ユージーンはヒューマへの憎しみで感情を支配されてしまい、完全に我を失っていた。


自分が誰なのかも、相手がヒューマかガジュマなのかもわからなくなっている状態で、
ユージーンは容赦なくヴェイグ達に襲い掛かる。


自身が大切にしていたマオや、アニーにまで。





「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ滅翔槍!!」


ユージーンは跳び上がりながら、に向かって下から槍を突き上げた。

ガードを崩されたは、槍に一筋足を斬られる。その反動で宙に浮いた。

彼女の足の傷から溢れた鮮血がユージーンに降りかかる。
それを気にするような感情さえも消えたユージーンは、今度は槍を上から振り下ろしての身体を地に叩きつけた。




ヴェイグが驚いて目を見開く。


さんっ!!」

彼女の名を呼ぼうと口を開いたヴェイグよりも先にその名を呼んだのは、
皆から一人離れた位置にいるアニーだった。




アニーは瞳に恐怖を宿らせて、杖を抱えながらユージーンとを交互に見た。
ユージーンがアニーに反応して、狙いを変えて突進する。




「逃げろ!アニー!!」


ティトレイがアニーに叫ぶが、ユージーンの暴走に竦んでしまい、まったく動けないようだ。
目を大きく開いて、向かってくるユージーンを呆然と見つめている。




「万物に流るる生命の水よ 我の盾と為せ ・・・フォースフィールド!」


ユージーンがアニーに槍を突き立てるより、僅かな差の速さでの詠唱が完成した。


血で出来た紅いドームがアニーを覆ってユージーンの槍を弾く。

バランスを崩し、よろけるユージーンの隙を狙って、
ヴェイグが氷のフォルスで彼の足を氷柱で包み込み動きを封じた。



「今だティトレイ!」

ヴェイグがティトレイに声をかけ、ティトレイはユージーンに向かって駆け出す。
腹や首などの急所に素早く拳を何発も打ち込む。

「牙連撃!」


避ける事も出来ず、拳をまともに受けたユージーンは、ガハッと苦しそうに呻いて地に崩れる。




ユージーンが動かなくなったのを見計らって、マオが鎮魂錠を手に握り駆け寄る。


「ユージーン!これ・・・薬・・・呑んで・・・?・・・・・・お願い・・・」

マオは弱々しく言いながら、鎮魂錠をユージーンの口元へと運ぶ。
その懇願に応え、ユージーンはそっと鎮魂錠を呑み込んだ。




しばし、無言・・・・・・。


「・・・どう?」


不安げに訊くマオに、ユージーンは眉を寄せる。

「・・・・・・苦い」
「そうじゃなくて、効いた?」
「・・・あぁ・・・多分な・・・・・・」

ユージーンが頷く。
それを合図にマオはユージーンの身体に飛びついた。


「良かった・・・良かったね・・・・・・うわぁぁぁんっ!」


マオがユージーンの胸で泣き出したと同時に、全員が安堵の息をついた。



しかしアニーだけは一人少し離れた場所から複雑そうにその光景を眺めていた。






























「・・・そうか。やはり俺以外にも変化が起こっていたか」
「何か心当たりがあるのか?」


頷いているユージーンに、ヴェイグは訊ねる。


「・・・俺は今まで、種族という括りで相手に憎しみを抱いた事はなかった。しかし、あの儀式の後・・・俺の精神は常に昂っていた。
 ヒューマを見る度、話す度、ひとつの感情が俺の心を支配した。ヒューマが憎い!奴らを殺せ!・・・と・・・・・・」


ユージーンは首を振った。
結局その原因がわからなかったのだろう。


間を置いてから、マオが口を開いた。


「・・・ゲオルギアスが復活した時の事、覚えてる?・・・あの時、ゲオルギアスは自分の使命はヒューマの殲滅だって言ったよね?」
「・・・・・・ホーリィ・ドールの為・・・ともな・・・」

アニーに足を手当てされながら、はポツリと呟いた。

「それが今回のヒューマへの憎しみとどう関係しているかはわからない。
 だが・・・俺の異変から見ても何らかがゲオルギアスと関連しているかもしれない」


「ゲオルギアスね・・・調べてみたけど、お手上げ。ほとんど情報はなし」
「私も調べたが・・・ホーリィ・ドールとゲオルギアスは何か繋がりがあるという事以外、ほとんど・・・」

ヒルダとは互いに顔を見合わせて、困ったと、ため息をついた。





「・・・ハックが聖なる王の事を話していたのを思い出して、訊きに行ってみたんだよ。
 そしたらなんと、この洞窟が聖なる王。つまりゲオルギアスに所縁のある場所なんだって」

「・・・ココが・・・?」


はゆっくりとメセチナ洞窟を見回した。


自分を呼んだゲオルギアスの声、自分の髪と同色の光る壁。


・・・自分の身体にゲオルギアスの血が流れているのだから、そんな共通点は所縁の地と肯定しているのであろう。



「調査をしようとした矢先、俺がああなった。・・・だから調査の方はほとんど手付かずだ」
「じゃあ、早速調査再開ね」


ヒルダが言うと、全員が頷いた。



























メセチナ洞窟には隠された最深部があった。


その先にあった物は、二つの大きな石碑だった。
石碑のうち、一つは大きく欠けてしまっている。


ヴェイグは欠けていない方の石碑に近づくと、難しい顔をした。


「カレギアの紋章・・・周りに刻まれているのは古代カレギア文字か?」


ヴェイグの呟きでヒルダも石碑を覗き込み、文字を読む。


「二つの身体・・・・・・一つの心・・・友愛と団結の旗・・・・・・共に戦い・・・・・・・・・歩み・・・安らぎ・・・・・・・・・そんなことが書いてあるわ」
「オイ!ヒルダ、こっちも読んでくれ!」


慌てた様子でティトレイはヒルダを呼ぶ。
『こっち』とはもう一つの大きく欠けた方の石碑の事だ。


石碑にはヒューマらしきヒトと、・・・牛のように見えるこれはガジュマなのであろう・・・ヒトが描かれていた。


その上には大きな龍が描かれている。
・・・龍の隣は、大きく欠けてしまっている。


「何かの戦いを描いた石碑みたいですね。ヒルダさん、読めますか?」
「・・・・・・聖なる王・・・・・・文字がはっきりしないけど、確かに聖なる王って書いてある」
「他にわかる?」

マオに訊ねられ、ヒルダは続けて読んだ。



「聖なる王と・・・・・・・・・の、聖者・・・戦い・・・・・・聖なる王・・・倒され・・・人形・・・・・・王の怒り満ち・・・・・・憎しみ・・・争い
 ・・・・・・コレが精一杯。ブツ切れ過ぎて、何だかよくわからないわね」


「・・・・・・人形・・・」
「・・・アガーテがしていた話に似ていないか?」

の小さな呟きは、ヴェイグの言葉に飲まれて消えた。




「それもありますけど・・・今の状況にも似ているような気がしませんか?」

アニーに言われ、ユージーンは仮説を立てる。


「つまり・・・こういう事か?かつての聖なる戦いにおいて、聖なる王は聖者達に倒された。
 しかし王の怒りが残り、影響を受けた人々は憎しみ合い争った。
 そして今、俺達は儀式で復活したゲオルギアスを倒した。そのゲオルギアスの怒りが、人々を憎しみ合わせている」


を最期に呼んだり、を守るようにしてた事もどっかで関係してるのかな?」
「・・・今、この国があるという事は、何らかの理由でゲオルギアスの怒りやヒトの憎しみが消えたという事じゃないのか?」
「そうだな・・・そんなものが続いていたら、どちらかは滅びるし、平和にやっている訳がない」

ヴェイグの言葉に、は頷く。
肩に乗るハープも同意するように小さく鳴いた。


「ホーリィ・ドールはその戦いに巻き込まれて、滅んだんでしょうか?」
「・・・・・・聖者の力・・・・・・思念消え・・・危機・・・・・・去る・・・」

残りの文章を、ヒルダが読む。


「・・・聖者の力?」
「思念というのは、ゲオルギアスの怒りやヒトの憎しみの事か?」

ヴェイグが訊くと、ヒルダは「多分・・・」と言って頷いた。


「きっとゲオルギアスの力に匹敵する大きな力があるのよ。その力があれば、思念を消す事が出来るんじゃないかしら」
「でも・・・その聖者って・・・何でしょう・・・?」

うーん、とアニーは唸っていた時、は石碑の一点に目を置いて呟いた。


「・・・・・・この模様は・・・?」


の呟きで、一同は彼女の見ているものを一斉に見た。


目を向けたそこには、四種類の花が円を描いている模様が石碑に刻まれている。




その模様を見て、ヒルダが小さく声を出した。

「この印・・・どこかで・・・どこかで見た気がする・・・・・・そうだわ、確か・・・ラジルダ・・・」
「・・・確かヒルダさんは不思議な力の話を聞いてラジルダに行ったんですよね?」
「えぇ。・・・多分その時見たんだろうケド・・・思い出せない・・・・・・行けば思い出すかもしれないけど・・・」
「・・・ラジルダへ行こう。何かわかるかもしれない」


ヴェイグが言うと、一同は賛成して、洞窟の出口に向かって足を動かし出す。


しかし、だけは無言でクレアを見続けて、ふいに声をかけた。


「・・・クレア。・・・・・・行くぞ」
「え・・・・・・あの・・・私が一緒に行っても、よろしいの?」

クレアが戸惑いながら言えば、マオが笑顔で大きく頷いてウィンクした。


「もちろん!クレアさんはずーっと前からボク達の仲間なんだから!」
「・・・・・・仲間・・・」

クレアの小さな呟きは、にのみ聞こえた・・・。








































ラジルダへ行こうと意気込んだものの、バルカ港に到着した頃には、海に沈むように落ちる太陽が見えた。
反対の方角からはキラキラと星が輝いている。・・・つまりはもう夜。

仕方がないので、今日は宿へと止まり、明日の朝に出発という事になった。





ヴェイグは宿の外に出て、夜風に当たりつつザピィと戯れていた。
しばらく、楽しそうに自分の指にじゃれてくるザピィに目を細めていたが、ふと手を止めて、思念について考え始めた。


「・・・思念、か・・・」


それのせいで世界が荒れているのか。・・・いつか自分も思念に取り憑かれるのだろうか。
そうなったら、ユージーン達ガジュマを憎んでしまうのだろうか。



ホーリィ・ドールであるを殺したくなるのだろうか・・・。


そんな事を考えていると、脳裏にの身体を二つに断ち切る己の大剣が見えて、ヴェイグは強く頭を振った。





・・・そんな恐ろしい事など、出来ない。











「・・・ヴェイグ?」



不意に後ろから声が聞こえて、ヴェイグは脳裏の映像から逃げようと後ろを振り返った。



・・・果たして、その行動は『逃げる』ということになれたのであろうか?




ヴェイグに声をかけたのは、先程見た脳裏の映像の人物。
紫のマフマフを肩に乗せ、包み物を手に持つ銀髪の少女だった。


・・・」
「どうしたんだ?・・・こんな所で」
こそ・・・何故ここにいる?」

ヴェイグが訊くと、はヴェイグの隣に腰を下ろして手に持つ包み物を見せた。


「・・・外で食べようと思ったんだ。マオとティトレイに取られそうだったから」


そう言って苦笑いをしていたは、包み物の正体が気になるらしいヴェイグに気づいて、そっと包みを開いた。

姿を現したのは二人分あるかないかというほどの小さなピーチパイ。



「・・・・・・ピーチパイ・・・か?」
「本当はレモンパイにしたかったんだが、レモンがなくてな。桃がちょうどあったから、ピーチパイにしたんだ」


の言葉を聞きながら、ヴェイグはじっとピーチパイを見つめる。
少し冷たい外の空気に温かいピーチパイの空気が抵抗して、ゆらゆらと湯気を立てた。


「・・・・・・・・・あ・・・良かったら・・・・・・食べるか・・・?」
「・・・良いのか?」
「味は保障しないケド・・・」


言うは少し照れているらしく、頬を赤く染めて口を尖らせていた。

お言葉に甘えて、ヴェイグはピーチパイを手にとって、口に運ぶ。
もぐもぐと数回口を動かして、ゴクリと飲み込んだ。


「・・・コレは・・・が作ったんだったな・・・」
「・・・少し引っかかる言い方だな・・・・・・」


ムッと少し目を吊り上げて言うに、ヴェイグは表情を柔らかくする。



「いや・・・・・・とても美味い」


お世辞ではなく、本当だ。
ピーチパイ作りの上手いポプラとはまた別のタイプで美味だ。




・・・・・・ポプラおばさん・・・。


久々にピーチパイを食べて、スールズでの出来事を思い出した。
憎悪や嫌悪を纏った瞳を冷たく自分に向け、昔優しく頭を撫でてくれた温かい手で首を絞め上げるポプラ。



『前々から思ってたんだよ・・・アンタ達みたいなヒューマなんて死んじまえってね・・・!』





「・・・・・・ピーチパイなんて・・・久々に食べた・・・」


ヴェイグの呟きの意味を理解して、は優しく彼の背中を叩いた。

慰めるように励ますように。



「・・・全ては思念のせいだ。今はまったくの別人になっているが、思念さえ消えればきっと元に戻る。だから・・・消そう、思念を」


ヴェイグは彼女の顔を見た。
は美しく微笑んで彼を見つめた。


「ヴェイグが気にしているガジュマのおばさんは思念に取り憑かれて、ああなったんだ。
 ・・・それは本当のおばさんではない。だから、忘れろ?」


「なっ?」と言うにヴェイグは黙って頷いた。
ヴェイグの頷きを見て、また彼女が微笑む。


が微笑むと、ヴェイグの頬が薄紅に染まる。
その顔を見られないように、軽くから顔を傾けた。


「それを言うなら・・・もあまり気にするなよ・・・」
「・・・何を?」


「・・・ゲオルギアスと自分の関係。例えゲオルギアスの血が流れていてもゲオルギアスと関わりがあるとしても、だ。
 ホーリィ・ドールとかと言う前に・・・以外の何者でもない」


微笑から一転し、落ち込むようなとても悲しい顔をして、は俯いた。


「私は、この世界でたった一人の異種族で、しかも聖獣王の血を身体に流している・・・・・・気持ち悪くないか?」


俯くの頬にヴェイグはそっと手を触れる。
彼女が自分と目を合わせたのを確認して、言葉を述べた。



「・・・気持ち悪くない。確かにホーリィ・ドールやゲオルギアスは不思議な存在だが、気味が悪いと思ったことはない。
 ・・・を・・・そんな風に見たことはない。・・・・・・だから気にするな」




ヴェイグは表情を柔らかくしてを見る。
チラリと頬に当たるヴェイグの手を見つめて、頬を朱に染めては頷く。



「・・・わかった・・・・・・ありがとう・・・ヴェイグ」


恥ずかしそうに笑うに、ヴェイグもまた、表情を柔らかくした。








感情がなかった者と感情を失ってしまった者同士の『笑み』。

それは何処かぎこちなくて、笑っているようにも見えなかったが、
ザピィとハープは寄り添い合いながら嬉しげに鳴いた。


ユージーン復活の巻。
長い!スープが冷めちまうぜ!!(何)
ちょうど良く句切ることができなかった・・・。

つかヴェイグ×夢主が(自分で書いてるくせに)ドツボに来てもうどうしよう。
リバースのキャラのCPはほのぼのが良いですよね。サレ様は遠慮したいけど。
サレ様そんなだったらキモイケド。(ごめんサレ様褒めてる)

ピーチパイは狙ったようにしか見えないよ夢主!(笑)
何で夢主がポプラおばさんの云々を知っているかといえば、
きっとマオ辺りがしゃべったのだと思われ・・・る。・・・・・・そう思っててください・・・。
つか、お前一度おばさん殺しかけただろうって話だけどね・・・(汗)

次回、ラジルダごーごー!ミッションはイーガ様を誘惑せよ!!お楽しみにー!