街を出て、ハープの指示通りに走っていけば、
いつの間にか鮮やかな街並みはすっかり消え去り、草木の生い茂った自然豊かな景色に移り変わっていた。


やがて前方に見えてきたのは顔の半分を布で覆い隠したハイマウンテンシーフ・・・『盗賊』だった。




「ちっ、追手か!」
「お前達が・・・!」


互いに『敵』と理解した両者はそれぞれの武器を取り出して駆け出す。

盗賊の素早い動きに狼狽することなく的確にヴェイグは大剣で盗賊の握るナイフを受け止めた。
鍔迫り合いになって、鋭く盗賊を睨みつけた。

「クレア達をどこへやった!?」
「はぁ?知らねぇな!」
「答えろっ!」


ナイフを押し返して、盗賊の背後に回り込んで斬りつける。


――――――――『幻龍斬』だ。



急所はわざと外しておいて、盗賊達を地に倒す。





ヒルダがタロットを構えながら盗賊達を強く睨みつけた。

「アンタ達が攫った娘をどこへやったか言いなっ!さもないと・・・!」

ヒルダは言いながら、アニーと共にフォルスで黒雲を生み出す。
雲からパリパリと今にも落ちそうな紫電が走った。


「ヒィっ!お、教える!教えるから・・・助けてくれ!」

ゾッと背筋を走る悪寒を感じた盗賊達が声を震わせながらすぐに吐き出した。


「何処だ!?」
「この先の・・・・・・小屋だ・・・」
「あら、ありがとう」

妖艶に笑いながら、ヒルダは黒雲から雷を落とした。
・・・盗賊達の顔のすぐ近くをめがけて。



大きく木霊する情けない悲鳴を上げて、盗賊達はパタリとそのまま気を失ってしまった。


「しばらくそうやって反省してなさい。さっ、行くわよ」
「うわー、ヒルダってシビア・・・」






ポカンと呆けながら、マオが呟いた・・・。
























盗賊の残した言葉を頼りにクレア達の追跡を再開すると、古い山小屋を見つけた。
恐らく、盗賊の言った「小屋」とはこの山小屋のことだろう。

ヴェイグは山小屋に駆け寄って、扉の蝶番に手を伸ばした。






・・・・・・・・・が、





「ブラッディクロス!」



たった今開けようとしていた扉を破るようにして、中にいた盗賊が吹っ飛んできたため開ける手間は省けた。
飛んできた盗賊は豪快な音を立てて地面に叩きつけられると、そのまま動かなくなった。


「・・・気絶してるんですケド」
「クレア!!!」

伸びてしまった盗賊をトンファーで突付くマオを後にして、ヴェイグとハープは小屋の中へと飛び込む。




小屋の隅では、クレアを背に庇ってが双剣を構えていた。
彼女の足元には数人の盗賊が伸びている。恐らく彼女が片付けたのだろう。



小屋に入ってきたヴェイグ達を新手の盗賊かと、はキッと強く警戒して睨みつけたが、
すぐにヴェイグとハープだと理解して握っていた双剣を鞘に収めた。


「ヴェイグ、ハープ!」
「クレア!クレア無事か!?」


ヴェイグはクレアの元へ、ハープはの元へとそれぞれ駆け寄る。


クレアの肩を壊れ物でも扱うようにそっと触れて、身体の隅々を確認した。

・・・何処にも怪我は無い。



過保護に心配するヴェイグに戸惑いながらもクレアが答えた。


「えぇ・・・大丈夫・・・・・・でも私より、、さんが・・・」
!?」


ヴェイグはようやく気づいた。の銀髪が一部赤黒く染まっていることに。
こめかみの付近から顎に向かって流れた血が固まっていた。



「そのケガ・・・」
「・・・・・・平気だ。気にするな」

傷に触れようとしたヴェイグの指から逃げるようには顔を背ける。
指を引っ込めた彼から見えなくなるように傷を手で覆い隠し、ヴェイグ達に言った。


「さぁ、さっさとワン・ギンの屋敷に戻ろう。・・・私も、行くから」








震える指をギュッと握りこんで、は言った。






































「お腹立ちはごもっともです。・・・おいくらですか?」
「・・・何?」

ワン・ギンの屋敷に戻り、散々な目に遭ったクレアとの事を説明すれば、ワン・ギンは反省するでもなくこう言った。




それはすみませんでした。お詫びにいくらでもお金を差し上げます。―――と。



ワン・ギンの言葉は柔らかいが、金を渡してやるからそれでイイだろうという気持ちがよく察する事が出来る言動だった。
その言葉に、今まで我慢していた鬱憤を爆発させてティトレイが噛み付く。



「いい加減にしろっ!!金、金、カネ、カネ・・・それが何だ!!大体なんでクレアさん達をかどわかした!?」




悪びれる様子も無く、すぐにワン・ギンが答える。


「ホッホッホ・・・お客様に満足頂くためでございます」
「何だとっ!?」




『ご満足』 


その内容は客によっては酌や接待だけでは済まされなかっただろう。

身を売ることになった可能性さえある。






ワン・ギンは口元を袖で覆い隠しながら「それに・・・」と呟いてを一瞥した。



「そこのホーリィ・ドールは元々私の商品です。返してもらってもおかしくはないでしょう?
 まぁ、首輪が無くなっている以上、ある程度の価値は下がりますが、それでも結構な値がつくでしょうね。ホホホ・・・」



ヴェイグは驚いてを見た。

・・・これで、の様子がおかしかった理由がわかった。




はココで売られていた。
それを知っているワン・ギンが怖くて、それを自分達に知られるのが怖かったんだ。







ヴェイグの驚愕の視線から逃げるように、は眉を顰めて俯いた。
ギュッと右手に巻かれている紫色のハンカチを握る彼女の手は、小刻みに震えていた。



ワン・ギンの話を聞き終えたティトレイは完全に怒りを抑えられなくなって、身を乗り出した。


二、三歩ワン・ギンの元へと歩んでいく。


ティトレイを放っておいたら何をするかなんて、すぐに察しがついた。
ヒルダはゆっくりと進むティトレイに駆け寄って羽交い絞めにして抑えつける。

「待ちなさいよティトレイ!今ココで殴ったら・・・!」



ワン・ギンの知っている『情報』が聞けなくなる。他の皆も怒りを抑えて我慢している。


だって、必死に恐怖と怒りに耐えてココにいるのに。
ティトレイの怒りで全てがパーになるのはごめんだ。




二人の横をスルリと長い銀髪が通った。
余韻を残すように、銀の三つ編みが滑らかに揺れる。


ヴェイグはティトレイとヒルダの横を通り抜けると、ワン・ギンの前に立ち、目の前のモノを力いっぱい殴り飛ばした。



殴られたワン・ギンは放物線を描きながら数メートル吹っ飛び、
壁に飾ってあった彼の大好きな『金目のモノ』へと言葉通り、飛び込んだ。





「ヴェイグ!!?」


目の前で起こった出来事を一同が呆然と見ていれば、赤く腫れた頬を押さえたワン・ギンが喚き叫ぶ。



「クウ・ホウ!オイ、クウ・ホウ!何をしている!早くコイツらを叩き出してしまえっ!!」




























「・・・あーあ。あんなトコでヴェイグが殴っちゃうから・・・」
「いーやヴェイグ!よくやった!オレはお前の味方だぜ!!」


冷ややかに言うマオを批判するように、殴ったヴェイグに味方すると断言したティトレイを、ヒルダは容赦なく殴った。
そのまま、一つため息。


「これからどうするのよ。手掛かり断っちゃったじゃない」
「・・・ノルゼンへ行けば、伝説について知ってる奴に会えるだろう」


ヒルダのぼやきに、返事をした声はヴェイグ達の背後から聞こえた。

振り返ったそこにいたのは、主人ワン・ギンの命令通りにヴェイグ達を屋敷から追い出したクウ・ホウだった。



クウ・ホウは驚くヴェイグ達を気に留めず、続ける。


「昔、ノルゼンで似た話を聞いたことがある」
「・・・何故そんな事を教えてくれるんだ?」

ヴェイグが疑問を投げかけた。

主人を殴った者に怒りを抱かないのか?ワン・ギンの忠実な僕ではないのか?


少なくともだったら許してはいないだろうなと頭の片隅で余計な事を思いついていると、
クウ・ホウはフッと苦笑を浮かべた。だが、その笑みに『嫌なモノ』は一切無い。




「何故だろうな・・・お前があの男を殴った時、胸がスカッとした。・・・だからかもしれん」



クウ・ホウは言った。

『気分が良くなった』と。





「・・・さて、もう戻らないとな。・・・・・・・・・気をつけて行けよ、ホーリィ・ドール」



呼ばれて目を丸くしたを見て、クウ・ホウは微笑んだ。





































「・・・悪いヒトじゃなかったんですね」
「ホントだねー」
「良い奴だっ!」


街道を歩いている間、アニー達の話はずっと「クウ・ホウは良いヒトだった」という話題だけだ。
騒がしい三人の背中をじっと見ていたヴェイグの隣を歩いていたが不意に彼に声を掛ける。


「まさか、お前が殴るとは思わなかった。・・・・・・そんなに『クレア』のコトが耐えられないか?」
「いや・・・俺は・・・・・・」
「・・・・・・すまない」


何故謝られるのか。言葉を発しようとしたヴェイグはの突然の謝罪で弁解を遮られた。
まるで軽く眉を寄せるヴェイグの顔を見るのが辛くなったように、は歩を進めて先へと歩いて行ってしまった。













「・・・俺は―――」

の遠ざかる背中を見つめながら、再度呟く。



・・・クレアにされた行ないは、本当に怒りを覚えた。
大事な家族をモノ扱いするなんて・・・と。



だが、頭に血が上るほどではなかった。何とか、抑える事は出来ていた。




怒りを抑えられず、ワン・ギンを殴り飛ばしてしまった『原因』はにある。



自分の守りたい存在を傷つけて、怖がらせて、『ヒト』として見なかったワン・ギンを許すことができなかった。




・・・以前のサレの発言よりも、ずっとずっと怒りの感情が濃くなっていた。


に注いでいた『想い』が強くなっていたのがわかった。







「俺が・・・アイツを殴ったのは―――――」





これ以上、の怯える顔を見たくなかったから。








―――――― 守りたかったから。


















「ヴェイグーっ!何してんのー?置いてっちゃうよー!!」


遠くからマオの大きな声が聞こえて、ヴェイグは考えるのをやめて、走った。





目指すは、ノルゼン。


ヴェイグ怒るの巻。(怒るは「いかる」と呼んでね☆)

ゲーム中でヴェイグさんがワン・ギン様を殴った時、
「やりやがったコイツーっ!!」と思わず爆笑した覚えがあります。
殴っちゃった後ろめたさから一周目はワン・ギンの屋敷に近づこうともしなかった・・・。
オークションとか全然やって無かったよ。

次回、ノルゼンへレッツらゴー。