迷いの森を突っ切ってしまえば次の目的地であるペトナジャンカはすぐそこだ。

しかし迷いの森には大量のバイラスが棲みついているため、
戦えぬ者は迂回して時間をかけてペトナジャンカへと向かうのが筋というもの。

バイラスが生息する危険な森に入ってむざむざヒューマの娘達を危険に晒すのは馬鹿のする事だ。
故にクレアと、ミナールでサレ達が連れてきた金髪の美少女ヘレンに、
そして彼女達を護衛する為のいくらかの兵は馬車を雇い更に先に位置する街、サニイタウンへ行ってもらった。






、案内してよ。この森を抜けられるように」


現在、森を進むのはサレと、そしてトーマと残りの兵士達。

迷いの森はその名の通り、迷う。
迷路のように木々が入り組み侵入者を阻むのだ。

それは過去に何百人もの遭難者を出したという功績を残すほど。



単純に突き進むだけでは彼らも森で屍となった者達の仲間入りを果たした事だろう。
…しかし、サレの後ろに控えている人形だけは、この森の抜け方を知っているらしい。


トーマは不思議そうな顔をしてそれを訊ねた。

「この森の抜け方を知っているのか?」


…まぁ知っていなければそもそも迷いの森を通り抜けようなどと考えるわけはないのだが。


「知ってるに決まってるだろう?何せココはにとって…」
「こちらです。サレ様」

サレの言葉を遮るように、は先頭を切って歩き出した。


「余計な事だね、ごめんよ」

と、サレは謝るが申し訳ないという気持ちはまったく無いだろう。
その証拠に顔が楽しそうだった。



そんなサレはいつものことなので、は気にしないで先を進むことにした。










森を抜けると大きな町が見えた。
その町の煙突から多くの煙がいくつも空へと伸びているのがわかる。

目的地のペトナジャンカだ。


そちらに近づくにつれ、ハープが肩越しで鼻をヒクヒク動かしている事にが気がつく。
己も、ハープを真似て空気の臭いを少し嗅いでみた。

「…ススの匂いがしますね」
「ああ、ペトナジャンカは工業を営んでいてね。大きな製鉄工場があるのさ。それじゃないかな」

サレの言葉に「ほぅ」と感心しているを尻目に、トーマはさっさと兵士を連れて町の奥へと進んでいってしまった。
完全に出遅れたサレと




「娘集めはトーマに任せても平気さ。僕達はそれから選んでいけばいいんだよ」


しかしサレはあくまでマイペースだった。



























二人がペトナジャンカの中央広場に行くと、トーマがすでに町のヒューマの娘達を一通り集めていた。
相変わらず美しさの見分けはつかないようで、集めるだけ集めたようだ。
数十人の娘達が兵士に取り囲まれ、その小さな身を震わせている。


サレ達の到着に気づいたトーマが、勝ち誇ったように笑った。

「サレ、何をモタモタしていたんだ?」


…どうやらスールズの一件を根に持っているらしい。



「別にモタモタしてたわけじゃないよトーマ。君の仕事を作ってあげたんじゃないか。
 がいれば、僕の仕事は簡単に終わる。…ホラ、君の出番がなくなるだろう?」


サレが笑いながらサラリと言ってのける。
微笑を浮かべる彼を見て、トーマは悔しそうに「くっ」と小さく呻いた。




確かに自分は美しいヒューマを判別する事が出来ないと認めているからだ。
しかしそれで良いと彼は思っている。

自分はガジュマだ。別にヒューマの良さを分からずとも問題はない。






は視線を二人のやり取りからから娘達の方へ移した。

彼の粗暴な性格からなら当然の事だが、強引に娘達を集めたのだろう。
娘達は恐怖に怯え、身を震わせ、涙を浮かべていた。


そんな娘達を一通り眺めてから、サレに訊く。


「サレ様、この娘達いかがしますか?」
「そうだねぇ、この町の奥には確か製鉄工場があったね?あそこで美人さんを選ぼうか」

了解してが頷いた。



サレは怯える娘達に振り返って微笑む。
元々整った容姿をした彼だ。それは当然美しい。

しかし決して彼女達を安心させるための優しい微笑などではない。
むしろ逆で、恐怖を誘引するがごとくの冷たい冷たい笑いだった。



「美人コンテストの開始だよ」


コンテストというよりは、オーディションに近いのかもしれないが。


































「―――うーん…これといった美しいヒューマがいないなぁ」


ヒューマの娘達の前ではっきりきっぱりサレは己の感想を述べる。
とりあえず並べて眺め見たものの、彼の美的感覚に引っかかる娘は今の所いない。

娘達はサレに「美しくない」と言われて腹が立つより、
今は目の前にいる自分達を品定めする男に恐怖を抱く方が忙しいようだ。



コレは一人一人じっくりと顔を拝まないと分からないだろうか。

ズラリと並んだ娘をもう一度一瞥して、その数を確認したサレはため息を吐く。



…泣きたいのはこっちの方だ。









「サレ様」



ふと、呼び声。


振り返れば、部外者が入って来ないようにと工場の入り口前に立たせていたはずのが居る。
サレは一瞬目を丸くしてから「どうしたんだい?」と訊ねた。


「…男が二人、ここの工場長だという老人と、ティトレイという男が、話し合いたい…と」
「ティトレイが!?」


の言葉が終わったか終わってないかのタイミングで娘達の中から驚きの声が上がった。



怯える娘達の中から発された気丈な声。

一体誰だとサレがそちらを見れば、
声を発したのは緑髪の、サレと年齢はそう変わらないであろう娘のようだった。

彼女の容姿を見て、サレはに訊ねる。


「…、どう思う?」
「美しい…です」


質問にが答えると、サレは「だよね」と短く返して続いて美女に向かい訊ねた。


「ねぇ、お姉さん、名前は?」
「……セレーナ・クロウ…」


警戒しながら美女が答える。
そんな彼女の様子を眺めながら、サレはニコニコと笑っていた。


笑っているのに瞳は相変わらず、冷たい。





「セレーナさんかぁ。…、その二人を通して良いよ」


振り返ったサレがに告げたのは了承の言葉だった。



























工場の外はパニックになっていた。それはそうだろう。

娘達が解放されても話し合いに行った二人は戻ってこないし、唯一セレーナも解放されなかった。
どうしたのだろうと不安になっていたところに追い討ちをかけるように工場が植物に包み込まれジャングル化したら
常人であればパニックにもなる。






「サレ様、あの老人逃げましたが」

がそう言うが、サレは気にしなくて良いと返す。




「僕らに今 必要なのはこのセレーナさんだよ。…わかるね?」

言われて、は傍らにいるセレーナを一目見てから、黙って頷いた。




そうだ。欲しいのは自分の傍らに居るこの美女のみ。
後のものは気にする必要は無い。



逃げた工場長も、外で悲鳴を上げている町人達も。


…姉を奪われフォルスを暴走させて工場をジャングル化させたティトレイも。
















蔓草が幾重にも生えた通路を歩き、入り口まで歩いていく。



突然の肩に乗るハープが毛を逆立てて外を睨んだ。


「…ハープ、どうした?」

はハープを宥めようとなでるが、毛は逆立ったままだった。
その時、ずっと黙っていたトーマが口を開いた。


「…アイツらがいるな」


アイツら。それを理解したサレは愉しそうに笑い、は無表情になった。



「へぇ、随分と早いご到着じゃないか。…『アイツら』」




あと数歩踏み出せば外の光を拝めるといった所で、工場長の慌てた声が聞こえた。


内容はサレ達が無理矢理セレーナを連れて行こうとしたせいで
怒ったティトレイが工場をジャングル化させたということだった。


次によく知る声である、マオの声が聞こえた。


「で、サレ達はどこ?」
「ここだよ、坊や」



お望みとあらば出てやろう。

外の光をスポットライトのように浴びて、三人が工場から出た。



ペトナジャンカ到着の巻。

また中途半端。ノートに書いてあるものは1話6ページなんですが、そのうち2ページずつ句切るとこうなります。
いっそ一気に3ページ分にまとめてしまおうか…。だけど長くなるな…。うーん…。

次回、サレと河下り便破壊。
次回の次回、ヴェイグと話します。