人を攫う時は敵に位置を知らせずにこっそりと逃げてしまう方が効率は良いだろう。


だが、サレはマオの言葉に応え、姿を現した。
攫うべき人、セレーナを絶対に連れて行ける自信と確証があったからだ。







サレ達がジャングル化した工場から姿を見せると、ヴェイグ達はすぐに敵意を剥き出しにした。


「サレ、トーマ!!」
「…ヴェイグ、もいるよ」


マオのさりげないツッコミは誰も聞いてはいなかった。
その証拠に、サレはマオを放っておいて工場長の方をじっと見る。


「ウソは困りますよ、工場長。貴方の大事な娘さんを連れて行かない代わりに、セレーナさんを引き渡すという約束をしたじゃないですか?」


サレは前髪を掻き揚げてからもう一度、工場長を見た。


うっ、と詰まる工場長。
つまり、サレの言っている事は事実。


可愛い娘を渡したくないばかりにセレーナを連れて行くことを了承したのだ。




「…もっとも、貴方の娘さんを連れて行くつもりなんて、はなからなかったけど。ねぇ?

サレは自分の後ろにいるの方を見て同意を求めたが、は黙認するように目を逸らしただけだった。
どういう事だと眉を潜める工場長に、はっきりと告げてやる。


「何故なら、貴方の娘さんは、美しくないから」


落ち込む工場長を無視して、ヴェイグはサレ達を睨み上げた。



「貴様ら!クレアは何処だ!?」
「見てわからんか。ココにはいない」

トーマが馬鹿にしたような目で見るが、構わずヴェイグは続けた。


「何処へやったんだ!?クレアを…クレアを返せ!!」
「悪いケド、おしゃべりしてるヒマはないんだよね」



サレはマントを翻して町の外へと続く道へ足を進めようとすると、今度はユージーンが止めた。


「待て!お前達の目的は何だ!?それは女王陛下のご存念なのか!?」
「話す義理は無い」

はユージーンに冷たく返し、自分達とヴェイグ達の間を、
入り口前で予め流しておいた右腕の血を使って鉄格子のような血の壁を作り上げる。

その隙間を塞ぐように、サレのフォルスで生まれた竜巻が交差した。


「ああっ!前に進めないよ!!」

竜巻と血の壁、それらの隙間からかろうじて見えるサレの笑った顔を見てマオは悔しそうに叫んだ。
サレ達に連れて行かれそうになるセレーナが、ヴェイグ達に向かって大声で叫んだ。


「お願いです!私に構わず弟を…ティトレイを止めてください!このままだと町の人達がティトレイのあの変な力に巻き込まれてしまいます!!」

セレーナの必死の叫びに続けてサレが言った。
焦るセレーナとは対照的に愉しそうに、彼女の叫びを聞きながら。


「僕からもお願いするよ。この美しいお姉さんを悲しませないようにね」

サレ達がそのまま町の外へと進んでいく時、ヴェイグは一ヶ所の小さな隙間からと目が合った。
悲しみを帯びた紅色の暗い瞳を一瞬ヴェイグに向けてから、はサレの後を追った。




































セレーナを連れてペトナジャンカを出て、陸路でサニイタウンまで辿り着く頃には、時間は夕刻を示していた。



サレはトーマに連れてきたばかりのセレーナを任せ、クレア達と合流するように頼む。
お前はどうするんだと訊ねるトーマに、続いて答える。


「僕は軽く戻るよ。ちょっと細工をする為に」

サレはについておいでと言って、来た道を引き返した。




































ペトナジャンカとサニイタウンを繋ぐ急流の河。それがトヨホウス河だ。

ココにはそれを利用した、陸路を取るよりもずっと速くて画期的な移動法がある。
イカダで急流を滑り降る、『河下り便』というものだ。


『奴ら』は自分達に追いつこうと必死だ。
必ずこの河下り便を利用しようとするだろう。




サレ達がトヨホウス河まで戻ってくる時には星がいくつか見え、夜と言っていい時刻だった。少なくとも周りはもう暗い。


ヴェイグ達はティトレイの暴走を果たして止めたのか。
そう考えながら、は鞘から二本の剣を抜き出し握る。

その双剣では手近なバイラスを刻み殺し、多くの血を流させた。
その数は10,20をはるかに超えただろう。


サレは殺したバイラスの量を見てから「このくらいか」と、を止めさせ、次の作業に取り掛かる。



は血のフォルスでバイラスの死体の血を操り、血液独特の毒々しい赤色を抜いて無色にする。
彼女が軽く片手を持ち上げ振り上げると、大量の血液が彼女に呼応して空へと舞い上がる。
上空に溜まった血を留めて、今度は上げた手を下へ振り下ろした。

またも指示に従った血液は、雨のように一滴一滴となりいくつも下へと降らせた。


次にサレがフォルスで嵐を作り出し、『偽装』した雨を巻き込んでいく。


まるで自然現象の嵐。


二人の作業を見ていなければ、突然の大嵐が起こったようにしか見えないだろう。
サレは継続して嵐を操り、トヨホウス河の河下り便のイカダを全て破壊した。


…これで水路は断たった。


目的は完了したが、さすがにいきなり止めると不自然だろう。
しばらく二人はフォルスを駆使して『大嵐』を演出した。







夜空に描かれた美しい星をひとつひとつ数えながら。















「…これで足止めはできたね」

サレはフォルスを止めて、サニイタウンへの道を見た。


「あとはこの道を塞いで完璧だよ」




河下り便が断たれたとなれば仕方ないと思いながらも陸路を取る。
そうしなければいつまでも自分達に追いつくなど無理な話なのだから。


……だから、この路も断ち切ってやる。







「じゃあ、行こうか」


サレが来た道を戻ろうと足を進めた瞬間、
今までの肩で大人しくしていたハープが突然ペトナジャンカへ、つまり逆方向に駆け出してしまった。

「ハープ!―――すいません、サレ様!先に行っていてください!!」

はハープを追いかけペトナジャンカへ。


「すぐに戻っておいでよ。…道を壊してさ」





サレは言い残してサニイタウンへ進んだ。
































サレが完全に見えなくなってから、ハープは急に立ち止まって、後を追ってきたを待った。
が傍に来ると嬉しそうに「キキッ」と鳴いて甘えるように擦り寄りながらいつものように肩へ飛び乗る。



はサニイタウンへの道を見ると一言、辛そうに眉を顔の中心へ寄せながら呟いた。


「…ごめんなさい…」






その小さな謝罪は相手に届かず闇に紛れて消えたが、
はペトナジャンカへ足を向けた…。



夢主 嘘をつくの巻。
トヨホウスの嵐は夢主にも動いて欲しかったので、血のフォルスで雨を演出しました。
血の色抜きはフォルスを操ってヘモグロビンを抜いたのかな…。
うーん、グロテスク…。

次回、ようやくヴェイグと話します。