製鉄工場で『樹のフォルス』を暴走させた青年、ティトレイは姉を連れ去った王の盾を追うためにヴェイグ達と一緒に旅に出ることにしたらしい。


ティトレイを助け出し製鉄工場から出た時、もう日は沈もうとしていた。
早くサレを追いたいヴェイグをマオが宥める。
ユージーンはそれに同意し、今日は遅いから明日の朝に出発をしようと一同に告げた。























ヴェイグは宿屋で与えられた部屋の窓を開けた。

そのまま、空を見ると星がよく見え、美しい月も姿を現していた。

月の光に照らされているヴェイグは、腰元についているクレアがくれた蒼い石を見た。
そっと手にとって、月に向かって掲げて見る。


蒼い石は月に照らされて美しく輝いている。

まるで、小さな月がヴェイグの手の中にあるようにも感じてしまう程に。





「クレア…」




…必ず、お前を助け出すから。





ヴェイグは大切な家族の名前を呟くと、窓を閉めようと縁に手をかけた。
その時、ベッドの上で丸くなって眠っていたザピィが突然起き上がり、彼の前を通り抜けると、窓から外へ飛び出した。

「ザピィ?」

どうしたのかと思い、窓からザピィの姿を目で追う。
ザピィの行く先には噴水があり、そこに銀髪の美少女が腰掛けていた。



サレに付き従う、あの少女だ。



月の光に照らされて、少女の長髪が美しく銀色に輝いている。
その神々しい姿が、光を纏っているかのように見えて、思わずヴェイグは見とれてしまった。


しかし、すぐに我に返り、ベッドの傍らに置いてあった自分の大剣を掴み、部屋を飛び出した。















は宿屋から飛び出て来たザピィをあやす様にそっと撫でる。

ザピィが嬉しそうに声を上げていると、の肩にいたハープが降りてきて、ザピィに擦り寄った。
マフマフ同士の挨拶なのだろうか。ハープが擦り寄ると、すぐにザピィもハープと身体を擦り合わせる。

二匹でじゃれ合うハープ達を見て、は微笑む。


ザピィより少し遅れてヴェイグがやってくると、は噴水から腰を上げて彼を自身の紅い瞳で見据えた。


「……お前を待っていた」

ヴェイグが鞘に収まっている大剣を掴む。

…明らかに警戒している。


まぁ、彼が敵視しているサレに仕えている者なのだから警戒して当然だが。








「貴様一人か!?」

どうせヴェイグの第一声は「クレアはどこだ。クレアを返せ」だと思っていたは予想外で少し驚いた。


「私一人だ。…ザピィ達を見ろ。私は戦いに来たんじゃない」

はその証拠とばかりに二本の剣を鞘から抜いてヴェイグの方へ投げ捨てた。
ガシャっと鈍い音を出して剣が地に落ちる。


「私は今フォルス反応を消している。マオには気づかれない」
「…何の用だ」

未だ剣を握りを睨むヴェイグに、昼間と同じように紅色の瞳を向ける。

しばらくして、ヴェイグも剣をの剣の傍に置いた。








…何故か今はこの少女を信じても大丈夫だと、そう思った。




































「クレアは無事だ。今は他の娘達と一緒にサニイタウンへ連れていった」
「サニイタウン?」
「トヨホウス河から下ればほんの少しの時間でつく。だが私とサレ様とでサニイタウンへの道は閉ざした」

は膝の上で眠るザピィとハープを撫でながら、続ける。


「…頭を使えば何とかなるがな。それから、クレア達はサニイタウンからしばらく進み、最終的に首都バルカへ連れて行かれる」


ヴェイグはの方を見ずに、黙って話を聞いていた。

「…全ては昼間、ユージーン隊長が言っていた通り、アガーテ女王陛下のご命令によるものだ」
「…何故…」

今まで黙っていたヴェイグはの方を見てようやく口を開いた。


「何故、そんなことを俺に教える?」
「………ふふっ」

ヴェイグの質問を聞いて、一瞬呆気にとられた後、は思わず笑ってしまった。
何故笑うのか理解できないヴェイグは軽く眉を顰めた。


「答えろと言ったり、いざ言えば何故答えると訊いてくるなんて、おかしな奴だな」
「……おかしいのはお前の方だ」

ぷいとそっぽを向いたヴェイグがまたおかしく思えて、はクスクス笑う。
息をひとつ吐いて落ちつくと、質問に答えた。





「…アガーテ様を止めて欲しいからだ」




答えに驚いたヴェイグは軽く眼を見開いた。



「…アガーテは一度悲しみの底に突き落とされた。それからアガーテは突然美しいヒューマを集めろと言い出した。
 ……変わってしまったんだ。アガーテは、何かが」

少しずつ語るごとに、の紅色の瞳にじわりじわりと水っぽさが現れた事にヴェイグが気づいたのはまもなくだった。


「あの時、彼女を救えなかったのは私の責任だ。救っていれば、こんな誘拐まがいの行為もしなかったかもしれないのに…」



子供のように泣きじゃくりこの身に縋りついてきた、アガーテ。
アレは女王としてではない。アガーテ自身の姿だった。

それに気がついていたのに、救えたのは自分だけだったのに、出来なかったのは、自分だ。




「彼女のしている事は絶対に間違いだから、彼女を止めたい。
 …だが救えなかった私は…彼女の望むままの事をさせてやりたい気持ちもあるんだ…!」

の言葉から、ヴェイグは彼女がどれだけアガーテに負い目を感じているかがわかった。

ヴェイグだって、クレアが落ち込んでいたり傷ついている時は彼女の好きなようにさせていた。
そうすれば、多少の慰めにはなったから。




…しかし、アガーテの「好きなように」は明らかに限度を超えている。




「間違っていると思うなら、何故止めない?…物事には限度がある。アガーテのしている事は、明らかにそれを超えている」


ヴェイグが半分説得を混ぜた意見を述べる。
すぐに俯いていたが紅色の瞳に涙を溜めてヴェイグを睨んだ。


「命令に忠実なホーリィ・ドールが、主人を裏切ってお前に報告するだけでどれだけ辛いのかが、お前はわかるのか!?」

彼女は命令に背かない種族、ホーリィ・ドールであった事を、改めてヴェイグは思い出した。

こうやってサレの知らない所で自分と会っていることだけでも、彼女には辛いのだろう。
それがわかったら、ヴェイグは黙るしかなかった。



「…………」
「…わからないな。お前はホーリィ・ドールじゃないから」


身に染み付いた「主に絶対服従する」という気持ち。

いつからあって、誰から始めたかなんて分からない確証の無いそれにホーリィ・ドールは只従う。
それが自分達に与えられた、ただ一つの生きる方法だ。


ヒューマである彼にその重さが分かるはずなんて、無い。



「…わかっているさ。しかし、サレ様に従う事が絶対の私に、止められる訳がない!」


は大きく首を振った。まるで全てを弾きたいというように。




「…ホーリィ・ドールは何故主人を持ち、奴隷として扱われることを喜びとする?」
「…わからない。主人に従うことこそが最高の喜びと本能で思っているのかもしれない。実際にサレ様が喜んでくだされば、私も嬉しい」


別に従わなかった場合にどうこう起こるわけではない。
しかしホーリィ・ドールはこの生き方だけを唯一と考えている。

だからそれを「喜び」と思い込む。
主人に従う事こそが生きていく方法、そして自身の喜びであると。


・・・サレが喜ぶと嬉しいと思うのは、本当だが。





は涙が頬を伝って流れる前に指で拭う。
拭いきってから、膝で寝ていたザピィをヴェイグに渡し、未だ寝ているハープを抱いて立ち上がった。



「…どこに行くんだ」

ヴェイグの問いにはしばらく黙って、地面に落ちている己の双剣を拾って、慣れた手つきで鞘に戻した。



「言うだけのことは言った。私はサレ様の元へ帰る。…お前も仲間の元へ戻れ」

が背を向け歩き出し始める。
ヴェイグは何かに気づいたようで、突然立ち上がって叫んだ。



「待てっ!」


夜の冷えた空気を切り裂く声だった。






夢主、ヴェイグと語るの巻。


えー、補足をしますと、心を司るホーリィ・ドールと言われているにもかかわらず、
アガーテの暴走を止める事が出来ない事を夢主は悔いています。
だから代わりにヴェイグに止めてもらおうって訳でありまして。

…つまり、わかり難くてゴメンなさい…。