ネレグの塔付近にある小さな小屋には、フォルス能力者が居る。
名前はトモイと言い、フォルスの名前は『夢のフォルス』と言う。
フォルスの制御を上手に出来なくて、暴走している所をヴェイグ達が助けたのがトモイとの出会いだ。
夢のフォルスとは自分の見ている夢に第三者を引き込む事が出来るフォルスで、とても厄介なものだった。
ヴェイグ達もトモイの夢に巻き込まれ、散々な目に遭ったものだ。
何故か銭湯でブラックホールに飲み込まれそうになったり、何故かヴェイグとマオの動きが一緒になってしまったり、
何故か大量のグミに取り囲まれたり・・・と、『夢』の世界ならではの普通ではありえない展開を一通り味わった。
もう二度と入り込むものかと誓いたかったのだが、トモイはまだフォルスの制御をすることが出来ず、
それが負担になって頭痛を起こしフォルスの暴走を誘発してしまう。
誰かが一度夢の世界へ飛び込むと、暴走は止まりトモイの頭痛も治まることから「コレも人助けだ」とちょくちょく夢に介入している。
・・・マオやティトレイはワケの分からないこのフォルスを随分と楽しんでいるようではあるが。
今回も、トモイの頭痛を何とかしようと夢の世界へ飛び込んだのだ。
「・・・・・・さて、この後どうするか・・・・・・」
呟くヴェイグは背後を振り返る。
・・・また増えたんじゃないか?と心の内で思って、駆けている足を更に動かした。
トモイの夢に入って早速、ヴェイグは夢の中ならではのあり得ない状態を味わっている。
大量の光の弾に追いかけられているのだ。
確か『ホーミング』とかと言っただろうか・・・。
アレは当たるとなかなか痛い。
時間が経てば追撃する弾は消える。だがすぐに新しいのが出てくる。
延々と続いているホーミング祭りをどう対処すれば良いのだろうか。
何か改善策を考えようとするも、逃げる事が精一杯で何も頭に思い浮かばない。
迫るホーミングから空へと視線を移す。
晴天の青空には雲と一緒に数字が浮かび上がっており、毎回それは一定のタイミングで数が一つずつ減っていく。
コレはヴェイグ達がこの世界に訪れるといつも出現している数字だ。どうやら秒数をカウントしているらしい。
カウントが0を刻むまで耐える事。それがこのヘンテコな世界から抜け出す為の唯一の方法なのだ。
空に浮かんだ数字で残り時間を確認し、再度ホーミングから逃げる。
やがて空の数字が0を表示したと同時に、まるで親の仇でもあるかのように
執拗にヴェイグを追い掛け回していた光の弾が一斉に消えた。
完全にホーミングが消えたのを見計らって、疾駆する足を緩める。
息が整ってきたところで辺りを見回しながら、足を止めた。
「やっと納まったか・・・」
一息つく。
「ユージーン達はココにはいないようだな・・・」
トモイのフォルスの世界にはユージーンや達全員で入り込んだ。
ココに見当たらないという事はきっと別の夢に居るのだろう。
自分のように一人飛ばされて、単独行動しなければいけない状況になっていなければ良いのだが。
どうか比較的『易しい』夢に仲間達が飛んでいる事を心の内に願いながら、ヴェイグは夢の世界にポッカリと開いた出口に飛び込んだ。
が迷い込んだ夢はただただ濃霧に覆われている場所だった。
目視出来るものといったら自身を取り囲む霧くらいなものだ。
ただの霧にしてはとにかく色濃く、深く、何故か重たい。
しかもこの霧、ピンク色なのだ。
「気味が悪いな・・・」
纏わりつく霧を腕で払い除けながらとりあえずは前進する。
誰か仲間を一人くらい見つけたいものだがこの霧ではどうにも難しい。
上を見上げてもやはり妖しげな桃色の霧が渦巻いているだけでカウントは確認出来ない。
ココも夢の世界なのだから必ずカウントが存在し、刻々と時間を刻んでいるはずだ。
あとどれくらいの時間こうしていれば良いのかは見当がつかないが、これだけで済むなら比較的簡単な夢の世界だろう。
・・・・・・以前に経験したティトレイと同じ動きになる夢なんて勘弁願いたい。
こんなワケの分からない夢の世界に一人きりというのは少々心細いが、
だからこそハープを連れてこなくて本当に良かったと納得してまた霧を掻き分ける。
歩き続けていると、声がした。
・・・・・・・・・・・・・・・
自分の名前を呼ぶ声だ。
「・・・誰だ?ヴェイグか?・・・・・・マオ?」
周囲を見回したところで分厚い霧で視界は利かない。
せめて声のする位置だけでも掴めないかとは耳を澄ませた。
ヴェイグ達かとも思ってこちらからも声をかけたが、返事は一向に返ってこない。
訝しむは、以前トモイの夢に入り込んだ時の世界をふと思い出した。
・・・そういえばあの時はそこにいるはずのなかった漆黒の翼が出現して襲われた事があった。
しかもその漆黒トリオが現実の彼らなんて比べ物にならないほどに強かったのだ。
それも現実では起こり得ない『夢の世界』ならではの出来事だったのだろう。
つまりは自分を呼ぶこの声は決してヴェイグ達であるとは限らないという事だ。
敵か味方か。前者であった場合を警戒して愛用の剣が収められた鞘に手をかけたが、
の動きよりも声の主が早かった。
背後から伸びてきた腕に鞘へとかけていた手を掴み上げられ、そのまま引き寄せられる。
抵抗する間もなく手繰り寄せられたはハッキリと耳に飛び込んできた声に動きを止めた。
「捕まえたよ、」
それはかつて己の主人であった者の声だった。
「サレ・・・様・・・」
「ご名答。正解だよ」
冷たい微笑を浮かべて、の身体を抱きしめる。
身体を固定したサレの腕が獲物を捕らえた蛇のように絡みついた。
突然の出来事に混乱してしまったが、すぐに平静を取り戻しはサレを睨み上げる。
「・・・ココはトモイのフォルスが作り出した夢の世界。貴方は幻だ」
そうだ。サレがココにいるはずが無い。
例え捕えられた腕から感触が伝わろうとも見慣れた冷たい微笑みが本物めいていてもこのサレはニセモノだ。
そうは確信していた。
しかし、サレの口元が更に歪み微笑が深まる。
冷たい瞳は変わらずそのままだ。
「本当にコレが夢だと思うかい?」
「・・・ココに貴方がいるはずが無い。それが真実です」
がそう言えば、サレが大人しく彼女の腕を解放する。
振り返り、完全に向き合う形になった時、いつの間にかサレの右腕には愛用のレイピアが握られていた。
その細身の刃が、持ち主の左腕を斬りつけた。
「何を・・・!?」
「ホラ、動揺した」
冷静にしていた態度を崩して驚愕したを見て、サレが嘲笑う。
「僕が幻だって言うなら何をしていたって放っておけば良いのにさ」
そうだ、夢だ。
コレはフォルスから作り出された仮想の世界だ。
だが、例え夢であろうとサレが傷つくのは心苦しい。
だから動揺した。そう、きっと。
「幻でも僕がこうなるのが嫌だって言うなら、結局 現実も夢も同じじゃないかな?」
しかしサレは言う。『夢』に無関心にならないならばそれは『現実』と一緒なのだと。
子供に言い聞かせるように優しい口調で、サレは続ける。
「だったら、現実でも夢でもどちらでも良いじゃないか」
レイピアを地に突き刺してから、一歩足を踏み出して距離を縮めたサレはの頬に手を伸ばした。
邪魔な前髪を指で払い除け、覗いた白い頬を指先で撫で上げる。
リアルな感触と熱が感じられた。・・・幻のはずなのに。
「一緒だったら、君はどっちを取るんだい?」
「・・・・・・私は・・・」
今まで生きてきた中で、幸せだと感じた事はいくつあっただろう。
理不尽な迫害と蹂躙を受け、仲間達の命をいくつも背負い、居場所を奪われ・・・そして全てを失った。
何度生まれを嘆いたことか。コレが『夢』であったら良いのにと願った回数はどれほどだっただろう。
だが独りだった自分にはハープがずっと傍に居てくれた。
ヴェイグ達が受け止めてくれて・・・ようやく幸せを手に入れたのだ。
ヴェイグ達が居てくれたから。
「私は・・・現実を取ります・・・」
真っ直ぐに向き合っては答える。
対してサレは相変わらず氷のように冷たい微笑を浮かべたままだ。
「現実・・・ね」
切れ長の瞳が何の感情も含む事無く細められた。
強いて感情を読み取れるとしたら『愉悦』だろうか。
獲物をじわりじわりと嬲る猫のような、小さな虫をひたすら殺して遊ぶ無邪気で残酷な子供のような・・・そんな感情だ。
「ねぇ。君が信じている『現実』・・・それも夢なんじゃないかって思ったことはないかい?」
「・・・どういう事です・・・?」
目の前の幻は何をあり得ない事を言っているのだろう。
自分の目の前にいる人物は確実に仮想世界の仮想の存在で、本物ではない。
本物の彼がいるのはヴェイグ達と共に歩む世界にいる。それが『現実』。
しかしそのヴェイグ達がいる世界すらも『夢』なのではないかとサレは訊ねる。
そんなはずは無い。絶対に。
・・・・・・・・・だけど、もしもヴェイグ達のいる世界が自分の甘い夢幻だったのなら
―――― 私の現は何処に在る?
自分が現実だと信じている世界そのものが、
『『夢』であったら良いのに』と願った幻想世界ではないとどうして言い切れる。
「、頭上に注意」
追い討ちをかけるようにサレの指が上を指す。
霧に覆われたこの空間で何を見ろというのか。
そんな疑心を抱きながら上を見上げた。
先程まで四方八方を完全に霧が覆いつくしていたのに、サレが指し示した上だけ霧が晴れている。
霧の奥に見えた空に浮かぶものは空気の澄んだ青色と白い雲。
・・・・・・それ『だけ』だ。
その事実には目を見開いた。
「数字が・・・浮かび上がっていない・・・?」
夢の世界には必ず存在していた数字時計がココには無い。
唯一の脱出口なのに。
・・・それともコレが現実だから、そんなモノは存在しないのか。
「・・・さて、ココは本当に『嘘』なのかな?」
もう一度の頬を撫で、最後に指で桜色をした唇をなぞってからサレが霧散した。
空虚の空間に取り残されたは信じられないとばかりにまた空を見上げるが、やはり数字は無い。
嗚呼もう何が現で夢なのか。
分からない、判らない・・・
一つだけわかることは・・・・・・・・・独りだという事。
まるでの気持ちを表すように、再び霧が空を覆い始めた。
信じていた幸せが嘘であったのだと嘲笑うように厚くて重い濃霧が何もかもを多い尽くす。
あんなに明度の高い妖しげな桃色をしていた霧が重々しい黒雲のように変わって青い空を喰らう。
侵食された空はどんどんと小さくなってを遠ざける。
はそのサマを虚ろになってきた紅玉の瞳で静かに眺めた。
絶望が心を覆う。黒が青を消していく。
ついには拳一つ分になってしまった青色を見つめて
消えてしまう夢だったというのならせめてもう一度だけ・・・
「ヴェ、イグ・・・」
自分に居場所を与えてくれた彼に、もう一度だけ逢いたい。
最後の抵抗として、追い縋るように空へ手を伸ばした。
・・・・・・・・・・・・!
また、霧の奥から名前を呼ばれた。
今度は温かかった。
自分を呼ぶ声が聞こえては瞼を開いた。
どうやら自分は横たわっているらしい。古びた天井の木目が見える。
「!」
「・・・・・・・・・ヴェイグ・・・?」
「キィッ!!」
「・・・ハープ・・・」
開いた視界に、自分を覗き込んでいるヴェイグとハープも天井と一緒に入ってきた。
名を呼び返せば、その俯いた端正な顔が安堵の感情を瞳に宿し、優しく目を細めた。
ハープは柔らかな毛皮を摺り寄せてくれた。
「・・・良かった」
「!気がついたんだね!!」
勢いよくマオが視界に飛び込んできた。
彼の背後には、こちらを見守る仲間達の姿も目視できた。
・・・どうやらヴェイグに抱かれる形で横たわっていたらしい。
やけに近いヴェイグとの距離に羞恥を感じて慌てて彼の腕から抜け出して自力で起きた。
それから、ゆっくりと辺りを見回す。
木材で建てられた温かみのある室内に暖炉に薪、毛布・・・
「ココは・・・」
「ノルゼンの小屋だ。夢から帰ってきたんだ」
「夢・・・・・・」
「お前は夢のフォルスが生み出した世界の『隙間』に惑わされてしまったんだ」
ぼんやりと呟けば未だに現状を理解していないにユージーンが説明した。
彼の説明によれば、こうだ。
トモイのフォルスが作り出した夢の世界に仲間達全員が入り込んだ時、
だけはヴェイグ達とは別の空間に捕らわれた。
外からは侵入が簡単なのに内からの出入りが不可能な檻の空間。
それは暴走状態だったトモイが夢のフォルスで作り出した不可抗力の世界。
『悪夢』だった。
面白おかしい普段の夢の世界とはまったく異なる空虚な世界は蜘蛛の巣のように迷い人を絡み捕えて、
その者がもっとも悲しいと記憶する存在で絶望へと誘う。
「・・・じゃあ私はその世界に捕らわれたのか・・・」
「そういうことらしい」
ユージーンに続いて、ティトレイ。
「つまり、お前は夢のフォルスの灰汁の部分に迷い込んじまったって事だな」
「・・・ティトレイ、それ悪夢の『悪』とかけてるなんて言わないよネ?」
「・・・・・・お、おぅ。そんなワケないだろっ!!」
・・・言うつもりだったらしい。
寒いダジャレは放っておいて、とばかりにヒルダが口を開いた。
「皆がそれぞれの夢の世界をクリアして、トモイの暴走も治まったっていうのにアンタだけ夢から帰ってこなかったのよ」
トモイのフォルスも安定して無事制御出来るようになったまでは良かった。
しかしだけが帰ってきていない事に気がつき、不審に思ったヴェイグ達が再び夢の世界に入り込んで捜索を開始した。
「唯一、さんの元に辿り着いたのがヴェイグさんだったんです」
「ヴェイグだけがの位置を分かったんだ」
アニーとティトレイに教えられ、ヴェイグを見る。
「・・・俺を呼ぶ声が聞こえたんだ。一言だけだったが・・・だと分かった」
そしてヴェイグが悪夢からを救い出し、現在に至る。
「ヴェイグが目を覚ましてくれたのか・・・」
きっと彼が来てくれなかったら、自分は見えない枷をつけられたまま悪夢に捕らわれ
ずっと心を蝕まれたのだろう。・・・想像するとゾッとする。
「・・・何か嫌なもの・・・見たの?」
「あぁ・・・とても怖かった」
素直に悪夢の感想を述べる。
心配げに鳴きながらハープが頬に擦り寄った。
そんな優しい友達に心配かけないように、その柔らかな毛並みを撫でる。
「でももう大丈夫。・・・大丈夫だ」
俯いていた顔を上げた。
目の前に広がった景色を確認して微笑む。
自分が孤独だと思っていた事にほとほと呆れてしまった自嘲の笑みと、
確実に『存在している』と分かった事による嬉顔だった。
そして、悪夢に捕らわれていた時の自分を思い出して恥じた。
こんな素晴らしい仲間達がいるのに何を迷う事があったのか、と。
「起こしてくれてありがとう、皆」
気にするなと仲間達が微笑んだ。
あぁ、本当に。
私を包むこの幸福が夢のようだ。
夢のフォルスは悪夢も生み出したりするんだろうなぁ・・・なんて思って書いた文章でした。
嫌な夢って自分の意思で目覚めること難しいですよね。
ちなみにウチのTORはホーミング祭りより先に進めていません(微笑)
誰か私の代わりに夢のフォルスクリアしてくれ・・・orz