「ハープ、この首輪をバルカの収容所にいるヴェイグに届けて」
ヴェイグ達が連行された後、
は空いていた客室の一つに監禁された。
何とか抜け出そうと脱出口を探してみるが、外側から鍵をかけられた扉以外にがすり抜けられそうな箇所は一切無い。
ふと壁際に、唯一小動物程度の大きさならば通り抜けられそうな小窓を見つけた。
はここからハープだけでも逃がそうと考えていたのだ。
クレアの身の危険をヴェイグ達に知らせるために自身の首輪を外してハープに銜えさせる。
ハープはを心配するようにキィと弱々しく一声鳴いたが、意を決して小窓から飛び出した。
ハープを見送っていると、ガチャリと扉の開く音が聞こえて、は小窓を背中で隠すようにしながらそちらへ振り返る。
自身の目が捉えたのは、サレが冷たい笑みを浮かべながら後ろ手で扉を閉じた所だった。
「さて、悪あがきは出来たかな?」
行動など既に把握しているという様に、フッと笑うサレには警戒心を剥き出しにする。
しかしその視線さえもサレにとっては愉しいようで益々笑みが深まるばかりだ。
「儀式の準備が出来たんだってさ。・・・おいで、」
「・・・私が行くとでも?第一、クレアだけでなく私まで必要なのですか?」
「具体的に言えばの血をお姫様はご所望なのさ。
聖なる王の復活にどうしても欲しいんだって。それに・・・君は抵抗できないよ。フォルスが使えないんだからさ」
どういうことだと驚くを察してサレは自分の左肩を指でトントンと軽く叩いた。
示された自分の左肩を見ると、自身の左肩に奇妙な紋様が描かれている事に気がついた。
恐らく王の盾の紋術師辺りが描いた、フォルスを封印する為の紋様だろう。
「ウィンドエッジ」
が肩の紋様に気を取られている間に、右腕がサレの唱えた導術で切り刻まれた。
腕に一線が入って出口が出来たとばかりに血が噴き出す。
「・・・まだ痛がらないね。まぁこのくらいは普段自分でやってるから、当然だよね。
・・・・・・君の苦しんで泣く姿が見たいよ、」
笑うサレに、幸い取られていなかった双剣を鞘から抜き出して構えた。
相手は仮にも主人だ。実際には攻撃出来ない。
だから、あくまで牽制。
目指すは彼の背後にある扉だ。
「・・・それは命令ですか?」
「まさか。そんな楽しみが減るような事、僕はしないよ」
そうさ。命令なんてするわけがないだろう?
逃げて逃げて逃げる獲物を少しずつ弱らせていくあの快感が味わえなくなるからね。
怯える獲物を手にかける瞬間、その時の獲物の顔。
・・・・・・たまらないね。
猟奇的な笑みを浮かべるサレに向かって、は走り込んだ。
ヴェイグは牢からユージーンとティトレイを出した。残りはマオとアニーとヒルダだ。
ヴェイグがココから出られた理由は漆黒の鍵もとい漆黒の翼にあった。
以前、ヴェイグ達はバビログラード登山洞で足を挫いて難儀していた彼らを助けた事がある。
その借りを返すと言って、漆黒の翼はヴェイグに鍵を渡していったのだ。
いつもは鬱陶しい存在でも、今回は助けられたと一同は切実に思った。
マオ達と合流して、他にもサレやトーマの行いを快く思わずに抵抗をしたところ捕らえられたという、
ユージーンを敬愛する兵士ナッツやベルサスのマウロ、ラジルダのイゴルなど、計三名も牢から解放した。
「・・・これで全員合流できたな」
ティトレイが言うと同時にヴェイグの肩に乗っていたザピィが軽やかに飛び降りて、出口の方に向かって大きく鳴いた。
誰かを呼び寄せるように、ココだよと言うように。
ザピィの声が冷たい牢獄中に響き渡った頃、ザピィの声を辿ってハープが走ってきた。
「アレ?の・・・ハープだ!何銜えてるの?」
マオが言うと、ハープはヴェイグの元へそれを差し出した。
ハープが銜えているものを受け取って確認する。
「これは・・・の首輪だ。・・・血がついてる。・・・まだ新しい」
「さんまで危険になっているんでしょうか?」
アニーが心配すると、思いついたようにユージーンが言った。
「ヴェイグ。蒼月石に光が満ちる時、聖なる王が蘇るとハックは言っていた。つまりそれに光が満ちると儀式は・・・」
ユージーンに言われ、ヴェイグは腰のお守りとの首輪についている蒼月石をそれぞれ確認した。
どちらもあと少しで完全に光が満ちてしまいそうだった。
「・・・もう時間がないぞ!」
「こうしちゃいられないな!カレギア城に急ごうぜ!!」
ティトレイのかけ声で、全員は出口へ向かって駆け出す。
ヴェイグは両肩にそれぞれザピィとハープを乗せていて一見重そうではあるが、
そんなことを気にしていられないほど、彼は焦っていた。
心は全て城に捕らわれている、二人の女性に向いていた。
「間に合ってくれ・・・クレア・・・・・・!!」
「ウィンドエッジ」
サレの唱えた導術での両足は切り裂かれ、傷口から血が流れる。
両足を傷つけられて動けなくなったはガクっと膝を崩してその場に座り込んだ。
動けなくなったにゆっくりと近づきながら、サレはついでに傷ついた彼女の身体をよく眺める。
両手、両足、肩に頬・・・血が出ていない所を探す方が難しいほどの傷だらけ。
真っ赤に染まったその身体を見て、サレは笑う。
「・・・の大好きな女王様のお願いだよ?何も言わずに叶えてあげたらどうだい?」
サレはレイピアを構えた。
あとは『コレ』を『ココ』に突き刺すだけ・・・
サレの一番好きな瞬間が訪れた。
・・・しかし、今の彼はそんな気分ではなかった。
がまったく怯えていない上に、無表情でサレの瞳を・・・もっと奥を見つめていたからである。
彼が一番好きなのは怯えた獲物を殺る時のあの瞬間だ。
なのに怯えていないを殺したところで、ただの殺り損である。
それだけでも不快なのに、サレは彼女にレイピアを突き刺す事が出来なかった。
レイピアを構えたまでは良い。
だがその次の行動に移そうとしても身体が拒否をしてまったく動かないのである。
全てが思い通りにいかず、サレは舌打ちをする。
「くっ・・・・・・」
「サレ様・・・?」
サレの異変に感づいて、が小さく声をかける。
気づかれたくなかったサレはレイピアの柄の方での腹を一発殴って気絶させた。
短い悲鳴を上げて倒れたを見下ろす彼の息は上がっていた。
同時に、激しい吐気に襲われて、レイピアを床に捨てて空いた手で口を押さえる。
「・・・・・・っ何なんだ・・・これは・・・」
ただを殺そうとしただけ。ただを殴っただけ。それは自分の望んでいた事。
なのに何故こんなに身体に疲労感が溜まるのか、とサレは苛立ちと汗を拭うために前髪を掻き揚げた。
・・・が、己の手の密かな異変に気がついた。
ガクガクと痙攣したかのように小刻みに揺れる、両手。
・・・・・・震えてる?・・・この僕が・・・?
こんな人形を殺そうとしただけなのに・・・?
手の震えを認めたくなかったサレは骨が軋むまで握り締めると、壁に両手を叩き付けた。
サレVS夢主の巻。
壊したいと思っていた夢主を壊せなくなっている御様子のサレ様。
ちょっとした心境変化でございます。
ドネル戦で夢主と離れた理由ってのが少しはわかっていただけたんではなかろうかと・・・。
まぁ・・・それをサレ本人から語られるのは大分先なんでしょうが・・・ね。
ちなみに夢主がサレを見つめていたのは「貴方が私を殺すはずなんてない」ではなく、
「貴方にだったら殺されても良いかもしれない。それが貴方の望みなら」ってところです。
サレ×夢主ってある意味ヴェイグ×夢主よりも想い合いが強いと思います。
死を恐れないほど相手を想えるってスゴイなぁ・・・。
次回は一気に書き上げちゃいたいので少し長くなるかもしれない・・・。