マオはに介抱されて以来、彼女が何処へ行くにも必ず後ろをついていくようになった。


その様子を眺める兵士やメイドは姉弟のようで微笑ましいなどと口々に言うが、
実際の所は刷込みをされた雛のように見えるというのが一同の本音だ。


そのくらい、マオの「大好きっぷり」は凄かった。

マオを保護した事実上の『保護者』であるユージーンは、
実はマオには姉が居て、失った家族の記憶が結びついて
に姉の影を追っているのではないかと考えているようだが、さぁ実際はどうなのだろう。


彼の言葉を耳にした諸方は「まぁ可哀想に」とマオを不憫に思い同情し、
に懐く幼い少年を遠くから見守っているのだった。



しかしコレをよろしく思わない者も存在する。


サレ、ハープ、アガーテの三人―――二人と一匹だ。


だがアガーテはラドラス陛下が崩御してから、それまで優雅に過ごしていた姫時代に別れを告げている。
戴冠式さえも行えぬほどにあっという間に女王に即位した彼女は目まぐるしい日々に身を費やしている為、
抵抗するヒマはおろかと茶菓子を摘んで話を弾ませる事も当然、無い。


マオがにしがみつく度に「近づくな!」と威嚇していたハープも
彼には何も通用しないとわかったらしく、半ば諦めてしまい今ではの肩の上で大人しくしている。


そしての主人であるサレはと言えば…。








ふと突然、強い力では引き寄せられた。


「マオ坊や、は僕のお人形さんだって何度言ったらわかるのかな…?」




未だマオと争奪戦を繰り広げていた。







「何度言っても無駄だと思うんですケド。それより、放してよ」

を己の腕の中に入れているサレに文句を放つ。
彼女を取り戻そうと伸びてきたマオの腕を、サレの片腕が軽く払い退けた。

「だから君のモノじゃないって言ってるだろ。何なら隊長にくっついてきなよ。隊長は君の恩人だしねぇ?」
「ボクはと一緒にいたいんだよー!」



まだまだマオは諦めない。何という不屈の精神だろう。



サレは心の内で舌打ちをした。







何なんだよっ!ムカツク女王に煩い坊やにキーキー喚くマフマフがっ!!

は僕の人形なのにっ!苛めて虐めて苛め倒そうと思っているってのに、
何でこんなに邪魔者が多いんだよ!!


胸の内に潜ませた毒を吐き出したい欲に追われながらも
表面では普段通りの冷たい微笑を顔に貼り付けながらマオを見る。

そんなサレに負けないとばかりにマオは目の前の男をグッと睨み上げた。




両者の間に火花が散ったように見えたのは恐らく、見間違いではないと思われる。





サレとマオの会話を我関せず(本人が一番重要なのだが)としていた
そんな三者の元へ、新たな人物がやってきた。



…ワルトゥだ。





、アガーテ陛下が貴女を探しておられましたよ。お会いになられましたか?」


丁寧にワルトゥは託けるが、本心は一体何をやっているんだと呆れていた事だろう。


「アガーテ様が?わかりました。今……行きます……」
「…サレ」


の言葉が小さくなっていく理由を理解して、ワルトゥがサレを咎める。





舌打ちしてから、サレがを離した。




















アガーテの部屋を訪れるのは何ヶ月ぶりだろう、とは思っていた。


数ヶ月前からアガーテの生活は大きく変化した。


姫として優雅な暮らしをしていた彼女は、父が急死した事で心の準備も出来ていないうちに即位。
国と民と王の責任が突然その儚げな身体に圧し掛かってきたのだ。

王が存命していた頃だったら、きっと今頃呼び出されて、ティータイムとでも洒落込めていただろう。



それでも、彼女は側近のジルバに支えられながら王としての責務をこなそうと頑張っている。

ジルバだけではない。
王の盾の隊長であるユージーンも、アガーテの幼なじみに当たるらしい正規軍の将軍ミルハウスト等も彼女を支えて力になっている。



…そうして混沌と化した国を必死で支えている彼女が、
自分などに会う為に時間なんて割くのであろうか?とは思う。


アガーテに寵愛いただいているとはいえ、自分はただの一兵卒に過ぎない。
政に助力できるような能力もなければ、彼女にお目通りする事すら叶わないはずなのに。


それなのに何故、呼び出されたのだろう。







・・・・・・まさか久々にお茶をしようなどと言う事もあるまい。











そんな思案を続けているうちに、いつの間にか目的の部屋の前まで辿り着いていた。


いざ開けようと扉の前に立てば、突然肩からハープが降りた。

カリカリと扉を引っかく。



開けてくれと言うように。

「…ハープ?」

何事かと思い、扉に近づく。
傍まで動けば部屋の中にいるだろうアガーテの声が漏れてきた。





アガーテは、泣いていた。









「……アガーテ様、です。入りますよ?」

一言かけて扉を開けると、ハープが一目散に部屋に飛び込んだ。

「あっ!こら、ハープっ!!」

も急いで部屋に入ったが目の前に広がる光景を見て、すぐに目を見開いて驚いた。



部屋はサレの嵐でも通ったのかと思わず訊いてしまいそうになる程、荒れていた。


本棚にしっかりと揃っていた本は全て床に散らばり、窓際を飾っていた花瓶は床に叩きつけられて割れていたり。
今では乱雑になった机の上、その下にはそれに乗っていたのであろうモノも落ちている。
特に落ちたインクは上質な絨毯の上を侵食するかのごとく飛び散っていた。






…辺りはボロボロだ。





ひとつだけ、外傷が目立たないのはベッド。
そのベッドでアガーテは顔を伏せて泣き崩れていた。

「アガーテ様…」

床に散乱している物を踏まないようにそっと歩いて、アガーテに近づいた。
先に入室していたハープがベッドの上に乗って、泣き崩れるアガーテを慰めるように指に擦り寄っている。





が傍に来たのを感じ取って、アガーテがゆっくりと起き上がった。
涙に濡れた顔が、の瞳に映る。


…。ダメなの…美しい心を持っていても…ダメなの…」
「アガーテ様……」
「あのヒトと…私は、やっぱり…違い過ぎるのよ…!!」


自分で言っていて、悲しくなったのだろう。
また美しい顔を歪めて涙を流した。


がそっとアガーテの肩に手を置くと、それを合図にしたかのように、に抱きつくアガーテ。


二回目の抱擁は、ぬくもりが無くただ悲しく、冷たかった。


アガーテはそのまま子供のように泣きじゃくる。
一国の王という立場を今だけ、脱ぎ捨てて。



彼女に一体何があったのかはわからない。


はただ縋りついてくるアガーテの身体を支えることしか出来なかった。







…どうしてこの時にアガーテの心を癒やしてやらなかったのだろう?




それが出来たのは彼女の事を『王』ではなく『アガーテ』として触れ合えた自分だけだったのに。










…この後起きる混乱を止められたかも、しれないのに。


アガーテ様ご乱心の巻。
TORってさ、ミルアガが素直だったら成り立たないゲームだよね。(禁句)
いやいや、ミル様もアガーテ嬢も好きですよ。
ただ正直ミルハウストって初めて見た時、うざいな コイツ。とかって思いました。
「お前達が陛下を…陛下を…」って元を糺せばアンタが元凶じゃないか!!
何を抜け抜けとキィーーーーーッ!!と思ってましたよ、初回プレイは(笑)

次回、ようやく本編突入!出て来いクレアとピーチパイな青年!