サレがホーリィ・ドールの生存を知ったのは三日前だった。
ちょっとした任務を見事に終了させてカレギア城へと帰って来たサレは、ふと後ろから声をかけられた。
振り返ってみれば声の主は自分の所属する『王の盾』の隊長、ユージーン・ガラルドだ。
「これは隊長」と形ばかりの礼をしてみせる。
・・・気持ちなんて一切篭っていない。
実際、敬意なんて欠片も持ち合わせていないのだから。
しかし、サレの態度をいつもの事と判断したユージーンは口を開いた。
「ヨッツァの情報から、ラドラス陛下からのご命令だ。今からノルゼンの方へ行ってもらいたい」
「ノルゼン?何でまたそんなヘンピな所なんですか?」
帰って来たばかりなのに。
その気持ちを身体全体に纏わりつかせてサレは不快そうに訊ねたが、ユージーンの方は顔色ひとつ変えずに返答した。
「ノルゼン付近でホーリィ・ドールが発見されたそうだ」
「ホーリィ・ドール…首輪で動くお人形さんですね?で、それを僕が保護しろと?」
「そうだ」と肯定の言葉がサレの耳に入る。
「オレは手が離せないし、本当ならワルトゥに頼むんだが、あいにく別の任務があってな…」
「アレェ?心外だなぁ。僕だってそんな暇な訳ではないんですよ。まぁ、隊長達程じゃありませんけど?」
嫌味を返せば、無言のまま少し睨まれた。
少々虐め過ぎただろうか。
「…冗談ですよ。ノルゼンですね?それで、そのお人形さんの特徴は?」
「紅色の瞳の女。…後はわかっていない」
何だ、その少ない情報量は。
「それだけですか。カレギアの辞書も落ちたモンだなぁ。
…まぁ、紅色の瞳なんてそうそういるもんじゃありませんし、すぐ見つかるでしょう」
一応任務ですから、やる事はやりますけど。
面倒くさいという気持ちを隠す事無く遠慮なく晒しながら、サレはノルゼンへと足を赴けた。
到着後、現地の者からその女は華やかな服を着た男達と何処かへ行ってしまったと聞き、
それならキョグエンだろうと予測し赴いてみれば大当たり。
少し脅かしたらあっさりホーリィ・ドールを渡してきた。
現在、サレとはノルゼンに向かっていた。
ノルゼンの港から船に乗り、バルカに帰るためだ。
途中、バイラスが何体も現れ、襲い掛かってきたが、が自身のフォルス、『血のフォルス』で全て片付けてしまった。
彼女は強く、フォルスも強力なのかバイラスのほとんどは一発の攻撃で息絶えるほどだ。
おかげでサレは楽できるのだが………
「痛くないのかい?」
らしくないと思いつつ、サレは思わず訊ねていた。
何せの持つ『血のフォルス』は血を使う能力。
無傷のバイラスを相手にする時は、自身を斬りつけて血を流すしかない。
バイラスを斬りつけてからでも良いが、それでは時間がかかってしまうようだ。
・・・つまり、今のは血だらけなのだ。
ホーリィ・ドールは感情のないフォルス持ちのヒューマの一族(…のことを言うらしい)だが、
いくら感情がなくても痛みは感じているのだろうと思いサレは声をかけた。
普段の彼ならば、自分の知っている者が病に倒れようが怪我しようが知ったことではない。
むしろそれを見て楽しむ程の冷徹さ、残忍さを持ち合わせていた。
例えるならば、地面でせっせと働いている何の罪もないアリの集団を飽きもせずに苛め抜く幼子のような。
彼はそんな無邪気な子供のような残酷さを持った性格なのだ。
しかし目の前にいる少女が血を流している姿を見ると、どうも落ちつくことができない。
…どうせ彼女を城まで連れて来いという任務を遂行するために、ココで死なれては困ると無意識に思っているからだろう。
そうサレは決めつけた。
そんなサレに気づいてないのか、は顔の表情を変えずに言った。
「…痛いとは…何ですか?」
さすがにこの解答にはサレも困ったというか呆れたが、すぐに言葉を返す。
「痛いってのは怪我した所や具合が悪い時に、ズキズキしたりビリビリしたりすることだよ。ないの?」
サレの言葉が終わると、は先程自分で切りつけた腕をじっと見た。
自身の瞳と同じ色をした紅色がじわりじわりと溢れてきている。
「…ズキズキ…します…」
またも無表情で言ったに、ため息を一つ吐いてサレはポケットから薄紫色のハンカチを取り出した。
「ホラ、さっさと腕出しなよ」
言われたとおりに出したの腕を少々強引に掴んで引き寄せる。
そのまま、血が未だ流れ出る手の甲にハンカチを巻き出した。
「こんな腕してると変に思われるからね。…君のためじゃない。僕のためさ」
まるで言い訳のような、自分自身に言い聞かせるかのような言葉を吐きつつ、手当てを施していく。
・・・本当に、らしくない。
「もうフォルスは使わなくて良いよ」
ハンカチを白く滑らかな手にしっかりと巻いてから、
何気なくの顔を覗き込んで、サレは目を見開いた。
が頬を赤く染めて困ったような顔をしていたからだ。
感情を持つことを許されぬホーリィ・ドールが、恥ずかしがるなんて。
そう思いつつ彼が目の前の端正な顔を凝視すれば、は更に照れて顔を横に背けた。
へぇ、可愛いところあるじゃないか。
その時点で、ようやくサレは目の前の少女に興味を持った。
感情を持たないホーリィ・ドールでは心をズタズタに壊すことが出来なくてつまらない。
そう思っていたサレはを城へ送り届けたら縁切りと考えていた。
しかし少しでも感情があるのならば、話は別。
もっといじめてやりたいと思った。
自分の物にしたい…と思った。
「…申し訳…ありません…」
また感情を消して、照れを殺そうとするにサレはある事を思いつく。
お得意の、冷たい微笑を形の良い唇に浮かべた。
「…じゃあ。二つ目の命令を出すよ?」
サレは悪戯を企む子供のように笑い、はサレの命令を待った。
「今から君は感情を持つんだよ。イイね?」
サレの言葉を理解したは驚いて目を見開いた。そして何故かと問うように眉を顰めた。
「君が今持っているのは疑問。そういう感情を出すんだよ。嬉しい時は笑って、悲しい時は泣く。…そう泣くんだよ」
サレの思いついたこと。それは残忍な彼の考えそうなことであった。
を自分に懐かせて、その心を踏みにじることを考えたのだ。
今まで感情を持たず、持ってしまっても殺してきたそれをやっと出せる。
彼女はどんなに喜ぶだろう。どれだけ自分に懐くだろう。
そしてその自分へ注がれる心を壊せば、彼女はどれだけ壊れるだろう。
作られた物が崩れる姿はどれほど美しいだろう。
この紅玉のように透き通った瞳はどのように濁っていくのだろう。
それを考えるだけでサレの『心』は躍った。
「僕のことは名前で呼ぶんだよ。一人のヒトとしてね」
サレの言葉を聞いて、今まで無表情を作り出していたの顔は柔らかく微笑んだ。
「わかりました、サレ様」
優しい月明かりのような。夜明けの光のような。
そんな温かい微笑にしばしサレは見とれていたのだが、本人は気づかなかった。
ノルゼンがまもなく見えてくる頃のことだった。
サレ×夢主
サレ様、夢主ちゃんを手当てするの巻。
そして企むの巻。
それでも夢主ちゃんの微笑にキュンとするの巻。
この夢、ヴェイグとサレがお相手ですから。
ヴェイグと出会うの結構後ですから。