エトレー橋を渡って順調に街道を進んでいた時、突然クレアが転んだ。
盛大に転んだクレアの一動作を見てから、がそちらへ歩み寄る。
「…大丈夫か」
言って手を差し出すと、クレアは礼を述べながらその手を掴んだ。
「あら、マフマフ…」
起き上がる最中にの肩に乗るハープの存在に気づいてクレアが笑う。
「名前は何て言うんですか?」
「…ハープだ。……それよりも、ケガ…」
は未だ放していないクレアの手を見て呟いた。
掴んだ手は転んだ時に擦りむいたらしく皮が剥け、若干 血が滲み出ていた。
「どうかした?」
二人に気づいてサレが歩み寄る。
クレアの手を見て「おや」と呑気に呟いた。
「クレアちゃん、怪我をしたのかい?、治癒術かけてあげてよ」
「…申し訳ありません。私の術はフォルス能力者のみに使えるものなので…」
の返答を聞いて、サレはまた「おや」と言った。
「初耳だね。…仕方ないか。もうすぐミナールだからそこで手当てをしよう」
「……ごめんなさい」
サレの言葉を聞いて、クレアは小さい声で謝った。
「気にしなくていいんだよ、クレアちゃん。僕達はミナールでも美しいヒューマを探すつもりだったしね」
笑うサレを見て暗い顔をするクレアを、はじっと見つめていた。
ミナール到着し、ココでは分担作業。
サレとトーマ、王の盾の兵士達はヒューマの娘探しを始め、
兵士達の中で唯一の女性であるはクレアの怪我を医者に見せるために隊から一時離脱する。
潮風に髪を踊らせつつ二人はミナールの医者を訪ねるため、宿屋に向かった。
サレから宿屋で診療所をやっている医者の話を聞いたからだ。
「―――さぁ、終わったわ」
医者のキュリアはクレアの手を診て、大した事はないと判断した。軽く消毒を施して、治療が終了する。
その一部始終をは壁に寄りかかりながら黙って見ていた。
クレアはの方をちらりと一目窺い見ると、キュリアに言う。
「あの…こちらにもうすぐ来る私の友達に伝言を頼めますか?」
クレアの言葉に快くキュリアが頷いた。
「えぇ。構わないわ。どんな人?」
「こう…背が高くて、髪が銀髪で長くて、怖い顔をした…ヴェイグ・リュングベルという人に」
クレアの言う表現をは頭の中で当てはめて、「…確かに」と密かに苦笑した。
「…それで何て?」
キュリアが訊くと、クレアはそっと言った。
「船には乗らない…と」
キュリアはクレアの伝言をしっかり聞いて了解したと頷く。
「『船には乗らない』ね?わかったわ。他には何かある?」
「えっと…他には…」
「クレア」
名前を呼ばれ、クレアは背中にものすごい威圧感を感じた。息も詰まる程の緊張感が彼女に取り憑く。
恐らくそれを与えているのは、自分といくらも年齢が変わらないはずの、壁に寄りかかっている少女。
「…特にありません。よろしくお願いします」
キュリアに丁寧に礼を言ってから、クレアはマフマフを肩に乗せた少女と共に部屋を出た。
宿屋を出て数歩歩いた所で、はクレアに声をかけた。
優しくでも、怒った風でもなく、感情を表さないと宣言しているかのような抑揚の無い声で。
しかしクレアの名前を呼んでから、彼女は軽くクレアを睨みつけるように見て、少し声に怒気を含ませた。
「クレア。…わざと転んだな?」
に指摘されると、図星というようにクレアは目を大きく開いた。
「どうしてわかったんですか?」
「…あんなに派手に転んで、手を擦り剥くだけなんてありえないだろ」
ため息を吐きながらはクレアの手を取る。
彼女の手の上で、自身の左手に爪を立てて思い切り拳を握った。
当然皮膚が切れ 血が滲み、流れ、その血はクレアの手の傷の上に落ちる。
「癒しの水を傷つきし者に与えん……ヒール」
が治癒術を詠唱する。
クレアの手に落ちたの血が淡い光を放ち始める。
その光は傷を包み込むと、傷と共にゆっくりと消え去った。
「…貴女も嘘をついていたんですね」
クスリと笑うクレアをハープが不思議そうに見つめる。
そのハープを撫でながらはクレアにサレと合流することを簡素に告げた。
二人でサレとの合流場所に向かって歩いていると、
ふと後ろを歩いていたクレアがの隣へ歩み、顔を覗き込んだ。
がクレアと目を合わせると、ニコリと微笑む。
「…名前で呼んでも良いですか?」
笑うクレアに、が不満げに眉を寄せる。
「何故だ」
「だってさんはもう私の名前を呼んでいるから」
悪意の無い純粋な笑みを浮かべるクレアに、は大きくため息を吐いた。
クレア、怪我をするの巻。
ちょっぴりクレア嫌いの夢主だけど、クレアを大事に思ってます。
クレア&夢主、アガーテ&夢主のコンビが好きです。
ちなみにこの話のタイトルは『樹海の男性』ですが、
「ティトレイが出てくる辺りだよ」という意味だけなので、
ティトレイは出てきません。(うわぁ)