ラジルダに着いたとほぼ同時に、ヒルダは例の紋章の見た場所を思い出したらしく、一直線に街外れの宿屋へと向かった。
宿屋の廊下には石碑で見た紋章―――とよく似た別の紋章が描かれた旗が飾ってあった。
ココで見たのは確かなのに、この紋章ではなく、石碑とまったく同じモノを、とヒルダは首を傾げた。
「―――廊下に飾ってある旗?えぇ、前のとは違う旗だよ」
宿屋の女将に旗について訊ねると、女将は愛想良く答えてくれた。
「今飾ってあるのは『ヒューマの旗』。前の旗は『ラジルダの旗』よ。街全体の旗だったラジルダの旗は処分されちゃってねぇ」
「・・・何で処分されたの?」
「少し前からヒューマとガジュマの仲が悪くなり始めてさ。
イヤな感じね、なんて思ってたらイーガ様からお達しがあって、これからはヒューマの旗を使えってのよ」
女将は苦笑して、肩を竦めた。
困っちゃうわ、と全身から雰囲気が感じ取れる。
「でもこっちは客商売でしょ?
そんな旗出したらガジュマのお客さんが来なくなっちまうよ。だから、ああやってこっそり廊下に飾ってあるって訳」
「前のラジルダの旗っていうのはもう残ってないの?」
「街中の旗が焼かれちゃったって話よ」
「確か真ん中に何か紋章が描かれてたと思うんだけど、何か特別な意味でも?」
ヒルダが問うと、女将は少し考え込んだ。
「あれの意味なのかわからないけど・・・ラジルダの旗を掲げた時、昔のヒトはこう歌ったそうだよ。
『時を越え 我らは共に歌う そこに道は開かれん』ってね。・・・昔のヒトが今の状況を知ったらがっかりするだろうね」
宿屋の女将の話を聞いた後、ヴェイグ達は昔からラジルダに住んでいるというガジュマの老婆から昔話を聞かせてもらった。
「古くからの言い伝えでは、あの紋章は『闇の力』を意味しているそうです」
「闇の力・・・とは?」
「大昔、この辺りにはどんな願いも叶えられる闇の力というものがあったそうです。
ガジュマは忌むべきものと恐れ、ヒューマは聖なるものとして崇め、考えの違いから争いが絶えることはありませんでした。
やがて、人々は闇の力が争いの元だと気づき、力を合わせ、闇の力を何処かの泉に鎮めたのです」
老婆の話を聞いて、が呟いた。
「・・・そして二つの種族は手を取り合うことを願い、旗に誓いを立てた・・・ということか」
「私は・・・そうだと信じております・・・」
老婆は悲しそうに微笑んだ。
老婆から教えられた『闇の力』を知る為に、ラジルダの二人の族長に話を訊こうとユージーンが提案した。
まず、ガジュマ側の族長であるフォグマに話を訊く事になった。
フォグマの家の前に立っていた門番は、ヒューマであるヴェイグ達を睨みつけてから、
お前だけなら族長との面会を許そうと言って、ユージーンを指差した。
何故ヒューマはダメなんだと怒り文句を言いそうになるティトレイを押さえつけて、
ヴェイグ達は門の前でユージーンが戻ってくるのを待つ事になった。
しばらく経ってから、ユージーンは一つの布を腕に抱えて戻ってきた。
それは一つの旗だったが、『ヒューマの旗』ではない。
『ガジュマの旗』・・・というらしい。
ガジュマの旗には勇気を表すヒマワリと愛を表すスイセンが描かれていた。
そしてユージーンが聞いた所によると、泉への地図というものが存在したらしいが、フォグマには伝わっていないらしい。
何でもその地図も昔、ヒューマとガジュマの協力で作ったものだったとの事だ。
他に得た情報は何かないのかとマオが訊ねれば、ユージーンは口ずさんでこう言った。
『闇において 我は勇気を得る 闇において 我は愛を知る』と―――。
次にヒューマの族長、イーガに話を訊きに赴いた。
そこにもやはり門番が立ちはだかり、当然のようにユージーンのみは入れないと言ってきた。
ユージーンはそれを嫌悪することなく了承する。
「・・・アニー、ティトレイ。俺達もココに残るべきだ」
「あ・・・そうですね・・・・・・前にも色々あったし・・・じゃあ・・・・・・マオ、大丈夫?」
アニーの言葉と視線は明らかに一人で大丈夫かと心配の感情を含んでいた。
まるで初めて一人でお遣いに出す我が子を心配する母親のような、そんな表情で。
それがわかって、マオは頬をプゥと膨らませて腹を立てる。
「・・・何かボク、子ども扱いされてるみたいなんですケド?大丈夫だよ、もいるし」
ねー、とマオはの腕に抱きつく。
それを見て、ふっとヒルダが笑う。
「子供でしょ?私が行くわ」
「クレアさんも一緒に行こうよ。ボク、ヒルダと一緒はイヤなんですケド?」
「もいるでしょ?そうやってムキになるところが子供なのよ」
ヒルダはため息をついて髪を掻き揚げた。
マオが可愛らしく、べー、と舌を出す。
「どーせ子供ですよーだ。 行こう、クレアさん」
「え?・・・えぇ・・・では私も・・・・・・」
戸惑うクレアを、心配そうにヴェイグとは見た。
イーガはフードを被っていて、眼鏡をかけた初老の男だ。
見るからに頑固そうな雰囲気を纏っている。
背中で腕を組んでいるその姿は相当な年齢を感じさせると同時に、なかなかの威厳を放っていた。
「見かけん顔だな。特にアンタ達のような上品な娘はこの街では見た事がない」
イーガはクレアとの顔を見比べるように交互に見て、うんうんと頷く。
マオが訪ねてきた理由、つまり本題に入ろうと口を開いた。
「ボク達は・・・―――」
「ワシはこの娘さんと話しておる!・・・・・・ワシに何の用かな?」
マオを睨みつけ怒鳴りつけた後、マオとはうって変わった優しい目でイーガはクレアを見る。
「・・・珍しくアンタ、のけ者にされたわね」
ヒルダがそっとに耳打ちした。
「・・・突然の訪問をお許しください。私達はカレギアの古代史について研究している者です。
イーガ様にどうしてもお伺いしたい事があって参りました」
クレアの丁寧な挨拶に満足したようで、機嫌良くイーガは微笑んだ。
「ううむ・・・若いのにしっかりしておる。さすがヒューマだ。粗暴なガジュマではこうはいかん。・・・気に入った。何でも訊いてくれ」
「・・・ありがとうございます。早速ですが、わたくし達が知りたいのは闇の力のことです」
「闇の力・・・・・・。アレが我らヒューマにとって、いかなるものか知っておろうな?」
クレアは頷く。
「聖なるものとして崇められていた事、そして古代の人々によってどこかの泉に鎮められたということは・・・。
イーガ様なら、その泉をご存知かと思い、こちらへ御伺いしたのです」
「・・・なるほど。アンタのような娘には是非とも教えてやりたいのだが、ワシにもその泉はわからん。
・・・・・・ワシが知る唯一のモノは鍵じゃ」
「鍵?」と呟くクレアを見て、うむとイーガは頷いた。
「ワシらのご先祖様は闇の力を鎮めた泉に鍵をかけ、その鍵を二つに分けてそれぞれの種族が守ることとなったそうだ。
だが、ヒューマの長たる我が家には鍵など伝わっていないのだ。・・・もしかすると、永年の間にガジュマに奪われたのかもしれぬ」
イーガの言葉で、ふとはユージーンから聞いた話を思い出した。
ガジュマの方にも・・・地図は伝わっていなかった。
二つに分けた後、互いに地図と鍵が伝わる事がなかったのか?
が考え込んでいると突然、ハープが軽やかに彼女の肩から降りた。
そのまま部屋の壁まで歩み出し、前足で軽く壁を引っ掻いた。
に何かを知らせるように、カリカリと音を立てる。
「コラ、ハープ!・・・・・・ん?この旗・・・・・・宿屋で見たな・・・」
はハープのちょうど上の位置に飾ってある旗に気がついた。
旗は宿屋で見た『ヒューマの旗』だ。
「キキッ♪」
よくぞ気づいてくれたとばかりにハープは満足そうに鳴くと、彼女の肩に再び上ってそのまま甘えるように頬に擦りついた。
「これはワシら一族の家紋にして、ラジルダのヒューマの素晴らしさを表す紋章でもある」
イーガは旗を見るに言った。
・・・今度は彼女と話すつもりなのだろう。
「・・・ヒューマの素晴らしさを?紋章に使われているのは、バラとスズランの花とお見受けしましたが・・・」
「うむ。アンタの言う通り『真実』を表すバラと『希望』を表すスズランがこの旗には描かれておる」
「・・・・・・何か謂れがあるのですか?」
「闇において 我は真実に至る 闇において 我は希望を求める
―――闇の力を手にした時にヒューマが得られるものを歌った詩だ。何ともいえない重みを持った詩だと思わんかね?」
「全然わかんない」と言いかけたマオの口を言い切られる前にヒルダが手で覆って止める。
怪訝な表情を浮かべるイーガから無邪気なその少年を隠すように、とクレアが間に入った。
取り繕って、イーガに向かって愛らしく微笑んだ。
「はい。闇の力がいかに大切なものであったかが窺えます」
この言葉に、イーガは完全に気を良くしたようで、またうんうんと頷いた。
「良かったらこの旗を持っていきなさい。きっと研究の役に立つだろう」
イーガは笑って壁にかけていた『ヒューマの旗』を筒状にまるめて、に手渡した。
「やはり闇の力とは言い伝えに過ぎないのか?」
宿屋に戻ったヴェイグ達はそれぞれが入手した情報をまとめていたが、互いの話が曖昧過ぎてなかなかまとまらない。
解決の糸口が見つからない現状にイラついて、ティトレイが乱暴に頭を掻いた。
「あ〜何かイライラするぜっ!ヒューマだガジュマだって!何で仲良くしようとかって思わねぇんだよ!!」
ティトレイの言葉で、ふとが思いつく。
「仲良く・・・一つになる・・・・・・なぁ、そういえばこの街には『二つ』のモノがいくつもないか・・・?」
彼女の提案に、ヴェイグは街で聞いてきた『二つ』を思い出す。
「・・・・・・二つの種族・・・二人の族長・・・二つの言い伝え・・・・・・二つの鍵・・・」
「すごい!二つのものばっかりだ!」
マオが驚き、手を叩く。
今度はクレアが遠慮がちに声を出した。
「あの・・・泉を封じた鍵は二つに分けられたんですよね?
・・・でしたら、その二つを一つにしてみたら鍵は見つかるのではないかと・・・・・・思うんです」
クレアの言葉を聞いてヴェイグは考え込んだ。
ハープを撫でながら、が言う。
「種族ごとに持っているもの、と言ったら―――」
「・・・・・・詩だ」
彼女の言葉に続けてヴェイグは言った。
「それぞれの種族の旗にまつわる詩はよく似ている。詩が表す紋章を組み合わせれば・・・・・・」
「・・・例えば・・・・・・こうか?」
はハープを撫でる手を止め、二枚の旗を少しずらして重ねた。
二枚の旗に描かれている四種の花は円を描き、まるで互いが一つになるために構成されたデザインのようだ。
そして完成したその形は、メセチナ洞窟で見つけた、あの紋章だった。
「・・・コレよ!私が宿屋で見たのはこの紋章だわ!」
ヒルダは思い出したと言いながら一つとなった旗を指差した。
「え!?じゃあラジルダの旗は・・・二つの種族の旗を組み合わせて作られたものなんですか!?」
「それなら・・・宿屋の女将の話も繋がる」
驚くアニーには頷いて答えた。
「だとすれば二つの種族が協力して作った『地図』とはこの紋章なのかもしれない」
ユージーンが言うと、ティトレイがまとめだした。
「えーと、つまり・・・それぞれの種族の紋章にまつわる詩ってのが鍵で、ラジルダの紋章が地図ってコトか?」
「・・・この地図が示す泉で鍵となる詩を一つにして歌えば闇の力が手に入る。・・・そう考えられませんか?」
ヴェイグが頷いた。
「あぁ。それなら、全ての話が『一つ』になる」
「でもぉー、この紋章って一体どこを示してるのさ?・・・花だけじゃわかんないんですケド」
マオが旗をじっと見ながらもっともな事を言う。
「・・・いや待てよ・・・もしかして・・・この花が同時に咲く場所か・・・?」
「それは何処!?」
ティトレイの呟きに反応して、ヒルダが場所を尋ねる。
だが、ティトレイは首を振った。
「いや、今この花が同時に咲く光景が見えたんだよ・・・」
ヒルダが大きくため息をついた。
なんという期待外れ。
「・・・さぞかし素敵なお花畑でしょうね」
「お前の頭の中の話だろ?」
の追い討ちとも言える言葉にティトレイは怒りつつ、反論する。
「違ぇよ!!本当に実物のこの花が同時に並んでる所を見たんだよっ!」
「花、と言えば・・・・・・宿屋さんの前にお花屋さんがありましたよね・・・」
クレアがポツリと呟くと、一斉に宿を飛び出した。
教えてイーガ様!の巻。(ホントに良いのかそれで)
イーガ様の好みはクレアだったようです。夢主、残念!(話したけどね)
今回言わせたかった夢主さんのセリフは「お前の頭の中の話」で。
夢主さん、どれだけティトレイを馬鹿にすれば気が済むんだろう・・・・・・。
関係ないですが、私は初回プレイでティトレイの言葉を聞いて、ラジルダを飛び出し
ペトナジャンカやバルカの方まで花探しに出かけてしまいました・・・よ。(アホだ)
目の前にあるって、お前・・・気づけよ・・・・・・。あぁ、空しい・・・。