深い霧に迷う事無く、無事に首都バルカに辿り着く。
その頃には周囲を覆っていた霧が更に強くなっていた。


これなら、簡単に城の者に見つかる事も無いだろう。








ヴェイグは街の奥に堂々と聳える城を見つめる。

そして小さく呟いた。


「・・・城をもっと近くで見たい」
「わかった。だが、近づくだけだぞ?」


ユージーンにあくまで近づくだけと念を押されるが、それで良いとヴェイグは頷いた。
















霧の中で聳え立つカレギア城はまるで夢朧にふわりとしていて、どこか幻想的で美しかった。

しかし今のヴェイグにはそんな城も、大事な人を監禁する冷たい牢獄のようにしか見えない。



「ココに・・・クレアが・・・・・・」


もう目の前のそこに大事な人がいるのに手が届かない。
そのもどかしさをどうする事も出来ずヴェイグは舌を打った。



はそんな彼の顔を、複雑だと言いた気な顔をしながら盗み見る。
自身の心が無心になってから口を開いた。



「問題はどうやって中に入るか、だろ?
 私や隊長、ヒルダ姉様は正面からの入り方しか知らない。何処かに隠し通路があるだろうが、そんなモノ探す暇も無い」


「・・・八方塞か」

ティトレイが言う。
その時、まるでそれを合図にしたかのように城が騒がしくなった。




どうかしたのかと不思議がるヴェイグ達に答えるかのように、
城門の方からガジュマの男が疾風の如くの勢いで走ってきて、ティトレイに衝突した。



「おっと、すまねぇ!・・・おや?アンタ達は・・・・・・」

男はティトレイに短く謝罪を告げて、ヴェイグ達を一瞥する。
その中にユージーンとの二人を見つけて、一瞬呆けた。



しかし、城から兵が追いかけてきたのに気づき、またあっという間の勢いで走り去ってしまった。










「アイツは・・・カレギアの辞書・・・」
「・・・まだあんなことをしていたのか・・・」

とユージーンは男の事を知っているらしい。男の行動に対して呆れてため息をつく。
・・・が、ふとユージーンが何か思いついたらしく、呟いた。


「そうだ。奴なら隠し通路の存在を知っているかもしれない」
「・・・可能性はあるな。追いかけましょう」


ユージーンとが頷き合うのを見て、訳がわからないという思いを抱くヴェイグ達を代表してマオが訊ねる。


「ねぇ、ユージーン。さっきのヒト知ってるの?」
「あぁ。有能な情報屋だ。しかし、城に忍び込んでは情報を集めているせいで処刑されそうになった事がある」
「私の存在も、アイツが教えたらしいんだ」

が続いて答えると、納得したらしいマオは頷いた。




































「・・・なるほどねぇ。ユージーンの旦那と嬢に頼まれたとあっちゃ、黙っている訳にはいかねぇな」


カレギアの辞書こと、ヨッツァは追われている身でありながら落ちつき払って、頷く。

アニーは追っ手の兵士がやって来ないかとハラハラして何度も出入り口の方を見ているが、自分達が話し込んでいる場所は街外れの商店。
さすがにこんな所まで探しには来ないだろう。




「教えてくれるのか?」

訊ねるにヨッツァは頭を捻る。


「うーん・・・嬢に頼まれたとは言え、オイラ一人の判断で教える訳にゃいかねぇ。
 だから、雑貨屋の向かいに住むジベールってじーさんを訪ねてくれないかい?」

「雑貨屋の向かいのジベール、だな?」
「あぁ。そして会ったらこう言うんだ。『霧の奥にある夢の続きが見たい』ってな」
「・・・わかった。迷惑をかけてすまないな」


が言うと、ヨッツァは照れくさそうに笑って手を振った。

「いや、良いってことよ。べっぴんな嬢の頼みだからなぁ。・・・じゃ、オイラはこれで」


ヨッツァが商店を出て行くのを見届け、達もジベールの元へ行くために店を出た。



































ジベールは自宅の地下の部屋で、立派なイスに座ってくつろいでいた。
外見は身なりの良い隠居した老人だが、真の姿はバルカの裏社会を仕切っているボスである。


「・・・アンタがジベールさんだな?」
「はて・・・この老いぼれに何の用かな?」

ヴェイグが訪ねると、ジベールはとぼけて返した。



「霧の奥にある夢の続きが見たい」


ヴェイグがヨッツァから教えられた言葉を告げる。




瞬間、ジベールの顔つきが明らかに変わった。
穏やかな色を抱いていた瞳が、獣の様に鋭く輝く。




「ふむ・・・アイツに会ったのか。それで、お前さん達は一体何の用だ?」
「実は・・・―――」



ヴェイグが訪問の目的を言うと、ジベールは理解して頷いてくれた。
しかし、兵のおとり捜査かもしれないと用心深く疑い、隠し通路を教えてくれるまでには至らなかった。


そこで、ヴェイグ達が兵士ではないと信頼してもらう為に、
バルカの北東にあるメセチナ洞窟に研究に行ったきり帰ってこないジベールの部下、ハックを迎えに行くことになった。
無事ハックを連れ帰ってきたら、礼として城への隠し通路を教える、というのだ。


いわゆる、『交換条件』というヤツだ。




更に用心深い事に、誰でも良いので人質としてココに二人残るようにとジベールが言う。



ヴェイグはユージーンとアニーを一緒にするべきではないと考え、
アニーを残し、残りの一人はうるさいと言う何だか哀れな理由でティトレイを残し、メセチナ洞窟へ向かった。












































メセチナ洞窟の『メセチナ』とは『月の光』という意味らしい。
確かにメセチナ洞窟は月の光が差し込んでいるように冷たい光を放っていた。



「・・・何だかの髪みたいな色だねー」

光る岩壁を興味深そうに眺めながらマオが言うので、ヴェイグもそれに目を向ける。



確かに洞窟内に広がる淡い光はの髪と同色だった。

・・・それはまるでがココから作り出されたのではないかと思ってしまうほどに。





「・・・どうした、気分でも悪いのか?」


ユージーンの問いでは夢の中から現実に引き戻されるかのように明らかに、ハッとした。


「・・・・・・いや、何でもない」
「何でもないようには見えないわよ。そんな顔が青くちゃね」
「・・・外で待っているか?」


心配して声をかけてくるヒルダとヴェイグにもう一度大丈夫と言うと、は足を進める。








・・・今の声は・・・何だったんだ・・・・・・・・・?



洞窟内を駆け巡る風の音の中から、は声を聞きつけた。

他の四人には聞こえていないようだが、己を呼ぶ声がかすかに耳に入る。




―――・・・我が血・・・・・・ドール・・・・・・・・・



何とか聞き取ろうと頑張って耳を澄ましてみるが、どうしても重要な部分が聞こえない。

幻聴と形容するには難しい。
一体これは何なのかと悩むの気を逸らすように、洞窟の奥の方から悲鳴が聞こえた。



「今の悲鳴は・・・?」
「きっとハックだ!」

マオは叫んで、洞窟の奥に向かって走る。

の肩にいたハープが怯えるように小さく鳴いたのを聞き、
大丈夫だと言って安心させるようにふわふわの身体を撫でてから、も先に行ったマオ達を追って走った。





この瞬間、彼女は自分に聞こえていた声の事をすっかり忘れてしまったのである・・・。









































洞窟の奥にはバイラスに囲まれて逃げ場を失った男がいた。



男は、駆けつけたヴェイグ達を見つけて必死に叫ぶ。

「あ!そこの君達、助けてーっ!!」
「君がハックだね!」


マオは確認するのと同時に詠唱を始めた。
後に続くようにヒルダとも詠唱を始め、ヴェイグとユージーンは武器を構えて駆け出す。


「来たれ爆炎!焼き尽くせ! バーンストライク!!」
「大地よ応えよ敵を砕け ストーンブレイク!!」
「我の血に裁かれよ ブラッディクロス!!」
「幻龍斬!」
「轟破槍!」


五人で一斉に攻撃を仕掛けた。
相手のバイラスはバルカ周辺に棲息する一般的なバイラスの群れだったので、何の苦労もなく倒す事が出来た。













「ふぅー、君達のおかげで助かったよ。・・・あれ?そのアクセサリーは・・・」

バイラスに襲われていた男、ハックはヴェイグ達に礼を述べつつ、の首に装飾される首輪をまじまじと見た。


「・・・君、もしかして・・・ホーリィ・ドール・・・・・・?」

ハックが疑うように訊いてきたのでは彼の質問を肯定するために肯く。
瞬間、パァッとハックの顔が子供のように無邪気に明るく輝いた。

目をキラキラと輝かせ、嬉しそうに笑顔になる。


「やっぱりそうなのかい!?わぁ、ホーリィ・ドールは大昔に死滅したって聞いてたのに!
 まさか生きたホーリィ・ドールに出会えるなんて!!すごい!すごいや!!」


ハックは考古学を研究しているとジベールが言っていた。
それなら、大昔の存在であるを目の前にして興奮するのも当然といえば当然だ。

彼はの腕や髪を無遠慮に触っては「すごい」と感動し、虫眼鏡であちこちを調べ始める。
彼女はいわば『生きた化石』だ。考古学者ならばある意味当然の反応。


しかし、ハックはが『女性』である事をすっかり忘れて調査しているのだ。
もちろんハープは威嚇しっぱなしで、いつ彼の無神経な腕に噛み付いてやろうかと機会を窺っている。


が困り果てているのに気づいたヴェイグが両者の間に入り込み、二人を離した。


一瞬、助けてくれたのかとヴェイグに感謝の気持ちを抱いたを、見事に彼は裏切る。




「ジベールさんの所に戻るぞ。早くクレアを助け出すんだ」


を助けた』ではなくこれからクレアを助けに行くための行動だったらしい。

は見事に裏切られて、はぁ〜と大きくため息をつく。






そのため息を聞いて、ヴェイグは不思議そうに彼女を見た。


ハック救助(しに行く)隊の巻。

久々の更新でございました。
私、ジベールさんの人質は毎度この2人です。
だってアニーの陣術大して欲しいような所じゃないしティトレイすぐ死ぬし。(爆)
ティトレイ・・・使い勝手がいいんだけど打たれ弱いのよね・・・。

バルカ編は夢主にとって重要な話になるんです。
聖なる星、メセチナ洞窟、ハックの話・・・。
早くサレ様達を交えて書きたいものです。