ティトレイがふと気がついた時には、もうそこは暗い聖殿ではなかった。
見慣れた建物。大きな煙突。
上を見上げれば、青い空を塗り潰す白と黒の雲。
この光景は、己の故郷。
「・・・・・・・・・・・・ココは・・・ペトナジャンカ・・・だよな?」
「そうよ。何言ってるの?ティトレイ」
独り言のつもりで呟いた言葉に返事が返ってきて、ティトレイは驚いた。
すぐに自分が何かを掴んでいることに気づき、目を向ける。
聖殿にはいないはずのセレーナが、自分と手を繋いでいた。
自分が掴んだのはの手だったハズだが・・・・・・。
「姉・・・貴?」
「どうしたの?まだ寝惚けてるの?工場の交代の時間だから呼びに来たのよ」
「交代?」
自分は一体どうしたのだろう?
聖殿に入り、の手を掴んだら、ペトナジャンカに来ていた。
しかも掴んだはずの手はセレーナの手になっているし・・・・・・。
「・・・あぁ、そうか!これは夢か!!」
「もう、夢じゃないわ。全部現実よ。・・・全部・・・本当よ・・・・・・」
セレーナは呟くと、ティトレイの手を引いた。
向かう先は自分のよく知る工場・・・・・・。
見た目は何も変わらぬのに、そこはティトレイの知っているペトナジャンカではなかった。
ヒューマだガジュマだと差別をする事無く明るく隔てなく接していた若者は、
友人であったはずのガジュマの男を笑いながら蹴り上げて、無理矢理労働させている。
他の『ヒューマ』達はそれを見ながらも若者を止めようとする事はない。
むしろ眉を顰める事もなく楽しそうに笑い、「良いぞもっとやれ」と野次を飛ばしている。
『ガジュマ』達は暴行を受けながらも、ただ黙って仕事をしていた。
「・・・・・・これは・・・何だ・・・?」
目を見開き、呆然と呟くティトレイを、セレーナは不思議そうに見上げつつ、工場の奥に案内した。
工場の奥では心優しい筈の工場長が鞭を握り、『ガジュマ』の男を撲っていた。
そして、工場長の傍らを見て思わず、ついにティトレイは叫んだ。
「っ!」
そこには、身体中を鎖で拘束されて至る所に傷を作った血だらけのの姿。
はぐったりとしていて、まったく動かない。
息をしているのかさえも危うい。
まるで赤いペンキの上に置かれた、人形のようだった。
ティトレイは工場長と『ガジュマ』の男の間に入った。
例えコレが夢でもペトナジャンカの者達が、
世界中の『ヒト』がこんな事をしているのはティトレイには耐えられなかった。
「やめてくれ工場長!一体どうしちまったんだよ!?オレ達は一緒に働く同じ仲間じゃないか!何でこんな事するんだ!?」
「同じ仲間ぁ?」
工場長はティトレイの説得を、鼻で笑って一蹴する。
「何が同じなもんか!優れたヒューマと愚かなガジュマを一緒にされてたまるか!」
「そうよ、ティトレイ」
セレーナが工場長に同意した。
言ってることはいつもとまったく違うのに、目の前にある笑顔はいつもと同じ・・・。
「私達は優れている。だから、ガジュマに労働の場を与えているのよ。それに、そこの人形も」
「は人形じゃねぇよ!同じヒトだ!」
反論する弟を諭すように、姉は首を振る。
「違うわ、人形よ。この人形の流す血は万物の薬になるし、鉄に混ぜれば最良の鉄が出来るわ。
そんなコト、『普通のヒト』なら出来ないでしょう?コレはヒトじゃない・・・・・・人形よ」
言うとセレーナはの肩にある傷に爪を差し込み、広げるように引っ掻いた。
赤い赤い鮮血が美しいセレーナの手を染め上げて、汚す。
「やめろ!姉貴!!やめてくれっ!!」
ティトレイはセレーナを押しやると、の身体に絡まる鎖を切った。
支えを失い崩れるをしっかり抱える。
「大丈夫か?・・・・・・さぁ、アンタも早く逃げろ!」
「あぁ・・・そうさせてもらうよ・・・」
『ガジュマ』の男はティトレイに頷いてから、工場長を鋭く睨みつけた。
「工場長!アンタの言う通りさ!ヒューマとガジュマは違う!その事を思い知らせてやるぜ!!」
ティトレイが目を大きく開いたと同時に男は走り去る。
「何する気だ!?待て!・・・待てっ!!」
「待てっ!!」
ティトレイが突然大声を上げたので、ヴェイグ達は驚いた。
「・・・ティトレイ・・・私はちゃんと待っているぞ・・・・・・?」
の呼びかけで、ティトレイはハッと我に返る。
繋がっている手は、の手。
「・・・・・・ここは・・・?」
「聖殿の中ですよ?ティトレイさん」
アニーが言うと、ティトレイは頭を抱えた。
「いや、オレは確かにペトナジャンカにいて・・・」
「ペトナジャンカぁ?・・・歩きながら夢でも見てたって言うの?」
ヒルダの小馬鹿にした態度に軽くムッとしたが、反論する事無くティトレイは安堵の息を吐く。
「・・・いや、何でもない。・・・あれは夢なんだよな。・・・全部・・・・・・嘘、だよな・・・」
ティトレイはうんうんと一人で納得していた。
ティトレイは聖殿の奥へ奥へと進む度に、幻覚を見た。
それは本当にリアルで、どちらが『本当』か一瞬迷ってしまうほどだ。
「・・・またかよ」
ティトレイはまた幻覚の世界に入り込んでため息をついた。
もういい加減にして欲しい。
「キャアァァァァァッ!!」
「・・・姉貴!?」
ティトレイの家の方向からセレーナの悲鳴が聞こえて、反射的に駆け出す。
ティトレイは何者かに壊されたのであろうボロボロの扉から家に飛び込んだ。
そこにいたのはあの時の『ガジュマ』の男と、冷たく死人のような瞳をした。
二人の足元には傷だらけのセレーナ。
はティトレイを一瞥すると、握っていた剣を彼に見せ付けるように床に伏せるセレーナに向かって振り下ろす。
同時に、『ガジュマ』の男も握っていた大槌を、勢いよくセレーナの頭に振り下ろした。
肉に刃が喰い込む音と、頭蓋の砕ける音が部屋中に響く。
「姉貴ー―――――――っ!!」
夢である事も忘れ、ティトレイは目の前の惨状に向かって叫んだ。
「・・・・・・憎いでしょう?私もお父さんをガジュマに殺されたんです。私の気持ちが・・・・・・わかるでしょう?」
何も無い暗い暗い空間にアニーがフッと現れ、そうティトレイに訊ねた。
「認めてしまえ。ヒューマもガジュマも、ハーフもホーリィ・ドールも交わる事の無い違う種族と」
も言った。
ティトレイは静かに首を振る。
「どうして?私の仇を取ってくれないの?・・・ガジュマやホーリィ・ドールを殺してくれないの?」
セレーナが、無傷の姉が恨めしそうに首を振る弟を見た。
「・・・相手がヒューマだったら、どうすればイイんだ?」
「その相手だけを憎みなさい。ガジュマは全てが悪いけど、ヒューマは個人が悪いのよ。・・・違うから」
「・・・わかんねぇ・・・わかんねぇよっ・・・!」
ティトレイは目を瞑って頭を抱えた。
「何が悪いんだ!?何が違うんだ!?皆同じなのに・・・皆同じになればいいのにっ・・・・・・!!」
ティトレイが叫ぶと、セレーナは優しく微笑む。
安心なさい。
そう言ってくれるかのように、いつも自分に向けてくれる優しい眼差しで。
セレーナがティトレイに手を差し出す。姉の手の上に、一握り出来そうな大きさの光がふわりと浮いている。
「なら・・・この光を掴みなさい。そうすれば、ガジュマをヒューマに変えられる。皆同じになるのよ・・・」
「皆・・・・・・同じ・・・」
『同じ』になれば差別は起きない。
ヒューマとガジュマは仲良くやっていける。
そのどちらでもないヒルダやも幸せに笑っていられる。
――― 皆、『同じ』になる ―――――。
ティトレイはゆっくりと光に手を伸ばした。
そっと光に触れる。
光は温かな輝きを放っているのに、まるで氷のようにとても冷たい。
光に惑わされるな。これは偽りだ。
・・・と、誰かが言っている気がした。
「・・・・・・いらねぇよっ!」
ティトレイは叫び、光をセレーナの手から弾き飛ばす。
弾かれた光が暗い空間に散っていった。
「何をするの!?ガジュマをヒューマに変えれば同じになるのよ!?」
「違う!オレの言う同じはそんなコトじゃねぇ!」
「・・・・・・なら、貴方の言う『同じ』は何なの・・・・・・?」
セレーナの問いにティトレイは右手で拳を作って、それを左胸に当てた。
「『気持ち』だ!!」
「気持ち・・・?」
「誰だって嬉しいとか悲しいとかって気持ちはあるだろう!?
そういう感情を誰もが持っている・・・オレの言う『同じ』はそういうことなんだ!!」
ティトレイがセレーナの問いに答えると、彼女の隣にが現れた。
彼女の手には細かい細工が施された首輪が収まっている。
「・・・なら・・・ホーリィ・ドールは?感情の無いホーリィ・ドールは、同じなのか・・・・・・?」
「あぁ、同じだ!感情が無い訳じゃねぇ!隠してただけだ!
無かったら・・・無かったんだったらサレに捨てられて、涙流して暴走するなんてコトなかっただろ!?」
「・・・私達ホーリィ・ドールは『契約の首輪』に縛られている・・・・・・それでも同じか?」
「そんな首輪なんでもないだろ!?誰がそんなこと決めたんだよ!?
ホーリィ・ドールは今じゃお前しかいないんだろ!?なら、お前は自由なんだ!!!」
そうだ。ホーリィ・ドールは今では彼女しか存在しない。
だったら、いつまでもそんな掟に縛られてる事だってない。
そんな首輪が一体何だというのだ。
は、もう自由なんだ。
ティトレイは左手のボウガンをセットしながら、に歩み寄る。
「お前がそれに縛られてるならオレが自由にしてやる!・・・オレらは『同じ』仲間だからなっ!!」
言い終わると同時に首輪に向けてボウガンを放つ。
放たれた矢は首輪を貫き、砕いた。
「―――――ティトレイ?どうしたの?また何か見たの?」
ティトレイの顔を心配そうにマオが覗き込む。
笑って、心配するなとばかりに彼の頭を優しく叩いてやる。
「あぁ。・・・・・・だけど、もう大丈夫だ!行こうぜ、皆!!」
突然元気になったティトレイを見ては瞬きをして不思議そうに彼を見た。
その視線に気づいて、ティトレイは笑う。
「もういいんだ。お前はもう自由なんだぜ?」
ワケがわからない、とは肩に乗るハープと目を合わせた。
ティトレイ頑張る!の巻。
この辺のティトレイってホントカッコイイですよね。表現できたかはいいとして(笑)
ティトレイに言わせたかったんです。「サレに捨てられて〜」の所。
今回、ティトレイには夢主の首輪についても語ってもらいました。
ホーリィ・ドールは契約の首輪を持つ者に必ず従う。
それは一種の掟であって、その掟さえ破ってしまえばホーリィ・ドールは普通のヒトと何ら変わりはない。
しかも、そんなことをしなくてもホーリィ・ドールは今では夢主一人。
だから普通のヒトとして生きていけばいいんだ、生きてもいいんだ。・・・と。
だけれど、感情を殺して、ただただ主人に仕えてきたホーリィ・ドールには
どうやって生きていいのかわからないんですなコレが。
ずっと前に夢主が「サレを失ったら自分は〜」と言ったのはつまりコレ。
夢主の場合、別の意味もあるんでしょうが・・・ね。
ところで、この夢の中のティトレイの家は現実と所々違って、スタッフの芸の細かさに驚かされます。
見たことが無い方は是非v