知恵に長ける種族ヒューマ、力に長ける種族ガジュマの住む国、カレギア。
そこには太古の昔に絶滅したといわれるもうひとつの種族があった。
心に長ける種族「ホーリィ・ドール」またの名を「奴隷人形」とされていた…。
少女は閉じていた瞼をゆっくりと開いた。少女が見たのは普段見慣れた景色ではない。
目の前に見えるのは見慣れた白銀の世界ではなく大勢のヒト。
皆、何処かで高い地位を獲得している者達なのであろう。華やかな服や装飾品を身につけ、こちらを見ている。
その目は無機質な物体を見るようで、決してヒトに向ける視線ではない。
ココはどこなのだろうと思い、少女はこの部屋の窓を見た。
窓から見えるのは色鮮やかな葉や建物。目を覆いたくなるほどに眩しくて、艶やかで、絢爛だ。
豪華絢爛な建築物、装飾・・・・・・
ヒトや景色を一通りに見て、少女は理解した。
ココは貴族や商人など、『金』を潤す者達が住む街、「キョグエン」であると。
次に少女は自分の格好を見た。
持っていた愛用の武器は自分から随分と離れた壁にかけられている。
いつも纏っている服の上には鎖や縄が幾重にも絡みついていて、動くことが出来ない。
…あぁ、縛られているんだな。
冷静に己の状況を見ていると、少女の一番近くに立っていた辮髪の男が胸の前で腕を交差させ、一礼する。
キョグエン特有の挨拶を済ませてから、男は言った。
「さて、今回お出しする商品は太古の昔に絶滅したとされるホーリィ・ドール。首輪付きでございます」
おぉ、と感嘆の声が湧き上がった。
少女はこれも理解した。自分は商品として、オークションにかけられている。
自身が売買にかけられる理由・・・
それは絶滅した種族の生き残りである自分が珍しい存在であるからだけではない。
ホーリィ・ドールは『契約の首輪』を持つ者に絶対服従する。
ちなみにその『契約の首輪』は、少女の傍らに上質な盆の上に丁寧に置かれている。
アレを手にした者こそが、少女が全てを委ねる存在となる。
主には何もかもを捧げる。……それがホーリィ・ドールだ。
「では、50万ガルドから始めましょう」
開始額を伝えられて、少女を品定めしていた客達は一斉に声を張り上げて値段を言った。
「52万ガルド!」
「60万ガルド!」
ある者は少女を色情の目で見つめ、ある者は支配欲に満たされ、息を荒げる。
そうして金額はどんどんと上がる。
何としても手に入れよう。強い強い欲望を剥き出しにして少女の値段を上げていく。
それと言うのも、オークションにかけられている少女が、この世の物とは思えぬほどの美しさを具えているからだ。
幾万の人形師達が最高の技術を寄せ集め生まれた至高の人形のような、『ヒト』とは認識しがたいほどに少女は麗しい。
しかも、思わず触れるのを躊躇われるような神秘的な雰囲気を纏っている。
オークションの客達はそんな彼女を手に入れ、蹂躙したいという背徳感の悦に浸っているのだ。
何をして手に入れたかも不明な怪しい金で買われるのは少しシャクだが、関係ないか。
少女はそう自己完結した。
…私はホーリィ・ドール。「奴隷人形」だから、主人がいるのは当たり前。
だから主人が誰だろうと関係ないだろう。
結局、変わる事は私に主人が出来る。……それだけだ。
…あぁ、思考が外れていた。大分時間が経過していたようだ。
開始直後の金額の倍額に跳ね上がっていた。
「ただいまの最高額は150万ガルド…もう終わりでしょうか?」
主催者の男に煽られた客達がもっと声を張り上げる。
「168万ガルドだ!」
「なら私は172万ガルド出そう!」
他人事だと思い、少女はふと会場の入り口を一瞥した。そのまま、耳を済ませる。
小さくだが、風の吹く音が聞こえてきた。
…何か来る?
何かを感じ取って、少女はじっと入り口を見た。
彼女の視線に応えるかのように、突然大きな嵐が部屋の中央に発生した。
嵐はまるで意思を持っているかのように、オークションに参加していた客を巻き込んで、吹き飛ばす。
人々の悲鳴が上がり、一挙にそこはパニックと化した。
せっかくの上質な衣は刃のような鋭い風圧に切り刻まれ、身体からは鮮血が流れ出す。
鮮血を見て、少女はどこか懐かしい、と思った。
「ダメですよ〜。世界で貴重とされるホーリィ・ドールをオークションにかけるなんて」
ヒトを馬鹿にした声が、先程ずっと見つめていた入り口から聞こえ、少女はもう一度そちらを見た。
視線の先には紫の髪と紫色の、貴公子のような服を身につける知的な顔をした青年が立っていた。
青年は色白に整った顔に微笑を浮かべながら、嵐によって生まれた道を悠々と進んだ。
途中、嵐の道を通る自分を見てはビクリと怯えるヒト達を目の端に捉えては、実に楽しそうに口元が歪む姿が少女の目に見えた。
オークションを主催していた男は現状が理解出来ず呆けていたが、近づいてくるその青年を見て、すぐに取り繕った。
「まったく道理にございます。できればこの事は内密に。…おいくらですか?」
少女はこの男が金を使って「ホーリィ・ドールの売買」の事実を消そうとしているのがわかった。
しかし、青年は男の言葉を鼻で笑って一蹴し、少女を一瞥した。
「別に僕はお金なんていらないよ。いらないけど…代わりにこの娘をもらっても良いかな」
「…このムスメをですか?」
男は戸惑っていた。それは確かに150万超えをするモノをハイ、そうですかとタダで渡すことは出来兼ねないだろう。
「僕はこの娘をもらう代わりに今回のことはチャラにしてあげます。世の中全てギブ&テイク。…ねぇ?ワン・ギン様」
ワン・ギンと呼ばれた辮髪の男は少し悔しそうに奥歯を噛み締めて少女に視線を投げる。
やがて、観念したらしいワン・ギンは青年に向き直りキョグエン特有の姿勢で頭を下げた。
「・・・承知しました。このようなムスメでよろしければどうぞお受け取りください。…サレ様」
ワン・ギンと交渉していた(ほぼ強引だが)青年はサレ、というらしい。
サレは満足したように、またワン・ギンを小馬鹿にしたように―――事実見下しているのだろう―――微笑み、
少女の傍に置かれた『契約の首輪』を手に取った。
「今日から僕が君のご主人サマだよ。さあ、行こうか?」
サレは鎖と縄に絡み合った少女を見てそう言った。
一方の少女は主人となった彼に反応を見せず、自身に纏わりつく鎖を見つめるだけだ。
それに気づいたサレはまた子供のような笑みを浮かべて、少女の方へ首輪を見せつけるように掲げた。
「君の持ってるフォルスでその鎖を解くんだよ。命令だよ、僕とおいで」
『命令』の言葉に、少女は反応した。
瞬間、少女は唇を思い切り噛み切った。
形の整った美しい唇から鮮やかな赤を彩る血が溢れる。その血は滴となって鎖に数滴ひたりひたりと落ちる。
すると、少女の血が触れた鉄の鎖は音を立ててドロリと熔けてしまった。
一部を熔かしたことで、あれほど執拗に少女を締め付けていた鎖が外れる。
少女はゆっくり立ち上がり、周りの物には一切目もくれずに壁にかけてあった愛用の武器に足を運ぶ。
それは両刃の長刀と短剣が対となった双剣。慣れた手つきで腰につけ、少女はサレの元へ跪いた。
頭を下げると、月の光のような冷たい白銀の長い髪がサラリと肩から零れ落ちる。
「僕の名前はサレ。君のお名前は?」
明らかに馬鹿にした口調で訊ねる主人を大して気に留めず、少女は名乗った。
「……です…」
凛と透き通った声が、オークション会場に響いた。
実は1番最後しか名前変換がなかったり。
ホーリィ・ドールは世界でたった一人&良い奴隷人形になる
ということで高く売れるのです。