が城に来て一週間が経った。


フォルス能力を持っているため、王の盾の隊長であるユージーンは王の盾に入隊させようとも思ったのだが、
アガーテの願望があり、はサレ直属の部下となった。

はサレ直属なので彼が命令しない限りはあまり仕事が無く、時間を持て余す事が多かった。


アガーテからしたら『コレ』が狙いだったのだろう。

王の盾に配属されてしまえば生活スタイルは全て他の隊員と共に合わせる事となる。
そうなってしまっては会える時間が限られてしまうではないか。

初対面での一件で、を好いた彼女としてはそれは避けたい事態だ。


しかしサレ直属の部下となればどうだろう。
サレに命じられるか、彼自身に任務が与えられぬ限りは城に留まっているではないか。


そう考えついた彼女はユージーンに命じ、少々強引ながらを自分の近くに置く事に成功した。



アガーテは大いに喜び、を良き話し相手とした。



しかし、全てを自分の意見で押し切るつもりはなかった。
さすがに姫君とあれ、そこまで傲慢ではない。
の意見もしっかりと汲み取りたい。


に何を望むかを訊ねれば、返ってきた返事は二つ。

一つはアガーテが呼ばぬ限りは常にサレの元に居る事を許してもらう事、
二つは王の盾が行う訓練に参加する事を許可してもらう事だ。











「…またお姫サマの所にいたのかい?」

王の盾所属の兵士達が集まっていた鍛錬場にようやく姿を現したを見つけ、サレが言う。


…何故か言葉の中に怒りというかトゲっぽいものを感じ取り、「はて・・・」とその理由は何故なのかを思案する。
数秒考えて、一つの『理由』を思いつく。



「……サレ様はアガーテ姫を慕っているのですか?」
「!?誰があんなガジュマをっ!!」


勘違いも良いトコだと、サレが怒鳴った。訓練をする周りの兵の事も忘れ、大声で。
怒鳴り声はサレの言葉を主張するように何度も鍛錬場を響かせる。




アガーテ…あの醜いガジュマめ。は僕の人形だ。お前なんかのモノじゃないっ!



苛立つサレを見て、訳がわからないとはハープと顔を見合わせた。




「サレ、口を慎め」

声をかけてきたのはユージーン。
サレの大声で、の存在に気がついて二人の元へ歩み寄って来たのだ。


、遅かったな。訓練を始めるぞ」
「はい、ユージーン隊長」


ユージーンの言葉にが嬉しそうに返事をすると、サレはまた一つ過敏に反応した。











の目の前には、それで動けるのかと問いたくなるほどしっかりと防具に身を包み、
武器には穂の長い槍を握ったガジュマの男が対峙している。



・・・今回の訓練でが当たる最初の相手だ。




「フォルスなし、制限時間は180秒。相手が戦闘不能になった場合はそこで終了だ。分かったな?」





テキパキと二人に指示を送るユージーン。
彼の隣で、杖を突いた紳士風の出立ちのガジュマの男がその様子を眺めている。


ユージーンの補佐を任されているワルトゥだ。




「隊長…大丈夫ですかな、彼女は。あの兵士は隊長が一目置く程の腕でしょう?」
「うむ…しかし、あの人選はサレだからな…」


は正規軍ではないので王の盾の訓練はたまに来るだけだ。
彼女の力量がいか程なのか・・・ユージーンはよく知らない。


なのでここは隊長としてあまりに情けないと自責の念を抱きつつ、彼はサレに訊いた。
するとサレは人選についてを了承すると、迷いもせずあの兵士を選んだ。






の一番傍に居たサレの方が良い人選をするだろう。…そう思ったのは間違いだったかもしれない。



何せ彼はあの性格だ。

たった一週間の間二人を眺めていただけではあるが、
サレはが慣れないカレギア城での生活から少し苦境に当たると、実に楽しそうにしている事をユージーンは重々理解していた。

本日の訓練の相手の人選も、彼女が傷つく姿が見たいという
彼のサディスティックな性格が引き起こした事だったのではないだろうか。




・・・つい、そんな心配を抱いてしまう。


相手の兵士は完全防備に長槍を持っているのに対し、
彼女の身に着けている防具と言えば身に纏う黒色の薄い生地の服くらいなもので、
武器に至っては両手にそれぞれ長さの揃わない両刃の双剣を握っているだけだ。


二人の心配もわかるといえばわかる。





「救護班を呼んだ方が良いかもしれませんよ?」


二人の不安を知ってか知らずかは不明だが、サレが会話に割り込んできた。
「救護班」の言葉に、やはりこの男は―――とワルトゥが目の前の澄ました顔をしている男を睨みつける。


「やはりサレ、彼女を傷つけるためだけに―――!」
「嫌だなぁ、のためにじゃなくて…」

サレの言葉の途中で達の訓練を見ていた他の兵士が、ワッと盛り上がった。
一体何事かと一瞬呆気に取られたワルトゥに、その盛り上がりの理由を指で指してサレが言葉の続きを言う。


「…彼の為に…ですよ」


ユージーンとワルトゥは彼の指が示す方を見た。


そこは先程と同じ空間だったのか問いたくなるほど変わっていた。

兵士のつけていた防具は大槌で叩き割ったかのようにボロボロに砕けて破片が散乱している。
長槍は使い物にならないほど大きく拉げて曲がり、槍の穂は根元からボッキリと折れていた。


そして、それらの所有者であった兵士は無傷で佇むの足元で見事なまでに伸びていたのである。


「開始から30秒経ってませんねぇ、隊長」


サレ以外が信じられない光景に呆然としていた。

少々目を放していた数秒の間に、電光石火の如く勝敗がついたのだ。驚かぬわけがない。
それだけではない。目を放さずしっかりと見ていた周囲の兵士さえ、何が起こったのかとばかりにポカンと口を開けて呆けていた。



ただ一人、サレだけはマイペースにに近寄り、「よくやったね」と一言褒めていた。






その後も多数の兵士がと組みになったのだが、全員30秒前後で彼女に片付けられてしまった。
何故こんなうら若き少女に呆気なく・・・と悔しげに一人、また一人と兵士が退場していく。



そして今の相手になっているのはユージーン。

さすがに隊長という名目のあるユージーンの実力ではも30秒で決着を付ける事は不可能だ。
しかし、決して引けはとらない。互角に持ち込むほど、彼女は強かった。




「旋風槍!」

ユージーンが突き出した槍をは右手に握る短剣で受け止めた。
その剣を上に振り上げ槍を弾き飛ばしてから跳躍し、左手の長剣を振り下ろす。

全てが一瞬の動作で、その動きを目で捉える事が出来た者はごく僅かだろう。

「虎牙破斬っ!!」

振り下ろされた剣をユージーンが槍の柄で受け止め、反撃に出ようとに槍穂を向けた瞬間、ワルトゥが叫んだ。


「そこまでっ!!」

制限時間に到達した事を確認して、ワルトゥの止めの言葉が入る。
緊迫した鍛錬場に、彼の声が響き渡った。




「…タイムアップ。訓練終わりの時間ですね、ユージーン隊長?…じゃあ、行こうか」

訓練は終わったとばかりに退室の言葉を述べたサレはに声をかけて、歩き出す。
は床に降ろしていたハープを肩に乗せてから、彼の後を追う。

あっという間に二人の姿が鍛錬場から消えた。









「お疲れ様です、隊長」

ワルトゥがユージーンの傍に行き、声をかける。

構えていた槍を下ろし、深いため息をつく。


「…大人気ないな。ついムキになってしまった」
「隊長が本気になるのも致し方ないでしょう。…彼女はまだ、秘めた力を持っていたように思えます」

アレは彼女の実力ではない。まだまだ彼女の底には未知なる力が秘められている。
ワルトゥはそう予測した。


ユージーンも同意して、頷く。


「あぁ。サレもそれに気づいているのだろう。…暴走したら手がつけられんな」



フォルスの暴走は能力者の力を最大限に『放出』する。
制御出来ず、自身を破壊する程の大きな大きな力が。


もしも彼女に暴走という事態が起きた時、それを止める事が出来る存在など、果たしているのだろうか・・・





「・・・少なくとも、今の私達ではとても・・・」


「無理だ」と告げるワルトゥに、またユージーンが頷いた。



























二人の会話が届いたかのように、が振り返った。



「さすが私のですわっ!」
「姫!はしたのうございます!!」


……実際は、庭園からの訓練の様子を見ていて、興奮のあまり冷静さを失ったアガーテと、
姫君としての気品を忘れるなと彼女を嗜める側近のジルバを見るための振り返りであったワケだが。






アガーテの存在に気づいたサレが、また不満そうに眉を寄せた。



サレ様、姫にヤキモチを妬くの巻。(違う)…じゃなくて、訓練をするの巻。
夢主は強い、という意味での今回の話です。

サレは夢主壊したいあまりに変な独占欲があります。
「彼女は僕が壊すんだから誰も触れるんじゃないよ」的な。


しっかし改めて見ると、私文才なさ過ぎアルね…。