・・・今日は運が悪かったのだ。それはわかっている。
何せヒルダが朝占っていた通りなんだから。





・・・・・・・・・金運悪し。
























「あ・・・財布・・・・・・・・・落とした」

かなり混んでいて賑やかなミナールの食堂であったというのに、ティトレイのその一言がやけに響いた。

隣に座って残りの食事に口をつけていたマオでさえも食べる手を止めて、
彼の方を信じられないと言わんばかりの表情を作り出して見つめた。



「え!?落としちゃったの!!?」
「・・・・・・当たったわね」
「・・・だからティトレイに財布を持たせるのはやめた方が良いと言ったんだ」
「・・・・・・私も止めたぞ」


順番に口に食べかすだらけのマオ、ため息をつきながらそっとタロットカードを見つめるヒルダ。

そして他人事のようにコップの中の水を静かに飲み干して頷き合うヴェイグと




ヒルダの占いで『今日は金運が宜しくない』と出ていた。

それなのに何故トラブルメーカーのティトレイが財布を持っていたかと言えば・・・


ヴェイグとが「ティトレイだけには持たせるな」と連呼した結果、ムキになったティトレイがユージーンから財布を引っ手繰ったからである。



間接的ではあるが財布を落とした原因はヴェイグやにもあったのではないだろうか・・・。







「じゃあ・・・今、お金・・・ないんですか?」
「・・・・・・そーゆーことになるかなぁ〜・・・アハハ・・・」


食堂に響くティトレイの乾いた笑い声はパーティメンバーのノルゼンよりも冷たい視線で凍死する。






「・・・で、これからどうするんだ?」

ティトレイの笑いを殺して数秒経ってから、は本題に戻した。


「誰かが財布を探しに行っている間に、万一・・・財布が見つからなかったらのことも考えて、残った者が食事代分を働かせてもらった方が良いだろう」
「・・・やっぱりそれしかないわよね」


面倒くさそうにヒルダは言うが、気持ちはユージーンの提案に賛成だろう。
集団食い逃げなんてみっともない真似は絶対にしたくないだろうから。






「よし決まりだ!じゃあココはオレが財布を探しに・・・」
「アンタはここで働くのよ」

席を立ち上がろうとしたティトレイをヒルダは腹を殴ることで再び席につかせる。
「うげっ・・・で、出る・・・」と苦しそうに口元を押さえていたが、一同は見なかったことにしておいた。


「・・・私は思念の影響の事を考えて、ユージーン隊長に財布を探しに行ってもらった方が良いと思う」

のもっともな意見に反論する者はいなかった。



「ユージーンだけってのも良くないよ!ボクも―――」
「・・・マオ」

はマオの席にいくつも積み重ねられた皿を見つめながら名を呼んだ。
マオは小さな身体をさらに小さくして呟く。


「・・・・・・はーい。ボクもここで働きまーす・・・」




結局、ユージーンと財布を探しに行くのはヒルダ、ということでこの話は決着がついたのであった。

























「―――それは大変だね。まぁうちも商売だからさ、食べた分はきっちり働いてもらうよ」

店主はヴェイグ達の非運さに同情しながら言った。

ティトレイが頷く。



「あぁ、オレは料理が得意だから、厨房の仕事は任せてくれよ!」
「そうかい?そりゃぁ助かるな!じゃあ君は厨房だ」

ティトレイと店主の会話を片隅で聞いていたヴェイグ達に、ふと店の女将が声をかけてきた。



「アンタ達には料理を運んだりしてもらうよ」
「・・・あぁ、わかった」

ヴェイグが女将に素直に頷く。
だが女将は「でもねぇ・・・」と言いながらヴェイグ達の格好を頭から靴先まで観察した。



「アンタ達・・・旅の人だろう?そんな格好じゃお客様の前に出せないよ。」



ヴェイグ達のしている格好はバイラスにいつ襲われても大丈夫な格好。・・・つまり武装だ。
鎧やら大剣やらのゴテゴテした格好で料理を運ぶなんてことは普通ありえない。ヴェイグ達だってもちろんそんなことはしたくない。


「店の奥に服があるから、そこで着替えてちょうだいな。特に・・・そこの銀髪のお嬢さん」
「・・・・・・私?」

女将の言葉に疑問を感じ素直に訊ねる。女将が強く頷く。



「そうだよ!こんな真っ黒で地味な服を着てっ!せっかくこんなに美人なんだから、もっとお洒落しなくちゃね!ほら、こっちにおいで!」
「えっ?・・・あ、いや・・・私は・・・コレが一番――――――」


反論も空しく、は女将に手を引かれ店の奥へと消えていく。





「・・・・・・・・・・・・、連れてかれちゃったね・・・」
「・・・・・・俺達も着替えに行こう」
































「オレ達の方が後に入ったってのに・・・、遅いな」
・・・」
「それにしても、ティトレイもヴェイグもすっごく似合ってるね!」
「お、そーかっ?マオもなかなかカッコイイぜっ!」
「ホント?」
「おぉ!ホントに似合ってるよ。「馬子にも衣装」ってヤツだな!」
「・・・ティトレイさん。それ、褒め言葉じゃありませんよ?」


着替え終わってカウンターの前に並ぶヴェイグ達は未だ店の奥から姿を現さないを待っていた。

ヴェイグとティトレイ、マオは黒色のバーテンダー衣装を着用している。
紅一点になっているアニーは可愛らしいオレンジ色のウェイトレス姿だ。白いエプロンがオレンジのスカートに良く映えている。





店の奥からひょこりと女将が姿を現した。


「待たせちゃったね!さっ、仕事に入っとくれ!」









「・・・・・・・・・?」


ぐいっと女将に背中を押されてはよろけながらヴェイグ達の前へ出た。




の格好はアニーとデザインの違うウェイトレス姿。
薄紫色のノースリーブの服にピンク色のミニスカートなのだが、デザインは一見するとキョグエンのあの独特な民族衣装を連想させる。
所々に施された刺繍も見事なものだ。恐らく、とても高価なものなのだろう。


着慣れないと恥ずかしそうには目を伏せるが、綺麗に着こなしている。


マオが手を叩いた。



「すっごい綺麗だよ!!!」
「普段そーゆーの着ないからいっそう似合うよなっ!」
さん・・・スゴイ綺麗です・・・・・・」
「そ、そうか・・・・・・?」

戸惑うに見とれつつ、ヴェイグが頷く。


「・・・・・・・・・あぁ、よく・・・似合っている」
「・・・あ・・・りがと、う・・・・・・・・・ヴェイグ・・・達もカッコイイぞ・・・?」


ヴェイグが素直に言えば、は彼の姿を一目見てから頬を赤く染めて俯き、目を逸らした。
そんな彼女を見て、ヴェイグもまたふっと頬を染めながら目を逸らす。





「・・・・・・あの二人はデキてるのかい?」
「現在進行形なところなんだぜ、おばさん」


興味津々といった感じの女将の素朴な質問に、ティトレイが親指を立てて答えた。

































「ティトレイ!海鮮グラタン一つとパエリア二つ注文入ったよっ!!」
「・・・こっちもだ。舟盛りが一つ入った」
「おぅ、任せとけ!」




「・・・・・・・・・・・・よし!出来た!!、アニー運んでくれ!」
「あぁ、任せろ」
「はい!」




食堂は大繁盛だった。

注文を聞きに来る赤毛の少年は可愛らしく、もう一人の銀髪の青年はクールで格好良し。
運ばれてくる料理はどれも絶品で、その料理を運んでいる二人の少女は何とも可憐なのだから、好評になるのは誰もが納得できた。



「君、可愛いねぇ〜。仕事終わったらどこか一緒に行かない?」
「・・・・・・・・・いえ、失礼ながら遠慮します」
「あのぅ〜・・・よろしかったら今度どこかに・・・」
「・・・悪いが断る」


・・・・・・注文を聞きに来たマオやヴェイグ、料理を運びに来たアニーやに言い寄る客が多かった事も納得ができると言えばできる。




そんな光景が続いていると、不意にマオが言った。




「・・・ねぇ〜ヴェイグ。元々無愛想なんだからそんな顔しちゃダメだよ」
「・・・・・・何の事だ?」
「眉間。・・・シワ寄ってるよ」


マオは自分の眉間を指で軽く叩きながらヴェイグに言う。

「まっ、仕方ないと思うけどね。ボクだってが男のヒトにどんどんナンパされてるの見るのヤダもん」
「・・・っ!」

図星をつかれて、ヴェイグは無言で目を逸らす。


マオの言う通り、ヴェイグはが言い寄られているのを見て不機嫌になっていた。
それも、普段表情が現れない彼の整った顔に眉間を作るほどの。


だがヴェイグには、何故自分がイラついているのか、何故をこんなに気にしているのかがわからない。
・・・・・・それを考えると、また眉間に濃くシワが刻まれる。


延々とそんな調子だった。

















「おやぁ?随分似てるなぁっと思ったら・・・やっぱり君達じゃないか」





「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」





こ、この声は!!











幻聴であって欲しい。いやむしろ幻聴であっても聴きたくない。


声は背後から聞こえた気がする。・・・後ろを振り返りたくない。
嗚呼、だが振り返らなければいけないだろうか。


・・・・・・数秒後の未来が一気にどん底に落ちた気さえする。




同時にヴェイグとマオは振り返った。




「やぁ ヴェイグ、マオ坊や。ごきげんよう♪」
「・・・・・・サレ」


楽しげに笑うサレを睨んでヴェイグは威嚇する。
そんな彼の様子にサレがいかにもわざとらしく肩を竦める。


「嫌だなぁ、そんな怖い顔しないでよ。僕はお客サマなんだからさぁ。・・・・・・それにしても・・・」


サレは数刻前の食堂の女将のようにヴェイグ達の格好を上から下までじっくりと見回した。




「・・・似合うね。聖獣なんてワケのわからないモノ探してるより、こっちの方がピッタリ合ってるんじゃない?」
「貴様・・・!」
「ヴェイグ、ココはお店の中だよっ!!」


身を乗り出させたヴェイグをマオが止める。
その光景を見て、客達が険悪な雰囲気を感じ取りザワザワと騒ぎ出した。



騒ぎを聞きつけて、とアニーがヴェイグ達の元へ歩む。


「ヴェイグ?マオ?・・・どうかしたか?」
!来るなっ!」
「うん??」


サレは自分の人形、の声のする方に顔を傾けた。
彼女の姿を捉えてほんの少しだけ目を見開いて固まる。




「・・・サレ様?」

不思議そうに自分を呼ぶ声で我に返ったサレは素早くの元へ歩み寄ると、
バッと自分の身につけているマントで彼女の身体を覆い隠す。




「サレ様・・・・・・」
「今決めた。帰るよ


理解が出来ない。と言いたげな表情を浮かべて彼女はじっとサレを見る。

すぐにサレが口を開いた。


「・・・なんてはしたない格好をしてるんだよ君って奴は。僕以外にそんな姿見せて良いと思ってるのかい?」
「・・・サレ様は良いのですか?」
「良いんだよ。僕はね」


から離れろサレっ!!」


話が噛み合ってるのか噛み合っていないのかよくわからない会話をするサレとの間に、
自分の武器である大剣を持ってヴェイグが割り込んできた。



・・・着替える暇まではさすがになかったらしく、服はそのままだったが。





「僕とやろうってのかい?ヴェイグ。フフフ・・・面白いね」
「お前がを離せばそれで良いだけの話だっ!」
「ヴェイグさん!落ち着いてくださいっ!!」
「ちょっとやめてよヴェイグもサレもっ!ケンカするなら外でやってよねっ!!」
「・・・そういう問題なのか?マオ」


今にも争い出しそうに睨み合うヴェイグとサレ。それを止めるアニーとマオ。

・・・何故かこのケンカの一番原因であるはずのは至って冷静にマオにつっこむ。





「あの紫男は何なんだい!?」
「所謂恋のライバルってヤツなんだ」


・・・厨房からはヴェイグ達の三角関係を実に楽しそうに期待に満ちた瞳で女将が見ていた。説明役に、ティトレイ。

先程まで騒いでいた客達もまるで何かの芝居でも見るかのように食事を取りつつ目の前の光景を見やる。




「ところで女将さん、止めないと店がつぶれちゃうぜ?」
「ちょっとっくらい壊れたって平気さ!それよりもあの三人だよあの三人っ!!」

営業放棄に近い爆弾発言をする女将に対して、店主はオロオロと困り果てて店を駆け回っていた・・・。














・・・結局ヴェイグとサレの争奪戦は店を半壊した後引き分けとなり、サレは仕方なさそうに退いた。




「良いかいっ!これからは僕以外の前でそんな格好はするんじゃないよっ!!これは命令だからねっ!!」






・・・去り際に、『契約の首輪』をしっかりと持って命令を下していったのではあるが。















サレが退いて数刻後、やっと財布を見つけてきたユージーンとヒルダが店に戻ってきた。


店のあまりの変わり様にしばらく呆けていたのだが、
それの修理代と自分達の食事代の請求額を聞いて、飛んでいた意識を現実に引き戻されたのであった。



嗚呼、いっそこのまま意識をずっと飛ばしていたかっただろうに。












・・・やはり金運は悪かったようである。































「・・・やはり今日はヒルダ姉様の占い通り金運が悪かったんだな」
「あぁ、そうだな・・・」

ミナールの海岸へ夕日を眺めに散歩へやって来たヴェイグとは、ふぅっと同時にため息をついた。


「あの時サレさえいなければあんなことには・・・」
「そう言うなよ。サレ様だって、偶然だったんだろうから」
「・・・それよりティトレイだ。アイツに財布が渡ったからサレに会って・・・」


ヴェイグは所謂、腹の虫が治まらない状態らしい。
今日の事柄の原因をいつまでもネチネチと責めるだなんていつもの彼らしくない。


そんな彼に苦笑を一つしたはふと思い出したように言った。



「サレ様の言ってた意味とは違うけど、あの格好・・・本当に似合ってたと思うぞ?・・・・・・ヴェイグが、一番」

足をピタリと止めてヴェイグはを見る。
夕日の光が掛かった彼女の銀髪が美しかった。



「・・・格好良かったと思う」
「・・・・・・・・・俺なんかより、ずっとの方が似合っていたと思う」
「・・・あの『はしたない』格好がか?・・・世辞を言っても何もでないぞ?」
「お世辞なんかじゃない。本当に似合っていた。・・・・・・その・・・」
「ん?」




「・・・・・・・・・・・・か、可愛いと・・・思った・・・・・・」






本当は昼間の時のように目を逸らしたいだろうに、
まるでにらめっこでもしているようにヴェイグもも互いの顔を見つめ合って動かない。



「・・・今、無理して言っただろ?」
「・・・無理なんかしてない」
「・・・・・・顔が赤いぞ?」
「・・・・・・だって赤いじゃないか」
「なっ・・・それは・・・・・・夕日のせいだ・・・」
「・・・なら俺だってそうだ」
「・・・・・・素直じゃないな」
「・・・お前もな」


軽く睨み合うように互いの顔を見てからまた砂浜を歩くが、両者共に怒ってはいない。







歩調を揃えて歩いているのと、夕日に照らされた二人の影が重なって一つになっているのが何よりの証拠。


ぱんださんリクエスト、「ヴェイグ相手で甘め逆ハー」。
見事なまでの不完全燃焼!申し訳ありません・・・。
どこが甘いどこが逆ハーだ!文才のない俺の馬鹿野郎ーーーっ!!

・・・・・・ぱんださん、キリリク遅くなって本当にすみませんでした・・・。
そして、リクエストありがとうございました。

遅かった上にこんなモノになってしまいましたが、よろしければ好きなように扱ってくださいませ・・・。
また今度もよろしくお願いします。