城の屋上ではアガーテとジルバが儀式の開始を今か今かと待ち望んでいた。

すぐには行えない。
儀式を執り行う為に必要な『存在』があと一つ、足りない。




これから一体何が起こるのかを知る由も無いクレアは、傍らでただ黙って二人を見つめているしか出来なかった。



まるで人形のように表情を硬くしていたクレアは、屋上に上がってきたサレと、
そのサレに横抱きにされてまったく動かないを発見して、目を見開く。




サレに抱かれたは血塗れで、真っ赤に染まっていた。








!・・・酷い傷・・・。サレ、手荒な事はしないでと言ったでしょう!?」


アガーテもクレアとほぼ同時にを見つけて、ドレスを持ち上げて小走りに駆け寄った。
自分を諫める目の前の女王に「心外だなぁ」と反省する様子のないサレは言う。


「抵抗したから軽く傷つけただけですよ。それに、の血が儀式に必要だと言ったのは貴女ですよね?アガーテ様」



笑うサレに言葉を濁すアガーテ。


その二人のやり取りを止めるべく、ジルバが動いた。



「姫様、必要なものは全て準備が揃いました。・・・さぁ、儀式を始めましょう」

ジルバは優しく微笑んでアガーテを促す。



ジルバの『儀式開始』を促す声を耳の端で聞きながら、サレは抱えていたをそっと地に降ろす。
そのまま、動かない端正な顔を数秒じっと覗き込んでから立ち上がり、階段に向かって歩いて行った。


サレがいなくなった事にも気づかず、アガーテは大きく深呼吸をして、言った。




「えぇ、ジルバ。・・・・・・始めます」











































ヴェイグ達はもう一度城へ潜入した。
途中、運良く娘達が軟禁されている客室を見つけたが、
そこにクレアは居らず、代わりにクレアが屋上に連れて行かれた事を娘の一人から聞いた。


娘達を収容所で助け出した兵士、ナッツに引き渡し、そこからは屋上への階段がある廊下まで一気に駆ける。













屋上への階段はサレとトーマが道を阻んでいた。



「やぁ、曲者の皆さん。どうやって収容所から脱走したのかな?」
「ほぉ・・・ヒルダお前も一緒か。良かったなぁ。壊れかけの混ざりモノを拾ってくれる変わった奴らがいて」
「黙れトーマ!!」

ヒルダが叫ぶのに共鳴するようにヴェイグはサレ達を睨みつける。



「お前達に構っているヒマはない!」
「お姫サマのささやかな夢がもう少しで叶うんだ。邪魔しちゃいけないよ」
「何が夢だ!そこをどけっ!!」
「どくと思うか?」

せせら笑うサレとトーマにヴェイグは大剣を構えた。



「さっさと来いっ!!」

ヴェイグを合図にそれぞれが武器を構えて、戦い始めた。





























「サレ、クレアを返せ!!」
「クレアクレアクレアクレア馬鹿みたい」
「貴様こその名を呼び過ぎだ!!」
「気安く僕の人形の名を呼ばないでくれるかなぁ?」


サレは今一番思い出したくない人物の名を挙げられて、先程以上に不快感を掻き立てられる。






僕から愉しみを奪ったクセに・・・!・・・・・・を奪ったクセに・・・!!










「ガスティーネイル!」

サレは嵐のフォルスを用いて、導術を発動させた。
しかし、それはマオとヒルダの放った導術によって打ち消される。





彼の苛立ちはすぐに頂点へと達した。








「・・・うるさいんだよっ!君達はぁっ!!」
































激しい攻防戦の軍配はヴェイグ達に上がった。

サレとトーマは負けたのだ。






それでも、負けを認めようとしないサレはなおも階段の前に立ち塞がる。
ヴェイグが苛立ち、もう一度「退け」と叫んだ。






彼の怒れる瞳を見て、クスクスとサレは笑う。





「良い目をしてるねぇヴェイグ。・・・ふふふ・・・反吐が出るよ」
「サレっ!」
「ん〜、いいねぇ。もっと・・・もっと僕を楽しませてくれよヴェイグ。・・・の次は君の悲しむ顔が見たいなぁ・・・」
「・・・貴様っ!!」


笑うサレにヴェイグは駆け出して大剣を振り上げた。

あまりの速さにサレは目を見開く。




「・・・何!?」

驚いた一瞬、大剣が振り下ろされて、サレは壁に叩きつけられる。



「ぐっ・・・・・・っ嘘だろう?僕が本気で・・・こんな奴に・・・」


ありえないと呟くサレにティトレイは一歩近づいて怒鳴った。


「ヒトの心を踏みにじって喜ぶお前には一生わからないだろうな!
 ヒトの心は、ヒトの思いってヤツは何よりも強いんだ!覚えとけっ!!」

「・・・行くぞ」

ヴェイグに促され、一同は階段を駆け上がる。






取り残されたサレは叩きつけられて痛む身体を無理矢理起こして、喉を鳴らして笑った。至極おかしそうに。
散々笑って、虚ろとしていた瞳を細める。


「ふ・・・ふふふ・・・ヒトの心だって?そんなものにこの僕が負けただって・・・?・・・・・・許さん・・・許さんぞぉぉぉっ!!」








認めない・・・認めないよ・・・。

ヒトの心っていうのは、力で押し潰せばあっという間に壊れる脆いガラス細工と同じだ。
だから、だってたくさん傷つけて、たくさん怪我させて、死なせかければ壊れるハズなんだ・・・!








なのに・・・




「何で壊れないんだよ・・・!!」









































アガーテが空に向かって両手を広げると、その手に白い小さな光が生まれた。
光は時間をかけてゆっくりゆっくりと徐々に大きくなっていく。


「・・・カレギアの大地を照らしたる月よ。カレギアの大地に眠れる王の魂よ。時は満ちたり」



アガーテが唱えると、クレアの傍で気を失っているの血が反応してアガーテの足元へと集まり出した。
あまりの生々しさにクレアは息を呑む。



「我が身体と、聖なる人形に流れる血を汝の復活に捧げる。
 緋色の月に宿りし光を血とし、今一度その力を表さん事を」




凛と強く言っていたアガーテは、ふと弱々しく呟いた。





「私が私でなければ・・・あの方は私を見てくれる・・・私は生まれ変わる・・・聖なる王の力と共に・・・」



























屋上への出口に、眩い光が差し込んでいた。



「何だ!?あの光は!!」
「クレア!!!」


残りの階段を駆け上がろうとしたヴェイグの前に、今度はワルトゥとミリッツァが立ち塞がる。




「ここから先は行かせませんよ」

ワルトゥがヴェイグに杖を振り上げる。
刃がついた仕込み杖だ。しかしその杖がヴェイグに当たることはなかった。


ティトレイが間に入って杖を受け止めたからだ。



「行け、ヴェイグ!」
「急いでクレアさん達を!」

アニーにも促されて、ヴェイグは一気に階段を駆け上がった。

























最大まで肥大した光と血はアガーテを包み込む。
彼女の身体に溶け込み、ふと放出されたりの動作を繰り返している。



「姫様・・・?」
「・・・心配は無用です、ジルバ」

心配するジルバにアガーテは優しく微笑んだ。

満足だと言うように。




「素晴らしい・・・。光が血となって私の身体を巡っているような・・・光になったような感覚・・・」

スッと屋上に集まった兵士達に、アガーテは向かった。



「儀式は成功した。聖なる王の力は、ここに蘇った!・・・クレア、こちらへ・・・」



呼ばれたクレアは、死人のように青ざめてピクリとも動かないを心配そうに見つめてから、
躊躇いつつもアガーテの元へと歩み寄った。





「クレア!!!」



屋上に辿り着いたヴェイグはアガーテの隣にいるクレアと地に倒れているをそれぞれ見て、叫ぶ。

ジルバは三人に近づけさせまいと、前に立ち塞がり兵達に命じる。


「あの者を取り押さえよ!」


兵は一斉にヴェイグを取り囲んだ。

『兵士』という名の幾重の壁がヴェイグと二人の少女を遮る。



「どけぇっ!」
「邪魔はさせぬ!今ここであの娘共を返すわけにはいかぬ!!」
「クレアが・・・何故クレア達がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!!」



叫ぶと同時に冷気を放ったヴェイグ。
取り囲んでいた兵達はその強力なフォルスに怖気づき、我先にと逃げ出した。


ヴェイグは兵士から解放されると、アガーテの元まで走り寄る。




「クレアから離れろっ!!」


ヴェイグは氷のフォルスで作った氷の結晶をアガーテに向かって飛ばした。
しかしアガーテの身体が纏う光に遮られて、それは弾き飛ばされる。


「およしなさい。今の私に、どんな攻撃も通用しません。私は力を・・・聖なる王の力を手に入れたのですから!」



アガーテがもう一度両手を掲げると、白い月が生まれた。
それに引き寄せられるかのようにクレアが浮かび、月の中へと取り込まれた。



「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

ヴェイグは鞘から大剣を抜いてアガーテに振るう。
だが、まるで滝の様に流れ出る光にまたも弾かれた。




「愚かな・・・大人しく見ているがいい!」





ジルバが言うのと同時に、ワルトゥ達を片付けたのであろうユージーン達が屋上へやって来た。



「陛下!貴女は・・・貴女は何を・・・!?」
「ようやく・・・ようやく私の願いが叶う時が来たのです・・・ようやく・・・この想いを・・・!」


アガーテは微笑しながら、自分の身体も浮かばせて月の中へと入る。



二人が月の中へ取り込まれた瞬間、地に崩れていたがカッと瞳を開いた。
すると、苦しそうに弓形に胸を反らして大きく悲鳴を上げる。



「くっ・・・うっ・・・っああぁぁぁぁぁー―――――っ!!」
!?」


ヴェイグがその様子に驚き、駆け寄る。
すぐにの身体から流れる血が紅い霧になって白い月を紅く染めて上げていく事に気がついた。


白い月が彼女の血で完全に紅く染め上げられると、
の苦しそうな悲鳴も、血が紅い霧になるのもぱったりと止んだ。



息を辛そうに喘ぐの顔を、ハープとザピィがヴェイグと一緒に覗き込む。


「・・・・・・ヴェイグ・・・ハープ・・・」
、大丈夫か・・・?」
「あぁ・・・・・・アガーテ様は・・・?」


呟くと、はヴェイグの胸を借りて、起き上がる。









不気味に浮かぶ赤い月が突然、大きく歪んだ。


「きゃあ!何なの・・・どうなっているの・・・?・・・ジルバーっ!!」


もはや月とは言えぬほどに形を崩した月を見て、マオが叫ぶ。


「フォルスの暴走だ!!」
「クレアっ!!」
「アガーテっ!!」


ヴェイグとがそれぞれ月の中にいる人物の名を呼ぶ。




しかし、月から返ってきた声は低く、とても女性のものとは思えなかった。






『我が名は聖獣王・・・・・・ゲオルギアス・・・』



「聖獣王・・・ゲオルギアス・・・?」
「・・・この声は・・・・・・」


戸惑うヴェイグと、聞いた事のある声であった事に驚くは赤い月が黒雲に包まれていくのを呆然と眺めていた。




黒雲から姿を現したのはクレアでもアガーテでもなく、一体の巨大な黒龍だった。

大きな翼に、と同色の紅色の瞳。
闇の色をした漆黒の身体は、不気味な黒雲から生まれたように想像させて、ぞっとするものがあった。




「これが・・・聖なる王・・・」

呆然としていた一同の中、ジルバがポツリと呟いた。


「ヒト・・・じゃねぇのかよ・・・聞いてねぇぞ!?」

想像していたものとは大分違っていたものに対し、ティトレイは狼狽する。






『我はここに再臨せり。悪しき者の不浄な足跡を消し去るために・・・』


戸惑う一同へ、ゲオルギアスの胸の赤い石が輝く。




「危ないっ!!」

ヒルダが反射的に叫び、それを合図に二手に分かれた。
直後、ゲオルギアスの胸の石から金色の光が放たれ、逃げ遅れた兵士達を形残さず焼き尽くしてしまった。



「すっごくヤバイんですけど!」
「クレア!!」
『今こそ、我が使命を果たさん』
「使命・・・?それは一体・・・」


呟いたの方をそっとゲオルギアスは見つめる。
先程兵士を攻撃したような荒々しさを消し去り、彼女に答えた。


『我が使命は地上に安明をもたらす事。すなわち、ヒューマの殲滅』
「ヒューマの殲滅!?何のために!!」


今度はユージーンが問う。
ゲオルギアスはの時とは打って変わった態度で言った。




『全てはこの世界のため・・・そしてホーリィ・ドールのため。・・・邪魔する事は許さん!滅びよ!!』


ゲオルギアスの胸がもう一度光り、一同から離れたマオとティトレイを狙う。



「マオっ!!」

ティトレイはマオに飛びつき、彼を庇ってヴェイグ達の元へ飛ぶ。
放たれた光は躊躇うことなく先程ティトレイとマオのいた場所を焼いた。



ヴェイグはゲオルギアスに大剣を構える。


「クレアは俺が守る!今度こそ守ってみせる!!」
「聖獣王だか何だか知らねぇが、黙って滅ぼされて堪るかってんだ!!」


ティトレイがヴェイグに続いて言うと、も双剣を構えた。



「例えホーリィ・ドールの為であっても、ヒューマを殺す事に私は異議を持つ!そんな事、させない!!」

が叫ぶと全員が頷き武器を構えた。








『愚かなヒューマめ・・・滅びよ!』

黒龍の猛々しい声が祭壇に響き渡った。


ゲオルギアス復活!の巻。
ここまで書けた・・・。一気に書けた・・・つーか長いよ・・・。

今回は重要な所が色々ありますのよー。
サレの夢主に対する心境変化とか。夢主の顔見つめて何を思ったのでしょ・・・。
アガーテと夢主とか。夢主は感情が高ぶると「アガーテ」と呼び捨てになるのです。
ヴェイグと夢主とか・・・は別にまだイイか。(オイ)
でも今回の最重要はやはりゲオルギアスと夢主です。
夢主と他とでかなりのギャップがありますよ。おんにゃのこに優しい聖獣王。

さて、また今度も一気に書き上げちゃうと思います。