ヴェイグは叫ぶことで彼女の行く手を阻んだ。
彼の大声に驚いて、それぞれの腕に抱かれて眠っていたザピィとハープが飛び起きる。
「…ハープ達が起きてしまっただろ。もう少し小さな声で―――」
「そんなことより、お前のその左肩…血が出ているだろう」
ヴェイグに指摘され左肩を見ると、確かに大きな切り傷が出来ている。
大分血も流れていたらしい。血液がグローブに吸収されて二の腕の辺りで固まっていた。
…怪我をしているなんて、まったく気がつかなかった。
ずっとハープが右肩に乗っていたから気づかなかったのか、普段自分で斬りつけるから感覚が無かったのか。
それとも、ホーリィ・ドールという人形だから『痛み』すら感じることが無かったのか。
人事のように考えて、最後の考えが出る頃には、自然と彼女の形の良い口が自嘲するように笑っていた。
「…先程のバイラスにやられたかな・・・」
大人しく斬られるだけなのも納得がいかなかったバイラスの一矢報いた結果。
傷口から新しい血が流れる様をはじっと見つめ、そう解釈した。
ヴェイグはの左腕を掴んで、傷口を見る。
「・・・結構傷が深いな」
「気にしなくて良い。いつものことだ」
それに自分は自己治癒力が常人の倍以上に優れているから、すぐに治る。
今までの自身につけられた傷が跡形も無く消え去っているのがその証拠だ。
だから、こんな傷 何とも無い。
はヴェイグの手から左腕を抜こうとするが、逆に彼は抜かれまいと強く腕を掴んだ。
「気にするに決まっている。・・・こんなに血を出して・・・」
「・・・あとでまたフォルスを使うから別に構わない」
「俺が構う」
「え・・・・・・?」
ヴェイグがの言葉に首を振って答えた。
……どういう意味だ それは。
「お前はあの時、俺を助けた。敵に助けられる屈辱を、お前に味合わせなければ俺の気が済まん」
ヴェイグは自分が受けた屈辱をにも与えるのだと言っているが、
先程の言葉からして実際は真摯に彼女の傷を心配しているのだろう。
彼は優しい青年なのだと、は気づいていた。
だから、自分はアガーテの件を託せたのだろうと思っている。
その様子に軽くはにかんで、は右手に結んである薄紫色のハンカチを掴んだ。
ハンカチを右手からほどいてヴェイグに差し出すと、彼は従ってそれを手に取る。
「なら、これを使ってくれ」
が言うと、ヴェイグは了承して頷く。
手渡されたハンカチで傷から出た血を丁寧に拭き取り、
塗れてベタベタになったハンカチを噴水の水で洗い、またそれでの血を数回拭く。
それを数回繰り返してから、根源である傷口を覆い隠すようにハンカチを当て、左肩に巻いて縛った。
「・・・後でこの花を傷口に当てろ」
そう言ってヴェイグはポケットからカモミールの花を出し、に手渡す。
カモミールの花は抗菌作用がある。
つまり、黴菌が入らないように、という彼なりの配慮。―――――― 優しさだ。
「・・・ありがとう」
「・・・これで貸し借りはなしだ」
ヴェイグがそっぽを向くのと同時に風が吹いた。
やや強めに吹いたその風を警戒し、一瞬これは罠で、風はサレのフォルスかと思い、ヴェイグは身構える。
・・・しかし、どうやら違うらしい。
が気持ちよさそうに風に銀髪をなびかせているので、恐らくこの風はただの自然現象なのだろう。
軽く、息を吐いた。
「・・・もう行く。そろそろマオ達が気づきはじめるだろうから」
風に銀髪を遊ばせていたはスッとヴェイグを見つめた。
ヴェイグもその紅い瞳に吸い込まれるように、彼女の瞳を見つめる。
赤い瞳はマオのような優しい、明るい炎色ではなく、どこか冷たさを帯びたまるで鮮血のような色。
ヴェイグはその妖艶な美しさに思わず目が離せなくなった。
「・・・・・・アガーテ様を止めてくれ」
「・・・俺はクレアを助け出すだけだ」
ヴェイグの答えにはクスリと柔らかく笑う。小さく頷いた。
「それでいい。それで、彼女は・・・自分のしていることがわかるハズだから・・・」
そう言ったは足を進め、闇の中へ消えていった。
ヴェイグはブーツの音が完全に聞こえなくなるまで、ザピィと共にが消えた闇を見つめた。
トヨホウス河の付近まで戻ってくると、サレが腕を組んで木に寄りかかっていた。
真っ直ぐとこちらを見つめている。
先にサニイタウンへと帰ってしまったはずのサレの姿を確認したは、
驚きのあまり(表情には出してないが)立ち止まってしまった。
彼が直々に近づいて来た時にようやく声を出す。
「サレ様・・・」
「ずいぶん遅かったんだねぇ、」
サレがちらりとハープを一瞥する。
ハープ自身は知らん顔で顔を洗い始めていた。
・・・そういえばハープが逃げたフリをしてヴェイグに会いに行ったんだった、とは思い出す。
「先にサニイタウンに帰っていたハズでは・・・?」
「一度ね。でも君、案外馬鹿なトコがあるからきっと道を塞ぐのを忘れるだろうなぁ、と思ってね。
・・・こうして迎えに来てあげたんだよ」
サレが馬鹿にしているとしか思えない発言をしたが、
は『迎えに来た』という一言だけを頭に入れ、他は抹消する事にした。
「申し訳ありません。私のせいで、大分待たれたのではありませんか?」
ペトナジャンカ地方は気温が安定していて暮らしやすいが、やはりそれでも夜は冷える。
長時間夜の外に佇んでいたサレは大丈夫なのだろうかとは心配になった。
これで もしサレが体調でも崩したらどう詫びて良いかわからない。
主人に気遣われるなんてホーリィ・ドールの恥だ。
責任を感じているを他所にサレは言葉を放つ。
「別に良いさ。・・・じゃ、帰ろうか」
「・・・道を塞がなくて良いのですか?」
「もう塞いできたよ。僕が」
「・・・では、どうやって帰るのですか?」
道はサレが塞いだという陸路一つだけ。
サニイタウンの道は閉ざされたのに、どうやって帰るというのだろう。
が質問すると、サレは彼女の肩を掴んで自分の元へ引き寄せた。
勢いよく引いたので、ハープが彼女の肩から落ちて、そのまま掌の上にポスンと納まった。
「僕のフォルスで飛んで行くんだよ」
そう言って、フォルスを発動させる。
二人の足元に風が生まれ、身体を持ち上げた。
そして空に舞い上がり、ゆっくりとサニイタウンの方角へと飛び始めた。
動き始めてからすぐ、サレは彼女の肩を抱く手に、違和感を感じた。
「・・・その肩、どうかしたのかい?」
違和感はの肩に縛られていた冷たいハンカチのせいだった。
手袋をつけていたせいで、湿ったハンカチの存在に気づくのに時間がかかったのだろう。
「・・・あ、いえ・・・。何故か怪我をしていたので・・・」
「へぇ・・・・・・自分で縛ったのかい?」
「・・・はい」
「・・・・・・・・・ほぅ、そうなんだ」
サレは納得したように言って黙ると、の左肩に爪を喰い込ませて強く抱いた。
痛みを感じ、少し唸るも気にせずに手袋とハンカチ越しに爪が喰い込んでいく。
許せないよ・・・。僕以外の奴がを傷つけるなんて。
は僕が傷つけて傷つけてそしてボロボロに壊すんだから。
は・・・僕だけのお人形さんなんだよ・・・。
ヴェイグ、夢主を手当てするの巻。
あんな血がダラダラ流れてるのに気づかない&気にしない夢主は
ある意味最強のボケかもしれない・・・。
『敵』なのにほっとくことができないヴェイグの優しさと不安定な夢主の感情と
さり気なく優しく、ドSを発揮しているサレ様が表現できていればいいなぁ。
ポイントとして夢主はサレのハンカチを宝物にして常に右手に巻いている事と、
その宝物を他人に触らせて、手当てさせた事。
・・・念の為に言えば、
夢主ちゃんは(今の段階で)サレを大切な主人、ヴェイグを自分と似ている不思議な奴と考えています。
だからけしてね、
夢主の二股ではありません。・・・まぁ後半になるとホントそれっぽいけどね・・・。