ヴェイグがスティーブを招いて家に帰ってきた。
涼しい空気が漂う外からやって来た二人に温かい飲み物でも炒れてやろうと考えて、すぐに台所へと移動した。
食器棚の中からヴェイグがいつも愛用しているカップと一緒に、スティーブの分のカップも取り出す。

見慣れた恋人のカップに比べると、模様や装飾が施されていてやや高級感を醸し出しているそれは
先日ヴェイグと二人でミナールまで出かけた際に発見した『お客様用カップ』だ。
繊細な模様と控えめな装飾が高級感こそあまり強く主張していないながらも、
立派に『美』を演出している姿に見惚れて購入してきたもので、本日が初のお披露目となる。


その二つのカップに紅茶を注ぎ、盆の上に乗せて、ヴェイグ達が寛ぐ隣の部屋へ戻った。


そこには昔話に花を咲かせる二人の姿。
スティーブが話を持ちかけて、それに対してヴェイグが相槌と感想を述べるといった形で会話するその様子を一瞥する。
ヴェイグが自分が知らない過去の話をしている事に少しばかり寂しさを覚えつつも、二人の邪魔をしないようにとそっと近づいた。




それがマズかった。




嗚呼、せめてもう少し足音を大きく立てていれば良かった。
嗚呼、ヴェイグに一言「紅茶だぞ」と声をかけていれば良かった。

とにかく、自分がその部屋にいた事を何かしらの方法で主張すれば良かったのだ。




そうすれば、









「いやぁ、しかしお前がクレア以外の女の子を選ぶとは思わなかったよ」



ガシャーン



・・・・・・初のお披露目をそのまま葬式にしなくて済んだのに。


































は村で一番高い丘に腰掛けてスールズを一望していた。
ちょうど牛の放牧の時間らしく、十数頭の牛が太陽の恩恵を受けて青々と茂った草を黙々と食している。
少し視線をずらすと見えたのは集会場。その周りで数人の子供達が遊んでいた。
複数の子供達が黄色い声を上げて、一人の子供から必死に逃げ惑う姿が見えるから きっと鬼ごっこの真っ最中なのだろう。


いつもと変わらぬそんな穏やかなスールズの日常。
自分がその『日常』に仲間入りしてからそれなりに月日は経っている。
最初の頃からスールズの人々は自分を快く受け入れてくれて、自身も大分スールズに解け込めていたものと思っていた。


だからこそ、だ。


昨日、スティーブが何気なく放った言葉がぐっさりと胸にきた。






 "ヴェイグがクレア以外の女の子を選ぶとは







「・・・・・・・・・・・・・・・久しぶりに言われたな・・・」


思い出して嘲笑を浮かべる。勿論、自分自身に対して。

それを敏感に感じ取った小さな友達は元気をお出しとでも言うかのように
「キキッ」と鳴いての指に身体を寄せ付けてくれた。



スティーブに悪気はない。
カップの割れた音でがその場にいたことに気がついて、しまったと言わんばかりの表情を浮かべたのが何よりの証拠だ。
しかもその後、すぐに謝罪の言葉を述べて「別に深い意味は無いから・・・」なんて弁解の言葉も口にした。
友人を茶化す為のそれが 友人の恋人の前で言うべき言葉では無いという事は 彼も充分承知していたのだろう。
少々空気の読めない部分はあるようだが、無神経な彼ではないから。


そんな彼を締め上げて傷ついた心の解消をしようなんて気持ちは毛頭ない。
・・・帰宅後にモニカにこってり絞られたと聞いたし。




スティーブが失言してしまったその言葉は初めて聞いたものではない。
やはり「クレアでなかった」という事は他のスールズの住人達にとっても予想外であったのだろう。

スティーブが発言した言葉は、スールズへ来た当初から幾度も言われていた。



ある者は冗談めかして。
ある者は本気で驚いて驚愕の声として。
ある者は井戸端会議に持ち込む話題の一つとして。



しかしそういった者達もの顔を見ると全員が全員、
昨日のスティーブのように「しまった」という顔をして申し訳ないと謝ってくるのだ。

悪いと思うのなら心の奥にしまっていてほしいと思う。
・・・自分に備わったフォルス能力のおかげでそんな行為はそもそも無駄ではあるが。



いや、いっそ明るく言い切られてしまった方がいくらかマシだろうか。


そうであればこんなに悩むはずは無いのだ。



申し訳無さそうにされる度に、どうしても自分とクレアをヴェイグという名の天秤に乗せて計ってしまう。
そんな事をしたって無意味だと分かってはいるのに、つい考えてしまうのだ。




スールズの『日常』とは、ヴェイグの隣にいる存在がクレアである事であって、自分は何かの間違い。
自分が混ざった事で『異色』となって、スールズの『日常』を壊しているのではないか。




・・・そんな風に。










ちゃん」

ふと声をかけられたことで思考を一時停止して、声のした方を振り返る。
視線の先には、朗らかな笑みを浮かべてこちらを見つめているポプラの姿。
彼女が腕に提げた籠の中に入っていた数個の桃が、ふんわりと甘い匂いを漂わせて存在を主張した。


「ポプラさん・・・・・・こんにちは」
「はい、こんにちはっ♪」


スールズの太陽とも称されるほどの明朗なポプラが惜しみなく笑顔を浮かべる。
その人当たりの良い優しい表情を向けられて、胸の内に燻る暗い感情が若干和らいだ。

何をくだらない事で悩んでいるんだと諭され、元気付けられている気がする。


「どうしたの?ちゃん。元気ないわねぇ」
「ぁ、いえ・・・気にしないでください。そんな大した事ではないので・・・」


そうだ。大した事じゃない。
わざわざポプラに話す事でもないのだ。


そう思って否定してみせるが、ポプラは明るい笑顔を苦笑に変化させるとの隣に座った。
「どっこらしょ・・・」と呟き、一息ついてからポプラは真っ直ぐに見つめて口を開く。



「ヴェイグちゃんとクレアちゃんの事でしょう?」



図星を突かれてうぐっとが小さく唸る。

昔に比べ、随分とポーカーフェイスが下手になったものだと思う。
・・・が、それより何より何故ポプラに悩みの種を言い当てられたのか。


呆気に取られていると、何が言いたいか伝わったのだろう。ポプラが肩を竦めた。


「実はね、知ってたの。小さい村だからご近所さんの情報なんかはすぐに広まっちゃうのよ」


・・・と、いう事は自分のこのくだらない悩みはスールズ中に知れ渡ってしまったという事なのか。

それを思うと、羞恥心と共に申し訳なさも込み上げてきた。


優しいスールズの住民の事だ。密かに自分が傷ついていたのだと知ったら、
申し訳なかったと罪悪感を抱いて気負ってしまうに違いない。
そこまで相手を諫める気が無いにとってはそれは何とか避けたい事態である。

一方、それの回避方法を考えつつも、「いや待て。知られてしまっているのだったら
もういっそ自分の思いをココで吐露してしまったって良いのではないか?」という開き直った気持ちがの中で湧いた。


そうだ、少し愚痴ったって良いだろう。

『ご近所さん』なんだから。



「・・・確かに少しだけ・・・悩んでます。気にしないようにしたいのにずっと気になってしまって・・・」


『わざわざポプラに話す事でもない』つい先程までそう思っていた事なんか忘れて、ポツリと思いを溢す。


「私だって、クレアはすごい子だって分かってるんです。スールズにとっての『クレア』の大きさは感じるし・・・
 でもヴェイグと一緒に居る度にどうしても私は彼女と比較されてしまって・・・」


"ヴェイグがクレア以外の女の子を選ぶとは


冗談だと分かっている。意外だったと分かっている。ただの井戸端会議だと分かっている。
だが それを言葉にされる度に、言葉が歪んで耳に入り込んでくるのだ。



本当にヴェイグがお前の事を好きだと思うのか?

ヴェイグと寄り添い合えるのはお前じゃなくてクレアだ。

お前はヴェイグと釣り合わない 相応しくない 似合わない。




そんな言葉の数々を、浮かべてもいない嘲笑を添えて耳元で囁かれているような感覚に捕らわれてしまって仕方ない。
クレアを悪く思いたくないのに、スールズの人々を悪く思いたくないのに。


「・・・・・・スールズの皆にとったら、私は異質なんでしょうね・・・」
「やぁねぇ。そんな事ないわよ」

自己嫌悪に浸るの傍らで、愚痴を聞いてくれていたポプラが口を開いた。


「でも・・・正直に言っちゃうとね、アタシも最初はヴェイグちゃんが
 クレアちゃん以外の女の子とお付き合いするなんて、ってちょっとビックリしたの」
「まぁ・・・そうでしょうね・・・」

スールズの人々が共に過ごした時間に比べれば、私が二人と過ごした時間なんてちっぽけなモノなのだろうが、
それでもその『ちっぽけな時間』の間に一緒に旅をして、二人を見てきたからよく分かる。

ヴェイグとクレアがどれだけ互いを大切に想っているのかという事も。
どれだけ強い絆が二人を結んでいるのかという事も。


だから、だからこそだ。
何度言われなくたって分かっているのだ。



・・・ポプラのお墨付きを貰わなくても。





心の傷を一層抉ってを追い詰めるものの、ポプラの言葉はまだ終わってなかったようだ。
「でもね」と追加の言葉が出てくる。


ちゃんと一緒に居る時のヴェイグちゃんの様子を見て、すぐに納得出来ちゃったのよ」


そう言って浮かべるポプラの微笑が、抉った傷を癒していく。


「ヴェイグちゃん、いつもすごく幸せそうな顔をして貴女を見るの。
 勿論クレアちゃんといる時も嬉しそうなんだけど・・・雰囲気が全然違うんだから」
「雰囲気・・・」

呟くに「本人じゃ気づきにくいかしらねぇ」なんてポプラは笑う。
それから更に言葉が続くのだ。「皆、ヴェイグの様子を見てすぐに納得した」と。


「でもね、私達が知ってるヴェイグちゃんは『ちゃんと出逢う前のヴェイグちゃん』だもの。
 そうなるとやっぱりクレアちゃん以外の女の子と、なんて想像出来ないのよ。ちゃんも分かるでしょう?」
「そうですね・・・」


自分も一応そのヴェイグを見た事がある。
サレに連れられて、最初にスールズを訪れた時に出逢った彼がそれだろう。


クレアクレア言い続けていたな、アイツ・・・



「皆 少しずつヴェイグちゃんとちゃんの事を分かってきてるわ。だから、もう少し待ってあげて?」



きっと貴女も貴方達の関係も、スールズの『日常』として完全に溶け込める日がくるから。

そんな風に言われた気がした。



「それに・・・やっぱり一番はちゃんが皆の噂を吹き飛ばすくらいヴェイグちゃんと仲良して見せつける事!
 クレアちゃんに遠慮なんかしちゃダメよ?ヴェイグちゃんとのラブラブっぷりを見せれば皆 納得するわよ!!」

「ラブラブ・・・・・・」

なんとも聞き慣れない単語だ。
奥手同士の自分達で果たしてそれだけ当てつけられるのだろうか。


・・・無理だろうな。
まぁポプラの言う通り、皆が認めてくれるまで待つのが一番だろうか。




「ありがとうございます、ポプラさん。少し、ラクになりました」


そう言って笑えば、まるでこの会話が終わるのを見計らったかのようなタイミングで、こちらへ近づいてくる足音。
いや、実際に会話が終了した事を確認した上で躊躇いつつやって来たのだろう。

ヴェイグの表情を見る限り。


「ヴェイグ・・・いつから・・・」
が悩みを話し出した辺りから・・・」

ほぼ最初からじゃないか。


「すまない。・・・を迎えに来たんだが、盗み聞きする形になった」

申し訳ない、と眉を下げたヴェイグだが、すぐに元の表情に戻っての隣へ歩む。
背を丸めて前屈姿勢になるから てっきりそのまま腰を下ろすかと思ったが、違った。


の手を取って痛くない程度に握ると、ゆっくり引き上げた。


「帰ろう、


今度は俺の気持ちも聞いてくれ。
続いて そう呟いた。









その後のヴェイグは素早いもので、ポプラに軽く挨拶をしてからの手を引き そそくさとその場を離れた。
ずっとお悩み相談に乗ってくれていたポプラに対して、なんとも失礼ではないかとは思っていたのだが、
当の本人は気にする事もなくむしろ笑いながら後でピーチパイを届けると伝えて気前良く二人を見送った。






「・・・もう何度も言った言葉なんだが・・・」


帰り道の途中で呟かれた声に反応し、発言者であるヴェイグを見上げた。
言葉を投げかけているというのにこちらへ振り返らないその行動が、その男なりの『照れ隠し』である事をは重々理解していた。

だから、手を引かれるがままに歩きながら次の言葉を待って、端正な横顔を見上げる。


なんだ。何も気にする事はない」



本当に何度も言われた言葉だ。
以前この言葉をヴェイグが出した時は、『ヒトとの違い』に不安を感じていたの心を和らげる為というなかなか深刻な状況だった。

それを思うと、今のものは随分所帯染みた悩みになったと思う。

しかしそれもまた平和である証拠なんだろう。



・・・本当にくだらない事で悩んでいるな。

そう思いつつもそれがどうしようもなく愛しく、幸せに感じてしまい、心の中で苦笑した。




「・・・カップはまた改めて一緒に買いに行こう」

「・・・・・・出来るだけ、早くが良い」





そんな我侭が呟けるのはやはり平和だからなんだろうな。





コレが早くこの村にとっての『当たり前』になって欲しい。

願いを籠めて、繋いだ手を強く握った。



ED後の話。
絶対スールズの皆に「クレアじゃない!」って驚かれると思う(笑)