ハックからの情報によれば、『キョグエン』に似たような昔話があるらしい。
その情報をに伝えてからというもの、彼女の様子がおかしいことにヴェイグは気がついた。
「次の目的地はキョグエン」と言ってから明らかに動揺しているのである。
・・・何かに怯えているといった方が正しいだろうか?
とにかく普段の彼女とはまったく違うのだ。
しかしヴェイグが何かあったのかと訊いてみても、少し間を置いて「何でもない・・・」と呟くのでその真意の程は不明である。
キョグエンは小さいが、華やかな街だった。
金持ちばかりが住んでいるからだろうか。目に入るモノ全てが艶やかで、眩しい。
金銀に輝く装飾は当たり前。ヒラリと舞い落ちる葉の色はなんともキレイな赤や黄。
そして何より街独特の文化が美しかった。
「ワン・ギンってヒトが詳しい話を知ってるんだよね?ユージーン」
マオがユージーンに訊ねる。
「あぁ、この街の有力者でこの辺の歴史に詳しい。ただ・・・・・・」
ユージーンは一瞬言葉を濁してから、続けた。
「ただ・・・ワン・ギンは悪い噂が立って止まない。充分に警戒するのが吉だ」
「うん、わかったよ」
わかったと頷くマオの隣で一人、ビクリと肩を揺らした者がいたことに・・・誰が気づけただろう?
ワン・ギンは街の有力者であるからか、屋敷は他のモノと比べると一際大きく華やかだ。
そんな巨大な屋敷であるから当然、門の前には門番がいて、訪れたヴェイグ達をジロリと睨みつけた。
「何だ貴様らは」
「ワン・ギン様に話を伺いたい」
ユージーンがヴェイグ達を代表して門番に答えれば、門番はじろじろとヴェイグ達の顔や服装を見渡した。
まるで並べられた品物を選んでいるかのような、そんな視線だ。
「ヒトを値踏みするような目で見るんじゃないよ」
門番のその態度を真っ先に嫌悪を抱いたのはヒルダ。
己の武器であるタロットカードを取り出し、威嚇するようにそれを構えた。
「ヒルダ姉様!」
ずっと門番の死角になるようにヴェイグの後ろで大人しくしていただったが、
カードを構えたヒルダを宥めてソレをしまわせようと前に出る。
の姿を見つけて、門番は目の色を変えた。
「・・・む?お前は・・・・・・それに、そのカード・・・」
「え・・・?」
「・・・・・・珍しいモノを持っているな・・・」
門番はヒルダに近づいて、美しく研ぎ澄まされたカードをじっと見つめる。
次に、の顔や身につけている物を、彼女の肩で威嚇してくるハープを気にすることなく眺める。
その目は、やはり見下したような品定めするかのような視線をしていた。
クウ・ホウというらしいその門番は一度ワン・ギンに話をつけに行ってから、ヴェイグ達を屋敷へ案内した。
さぁ屋敷に入ろうと足を進めたヴェイグを引き止めるように、彼の袖をが掴んだ。
「どうかしたのか?」
「あの・・・私はココで待っていても良いか?」
「え?気分でも悪いの?」
の言葉を聞き、心配してマオが訊ねる。
「そういう訳じゃないけど・・・」と言葉を濁す彼女に顔だけ振り返って、クウ・ホウが淡々と述べる。
「そこの女、ワン・ギン様はお前に会いたいと仰っていた。話はそれからだと・・・」
耳に入れ切って、は目を少し大きく開き、身を固まらせた。
その様子にただ一人・・・いや、一匹気づいたハープが心配してそっと彼女の頬に擦り寄った。
ワン・ギンは噂に違わず嫌な人物だった。
一言で言うならば『金の亡者』。
いや、『亡者』という言い方は少し違うだろうか。彼は『金』に取り付かれているが執着しているわけではない。
現にヒルダのタロットカードを高額の値で買おうとしていた。
当然ヒルダは断ったが、それでももしヒルダがカードを売っていたならばワン・ギンの元にはいつしか買値の倍額の金が手に入ったことだろう。
・・・結局、ワン・ギンの元には金が取り憑く。
彼の感覚を麻痺させているのが金であることは、明らかだった。
それがわかって、ヴェイグが言葉を放った。
「さっきから金の話ばかり・・・他の街は大変な事になっているというのに、呑気だな」
ヴェイグの嫌味をまったく気に留めることなく、
ワン・ギンは長い袖で口元を覆うようにしてから声を高く上げて笑う。
「その問題も、お金の前では何の意味もありませんでしょうねぇ。お金の前では、皆『同じ』なのですから」
ワン・ギンの言葉を聞いて、今度はティトレイが不快そうに眉を顰めた。
『同じ』という言葉はイーフォンの試練を打ち破った時にティトレイが言った言葉だ。
その『同じ』が自分とワン・ギンが求めるものに差異があったことに気づいたからだろう。
今のワン・ギンの『同じ』は偽りのセレーナの言った『同じ』に値すると・・・そう思った。
「差別があるとすれば、お金を持っているヒトとそうでないヒト・・・それだけしかありません」
もう一度笑って、ワン・ギンはユージーンの方を見た。
「・・・それより、皆様は私に何かお話しがあるのでは?」
ユージーンは頷いて、ワン・ギンの言葉に反論しそうになっているヴェイグとティトレイを宥めてから、本題に入った。
「雲海にそびえし古の塔という言い伝えを調べている。何か知っていることはないか?」
「タダで教えろ・・・と?」
ワン・ギンがいやらしくニヤリと笑うと、ティトレイが身を乗り出した。
慌ててマオとアニーがティトレイを取り押さえる。
その様子を見て、ワン・ギンはホッホと短く笑い、続きを言った。
・・・今の言葉はティトレイをからかっただけのようだ。
「お金の件ではございません。これから行われるオークションの用心棒をやっていただきたいのです」
「用心棒だと?」
「はい、オークションが無事に終了した時に、私の知っている限りの事をお話いたしましょう」
「・・・・・・わかった、引き受ける」
ヴェイグは頷き了承した。
承諾の様子を得て、ワン・ギンが笑い、クウ・ホウが一同に歩み寄る。
「では、お前達には外の警備に廻ってもらう。それから・・・そこの女と、そこの女」
クレアとを見た。
「お前達には客の接待をしてもらう」
とクレアは驚いて顔を見合わせた。
「やりません」と言うワケにはいかないだろう。
ヴェイグがクレアの元へ歩み寄る。
「・・・頼めるか?クレア」
「え?・・・あ、はい・・・・・・大丈夫です・・・」
クレアが頷いたのを確認してから、次にヴェイグはの前に歩んだ。
「・・・クレアを頼んだぞ、」
「・・・・・・・・・あぁ・・・わかった」
ヴェイグの『クレア優先』に普段のようにムッとする余裕もなく、は力なく頷いた。
・・・やはり、様子がおかしい。
そんな彼女の様子を見て、ヴェイグは降ろされている彼女の左手を強く握って他の者には聞こえないであろう声音で囁いた。
「何かあったら、俺を呼んでくれ。・・・・・・すぐに行くから」
そのヴェイグの言葉を聞き取って一瞬目を丸くしながらも、はいくらか安心したようにはにかんで「うん」と頷いた。
「・・・さて、大丈夫か?」
「え?えぇ・・・あまり慣れていないけど・・・頑張ります」
広間に取り残されたとクレアは他愛のない会話をして次の指示を待つ。
辺りを見回し、誰もいないのを確認してからは口を開いた。
「・・・私と二人きりなのだから、いつものように話してくれ・・・・・・・・・・・・・・・アガーテ」
『クレア』ではなく『アガーテ』とは隣のヒトを呼んだ。
クレアは一瞬固まったが、すぐに取り繕うような笑みをに向ける。
とてもぎこちのない笑み。
「・・・何のことですか?」
「・・・クレアは『』なんて呼ばない」
が言えば、クレアは笑みを凍らせて再び固まる。
その顔を覗き込むように目を合わせて、は続けた。
「私にまで、貴女が貴女である事を隠すつもりですか?アガーテ」
まるで子供に言い聞かせるように言って、は安心させるように微笑んだ。
微動していたクレアの唇がゆっくりと動く。
「・・・・・・・・・・・・」
瞬間、はクレア・・・・・・いや、アガーテに抱きついた。
ギュウっと細い身体を抱きしめる。
「・・・ご無事で良かった・・・」
「・・・いつから気づいていたの?」
アガーテから身を離れさせ、は肩に乗るハープを見た。
「キキィ!」とハープが元気よく返事をする。
「ハープの様子を森で見た時から・・・ずっと気がついていました。ずっと・・・・・・」
「・・・何故話さなかったの?あのヒト・・・・・・ヴェイグに」
ヴェイグはずっとずっとクレアを求めていた。
ようやく還ってきた存在が別人だったと知ったら、彼はどれだけ絶望に追いやられただろう。
・・・思念の事を、世界の情勢を、どれだけ忘れていただろう。
「・・・ヴェイグにはすまないけれど、今は・・・話す時期ではないんです」
は辛そうに言う。
本当は教えてやりたくて仕方がないのだろう。
ヴェイグをずっと裏切って、騙しているようにしか思えないから。
アガーテは一度俯いてから、顔を上げた。
彼女にだけなら、言った方が良いかもしれない。
ラジルダで、アガーテを・・・・・・自分の身体を見た事を。
「、あの・・・私―――」
アガーテが口を開いた所で、に身体を突き飛ばされた。
小さく悲鳴を上げてアガーテが床に尻餅をついた瞬間、が勢いよく棍棒で殴られる。
ドサリと崩れた彼女に駆け寄ろうと立ち上がったアガーテの口元を、を殴ったワン・ギンの使用人の手が覆う。
「大人しくしていろ」
悲鳴を上げようとした彼女に、使用人の傍にいたクウ・ホウが低い声で言った。
キーッ!と威嚇しながら、ハープがアガーテを押さえつける使用人に飛び掛かる。
しかし如何せん体格の差があり過ぎた。
使用人に片腕で強く弾かれたハープの身体は容易く吹き飛びそのまま、上質な床に強く叩きつけられる。
倒れたとハープを見て、アガーテは静かにせざるを得なかった。
キョグエンはぷにんぐっ!の巻。
PSPリバースでオークションにすっかりハマってしまいました。
PS2時代はワン・ギンの元へ行くのがシャクでやらなかったに等しいため。
それにしてもうちの夢主はよく気絶しますね。貧血もするし。
設定では強いって言ってたけどこれじゃぁハッキリ言って弱・・・ごふごふ。
きっとこの時にアガーテは攫われることの恐怖とか不安とかを知ったんじゃないかな。
自分のした事がどんな事だったかを知ったというか。
次回、マフマフ二匹大活躍。