メセチナ洞窟が一面に銀色に輝いている。
その銀の淡い光の中で紅色がウロウロと行ったり来たりを繰り返していた。
それに近づけば、紅色―――マオがこちらに気がついた。
マオは一瞬驚いたように目を丸くしたが、を見つけると、
我慢していたものがなくなったように一目散に彼女に飛びついた。
「!・・・良かったぁ。ありがとう、アニー。皆を呼んで来てくれて・・・」
「私は別に・・・」
言い詰まるアニーを他所にして、マオはの手を引く。
「早く早く!ユージーンはこの奥だよ!」
洞窟の奥には檻に閉じ篭ったユージーンが居た。
マオは引っ張っていたの手を離し、ユージーンの元へ駆け寄る。
檻を開けようと扉の鍵に手をかける。
「ユージーン!ヴェイグ達を連れてきたよ!今開けるから、出てきてよ!」
「ダメだ 開けるなっ!!」
鍵を開けようとしたマオを、ユージーンは叱る様に怒鳴りつけた。怒鳴り声が洞窟を反響する。
彼は後ろを向いたままで、ヴェイグ達を見ようともしない。
ヴェイグが躊躇いつつ声をかけた。
「ユージーン・・・?」
「ヴェイグか・・・?・・・・・・俺を殺せ!一刻も早く!!」
後ろを向いたままユージーンがそう叫ぶ。
その場にいた全員が驚き目を見開いた。
「ユージーン!?ヴェイグ達を呼べってそんなことだったの!?」
「頼む!一刻も早く・・・俺を殺して・・・アニーに・・・・・・仇を・・・!」
何かを耐えるようにして苦しそうに言うユージーンの背中を、アニーは無言で見つめた。
「仲間を殺すなんて出来るかよ!」
ティトレイが叫ぶが、ユージーンは強く首を振った。
「俺の身体は憎しみに溢れている!・・・このままでは俺は・・・お前達ヒューマを・・・・・・殺してしまう!!」
「隊長・・・?」
心配して近づくとマオを、ユージーンは突然檻の隙間から手を伸ばして突き飛ばした。
吹き飛ばされた二人は、ヴェイグとティトレイにそれぞれ受け止められる。
「ユージーン!?どうしたんだ!?」
突然の行動に驚きながらも、ティトレイはユージーンに声をかける。
しかしユージーンは猛獣のように檻の中で激しく暴れ出した。
・・・『ヒト』ではないかのように。
「黙れ!脆弱なヒューマめ!消えろ!消えてしまえっ!!うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ユージーンは檻の中からヴェイグ達を憎悪を含んだ瞳で鋭く睨みつける。
隙間から手を伸ばし、彼らを引き寄せようと腕を何度も空中でもがいた。
「危険だ!一度外に出よう!」
ヴェイグが言うと、は躊躇っているマオの手を引き、入口の方へ走る。それに続いてヴェイグが走る。
ティトレイも入り口に走ろうと、踵を返す。
しかし、まったく動かないアニーに気づいて、声をかけた。
声をかけても反応のないアニーに近づいた時、ティトレイは彼女の身体が震えている事に気がついた。
その様子に少し眉を寄せながらも、ティトレイはすぐにアニーの腕を引いて入口の方へ駆け出した。
メセチナ洞窟の入口まで走ってきた達は洞窟の奥から未だ轟くユージーンの咆哮を聞いて戸惑った。
「・・・隊長・・・何故・・・?」
誰もが、ユージーンの異常な荒れ方を見て眉を顰めた。
「ポプラおばさんの時と・・・同じ目をしていた・・・」
「・・・ゲオルギアスを倒して・・・それからユージーンはおかしくなっちゃったんだ・・・」
マオは呟くと、の胸に顔を埋めた。
身体が小刻みに震えている。
「マオ・・・」
「ボク・・・もうユージーンのあんな姿・・・見たくないよ・・・」
「・・・やっぱりユージーンの言った通り、殺すしかないのかよ・・・」
「ダメだよっ!そんなの・・・絶対にダメっ!!」
ティトレイの言葉を聞いて、マオは顔を上げて叫んだ。
駄々っ子のように「ダメ」と言い続けるマオの頭をはあやす様に撫でて呟く。
「心を鎮める方法はないのか・・・?」
「心を鎮める・・・か・・・」
何かないかと悩むヴェイグ達に対し、アニーが思い出したように言った。
「そういえば・・・東大陸のラジルダに・・・心を鎮める薬があると聞いたことがあります」
「ラジルダか・・・よしっ、行こうぜ!!」
ヴェイグ達はラジルダにあるという秘薬を取りに行った。
マオはユージーンが心配だといって残り、はクレアとマオを見守るためにメセチナ洞窟に残った。
クレアを守ってほしいとヴェイグに言われた時は、少々腹が立っただが、
確かに万が一ユージーンが暴れだしたらクレアとマオを守り、それを止められるのは自分だけだと納得し、仕方なく黙った。
はふぅ、と一息吐きながらユージーンからは死角になる岩陰に寄りかかってマオを見た。
「ユージーン。もう少ししたら、ヴェイグ達が薬を持ってきてくれるからね」
マオは恐れることなくユージーンの傍へ行き、そっと言った。
・・・何故かマオにだけは憎悪を抱いていないらしい。
マオの考えでは「ユージーンと一緒にいた時間が長いからではないか」とのコトだが、不思議なのは「自分」の事だ。
ヒューマにのみ限定して起こる憎悪が、何故『自分』に向けられたのか、とは考えた。
「・・・・・・姿がヒューマだからなのか?」
う〜んと唸っているを、身を隠し遠くから見ているヒトがいた。
・・・クレアだ。
クレアはがこちらに気づいていないと確認すると、
足音を立てないように細心の注意を払いながら洞窟の外へ向かって歩き出した。
何度も後ろを振り返りながらも洞窟の入口まで歩いたクレアは、
まるで待っていたかのように入口の前にいるハープを見て、足を止める。
「・・・何処に行く?」
クレアは突然後ろからに声をかけられて、
ビクリと肩を揺らしたが取り繕うようにぎこちない笑みをに向ける。
「え・・・えっと・・・少し・・・・・・散歩に・・・」
「そうか。気をつけて行けよ」
「は・・・はい・・・」
特に追究されなかった事にホッと息をついたクレアに、は再度声をかける。
「何かあったら危険だ。ハープを連れて行け」
「えっ・・・あ・・・はい・・・・・・」
クレアが頷くと同時に、ハープは「キキィ」と鳴いて彼女の肩に飛び乗った。
クレアが洞窟の中から姿を消すと、は悲しそうに眉を寄せて、彼女の行ってしまった道をじっと見つめた。
「・・・貴女は間違っている・・・・・・・・・・・・アガーテ・・・」
ヴェイグ達が心を鎮める秘薬『鎮魂錠』を持ってメセチナ洞窟に戻る頃には、
クレアもどこか落ち込み気味に表情を暗くしながらも戻っていた。
マオはヴェイグ達の中に出て行った時にはいなかったヒルダの存在を発見して、目を丸くした。
「アレ?ヒルダ。何でココにいるの?」
「いちゃ悪い?」
「ううん、そんなことない。すごく助かるよ!・・・・・・で薬は?」
マオに問われて、ヴェイグは薬を手渡した。
マオは急ぐ手を休める事なく、ユージーンの檻を開けた。
キィと錆付いた鉄が擦れる音がする。
「ユージーン!ヴェイグ達が薬を持ってきてくれたよ!出てきてよ!」
大きくマオがユージーンを呼ぶ。
その懇願に答えるようにゆっくりと檻からユージーンは出た。
出てきたユージーンは全身傷だらけだった。
・・・恐らく、ヒューマを見る度にぶり返す憎悪を抑え切れなかった時、彼は自分を傷つけることで抑え付けたのだろう。
他人を守るためなら自分を傷つけることに躊躇はない。
・・・それがユージーン・ガラルドという男だ。
「ユージーン、スゴイ怪我してるじゃない!アニー、手当てしてあげてよ!」
「え!?わ、私が・・・?」
突然マオに指名されたアニーは「嫌だ」という気持ちを惜しみなく出して、戸惑いの声を上げる。
アニーの心情の中に、「嫌」という気持ちと「別の気持ち」。
・・・どちらの方が大きかったのかは、恐らくアニー自身にもわからないだろう。
当然、わからないマオは彼女に縋る様に言った。
「お願いだよ!アニー!!治せるのはアニーしかいないんだよ!!だからっ・・・!!」
「お願い」とマオが叫ぶのと、彼の背後にいたユージーンがマオに槍を振り下ろしたのは同時だった。
ギィンと鈍い音が洞窟中に木霊する。
マオが驚き振り返ると、ユージーンとが槍と双剣を交えていた。
互いの武器を向け合っている二人に、戸惑う。
「ユージーン!?どうしたの!?」
「うるさい!軟弱なヒューマめ!死ねぇぇいっ!!」
「マオ!下がれ!!」
槍を再び構えたユージーンを見て、は背後のマオに叫ぶ。
しかし、突然の出来事に驚き、マオはそこから一歩も動けない。
それを悟ったはユージーンの足を蹴り払った。
体勢を崩した所を見計らって、マオを抱え、ユージーンから離れ、間合いを取る。
「ヒューマは全て・・・殺すっ!!」
もはや理性を失い、ヒューマへの憎悪を瞳に宿らせたユージーンを見て、は再び双剣を構えた。
「・・・戦うしかない・・・か」
「イヤだよ!そんなの!!」
マオがを止めるが、ヒルダも後に続くようにカードを構える。
「このままだと・・・私達がユージーンに殺されちゃうわよ!」
「気絶させるだけで良い!やるんだ マオ!!」
ヴェイグにも促されて、覚悟を決めたマオはトンファーを構えた。
「すぐに助けてあげるからね・・・ユージーン!!」
マオ達が立ち向かう中、
洞窟の隅でただ一人、アニーだけは杖を胸に抱えてユージーンを見つめていた。
ユージーン暴走の巻。
ノートの方でヴェイグのセリフが、「殺るんだ マオ!!」になってました。殺っちゃダメだよ!!(笑)
さて、これで一冊目のノートの分が終了したわけですがココで問題点。
このままだとノートに追いついてしまう・・・!(汗)
今、ノートの方は2冊目の真ん中辺りで、話はさぁキョグエンへ行こうってところ。
キョグエンの話は個人的にすごい好きなんでさっさと書き上げちゃいたいです。
今回のポイントは、ホーリィ・ドールの夢主がユージーンに襲われたこと。
そしてクレアと夢主。クレアの行動や心情描くのが楽しかったです。