宿屋を出てすぐ目の前には荷車に積まれた色取り取りの花。
そこに並ぶ花々はスズラン、ヒマワリ、バラ、そしてスイセンだ。


「・・・本当にありましたね・・・」

アニーが呟く。

花達は荷車に乗せられた小さな棚で「狭い」と文句を述べそうなほどにぎゅうぎゅうと並んでいた。




「・・・店のヒトはいないのか?」

ユージーンが辺りを見回すが、花屋らしき人物がどこにも見当たらない。


「・・・お店を開けたままで出てっちゃうなんて、変ですね・・・」

アニーが言う。
しかし、それはユージーンへの返答ではない。


突然、マオが何かに気づいたように「あっ」と短く声を上げた。


彼の視線を辿ると、先程昔話を聞かせてくれたガジュマの老婆の家から、パタパタとこちらに向かって走ってくる小さな少女が見えた。
少女は息を弾ませながらヴェイグ達の目の前までやって来る。


同時に、無邪気な笑顔を浮かべてまだまだ舌足らずな口調で来客を歓迎する言葉を述べた。


「いらっしゃいませ!」
「・・・君が花屋さんかい?店を開けたまま出てっちゃいけないよ」

ティトレイが、一同より少し前へ出てしゃがみ、少女と目線を合わせて優しい口調でしゃべる。
彼の言葉を聞いて、叱られたと思ったのか少女はシュンと頭を下げて、上目遣いでティトレイを見上げた。


「ごめんなさい・・・あそこのおばあちゃんの家に足の悪い男の子がいるから、その子にお花を見せてあげようと思って・・・・・・」


少女が申し訳なさそうに言うが、
ティトレイはそれを止めさせるように優しく少女の下げた頭を撫でた。


「・・・優しいんだな。これからもおばあさん達を大切にしてあげるんだよ」
「・・・うんっ!!あ、そういえばお兄ちゃん達、何のご用なの?」

少女が首を傾げる。
本題に入ろうとティトレイが一つ咳払いをした。


「ココに並んでる花、何処で摘んできたのか教えてくれないかな?」
「イヤっ!だって教えたら、お花を摘みに行くんでしょ?私の売るお花がなくなっちゃうもの!」

少女の尤もな言葉に、傍らにいたは思わず頷いた。


なかなか商売上手だ・・・・・・と。




「そんなこと言わずに〜。お兄さんはお花が大好きなんだ。ほら、この通り〜!」

ティトレイは言うと、手からフォルスで作り出した四枚の花弁を持つ黄色い花を出した。
少女は一瞬驚いたが、すぐにその花を見て手を叩きながら笑顔を浮かべる。


「すご〜い!こんなお花見たことなーい!!」
「これは西の大陸にだけ咲く、ティートレーイの花だ。君にあげてもいいけどぉ〜?」

ティトレイが片目をつぶりながら悪戯気に笑うと、少女は強く頷いた。


「教えるっ!教えるからそのお花ちょうだい!!」






少女が口を割るのは案外早かった。













































花屋の少女が言うには、ゼレン湿原の中心辺りにある泉に四種の花が全て咲いているらしい。


ゼレン湿原は『湿原』と言うだけあって、水溜りや沼が多いため地面がぬめり、泥が堆積している。
まず女性は好んだりはしないだろう。


それらは膝近くまで沈み込む程に深くある場所もあるのだから。





さん、足はもう大丈夫ですか?」

アニーはに、ユージーンとの戦いでつけた脚の怪我の様子を訊ねた。
あの時の傷は完治が遅く、未だ包帯を取れずにいる。

は頷いて返した。


「あぁ。まだ完治はしていないが、大丈夫だ。・・・治癒術は他人にしか効かないしな」

お前が頼りだとが言うと、ポッとアニーは顔を赤くする。


「いえっ!そんなことは・・・・・・それにさんは自己治癒力が優れてますし・・・」
「・・・血が血だからな・・・・・・」

アニーに聞こえないほどに静かに呟いたは、足の痛みを堪えて再び歩き出した。


・・・本当は槍に足の肉をぱっくりと裂かれたのだから、痛くて仕方がない。
泥が足を刺激して傷に沁みるが歩かないわけにはいかない。


・・・皆を心配させるなんてことは出来ない。





「大丈夫か?」

ヴェイグの心配する声が後ろから聞こえた。
だが、それは明らかにに対して発したものではなかった。


後ろを振り返ってみれば、声を発した本人であるヴェイグがクレアを横抱きにして抱え上げている。
マオが「わぉ」と茶化すように声を上げた。


「汚れるのは嫌だろう?・・・しっかり掴まっているんだぞ」
「え・・・あ、はい・・・・・・では・・・」



クレアが躊躇いながらもヴェイグの肩に腕を回すのを見ると、
は足の痛み以上の、グッと詰まるような痛みを胸に感じた。

それと同時に感じる、クレアへの嫉妬心とヴェイグの彼女のみを特別扱いする所への『怒り』。



「・・・・・・私やアニー・・・ヒルダ姉様だって汚れたくはない」

ヴェイグとクレアへの怒りがさっさと消えるようにと祈って、
は足の痛みを堪えてずいずいと先へ進んだ。



右手に巻くサレのハンカチを泥で汚さぬように、左手でしっかりと庇いながら。























湿原の中心に位置する泉は花に囲まれた美しい場所だった。


「ここが地図の場所なんだー」

辿り着いた泉を見回しながら、マオが言った。



「・・・確かに四種の花 全部あるし」
「問題はこの詩だ。一体どういう順番で詠えばいいんだ・・・?」

ユージーンは四つの詩をメモした紙を見て首を傾げる。


「スズラン、バラ、ヒマワリ、スイセン・・・・・・そういえばこの花って咲く季節がバラバラですね」

アニーがふと呟くと、ティトレイが頷いた。

「あぁ、そうだな。スズランは春、ヒマワリは夏、バラが秋で、スイセンが冬だ」
「・・・なら、季節順に詠ったらどうだ?」

ティトレイの言葉の後で、ヴェイグが呟いた。


「あ!そうだねっ!じゃあボクが詠うよ!」

マオはユージーンから紙を受け取り、大きく息を吸った。



「―――闇において我は希望を求める 勇気を得る 真実に至る 愛を知る!」


大きな声でマオが詩を読み上げたが、泉には何の反応もない。
どこからか吹いたそよ風で四種の花で構成された花畑が揺れるだけだった。



「・・・何か、全っ然反応ないんですケド?」

マオはムッとして詩を見た。

・・・別に間違えてはいない。




納得のいかないマオはもう一度詩を詠ったが、やはり泉に反応はない。
またしても彼を馬鹿にするかのように花が柔らかく揺れた。


「あーっ何かすっごいムカツクんですケド!イイよっもう!!」
「いや、よくないだろ」

ティトレイがさり気なくつっこむがマオは聞いていなかった。




二人を間の端に捉え、何となくはマオが読んだ詩を呟いてみる。




「闇において―――」



詩の一部を呟いただけであったのに、泉はマオの時とは違う反応を示した。



泉が輝き出したのである。






「泉が・・・光った・・・?」
、お前が詠ってくれ」


ヴェイグはマオの持つ詩を引ったくり、に手渡す。

泉を見つめながらは詩を詠った。
















―――――― 闇において 我は希望を求める  勇気を得る  真実に至る  愛を知る ――――――














が詩を詠い上げると、泉の水が地鳴りと共に引いていく。
泉の底から、古びた聖殿が姿を現した。



「私の声に・・・反応した・・・・・・・・・?」

呆然と呟くが、驚いたのは他の皆も同じで、それぞれに呟き出す。


「ボクの声には反応しなかったのに・・・」
「・・・伝説には、ホーリィ・ドールの事は一つも書かれてなかったわよね・・・」
「・・・第三の、開く鍵としてホーリィ・ドールが利用されたんでしょうか・・・・・・」

マオとヒルダ、アニーが呟いて、を見る。



その目は、彼女を「気色悪い」とまで言うような眼差しではなかったが、
かと言ってけして良いモノでもなかった。




「・・・中に入ろう」

辛そうに目を伏せていたを気づかって、ヴェイグは先に進む事を促す。


彼のさり気ない優しさに、は心から感謝した。

































古びた聖殿の中へと入ると、辺りを木霊して一つの声が響いた。



『闇の力を求めし者達よ 闇の力を得て何を望む?』

すぐにティトレイが叫ぶ。



「オレ達は世界を混乱させている思念を消す為にココに来たんだ!アンタは何者だ!?」


『・・・ヒトの争いは思念のもたらすものなのか?ヒトは思念の前に争う事はなかったか?』

声の問いは更に続く。



『ヒトはまた同じ過ちを繰り返さんとしている。あるいは二つの種族の争いは続いていたのではないか?』


声の言葉に反対して、ティトレイは強く首を横に振った。

「そんな事ねぇっ!今までずっと仲良くやってきたんだ!それを思念がぶっ壊そうとしてんだよっ!」


『・・・・・・そう思うのか?・・・どうだ、ホーリィ・ドールよ』
「・・・仲良く・・・・・・・・・」




・・・本当に仲良くしていただろうか?


思念が現れる前と今とで『ホーリィ・ドール』の自分に変化があっただろうか?
奴隷にする為にヒューマやガジュマがホーリィ・ドールを捕らえて、挙句虐殺したのは思念の『前』だ。







・・・・・・その行動は仲が良いからするのか?



















が俯き考え込んでいたら、ティトレイが代わりに返答した。


「あぁ、仲良くだ!ヒューマもガジュマも、ハーフもホーリィ・ドールも皆同じヒトとして生きてきたんだ!」

『・・・本当に同じだと思うのか?』
「同じだ!!」

ティトレイは声の主に負けないくらい聖殿に自身の声を響かせた。



『・・・・・・ならば我の元へ来るがいい。そして示せ。汝の信じるものを』

声がスッと消えていくのを確認したティトレイはへっと鼻を鳴らす。



「言われなくてもそうするさ!行こうぜ、皆!!」





















聖殿の中は黒い霧が漂い、闇が広がっていた。
黒い霧は何かを誘惑するかのようにだんだんと濃くなり、ヴェイグ達を包み込んでいく。

咄嗟に、ヴェイグはクレアの手をしっかりと握った。



「皆、はぐれないよう気をつけろ!」

注意するように言うユージーンの腰にはマオがしがみついていた。
アニーはヒルダの腕に抱きついている。

残ったは前方で手を繋いでいるヴェイグとクレアを見ると、ふん、と鼻を鳴らして一人で歩き出した。
同じく一人のティトレイが、彼女を追いかける。


「オイ、 危ねぇって!一人で行くなよ!!」


ティトレイはに追いついて彼女の手を掴む。




瞬間、目の前が真っ白になった気がした。


闇の聖殿に突入の巻。
夢主が怖いです・・・。
そりゃヴェイグがあんなにクレアばっかり特別にしてちやほやしていたら
好きだ嫌いだの気持ちの前に普通に出てくる感情じゃないでしょうか。
ヤキモチと表現していいのかな・・・すごく微妙・・・。

聖殿の入口は夢主が詠うことで開きました。
謎は後々解明されていく・・・ということで今はこの程度。

というか、泉でアレを詠うだけで誰にでも聖殿現れちゃったらとんでもない事だと思う。
だから、ゲオルギアスと繋がりを持つ夢主が「鍵」ってことで。(汗)
次回、ティトレイ大活躍。つまり夢主は空気って事ね☆