後ろを振り返った。







・・・数十メートル先にあるバイラスの死骸を呆然と見ているアニーがいた。







































ノルゼンの北東に位置するネジャナ半島には一つの古く天に聳える塔がある。


これがノルゼンの男が教えてくれた『ネレグの塔』だ。
ヴェイグ達は現在、この塔の内部にいる。




ネレグの塔は不思議な所だ。

確かに聖獣が棲んでいそうだという『雰囲気』はある。
しかし今回は誰にもないのだ。ティトレイやマオが見たような幻影が。


塔の中に存在するのは番人のように道を遮る三体の巨大なバイラス達だけで、他は大したものは無い。

ヴェイグ達は疑問に思いつつも拍子抜けしていた。






・・・を除いて。



























「・・・ココが幻の庭?」

頂上に駆け上がったマオが辺りの景色を見回しながら言う。

『庭』という割には花が咲いているわけでも美しい像があるわけでもない。
錆びれた古い柱が数本と足元に見える雲。それ以外のモノは特には無い。


ひどく殺風景な『庭』だった。




「待っていたよ、皆」


不意に声がした。
ヴェイグ達が発したのではない誰かの声。


警戒して周囲を見回すと、前方の柱の陰からそっとヒトが姿を現した。




・・・ノルゼンで『ココ』の事を教えてくれた男だ。




男はゆっくりゆっくりとヴェイグ達に向かって歩を進める。
近づいてくる男に、マオやアニーが戸惑いの声を上げた。



「え・・・もしかして・・・」
「貴方が・・・聖獣・・・・・・?」

歩んで来る男はアニーの言葉でようやく足を止めると、笑った。至極可笑しそうに。
悪戯が成功したと喜ぶ子供のように。





・・・冷たく、氷のように。




男の笑い声が止んだと同時に一陣の風が吹き上がる。

その風のあまりの強さにヴェイグ達は腕で顔を庇い、目を瞑った。



何も見えなくなったことで、唯一の頼りになった耳に、鉄の強く擦れ合う音が運ばれてきたのは目を閉じてすぐだ。


何の音なのだろうと思い、再び目を開けたヴェイグ達に見えたのは誰かと鍔迫り合いをするの背中だった。

彼女から少し視線をずらせば次に見えたのはレイピア。



更にずらして見えたのは、冷たく微笑むサレの姿。





「サレっ!!」


ヴェイグが叫んだのを合図にしたように交じり合っていたレイピアと双剣が離れる。

二、三歩下がって距離をとったサレは顔に浮かべた微笑を消すことなくヴェイグ達を見つめる。
彼の足元には、先程までヴェイグ達の目の前にいた男の身に着けていたモノが散らばっていた。





「やぁ 皆、お久しぶり。楽しんでもらえたかな?この塔の三つの番人を」
「・・・どういうことだ」

敵意を剥き出しにした鋭い瞳をサレに向ければ、わざとらしく肩を竦めながら続けた。



「わからないかなぁ?ノルゼンからココまでの道は僕の用意したお楽しみ。・・・つまりこの塔はハズレなんだよ。ハ・ズ・レ」


サレは言う。

この塔は偽りで、ただ自分達はサレに踊らされていただけなんだと。



沸々と湧き上がる怒りを抱くヴェイグ達を他所に、
サレは真っ直ぐにに視線を向けた。






「ご苦労様、。ここまで連れて来てくれて」


「!!」
!?」


サレの言葉で、今度は後ろに居るを見る。
「どういう事だ」と顔が口よりも先に語りながらヴェイグはを問い詰めた。


しかし、言われた彼女自身もその言葉に驚いて目を見開いていたのだから、訊ねても無意味だろう。




「・・・小うるさいミルハウストの目の届かない所に引っ張り出すのは苦労したよ。・・・はは・・・ははははははははっ!」
「サレ・・・貴様っ!」


もう一度サレを睨みつけると、サレは笑い声を止めてヴェイグに微笑んだ。

・・・目はまったく笑っていないが。



「言っただろう?僕は君達を許さないって。・・・だから、もっと苦しめてあげるよ。・・・・・・今度はオトモダチとの再会だ」


言って、サレが二度ほど手を打つと、柱の陰からまたヒトが現れた。
今度は三人出てきて、うち一人は女だった。


見覚えのある三人の姿に、ティトレイは目を丸くする。


「漆黒の翼じゃないか!」

だが、彼の言葉に返事することなく、漆黒の翼達はまるで人形のような光の無いガラス玉のようになった瞳で口々に呟く。

その目線は焦点が合っていない。



「・・・・・・貴様らは・・・敵・・・」
「敵は・・・・・・殺す」
「・・・・・・・・・死ね」


明らかに様子のおかしい三人にヴェイグ達が戸惑う前に、サレが何とも優しく教えてくれた。


「・・・ちょっとした暗示をかけて彼らの心を憎しみでいっぱいにしてあげたんだ」


「そしたらさ、」とサレは虚ろなギンナルを一目見てから言う。





「驚くほど強くなったよ。この落ち零れ達が。君達の言う通りさ。・・・・・・心の力は偉大だ」



「サレ、お前なんてコトしやがるんだっ!」
「心配なら、君達が助けてあげればイイだろう?『心の力』ってヤツでね。・・・フフフ・・・」


前髪を一度掻き揚げて、上機嫌になりながらもう一度、ヴェイグ達に言う。





「それじゃあ僕はこれで。ごきげんよう!」
「サレ様っ!」


背を向けたサレを追いかけようと軽く駆け出したは喉元にひやりと冷たい感覚を感じた。
それが何かわかって反射的に素早く後方に下がった時には、サレはもうその場にいなかった。




ギンナルはに向けた刃を一度大きく振り上げてから再び剣を構えた。
それを合図に他の二人もそれぞれの武器を構えて惜しむことなく殺気を放つ。






「貴様らの相手は・・・・・・我らだ!!」



偽りの塔だよ全員集合!の巻。
ネレグの塔は難易度ハードで突っ込んで行ったら
毛むくじゃらのバイラスにガスティーネイルで殺されかけた思い出が・・・。
事実立ってるのヴェイグさんだけだったからー。ティトレイに至ってはその辺に転がってたよ。


今回からヴェイグと夢主が少ーしずつガタガタしていきますよ。
少し距離が開いてしまうというか・・・

とりあえずはここまで手の込んだイタズラをした某24歳男性に拍手を送りたい。