誰かが宿に駆け込んでいった。
知っているヒトだったような気がするが、顔をしっかり見ていたわけではないからよくはわからない。

・・・『知り合い』というのはきっと気のせいだろう。
何せラジルダに自分の知り合いは住んでいないのだから。



そう思い、ミルハウストは宿の入口を見つめるのを止め、懐からキラリと光る装飾品を取り出す。




―――ピアスである。

しかし、ミルハウストがつけるのではない。


それは金具が壊れている女性用のピアス。
ミルハウストが忠誠を誓っていた、一人の女性のものである。

・・・銀の人形が恨めしそうに涙を流しながら自分に託してくれた、自分にとってかけがえのない大切な大切なヒトの形見。







「・・・ミルハウスト・・・コレは一体どういうことだ?」

突然、背後から声をかけられたが、ミルハウストは慌てることはなかった。
声の主がかつての同志、ユージーンであるとすぐに気づいたからだ。


ゆっくりと振り返り、彼の問いに答えた。

「ラジルダは以前からガジュマとヒューマの関係が悪かった。近頃前にも増して空気が不穏だと聞き、軍を率いて来れば・・・この有様だ」
「何故・・・サレ様達が・・・・・・貴方と行動を共にしている?ジルバ様の命令か?」


ユージーンの次に訊いてきたのは、ピアスを託したホーリィ・ドール。
彼女はそのまま言葉を続けた。


「力尽くで鎮めることで問題解決なんて言えるとは・・・私は思えない」


「・・・ガジュマとヒューマの共存社会を取り戻すためなら、私はどんな手段も辞さない。
 ・・・それが私の意思であり、延いては王国の総意でもある。・・・・・・でなければ、私とてこんな事・・・」


ミルハウストは手に持つピアスを壊さない程度に強く握った。


これだけは放すもんかと言うように。



「陛下が生きていてくだされば・・・・・・お前達が陛下を・・・陛下のお命を・・・・・・」


「っ! それはお前がっ・・・!!」
!」

ミルハウストの言葉に強く反応して、掴み掛かろうとするを、ヴェイグが彼女の両肩を掴むことで引き止める。
その様子を一目見てから、一度目を閉じ再び開いたミルハウストは静かにユージーン達に向けて言葉を放つ。



「カレギアは私が守る。誰にも手出しはさせない」


その場を去ろうとするミルハウストを追いかけようと、ヴェイグの腕を振り解こうとする



「放せヴェイグっ!アイツを一発殴らせろっ!!」
「今は俺達の出来る事をやるんだ!!!」


言われたはハッとなり、暴れるのをやめた。
自分が言ったことに納得してくれたのだとわかったヴェイグはそっと彼女の両肩から手を外す。


ふーっと長い息が彼女の整った口から吐き出される。


「・・・ハックの所へ話を訊きに行こう」
「わかった。・・・・・・だけど、ヴェイグ達で聞いてきてくれ。私は少し頭を冷やす」
「・・・殴りに行くなよ?」
「行きたいけど我慢するよ」

苦笑するに頷いて、ヴェイグ達はハックの居る宿屋へと入っていった。
































「・・・元はと言えば、アイツがアガーテを・・・・・・」


アガーテの気持ちを真に受け止めなかったことが悪いのに。

アガーテがどれ程悲しみ苦しんだかを知らないクセに。



沸々とまた湧き出る怒りに気づいて、心を落ち着けようともう一度小さく息を吐く。
それと重なるように、誰かがを後ろから抱きしめた。

彼女の腹をぎゅうっと強く締め付けるかのように『誰か』の両腕が回っていた。
右肩には背後の『誰か』の顎が乗っているのが感じ取れる。


耳のすぐ傍で、クスクスと楽しそうに含んだ笑い声が聞こえてくる。
その笑い声がする度にふんわりと甘酸っぱい匂いが鼻を掠めた。




・・・きっとまた何にもつけることなくブルーベリージャムを口にしたのだろうな。と、どこかは他人事のように思った。






「・・・サレ様」
「お城以来だねぇ、
「・・・何か御用なのですか?」

言いながら、は双剣が収められている鞘にそっと手をかける。


サレを傷つけるなんてことは自分には出来ないが、牽制くらいなら出来る。
ただし彼が今、『契約の首輪』を持っていないことが条件になってくるが。



サレは警戒している様子のを見てまた笑みを深めると、彼女の細身に絡まる自分の腕に更に力を込めて、引き寄せた。


「安心して良いよ。今日は戦いに来たんじゃないんだからさ」


は、端整で冷たいその顔に笑みを浮かべる主人を肩越しに見つめた。


じっと間近にある二つの青い瞳を覗き込む。


瞳の中からサレの本音を探り出そうとしているらしい。サレの瞳を見つめる以外の行動を一切やめていた。




・・・やがて、鞘から手を離して、両手をブラリと下ろした。

大人しく抱きしめられることにしたらしい。




「・・・そう。良いコだね」


冷たく微笑むサレの顔をめがけて、拳一つ程度のサイズの氷の結晶が飛んできた。
その結晶に驚くことなく、サレは右手で生み出した風で受け流す。

それから結晶を放った人物であるヴェイグを見て、コレ以上ないくらいに笑みを深めた。


「やぁ、君達・・・遅くなったけど、挨拶に来たよ」
「サレ・・・を放せっ!!」


鋭く睨みつけてくるヴェイグを見て、サレはそんな気持ち欠片もないクセに「おぉ怖い」と呟きながらわざとらしく肩を竦める。
そのまま、ヴェイグの言葉に従い、を腕から解放した。



「行きな、

サレに促されるまま、は小走りにヴェイグ達の元へ戻る。
帰ってきたを、ヴェイグは素早く己の背に隠した。


「・・・どういうつもりだ?」
「放せと言ったのは君じゃないか」

茶化すサレにヴェイグはもう一度フォルスで作り出した氷の結晶を放つ。
・・・が、サレもまた再びフォルスで風を生み出して結晶をバラバラに引き裂いた。

引き裂かれ破片になった結晶がすべて地に落ちてから、サレは目を細めた。


「だって僕は君達のおかげでわかったからね」

一度髪を掻き揚げて、右手を胸に当てて話し始めた。



「これまで僕は、ずっとヒトの心を馬鹿にして生きてきた。軽く遊んでやれば良いと思っていた。
 ・・・でも、それは大きな間違いだった。君達との戦いで、僕は心の大切さを学んだ」


クククっと含んだ笑いを一つして、サレは続ける。



「心の力ほど強くて、大きくて・・・・・・・・・不愉快なものはないってね」

言い切ったと同時にサレの身体をグワっと紫色に輝く嵐が包み込む。
そのあまりに強い風に耐えられず、足元のザピィとハープがその場から数メートル向こうに吹き飛ばされた。




「だから・・・本気で叩き潰すことにしたんだ・・・・・・君達の・・・ヒトの心をねっ!!」



先程まで笑みを浮かべていた顔は鋭く『憎しみ』の感情だけを惜しみなく浮かべ、ヴェイグ達を睨みつけていた。


殺気さえも感じるサレの瞳を見て、ヴェイグ達はそれぞれの武器を取り出し戦闘態勢に入った。

・・・背後にクレアとを庇って。






再びサレとの戦いが始まる、と息を呑んでいたヴェイグ達は、まるで気が抜けたかのように風を止めたサレによって杞憂に終わる。
その様子を眺めて、憎しみの表情は止み、またサレは微笑んだ。


ゾッとするほど冷たいいつもの笑み。




「・・・今日は挨拶に来ただけさ。うるさい将軍閣下の目があるからね。
 ・・・・・・でも覚えておいた方が良い。君達が泣いて謝っても、僕は絶対にやめないよ」



サレは冷たさを帯びた瞳を細めて、ヴェイグを見つめた。



「だって、君達ほどの強い心を踏みにじるのってとても楽しそうじゃない?・・・・・・ねぇ?


ヴェイグから視線を外し、彼の背後にいるを見つめる。




「君はもう僕のモノじゃないって言ってたけど、それは間違いだよ。
 君はどんなコトがあっても、僕のお人形さんなんだよ。それ以上でもそれ以下でもない・・・・・・・・・・・・僕のモノさ」


もう一度髪を掻き揚げて、サレはその場を去った。









・・・嵐が過ぎ去った。


・・・・・・・・・いや、コレは嵐の前の曇天程度なのかもしれないが。


嵐衝突の巻。
サブタイトルは「久々のサレ×夢主だぜイヤッホイ!」
この辺のサレは面白くって仕方ない。

今回の伝えたいことは、
*夢主はサレと戦えないのです。
*サレは夢主をヴェイグ達に渡さないつもりなのです。
*ミルハウストは夢主に渡されたピアスを常時持ってるのです。

・・・こんな所。サレと夢主の関係は不思議なことばかり・・・。
次回はキョグエンですよ〜。