『雪』の次は『霧』


海を隔ててしまえば天気なんてまったく変わってくるのだなと思いつつ、は空を見上げる。

見上げても視界一面を霧が覆ってしまい、それ以外は何も確認出来ない。

霧に遮られた景色は天だけではない。側面だって霧ばかりだ。
注意をしなければさっさと先を歩いてしまう主人を見失ってしまいそうなほどに深くて、濃い。


カレギア国の首都バルカは一年の大半が霧に支配されているという事は、先程船の中でサレに教わった。


、ボーっとしてると置いて行くよ」
「はい、サレ様」

自分を呼ぶ主人の後を追い、霧を掻き分け歩み出す。
を城まで運ぶ事がサレの任務なのだから、本当に置いていくワケはないのだが。












港を抜け、カレギア軍が用意をしていた馬車に乗り込み城へ向かう。


やはり馬車は徒歩よりもずっと速い。
少々馬車の中で身体を揺らしていればあっという間にカレギア城の正門に辿り着いた。


登城して、カレギア国王ラドラスに今回の任務が無事完了した事を伝えるためにサレは玉座へ向かい、そこでを前に出した。


本来ならば隊長であるユージーンに報告を通した後、王に謁見を求めるのが筋ではあるが、今回は国王自らの命令だ。
隊長を介さずに直接報告をしてしまっても別に構わないだろう。


そうサレは判断した。


傍から見れば彼の行いは無礼極まりなき所業である。
事実、サレ本人も悪びれる事はないが多少はそう思っている。


しかしラドラスはサレを咎める事もなく、むしろ「ご苦労」と一言労いの言葉を告げた。




続いて王がサレに命じた内容は、を自身の娘である姫のアガーテに会わせる事だった。














「僕はここにいるからね。くれぐれもお姫サマに失礼のないようにするんだよ?」


アガーテの私室の前までを案内したサレはそう言うと、彼女と別れてさっさと別の部屋の扉を開けてその中に入ってしまった。
部屋の扉がパタリと音を立てて、サレを飲み込む。


長く広い通路に取り残されたは一拍おいてから肩にハープを乗せて、姫君の部屋へと入った。






とても華やかな造りの中で、一際目立ったのは、部屋の奥にあるベッドに優雅に腰掛ける人物だ。

室内に入ってきたを大きな瞳で真っ直ぐに捉えてくるそのヒトは、ガジュマの女性だ。



澄んだ青色の髪に紛れて生えている形の整った綺麗な猫耳、それらを備えた頭は小さく小顔。
顔は一度見たら忘れられそうにない程、ヒトを惹きつけて止まぬ魅力に溢れた美しさ。



目の前の女性の美しさをどんなに上手い言葉で形容しても、良い意味でその言葉に不相応となる。
そんな秀麗に包まれた雰囲気を持ち合わせていた。






・・・しかし、何処か憂いを含んでいる。



何となくだが、はそう思った。
目の前の女性を「美しい」と思うより「悲しげ」と感じ取れた。






満月のような神秘的な美しさを秘めた女性は、花弁のような唇に優しい微笑を浮かべる。


「…いらっしゃい。貴女がね?」


目の前の美しいガジュマの女性こそが、部屋の主…カレギア国王ラドラスの一人娘、アガーテ姫だ。



アガーテはが頷くのを確認すると、笑みを深めた。


「こっちに来てくれませんか?私に貴女の顔をよく見せて」


言われるままに、アガーテの座るベッドへが近づく。
対面するように立ち止まり、その場で片膝を突いた。

それを合図に、アガーテはガジュマ特有の大きな手で彼女の顔を包み込んだ。
顔の形を確かめるように指を少しずつ動かして、の顔を撫で上げる。

そのまま、うっとりと陶酔した。




「…なんて美しいの…紅玉の瞳、滑らかな白銀の髪、桜色の唇…美しいわ…」

の肩に乗るハープに威嚇されているのも気にせず、
アガーテは彼女の顔や身体のパーツ一つ一つに触れては褒め、羨望の眼差しを向ける。



「…私などより、アガーテ姫の方がずっとお美しいと思います」


されるがままになっていたが声に出して感想を述べる。正直なところの感想だ。
自分なんかより、アガーテの方がずっと美しいと思う。



その言葉を聴いて、意外そうにアガーテは目を丸くして驚く。…だがすぐに微笑んだ。


「ありがとう、。その凛とした声もとても美しいわ。…どうして私はこうなのかしら?」

アガーテはの顔から手を離して、自分の顔の前に掲げた。
ガジュマ特有の、太くて大きい手が目の前にいっぱいに広がる。


「この手も、この耳も、尻尾も、毛皮も……ヒューマとは違う…。何故私はガジュマなの?」
「………ガジュマなりの美しさを認めることはできませんか?」


アガーテの頭が縦に揺れた。



「あの人と違うのだもの…。いくら他の人に美しいと言われても、あの人と違うのは…嫌」

目を伏せて涙を流し始めたアガーテの手を、はそっと両手で包んだ。
ぎこちなく、言葉をかける。


「……温かいですね、貴女の手は。…優しい、美しい心を持っているから…かな?」


アガーテの手はヒューマと同じ姿のの手では包み込めない程、確かに大きい。
それでも、確実にの温もりを感じぬ冷たい手より、ずっと温かかった。



「ヒューマもガジュマもなかなか持っていませんよ、こんな美しい『心』」


せめてアガーテに知ってもらいたかった。
彼女が醜いと言うガジュマでもヒューマ以上の美しい『心』が持てるのだと。


言葉を聞き終えて、アガーテはを抱きしめた。
歓喜に満ちた声がに届く。


「ありがとう 。…ありがとう…」


抱きしめてただありがとうを繰り返すアガーテの手に、ハープがそっと擦り寄った。























「…お姫サマと何を話してたんだい?」


アガーテの部屋を出ると、目の前にサレが立っていた。
どうやら部屋の前で待っていてくれたらしい。


「…ヒトの『心』について…でしょうか…」


何を話していた、と訊ねられると結構表現が難しい内容だ。

相応しい返答だろうと頭の中で考えて返したに対し、サレはくだらないとばかりにハッ、と短く笑った。



「ヒトの心?…感情を持ってなかった君とその話?…冗談じゃないよ」


馬鹿馬鹿しいと言うサレの手を、徐には無言で包んだ。
前触れのないそれに困惑するサレ。


「なっ…!?」
「…サレ様も温かいですね、手……」


突然、誰にもされたこともない行動に驚いたサレは空いている片手でに向かって嵐をぶつける。

振り払えば済む事だった。
だが、他人に触れられる前例がこれと言ってなかった彼には、彼女の行動は混乱を抱かせる事だった。


初めて、自分に進んで触れてきた少女。


思わず骨髄反射のようにその手を拒否した。




一方 嵐を放たれたは冷静なもので、
咄嗟に唇を切り、流した自身の血を使って血のフォルスで自身とサレの間に盾を生み出してそれを上手く避けた。




「…っ!……君は本当に不思議なコだよ」


サレは息を荒げて、目の前の少女を睨みつける。
しかし何が悪いのかわからないらしく、はハープを撫でつつ彼を見つめ続けるだけだ。


そんなに、サレも脱力したらしい。






「…もう良いよ。…ホラ、行くよ」




サレに呼ばれて、は嬉しそうに「はい」と返事をした…。



夢主、アガーテ様に会うの巻。
サブタイトルはサレ様、夢主ちゃんの突然の行動に驚くの巻(笑)
ちなみに手の冷たいヒト程心が温かいというアレは無かったことにしてください。
…夢主がお人形さん生活を送ったことの表現だったのでああなりました。
生と死のような違いを出したかったんです…。

アガーテや夢主を「美しいんだよ!」と褒めちぎるだけの文才がありません\(^q^)/

今回の話のポイントは、
「心を司るホーリィ・ドールである夢主がアガーテに心の話をしたこと」
それでも、アガーテはアレに走っちゃうんだよ、と…。
そして「ハープちゃんがアガーテに心を許したこと」

ちなみにハープちゃんが現段階で懐いているのは夢主とアガーテのみ。
サレ様は対象外(笑)