青年がサレに言われた通りに上を向く。
見えるのは青く澄んだ空に透き通った白い雲。
しかしそれだけではない。
指し示したそこには、自分の見知ったガジュマの女性が『居た』。
サレの風に持ち上げられた女性は、昔から世話を焼いてくれている青年の知り合いだった。
「ポプラおばさんっ!」
「そのまま」
助け出そうと一歩足を踏み出した青年にサレが待ったをかける。
青年が上空に気を取られている間に、は右頬から流れた血をフォルスで操った。
ポプラの落下地点に当たる真下に、血液を固めて出来た無数の針山を放つ。
落ちたならば、串刺し。
「っ!やめて!!」
マオがそれに気づいて止めようと叫ぶが、は彼を一瞥して答えた。
「サレ様の命令だ。私の意志で止めるわけにはいかない」
に抑揚の無い声で返答され、マオは悔しそうに唇を噛んだ。
「そう。世の中全てギブ・アンド・テイク」
クスクスと嵐の音に紛れて青年達の耳へと入ってくる残酷な笑い声。
愉しそうに笑ってサレは金髪の娘、クレアを見た。
「クレアちゃん、わかるよね?あのおばさんの命は今、君の手の中にある」
…つまり、クレアの同行と引き換えにポプラを解放してやろうという取引だ。
もし断れば――――――簡単な答えである。
「…どう?命って、重いのかな?」
サレの強引な行動を見て、クレアは一度 瞳を閉じる。
もう一度目を開いた時には、緑色の瞳には強い決心が感じ取れた。
「…わかりました」
少女の小さな唇から呟かれたのは交渉を成立させる言葉。
銀髪の青年は、クレアの返答に驚いた。
「ダメだ、行くなクレア!」
「お前は黙ってろ」
取引は成立したのだ。青年は邪魔な存在でしかない。
サレはと目を合わせ、顎で青年の方を指した。
「やれ」と。
はサレに言われるままになる。
右頬から未だ流れ続ける血で、空中に槍の様な鋭い形の物をいくつも作り出し、その巨大な槍を躊躇いなく青年にぶつけた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!!」
青年は悲鳴を上げて、崩れる。
「お前の命は軽いよ」
地に伏せた青年を嘲笑うサレ。
馬鹿にされつつも青年は起き上がると、大剣を構えた。
雄叫びを上げ、猪突の如く一直線にサレに向かい突進する。
「」
「はい」
引き続きサレに命じられ、は返事をする。
先程青年にぶつけた己の血を再び操り始め、青年の足下へと集結させた。
「我の血に裁かれよ ブラッディクロス」
短い詠唱が終了したと同時に、足下の血だまりは巨大な十字架を創り、爆発する。
それを避ける事が出来ず、まともに衝撃を受け取った青年は再び地に崩れ、意識を失った。
「よくやったね、」
サレがを褒める。
それを聞き取ってからはクレアの元へと歩き出した。
青年の横を通り過ぎるその時。
まだ止まらない右頬の血をそっと指で掬い取り、
誰にも見つからないように気を配りながらそれを青年の口に落とした。
少女の血が一滴、青年の体内へと消えていく。
「癒しの水を傷つきし者に与えん……ヒール」
聞こえるとしたら肩の上のハープと足下の青年くらい。
それくらいの小さな詠唱の後、再びクレアの元へ向かった。
「では行こうか、クレアちゃん」
「その前におばさんを降ろして、皆を解放してください!そうしないと私は行きません!」
サレを恐れる事無く進言する彼女に、密かには感心していた。
「クレアちゃん、君が僕達と行くって約束してくれるなら、彼女達を解放してあげるよ」
「約束します!だから皆を!!」
必死に言うクレアにサレは笑顔を送る。
優しげではない、冷たい冷たい笑み。
「わかった。…娘達を解放しろ!」
頷いて、今までその場を傍観していた王の盾の兵士に指示を下した。
ポプラが無事に地へと足を着け、包囲されていた娘達が解放される。
周りを取り囲んでいた兵士が下がっていくのと同時に、集められた娘の一人がクレアの元に駆け寄った。
「クレア…ゴメン…ゴメンね。アタシのせいで…!」
「モニカ、貴女のせいじゃないわ」
「でも!でも行けばクレアは酷い目に合わされるかもしれないのに…」
「私は大丈夫よ、モニカ」
クレアはそう言って彼女を宥める。
後にトーマから聞いた話によれば、彼女がクレアと目を合わせた事からトーマは『氷柱華』がクレアであると理解したらしい。
つまり、彼女の言う「アタシのせいで」はそういう事だ。
モニカというらしい少女はクレアの身を案じて泣いていた。
自分の事じゃないのにな、とは目の前の少女の行動を不思議に思いつつ、安心させようと言葉を放つ。
「大丈夫。…手荒なマネは致しません」
無表情のまま事務的に告げられたその言葉。
先程のポプラへの行いと強引で一方的な取引。
何処が手荒ではないと言うつもりなのだろう。
「さぁ、そろそろお別れの時間だよ」
別れの挨拶をさせてやる時間を与えている辺り、それなりにサレは優しいとは思う。
「……泣かないでモニカ。心配しなくても、大丈夫だから」
未だ泣きじゃくるモニカに微笑を浮かべ短い挨拶をするクレア。
続いて、クレアは倒れている青年の方を振り返った。
「ヴェイグ、ちょっと行ってくるね」
まるで少し買い物に出かけるとでも言うような短く簡単で、優しい言葉。
「クレア……行くな…」
いつの間にか目を覚ましたのか、それともただのうわ言なのか。
銀髪の青年、ヴェイグはまだ彼女を止めようとしていた。
しかし、青年の思いに対して無情にもクレアはどんどんと遠ざかる。
ヴェイグの守ろうとした少女は彼の元を離れていく。
「皆、撤収だ。…行くよ、」
サレが最後の号令を放った。
彼に呼ばれそちらへ向かう為、は歩み出す。
ヴェイグとのすれ違い際に、彼にだけ聞こえるように小さく呟いた。
「少し黙っていろ。すぐに私達に追いつけるようになる」
がサレの元へ辿り着いた時、クレアも準備が整ったらしく、の隣へ来た。
「さようならユージーン隊長、さようならマオ坊や。…じゃあ またね」
サレは何も出来ないでいた村人達やユージーン、マオ、そしてヴェイグを見て、トーマと笑った。
「ハハハハハハハッ!!」
その高らかな嘲笑いは二人が村の外へ消えていっても村人達の耳へ、心へ残っていった。
恐怖という種を植えつけて。
サレ様、高笑いをするの巻(なんだそりゃ)
散々高笑いしておきながらそのままフツーに歩いていくトマサレに笑ったのは私だけでは無いはずだ。
やっと夢主の導術が出せた…!
夢主ちゃんにとってブラッディクロスは初級導術。凄いな、オイ。
回復導術を持ってますが、アニーが目立たなくなるので
めったなことに使いません。