黒雲の広がる空に、ゲオルギアスの悲鳴が響く。
それはまるで地響きのように低く轟いた。


ヴェイグが切り裂いたゲオルギアスの胸から眩しい光が溢れる。





そして、アガーテの悲鳴も。






「ああ・・・っきゃあああああああっ!!」


光の中からクレアとアガーテの姿が交互に見え隠れする。


マオが息を呑んだ。

「ゲオルギアスの力と・・・月のフォルスが反発し合ってる・・・」
「やっぱり・・・あの力はヒトの力では抑えられないものなの・・・?」

ヒルダが呟いていると、悲鳴を上げていたゲオルギアスがふいにを見た。

その目は先程まで攻撃をしてきた戦闘的な眼差しではなく、父が娘を見るような、そんな温かい眼差しだった。



・・・我が血を・・・・・・ホーリィ・ドール・・・』
「え・・・・・・・・・?」


メセチナ洞窟で呼んだ声と同じ声。

途切れ途切れではあったがメセチナ洞窟の時よりは聞き取れたし、確実にを呼んでいるという事は誰もがわかった。




「陛下!・・・これは・・・一体・・・どうなって・・・?」

屋上の入口から、声が聞こえた。
そちらを見やれば、目の前の光景に呆然としたミルハウストがそこに居た。

アガーテの元に行こうと屋上に来た所だったようだ。







光の中で、クレアとアガーテの姿が浮かぶ。


ヴェイグとミルハウストが叫んだ。


「クレアー―――っ!!」
「陛下ー――――っ!!」



ゲオルギアスの身体が胸から溢れた光に完全に包まれたのを見て、ヴェイグとが光の中へと飛び込む。



「ヴェイグ!!!」


二人が光の中へ飛び込むと、数秒後にゲオルギアスの身体は爆発した。







聖獣王の身体が爆ぜて、カレギア中に青白い光が流星群のように散らばっていく。


それに呼応するように空に浮かんでいた不気味な紅色の月は融けるように月食した。










飛び散った光と共に現れたのは、クレアを横抱きにして抱えたヴェイグと、何かを右手に握るだ。
無事に屋上に降り立った二人にマオ達は駆け寄る。


「ヴェイグ!クレアさんは・・・!?」

マオに訊かれて、ヴェイグは抱えているクレアを見た。


クレアは気を失い、所々小さな傷はあるものの、命に別状はなさそうだ。




ずっと『守りたい』と求めていた、大切な大切なヒト。

そのヒトが今、ようやく自分の腕にいる。




「・・・良かったね・・・良かったね・・・ヴェイグ・・・!」

自分のことのように泣いて喜ぶマオを見てから、ユージーンはそっとに近づいた。
呆然と立ち尽くしている彼女に気まずそうにユージーンは訊ねる。


「・・・・・・陛下は・・・?」

重々しく口を開いたユージーンの質問を耳に入れ、はそっと自身の右手に握られているモノを見た。
チャリ・・・と軽い金属音が手に擦れる事で響く。



握っているのは金具が外れて壊れているピアス。


先程までアガーテが耳につけていたものだ。




「・・・・・・・・・・・・」

ゆっくりとは首を横に振った。

それはユージーンの「陛下は?」の答え。



その意味を理解して、ユージーンは俯き、ミルハウストはその場で膝をつき、泣き崩れた。


「・・・っあ・・・あぁっ・・・・・・!!」

抑えようのない嗚咽がミルハウストの口から漏れてくる。



泣き崩れる彼の元へ、ふらふらと危ない足取りでは近づいた。
崩れるミルハウストを半ば無理矢理起こし、彼に握っていたアガーテのピアスを渡して、落とさぬようしっかりと握らせる。



そして、無言のまま彼の頬を平手で打った。


突然の平手に驚いたミルハウストは、打った本人であるの顔を見て更に驚く。

が己を睨みつけて、静かに涙を流していたからだ。




ミルハウストを恨むように揺れる、呪うような炎のような紅色の瞳を見て、誰もが息を呑んだ。










ヴェイグ達がその場を離れるために動き出す。
は涙を乱暴に拭って、後を追った。










呆然と見送るミルハウストの右手には、ピアスがしっかりと握られていた。
















































スールズにクレアを送り届けると、全ては終わったとばかりに皆が各々に散っていく。

ヒルダが旅に出て、アニーとユージーン、マオがバルカへ帰り、ティトレイがペトナジャンカへ帰った。



村の入口で、ヴェイグとが互いの身長差に逆らうように顔を見合わせていた。
足元ではザピィとハープが別れを惜しむように互いの身体を摺り合わせている。


最後は、の番だ。


「・・・はこれから・・・どうするんだ?」

「さすがにサレ様の元へ戻るなんてことは出来ないから、ホーリィ・ドールの事を調べようと思う。
 ・・・今回の旅で、ホーリィ・ドールの事に疑問を持ったから」


ふっと笑いながらは思い出したように言った。



「ヴェイグは・・・その・・・・・・クレアと一緒に、元の生活に戻るんだろ?」
「あぁ、ゆっくり元の生活に戻れば良いと思う。クレアと・・・一緒に」


穏やかに言うヴェイグを苦笑して見ていたは「クレア」の言葉に軽く俯く。
傍目からは気づかれないくらい、とても小さく。



・・・話を吹っ掛けたのは自分なのに・・・・・・バカだな・・・。



心の中で自嘲しながら、はハープに肩に乗るように言う。
すぐに、別れの挨拶を済ませたハープが肩に上ってくる。



「行くのか?」
「あぁ。クレアによろしくな」

くるりと反転して背を向ける

その手を、ヴェイグは咄嗟に掴んだ。


「・・・ヴェイグ?」
「また・・・会えるか?」

そう問うと、は呆気に取られたようで口を小さく開いて瞬きをしながら凝視してくる。


ヴェイグは彼女から目を逸らすと聞き取りにくいほどの声で言った。


「・・・いや・・・その・・・お前は独りじゃないから・・・・・・」
「・・・・・・・・・ふっ。・・・そっちか」


の言った『そっち』の意味がわからないヴェイグ。

ヴェイグの言葉で少し残念そうにする





二人が微妙な沈黙を続けていると、ふいにが言葉を返した。





「・・・きっとそのうち会えるさ。・・・私が会いたくなったら、会いに来ても良いか?」


はにかむ彼女の顔があまりにも美しくて。

魅了されながら、ヴェイグは促される様に頷いた。



「あぁ・・・待っている」
「約束だからな」


嬉しそうには笑うと、再びヴェイグに背を向けて一度も振り返らずに村を出て行った。
























が見えなくなってから、ヴェイグは頭を右手で押さえて、息をつく。




「・・・何をやっているんだ。俺は」

純粋にに二度と会えないというのが嫌だった。

また会えるかと彼女に問い質してみたが何だか気恥ずかしくなって、
以前彼女に言った言葉をつい言い訳にしてしまった。




彼女の言っていた『そっち』が何かはわからないが、
確実に『独りにさせないと言ったから会う』という約束事ではない。



バルカの収容所で血のついた首輪を手に入れた時はに危険な事が起こっているのではと身が凍りついた。
サレがを壊したいと言った時は怒りが理性よりも先に来てサレを斬った。
儀式でが苦しみ出した時は彼女が死んでしまうのかと恐怖が心を襲った。

・・・今までずっとクレアの身を案じていたはずなのに、その瞬間はの事しか考えられなかった。




「何なんだ・・・この気持ちは・・・」





・・・守りたいと思った。

クレアのように。しかし、クレアとは違う。不思議な感覚。



クレアは大切な家族だ。だから守りたい。

も守りたい。だけどは家族ではない。だが、守りたい。


・・・訳がわからない。


ペトナジャンカのあの夜からを敵として見られなくなって、
実はか弱いのだと知ったら、泣かせたくないと思った。




・・・この気持ちは、何なのだろう。













整理のつかない気持ちを頭の隅へ追いやろうとして、
ヴェイグはクレアの様子を見に行く事を理由に歩き出した。





・・・家までの道のりで、何度も銀髪の少女を思い出しながら。


クレア無事救出!の巻!!

ようやくクレア救出編終了いたしました。長かったなぁ・・・。(しみじみ)
クレア救出編はヴェイグと夢主の出会いから、
サレ&ヴェイグの夢主に対しての心境変化までを書きたかったんです。
書けたかな?欠けたよね・・・うん欠けた欠けた。色々・・・。

聖獣編は夢主の秘密を明かすのがメイン。
ゲオルギアスと夢主の関係とか・・・ね。


クレア救出編まで読んでくださってありがとうございました!
よろしければ聖獣編もどうか読んで行ってください・・・(土下座)


さて、ここでヴェイグさんの心について語らせてもらいます。

ヴェイグにとって確かにクレアは大切で、かけがえのない存在なんだろうケド、
それは『クレア』だったからの前に自分の『家族』だったからだと思うんです。最初は。

つまりクレアが攫われた時は『クレアだから助けに行く』ではなくて
『自分の家族だったから助けに行く』の心でヴェイグは旅に出たんだと思う。
だから後の話の、クレアが『クレア』の姿をしてなかった事に戸惑いを覚えたんだと・・・。

それで全てを吹っ切れた時に、『クレアは家族だから』ではなく
『クレアはクレアという存在だから』と解れたのだと思います。

今、家族だからの心でいるヴェイグだから、夢主に抱いた思いが何なのかわからない。
クレアの姿だからクレアなのだと思ってしまったのです。

ヴェイグ・・・この天然め!好きだ!!