オークションに出品される品々が入った倉庫へ乱暴にが投げ入れられる。
投げ飛ばされたを追うように、ハープと『クレア』も倉庫に押し込められた。


バタンと戸を閉められて、クレアは戸に張り付いて叩く。


「何をするのです!ここから出しなさい!!」
「うるさい!大人しくしてろ!!」

帰ってきたのは使用人の怒鳴り声。
ビクリと身を震わせて、クレアは戸から二、三歩後ろへ下がった。



「何なの・・・これから何が起こるというの・・・?」


クレアは倉庫全体を見回してから、気を失っているの様子を見た。


頭を強く殴られたせいで、美しい銀髪は血で赤く染め上げられ、濡れている。

更には用心深いことに両手・両足を縄で固く縛られていて、口には布まで巻かれていた。
これは恐らくのフォルス能力を恐れてした対策なのだろう。



クレアには、縄を解くだけの力はない。
・・・せめて口だけでも、と口元を覆う布を掴んで、ずらした。




・・・」


気を失ったまま動かない彼女の頭の血を拭ってやっていると、
クレアを呼ぶように壁からトントンと小さくノックのような音がした。









「誰・・・?誰か・・・いるの?」

クレアは壁に向かって話しかけた。
すぐに返ってきたのは、優しげな女性の声。




「はい」


返事が返ってくると、クレアは壁の向こうの女性に声をかけた。
戸の向こうにいるであろう使用人に気づかれないように小さな声で。


「何がどうなっているというの?これからどうなるというの?教えて・・・!」
「・・・落ち着いてください。大丈夫、言う事を聞いていれば何もされることはありませんから」

女性は優しくクレアを励ました。


「だから、諦めないでください。きっと何か逃げ出す方法があるはずです!一緒に頑張りましょう!」


クレアは驚いた。


・・・なんて心の強いヒトだろう。
自分なんかとはまったく違った強いヒト。




「・・・貴女は・・・お強いのですね」


クレアが思わず感想を洩らせば、女性は否定して「いいえ・・・」と呟いた。



「・・・本当は、とても怖くて、寂しくて、心細いんです。
 大好きなヒトは皆周りからいなくなって、次から次へと信じられないコトばかり起こるから・・・・・・」


女性はそのまま続けた。

クレアも、聞き入る。



「目が覚めたら夢だった・・・なんてことだったら良いのに・・・って思いながら毎日眠るんだけど、
 やっぱり夢じゃなくて・・・傍に誰もいない・・・・・・私一人なんです」


女性は一度句切って、続きを喋る。
大きく包み込むようなとても温かい声で。


「でもそんな時いつもこう考えるんです。心は一人ぼっちじゃないって」
「・・・・・・心・・・?」

「そうです。今ここに壁はあるけれど、貴女と私は同じ気持ちを感じることが出来る。
 自分が心を開いていれば、他の誰かが心の前に壁を作るなんてできっこないんです!」


ペタっと小さく壁の向こうから、何かが張り付く音が聞こえた。

恐らく女性が壁に手を当てたのだろう。
クレアも女性と手を重ねるかのように冷たい壁に手を当てた。


「・・・だから、貴女も私も独りじゃありません!一緒に頑張りましょう!」
「・・・・・・・・・・・・ありがとう」


励ましてくれた女性に、クレアは礼を述べた。自然に出た言葉だった。
それを合図にするかのように、の傍についていたハープがヨロヨロと弱々しげに壁の元へと歩み寄る。








そして助けを呼ぶように「キィー―――っ」と大きく鳴いた。













































「キキッ!」

ヴェイグの肩で大人しくしていたザピィが、突然立ち上がりピクピクと耳を立てる。


「・・・ザピィ?どうかしたのか?」

ヴェイグは不審に思い、肩の上のザピィに問うが、
ザピィは返事することなく彼の肩から飛び降り、ワン・ギンの屋敷の中へと走って行ってしまった。


「ザピィ!どこへ行くんだ!?」
「クレアさんの所でしょう?」

マオが何言ってんのと言わんばかりにキョトンとしてヴェイグを見上げる。
ヴェイグも、彼の言ったことに「・・・そうか」と返し、特に気に止めないことにした。





・・・何度も心配そうに、屋敷を見返しながら。




































『アガーテ』は壁の向こうから聞こえた聞き覚えのある小動物の声に目を丸くした。

「・・・マフマフ・・・?」


ポツリと呟くと、壁とは違う方向からも小動物の声が聞こえた。




「キキッ!」
「今の声・・・ザピィ?・・・ザピィなの・・・?」

アガーテは薄暗い倉庫を見回してから、壁の下の方に小さな穴を見つけた。
小動物なら、通り抜けが出来そうだ。

その穴からヒョコリと顔を出したのは、オレンジ色のマフマフ。・・・・・・ザピィだった。


「ザピィ!」
「・・・知ってるコ?」


アガーテと一緒に捕らわれているガジュマの少女がザピィとアガーテを交互に見た。
すぐにアガーテは笑顔で大きく頷く。

「えぇ!私の家族の一員なの!・・・貴方がココにいるってコトはヴェイグが近くにいるのね?」
「キキィ!」


ザピィはアガーテに「そうだよ」と言うように鳴いてから、壁の方へ駆け寄る。
前足でカリカリと壁を引っ掻いて、何かを呼ぶように鳴いた。



「キィ!キキィ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・キキィ」


ザピィの呼び声に少し遅れて、壁の向こうからザピィに比べると弱い鳴き声と、カリカリと引っ掻く音が聞こえた。



「・・・向こうに友達がいるのね」

アガーテはザピィに言ってから再度周囲を見回す。
すぐに、倉庫の隅にあった机を見つけた。その上には紙と筆が置いてある。


「待ってて。今手紙を書くから、ヴェイグに届けてね」

アガーテは走り書きで短文の手紙を書き上げて、小さく折りたたむ。
そっとザピィの口元にそれを差し出せば、キィと一声鳴いて口に銜えた。



「ザピィ・・・お願いね」

その言葉と同時にザピィは来た道を引き返した。
ザピィを見送ったアガーテはパッと壁の方へと歩いて行き、ギュッと手を握りドアをノックするように優しく壁を叩いた。

































コンコンと壁から聞こえた優しい音に反応して、クレアは壁に向かった。

きっとあの女性だ。




「今助けを呼びました!きっと私の友人が助けに来てくれます!!」


それを聞いて、あぁ良かったと安堵の息をついていると、ガラリと乱暴に戸を開けた音が聞こえた。
クレアは驚いて戸の方を見るが、戸は見事に光を遮って闇を作り出している。


・・・どうやら開いたのは壁の向こう側の部屋・・・女性のいる部屋のようだ。


クレアは壁に耳を当てた。
使用人だと思われる男と女性が会話をしているのが分かる。

会話が済むと、女性が再びクレアに声をかけた。



「私はどこかに連れて行かれるみたい。だから、貴女がココから逃げ出せたら、私の事を彼に伝えて!」







































「えぇ・・・伝えるわ。・・・・・・貴女の名前は?」


壁の向こうの少女が、自分の名前を尋ねた。
アガーテは見えるはずもないのに、笑顔を浮かべて名乗った。



「クレア。クレア・ベネット!」



アガーテは言った。

自分の名前を。



・・・・・・『クレア』という名前を。




「貴女の名前は?」
「・・・わ、わたくしの名前は・・・・・・」


少女の名前が聞けると思った瞬間、『クレア』は腕を強く引っ張られた。



「早く来いっ!」

使用人の男に腕を引かれながら、『クレア』は倉庫を出る。




薄暗い倉庫から突然の明るみに出されて、思わず目を細めつつ、『クレア』は自分がいた倉庫とは別の・・・隣の倉庫を見つめた。



きっと大丈夫。ヴェイグが助けに来てくれる・・・。


使用人に連れられ歩き出そうとすると、隣の倉庫から聞こえる、少女の小さな声。


「・・・『クレア』さん・・・・・・どうか・・・・・・ご無事で・・・」
「・・・ありがとう」



美しい笑みを浮かべて、『クレア』は笑った。







































「キキィ!」

クレアの元へ行っていたのであろうザピィは、何かを口に銜えて帰ってきた。


「ザピィ・・・何を銜えている・・・?」

ヴェイグはザピィから口に銜えていた紙を受け取り、折りたたみを元に戻す。
その紙にはよく見知っている、整った文字が書かれている。


「・・・クレアの字だ!」
「え?なになに?何が書いてあるの?」


興味を示したマオ達がヴェイグの方を見つめる。
ヴェイグはクレアの字を読み上げた。


「・・・・・・“閉じ込められています。助けて”・・・・・・これは!?」
「オイオイ、閉じ込められてるって一体―――」


「どういうことだ」と言おうとしたティトレイの言葉は、屋敷の中から聞こえた大きな悲鳴によって遮られた。

























「しっかりしろ!何があった!?」

ヴェイグは屋敷の入口で倒れていたクウ・ホウを抱え起こした。

彼の周りにも傷ついた使用人達が倒れていた。
アニーは駆け寄って一人一人の手当てをしていく。

一方、抱え起こされたクウ・ホウは小さく呻きながら、消えてしまいそうなほど弱い声で言葉を作り出した。


「客に変装した・・・盗賊達が・・・・・・」
「クレアとはどうした!?答えろ!!」
「ヴェイグさん!」

焦り詰め寄るヴェイグをアニーが制した。
それと同時に、クウ・ホウの身体がヴェイグの腕に重みを感じさせた。




「・・・気絶したみたいです」

ヴェイグは小さく呻くと、クウ・ホウを少々乱暴に床に降ろして叫ぶ。



「クレア!!!」
「・・・・・・・・・・・・キィ・・・」

呼んだ名前の人物の返事はしなかったが、代わりに弱々しい小動物の鳴き声が返ってきた。
音のした方を見れば、屋敷の奥の部屋からヒョコリとハープが顔を出す。

「ハープ!」
「怪我してるよ!」

ヴェイグとマオがハープの元へ駆け寄る。
ハープはついて来いというように一声鳴くと、フラフラと覚束ない足取りで、
屋敷の奥にある二つの倉庫のうちの一つに近づき、カリカリと戸を引っ掻いた。




「誰かいるの!?」

ハープが引っかく倉庫の戸をマオが勢いよく開け放つ。
ヴェイグがその中へ飛び込むと、倉庫の隅で小さくなっていた二人のガジュマの少女が驚いて悲鳴を上げた。


「・・・誰だ・・・・・・?」
「あの・・・私達、クレアさんと一緒に閉じ込められていたんです!・・・貴方達はクレアさんのご友人・・・?」

「そうだ!クレアは・・・!?」


「クウ・ホウって人達がクレアさんを連れに来てしばらくしたら、盗賊がやって来て・・・!」
「隣の部屋にいた女の子をその盗賊が攫って行ったみたいなんです!」

「きっとだよ!ヴェイグ!!」
「・・・そいつらにクレアも・・・!?」


ヴェイグが強く拳を握った。



傍にいたのにどうして気づけなかったのか?

・・・・・・何故守れなかったのか?








「モタモタしてられねぇ!盗賊を追おうぜ!」
「キキィ!」


ハープは同意して鳴くと、ティトレイの肩に飛び乗った。
そのまま真っ直ぐを見つめる。・・・どうやら案内をしているらしい。




しかも賢いことに、この中で一番足の速いティトレイの肩に飛び乗って。


夢主拉致の巻。
サブタイトルは「マフマフ頑張る!」で行こう。


この辺はヴェイグの落ち着いてきたクレア熱を再び燃え上がらせる所ですねー。
必死なヴェイグが可愛くて・・・。二人のクレアの壁越し会話も大好き。

次でキョグエン終わらせられるかしらー?